富士山と「カエル男」

御柱屋敷を見た後、長野県富士見町の井戸尻考古館を訪れます。

富士見町と言われるだけあって、考古館の前からは富士山が望めます。

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この写真の右側にある構造物は何かというと・・・・

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御柱祭りの御柱でした。
諏訪大社だけでなく、各地の諏訪神社で同じような御柱祭りが開催されます。
先に紹介した「本州の重心・小川町」でもそうでした。

井戸尻考古館には、縄文土器が多数展示されています。
定番の渦巻き文様。

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で、こちらは以前紹介しましたが、蛙紋と呼ばれる紋様です。

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「ねずみ男」ならぬ、「かえる男」でしょうか。
そう言えば、水木しげるの「悪魔くん」にも「蛙男」は出てきましたね。

このような蛙紋の別バージョンもあります。

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カタツムリのように胴体部分が渦を巻いているように見えるのは、オタマジャクシを宿しているからでしょうか。
縄文人の想像力の豊かさが現れているように思われます。


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皆神山と北アルプス、諏訪大社の御柱と桜

皆神山の桜を満喫した後、ホテルに戻って皆神山を再び撮影します。

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14日午後6時43分の撮影です。「ゴジラ」の姿は跡形もありませんね。
この約2時間半後に熊本で第一回目の大きな地震があったわけです。

さて、翌15日。この日も実は雨の予報でしたが、何と快晴です。

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北アルプスの山々も遠くに顔を出していますね。

この日、最初に向かったのは、長野県茅野市。
目的は、ある御菓子です。以前、諏訪大社のそばのお土産屋さんで買った「くるみカレン」が気に入って、購入するようになりました。そのお店が茅野駅前にあるんですね。

そのお店で、御柱屋敷というのがあるので観に行くといいと言われ、地図を頼りに向かいます。
そうなんですね。今年は7年に一度の諏訪大社御柱祭りの年です。既に今月初めに「木落とし」は終わりました。そして、山出しが終わり、里曳きを迎えるまでの期間、8本の御柱を間近に見ることができるのが、御柱屋敷です。

これが本宮一の御柱。

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雪融け水で洗い清める「川越し」を済ませた、合計8本の御柱が、この「御柱屋敷」に並べられております。

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宮川の土手に咲く桜も満開でした。

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桜満開の皆神山と皆神神社

皆神山に呼ばれているような気がして、松代城址公園に立ち寄った後、山頂の皆神神社に参拝にでかけます。

すると、山頂は桜が満開でした。

皆神神社の山門と桜です。

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参道の桜も満開。

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池の周囲も輝いています。

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この池は、クロサンショウウオの産卵地でもあります。

そして皆神神社の本殿。

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神社のそばにある桜も愛でます。

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素晴らしい、神社参拝とお花見を満喫させてもらいました。

本州の重心と世界の中心

松代に戻る途中でニホンカモシカに遭遇した後、のんびり運転していると、全山が桜となっている綺麗な村に通りかかりました。
早速、車を止めて、撮影します。

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ちょっと電線が邪魔でしたが、それでも見事な桜の山です。

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どこの村だろうと思って、見てみると・・・

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「本州の重心地・小川村」と書かれておりました。
本州の平面図を切り取って、重心を量ると、ちょうど小川村で吊り合うのだそうです。
世界の中心が長野・松代の皆神山にあるかと思えば、本州の重心は長野県小川村にあるわけですね。

そんなこんなで、再び松代に到着。

皆神山です。

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ゴジラはすっかり姿を消しておりました。

5000年前に造られた縄文の環状列石

翌14日。この日の夜に熊本地震が発生するわけですが、朝から不思議なことが起こります。
雨の予報だったのにもかかわらず、快晴になったんですね。
山岳地方の天気は変わりやすいとはいいますが、嬉しい誤算ではあります。

この日向かったのは、信濃大町。
途中道の駅に立ち寄りながら、山越えの道が通行止めになっていようが、めげることなく、目的地に向かいます。

そして山を越えて、見えてきたのが、北アルプスの風景です。

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昨日の雲ゴジラを見た後ですから、雲が三柱の神の顔に見えます。特に一番右の雲は存在感がありますね。
で、なぜ信濃大町まで来たかというと、そこに縄文時代のストーンサークルがあるからです。
そのストーンサークルがある場所に到着。

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何とも言えないほどいい風景ですね。縄文時代から続く風光明媚の場所であることがよくわかります。
そしてこちらが、縄文時代前期、約5000年前に造られたストーンサークルです。

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小規模なストーンサークルですが、見事な配列です。ここでは2群の配石跡と竪穴などの遺構が見つかりました。それらを総称して上原(わっぱら)遺跡(長野県大町市)と言います。

ちょうど桜が綺麗に咲いておりました。

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上の写真を見ると、二つの配石遺構が意図的に配置されていることがわかります。
石の配置を見ると、スコットランド・ルイス島にあるカラニッシュの環状列石の配置に良く似ています。
そして奥にポツンと一つだけ立っている立石が、いわゆる基準石。

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英国のストーンヘンジでいうと、ヒールストーンと同じ役割をしていると思われます。夏至の日の出方向などカレンダーの基準となる石ですね。

ストーンヘンジやカラニッシュのミニチュア版ストーンサークルが、同時代の日本にもあったことがこの遺跡からわかるわけです。
これは凄いことだと思います。

大町を後にして、松代に戻る途中、もう一つ楽しい出会いがありました。
それがこちら。

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ニホンカモシカです。
宮崎駿のアニメ映画「もののけ姫」に登場する「シシ神」みたいな風格がありますね。

皆神山とゴジラの運命

小布施から、その日の宿泊先である松代へ。

いつものように「世界の中心」とされる皆神山と対面します。
すると、奇妙な形の雲が出ていることに気が付きます。
それが次の写真。

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ゴジラのような雲が皆神山を襲っているように見えませんか?
あるいは、ゴジラが皆神山に「お手」をしているのかもしれませんが(笑)。

どちらにせよ、この写真は、シンボルとしては非常に示唆に富んでいます。
皆神山はあの松代地震の震源地の上にそびえる聖なる山で、ゴジラは放射能によって生まれた怪獣です。
つまり原発と地震、そして人類の未来を表わすシンボルと見なすことができるんですね。
で、この日は4月13日。14日夜の熊本の大地震が始まる一日前に撮影された写真です。
しかも、全国で唯一再稼働されている川内原発のすぐ近くで大地震が起きたわけですね。
これはただの偶然の一致ではない、と私は見ます。
まあ、どのようにも解釈できますが、福島だけでは教訓が足りないと言うほど人間が愚かであるのなら、ゴジラが皆神山を破壊するようなことも起きるのかなと思っています。

小布施

翌13日は移動日です。

移動する前に再び桜を愛でます。

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桜に別れを告げた後、向かったのは小布施。

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「栗かのこ」で有名ですね。

メタセコイア。

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そして小布施の街並みです。

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小布施出身の日本画家、中島千波のミュージアムなどをめぐりました。

『千と千尋の神隠し』の湯屋に似た老舗温泉旅館

古代桜の後は、渋温泉へ。

ここには愛媛の道後温泉とともに、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』に出てくる湯屋「油屋」のモデルになったといわれている温泉旅館があります。

これがその温泉旅館「金具屋」。

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200年以上の歴史のある老舗の旅館だそうです。
確かに「油屋」に似ていますね。

渋温泉はこのような感じの温泉の町です。

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日本の温泉街の風情を求めてやってくる外国人客も多く、いたるところに温泉まんじゅうの看板やのぼりが立っておりました。

こうして12日も暮れて行きました。

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写真は、戸隠山と飯綱山の間に夕陽が沈んで行く風景です。


古代からそこにある桜たち

スノーモンキーの次に訪れたのは、古代からある桜たち。

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本当に見事な枝ぶりのしだれ桜です。推定樹齢150歳。樹高は約12メートルあります。
高台にあるため、この場所から見る景色も素晴らしいです。
ちなみに上の写真で右下に見える山は、先日ご紹介した黒姫山です。
そしてこちらが、この桜から見た風景です。

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右から順に、黒姫山、雪を被った戸隠山、そして一番左の山が1917メートルの飯綱山です。

次の写真は、別の枝垂れ桜。

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こちらの推定樹齢は350年。樹高は約11メートルあります。

そしてこちらが最も有名な、千歳桜(エドヒガンザクラ)。

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千歳と書くぐらいですから、樹齢は古く推定850歳です。
もう素晴らしいとしか言いようがありません。
この地区には、このほかにも名木、古木の桜があり、「宇木の古代桜」として知らています。

黒姫山、戸隠山とスノーモンキー

12日は前日と打って変わって快晴。
部屋から外を見ると・・・

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雄大な山々が眼前に広がっておりました。
右が黒姫山(2053メートル)で左が戸隠山(2353メートル)です。

この日は、リクエストのあったスノー・モンキーを一緒に見に行きます。
外国人客には絶大な人気を誇っている野猿の温泉があるところです。
最初に見つけたのは、こちらの猿。

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お風呂ではなく、滝の水しぶきを浴びてびしょ濡れになっておりました。
こちらは日向ぼっこをするお猿さん。

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次は、近くから撮影した顔のアップ。

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この日は温かかったこともあり、猿たちは温泉に浸からずに、縁でのんびり過ごしておりました。

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桜と雪

遠くアメリカの東海岸とニュージーランドから客人が訪ねてきたので、彼らと一緒に長野ツアーに出かけてきました。

最初に立ち寄ったのは釜飯で有名な横川。
ここからは、上毛三山の一つ、群馬県の妙義山(1104メートル)が見えます。

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鋸の歯のようにギザギザしていますね。こちら側はいわゆる「裏側」から見た妙義山である「裏妙義」です。
こちら側から一番高く見える峰が相馬岳、その左側が天狗岳です。

群馬から長野県に入り、さらに長野市を越えて、長野の奥の方へと進みます。
いくつかのトンネルを越えて、志賀高原のほうへ進むと、雪まみれの対向車に何台も出合います。

この日は4月11日だったのですが、実は長野地方は朝から雪が降っており、積雪していたんですね。
山奥の旅館に到着したら、本当に積雪しておりました。

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桜と雪。

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雪見と花見の両方が楽しめました。

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そして旅館の近くを散策すると・・・

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何と氷柱できていました。
春から冬へ時間を遡ったような気になりました。

ある日の夕景

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同じ日の雲と富士山

昨日紹介した雲と同じ日に撮影した富士山と雲です。

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富士山の右上に見える雲が夕陽の残照で夕焼け色に染まり始めています。
ここからが、夕焼けショーの始まりです。
5分後には同じ場所の風景がこのように変わります。

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一面が赤く染まり、その後深い青色に変わっていきます。
そして最後は沈黙の世界。

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富士山と雲の三変化でした。

ある日の雲

ちょっと高台に住んでいるので、遠くに見える雲が目の高さぐらいに見えることがあります。
この日の雲もそうでした。

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眼下に見えるデコレーションケーキ型の雲です。
アダムスキー型円盤にも見えなくはないですね。

ある日の夕暮

ある日の夕暮です。

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沈む太陽の右側にうっすらと写っているのは富士山。
幻想的な絵のような夕景でした。

マルタのシンボル最終回

マルタのシンボルの続きです。

タルシーン神殿で見つかった「太った女性像」。

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上半身は欠けていますが、一体どのような姿の女性だったのでしょうか。
いずれにしても「太った女性」は、豊穣のシンボルと見られていますね。

次も、まるでお相撲さんのようにふくよかな女性像です。

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で、最後は再び時代は下ってマルタ騎士団の時代。
先に紹介した監視塔には、「目」と「耳」のほかに、シンボルとして「鳥」も描かれています。

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鷹の足のように鋭い爪を持っていますが、「マルタの鷹」ではなく、「マルタの鶴」もしくは「マルタのアオサギ」のようです。
いずれにしても、鳥は俯瞰のシンボルですね。「目」は南で情熱の火。「耳」は北で集中の滝を表します。そして「鳥」は西でコミュニケーションの湖。
つまり「目」で厳しく見張り、「耳」で集中して探し、それを俯瞰的に知っていち早く知らせる、というシンボルになるわけです。

マルタの美女たち

今日ご紹介するのは、マルタの美女たちです。
と言っても、約5500年前の土偶の美女たちです。

偉大なるマルタの女性たち。

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頭(脱着式になっていたようです)はなくなっていてわからないですが、皆ふくよかな方々ですね。

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ふくよかさは豊穣のシンボルと見なされたようです。
偉大なる「大根足」。

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この足の太さ加減と丸みを帯びた形は、日本の遮光器土偶にそっくりですね。

次の写真はちょっとピンボケですが、「眠れる美女」。

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元祖カウチポテト族だったりして(笑)。
そして次の写真が、有名な「マルタのヴィーナス」です。

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「縄文のビーナス」とは趣が少し異なりますね。
で、次は「眠れる美女」の別バージョン。

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寝椅子に腹ばいになって寝ている「美女さん」です。
最後はすこし痩せ目(?)の美女の立ち姿。

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立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、というのは、古代のマルタでは通用しなかったかもしれませんね。

マルタ巨石文明の立体ミニチュア模型

マルタの巨石文明においては、立体的な設計図かミニチュア模型のような作品も見つかっています。
まずはこちら。

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サイコロのような立方体の内部に穴が開けられており、何かの部屋の模型のように見えます。
次は神殿の模型でしょうか。

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ちゃんと門も彫られていますね。
次は建物の柱の模型。

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柱と柱の間に置かれた植木鉢には、生い茂った植物が描かれているように見えます。
そして最後は、こちらの不思議な偶像。

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以前にも紹介しましたが、岡本太郎の「太陽の塔」のようです。
もちろんこちらが元祖「太陽の塔」です。
『ウルトラQ』のペギラ(ペンギンが巨大化した怪獣)もここからインスピレーションを受けていたりして・・・。
いずれにしても、5500年前の偉大な作品にはちがいありませんね。

マルタ巨石文明の渦巻き紋

マルタの巨石文明にもやはり渦巻き文様があります。

紀元前3600年ごろに建造されたとみられる、ゴゾ島の巨石神殿の壁や礎石に刻まれた渦巻き文様がこちらです。

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右回りと左回りの渦がペアになっています。
そのような渦巻き模様があちこちに。

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渦巻きが宇宙と関係があるとすると、次に紹介する唐草模様は人間関係を占めていると思われます。
唐草模様。

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で、渦巻きと唐草模様が合体したのが次の紋様です。

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宇宙のエネルギーが降りて来て、人間関係が広がっていく様子が描かれているのだと、私は解釈します。

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こちらも逆回転の渦巻きのペア。

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陰と陽のエネルギーを表しているのではないでしょうか。
(続く)

マルタ島の「目」と「耳」のシンボル

マルタ島のシンボルで言えば、「目」と「耳」の塔が有名です。

こちらが「目」。

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ちゃんと見張っているぞ、というシンボルですね。
そしてこちらが「耳」。

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ちゃんと聞いているぞ、というシンボルです。
見張り塔に目と耳があれば、安心というわけです。

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