北海道唯一の国宝、名付けて「ジャガマン」

昨日紹介した函館市縄文文化交流センターの中で、ほかにも重要な出土品を三点だけ(一つはレプリカ)紹介しておきましょう。

まずは漆塗りの土器です。

IMGP7231-1.jpg

これはレプリカで、時代も縄文時代後期のものですが、この赤漆塗り注口土器が出土した垣ノ島遺跡からは、世界最古(約9000年前)の漆工芸品も見つかっています。まさに漆製品のメッカみたいなところだったんですね。

そしてこちらも興味深い、足形付き土版。

IMGP7248-1.jpg

縄文時代早期後半(約6500年前)のものです。
大湯環状列石から出土した、1~6の数を刻んだ「計算器土版」を彷彿とさせます。
土をこね、そこに模様を掘り込む技術は、シュメル文明につながるものがあります。
こちらのほうがシュメル文明よりも古いところが凄いです。

もう一点は、北海道唯一の国宝に指定された中空土偶。

IMGP7256-1.jpg

古代版の「ウルトラマン」みたいです。完成度が高いですね。
垣ノ島遺跡の近くの北海道旧南茅部町(現在の函館市尾札部町)のジャガイモ畑で発見されました。
名付けて「ジャガマン」・・・・・・私が勝手に名付けました。本当は女性なので「ジャガ子さん」?
縄文時代後期(約3200年前)の土偶です。

次回は北海道から離れて、山梨・長野両県の縄文遺跡をご紹介しましょう。
スポンサーサイト

縄文時代の茶器!?

今日ご紹介するのは、函館市縄文文化交流センターで撮影した注口土器(ちゅうこうどき)です。
注口土器は、胴部側面あるいは口縁部直下に注ぎ口が付いた縄文時代の土器です。お酒などの飲物を注ぎ入れるために使われたと考えられているんですね。

こちらがその注口土器。函館市の縄文時代後期の遺跡(八木B遺跡)から出土したものです。

IMGP7215-1.jpg

鉄瓶や茶釜と言う感じがします。まさに完全にお茶の道具。
縄文時代から茶道があったのでしょうか。

でも本当に注目してほしいのは、こちらです。

IMGP7217-1.jpg

何か見覚えがありませんか。
そう。青森県つがる市の亀ヶ岡石器時代遺跡など東北地方の縄文遺跡で出土した遮光器土偶 の顔にそっくりですよね。
かなり芸術的な出来栄えです。

東北と北海道が同じ縄文文化圏であったことがよくわかりますね。

恐山とカラス

前回からの続きで、恵山から見た津軽半島の最北端・竜飛岬です。

IMGP7342-12.jpg

これも滅多に見ることができない、年に数回ほどの風景だそうです。
というのも北海道の恵山と青森の竜飛岬は80キロぐらい離れているからですね。

同じく恵山の頂上付近から撮影した写真で、カラスと恐山。

IMGP7364-11.jpg

カラスの嘴の先に見えるのが大尽山。左にみえるのは、最高峰の釜臥山など、いずれも恐山の山々です。

火のエネルギーを持つ恵山のタカミムスビのライン

函館山の山頂から見たときに、北海道駒ヶ岳と同じぐらい目立つ山が恵山です。

IMGP7407-11.jpg

写真奥のちょっと剥げた山がそうです。
北海道函館市にある標高618 mの活火山で、これまで何度も噴火した記録が残っています。
火山ですから当然、火のエネルギーを持っていますね。

車で近くまで行って見ました。

IMGP7315-11.jpg

渡島半島の東南端に位置し、太平洋に突き出たようになっています。
既に恵山から撮った恐山の写真を紹介したときに説明しましたが、麓から山頂付近の駐車場まで20分ほどで到着します。
途中、鹿に出くわしたりしながら車を走らせて、その駐車場に着きます。

その駐車場から少し歩いて、「賽の河原」付近から撮影した恵山が次の写真です。

IMGP7368-1.jpg

荒々しい山容や溶岩、噴気の様子から、古来、信仰の対象となっており、下北半島の恐山と並ぶ霊場になっているそうです。
で、既に紹介したように恵山からは、恐山三山の釜臥山と大尽山がはっきりと見えるわけです。
その地域の目立つ山や最高峰の山を結ぶのがタカミムスビの法則です。霊場にもなっている、恵山と恐山という目立つ山同士を結ばない理由はありません。

案の定、綺麗な円錐形の恐山・大尽山と恵山を結んだ直線は見事に、北は札幌岳と手稲山を結び、南は青森県の大石神ピラミッド、さらには岩手県の釜石環状列石の側を通り、岩手山に至ります。まさにタカミムスビのライン上に遺跡が並んでいるわけです。

また、恵山と恐山・釜臥山を結んだ直線は、北はオロフレ山、手宮洞窟の側を通って、高島岬に至り、南は青森県のキリストの墓を経て、湯舟沢環状列石か樺山遺跡、あるいは両方の遺跡を結びます。

こうして山に登ると、いかに目立つ山と山を結ぶことが簡単にできるかが良くわかります。
古代測量集団も必ずこの方法で測量したはずです。

函館の夜景

暮れなずむ瞬間(とき)。

IMGP7448-1.jpg

中央左奥の山が函館山です。

レンガ倉庫のある港からも昨日紹介した北海道駒ヶ岳が見えます。

IMGP7446-11.jpg

中央奥の鋭角に尖った山がそうです。
あの先にニセコアンヌプリと積丹岬があるわけですね。
やがて日が沈むと、函館の夜景が出現します。

IMGP7009-11.jpg

昼間とはまったくの別世界。

IMGP7017-11.jpg

まるで外国の港町にいる感じがします。

ところで函館山から見た函館市の夜景は香港、ナポリと並ぶ世界三大「100万ドルの夜景」と称されたりしますが、「100万ドル」とは元々、1953年に「六甲山から見た神戸の電灯の電気代」に絡めて電力会社の幹部によって命名された表現だったそうです。要は電気代の総額みたいなもの。ちょっと複雑な気持ちになりますね。

再び函館山を見上げます。

IMGP7021-1.jpg

異国情緒たっぷりの函館の夜景でした。

函館山と駒ヶ岳を結ぶタカミムスビライン

函館山から見たタカミムスビの山々の続きです。

こちらは函館山から見た北海道駒ヶ岳。

IMGP7408-11.jpg

存在感があります。
何度かの大噴火により今では馬の鞍のような形になっていますが、かつては富士山のように綺麗な円錐形の山だったのかもしれません。

で、面白いのは、函館山と北海道駒ヶ岳を結んだタカミムスビのラインです。

北はニセコアンヌプリを通り、積丹岬へ。南は津軽海峡を越え、三内丸山遺跡か小牧野遺跡、あるいはその両方を通り、黒又山か大湯環状列石を結び、最後には秋田駒ヶ岳の辺りに至ります。つまり北海道と秋田の両駒ヶ岳を結ぶタカミムスビラインだったわけですね。偶然かどうかはわかりませんが、粋なラインだと思います。

125キロ先の岩木山を捉えた!

今日ご紹介するのは、滅多に見られない写真です。

IMGP7401-12.jpg

これは函館山から見た青森の岩木山です。

IMGP7421-11.jpg

津軽半島のはるか彼方にはっきりと顔を見せておりました。
写真を見せたら、函館山のロープウェイ山頂駅に務めている人も「初めて見た」と驚いていました。
本当によく晴れた日でないと、見えないようです。
125キロほど離れておりますから、確かに気づく人は少ないかもしれませんね。

この岩木山と函館山を結んだ直線は、北海道伊達市の北黄金貝塚を通り、札幌の手稲山西麓に至ります。
タカミムスビのライン上に北黄金貝塚を作ったということになりますね。
9月15日に撮影しました。

宇宙はハーモニーに満ちている

惑星や衛星の公転周期に見られる「軌道共鳴」は、太陽系の外側の2惑星である海王星と冥王星の間でも起こります。
前者の公転周期は165年、後者は248年で、その比はほぼ2:3です。
音階で言うと、ドとソの関係になります。ドとソは完全五度で協和音とされていますね。

で、実はこの「協和音」のおかげで、冥王星は海王星の軌道と交差している(実際は0・1天文単位離れている。1天文単位は太陽と地球までの距離)にもかかわらず、安定な軌道を保っているのだと考えられています。というのも、公転周期が2:3の共鳴関係のおかげで、常に「交差点」よりも遠いところで、二つの惑星が接近するというリズムになっているからです。もし軌道共鳴がなければ、いつか「交差点」の近くで両惑星が接近することになり、今の安定した軌道は得られることはなかったであろうということです。

このほかの軌道共鳴の例としては、土星の衛星であるミマスとティティスは4:2、エンケラドゥスとディオネ2:1、タイタンとヒペリオン4:3などがあります。実際にどんな音を奏でているかは別にして、やはり宇宙にはハーモニーが厳然として存在することがわかります。

宇宙のハーモニーの例として、ほかに自転周期と公転周期が等しくなる「自転と公転の同期」があります。一番身近なのは、地球と月の関係がそうですね。月は自転周期と公転周期が同じ約27・32日なので、常に地球に同じ面を向けています。この「自転と公転の同期」は、火星のフォボス・ダイモスや、前回紹介した木星の4つの衛星(ガリレオ衛星)など、太陽系の惑星にある、ほとんどの衛星に見られる現象でもあります。

つまり、音楽であると呼べるかどうかは別にして、宇宙にはハーモニーがあるわけです。
ということは、宇宙の原初から存在している素粒子が奏でるハーモニーもあるはずです。
ピタゴラスやプトレマイオス、それにケプラーらが追い求めた天界のハーモニーの法則もいつか解明される時代が来るのではないでしょうか。
(続く)

木星の衛星の公転周期はハーモニーを奏でているのか否かという問題

木星の衛星の公転周期の比をピアノの鍵盤に当てはめて音を奏でたらどうなるか、という問題ですが、これはかなり難しい作業です。当然、イオ、エウロパ、ガニメデの3対6対12は、1、2、4倍音の関係にありますから、たとえば「ド」の音階を当てはめれば綺麗な「ド」のハーモニーを奏でます。

だけと、カリストの28とイオの3は整数で割り切ることはできませんね。もし、単純に比率からカリストの音階を「ド」として、イオは3オクターブ上の「レのシャープ」にしてしまったら、とんでもない不協和音が誕生します。こんな音を聞かされたら、たまりません。

ただ、その比率に最も近い、カリストを「ソ」としてガニメデを1オクターブ上の「ラのシャープ」、エウロパを2オクターブ高い「ラのシャープ」、イオを3オクターブ高い「ラのシャープ」にしたら、不協和音ではなくなったような気がしました。この音がいいかどうかはわかりません。それに理論上は、鍵盤からは微妙にずれた音、すなわち「ラのシャープ」よりも周波数が少し低い音を出さないと完全なハーモニーにはならない計算となります。

もっとも、この倍音にも気を付けなければいけないことがあって、知り合いの音楽家に聞いたところ、心地よい倍音は必ずしも厳密な整数倍ではなく、倍音ごとに高めであったり低めだったり揺らいでいなければいけないということです。電子楽器による完全な整数倍の成分だけの音は人工的な響きに感じられ、逆に気持ち悪くなるとのことでした。

ということで、木星の3つの衛星の公転周期が奏でるハーモニーという考えに関しては、おおむね成り立つ可能性があるとしても、一番外側のカリストを加えた4つの衛星にした場合はどうなるかという問題に関しては、多くの音楽家や専門家の意見を聞いたうえで、それなりの考えをまとめたいと思っています。今日のところは「とりあえずやってみた」、というところです。

不協和音を聞いたときにいつも思うのですが、ハーモニーのない音楽は非常にしんどくなります。ということは、音楽は治療に役立てることもできれば、使い方を間違えば、人を病気にもするということです。私は、不協和音によって心や体に微妙なズレが生じたときは、リベラなどの音楽を聞いて、調整するようにしています。生きていくうえで音楽は非常に大事な役割を果たしているのは間違いありませんね。
(続く)

木星の3衛星が奏でる完璧な倍音ハーモニー

惑星や衛星の公転周期に見られる「軌道共鳴」とはどのようなものか、まず見て行きましょう。

一番有名なのは、木星の衛星の軌道共鳴です。
軌道内側からイオ、エウロパ、ガニメデの三つの衛星の周期が1対2対4になっているんですね。
つまりイオが2周すると、エウロパが1周し、イオが4周するとガニメデがようやく1周するわけです。
厳密に計算すると、微妙なズレが生じますが、木星の歳差運動を加味することにより、完璧に共鳴を起こしていることがわかっています。

どうしてそうなったのか。
どうやら、そのような共鳴現象を起こさない限り、木星の衛星でいられることができなかったからではないかと思われます。
同調を起こさないと、軌道から弾かれたり、あるいは木星に吸い込まれたりしてしまう。同時に衛星同士は、はじめは接近や衝突をくりかえしていたのが、いったん今の軌道に入って同調・共鳴を起こすと、外部の影響を受けなくなって安定したのではないかと考えられています。完璧な調和(ハーモニー)がそこにありますね。

これを周波数的に見ると、音楽の2倍音、4倍音との共鳴現象と同じです。イオの音がドなら、エウロパは1オクターブ下のドで、ガニメデは2オクターブ下のドとなります。その意味で木星のこの3つの衛星は、その音色が我々の耳で物理的に聞こえるかどうかは別にして、完璧な倍音ハーモニーを奏でていることになります。

さらにこの三つの倍音共鳴に加わるのは、一番外側の木星の衛星であるカリストです。
イオの公転周期を3とすると、エウロパ6、ガニメデ12、そしてカリストが28となるからです。
つまりカリストがドなら、イオは3オクターブ上のレのシャープということになるでしょうか。
で、実際にカリストがバロック音楽の通奏低音となるのかどうかはわかりませんが、少なくとも木星の4つの衛星を公転周期からピアノの鍵盤に当てはめて音を奏でることはできます。

次回はその結果から話を始めましょう。
(続く)

素数の分布に法則があるように、星が発する振動(音)にも法則があるかもしれないという仮説

現代の科学においては、ケプラーが見つけようとした天球の音楽、もしくは天界の音楽の法則はたわいのない妄想の類として片づけられてしまっているように思われます。そりゃそうですよね。惑星のそれぞれが音を出し、太陽系全体、あるいは銀河全体でハーモニーを奏でているなどという発想は馬鹿げているように聞こえます。

実際、ケプラー以降、科学の世界では天球の音楽を極めようという動きはほとんどなくなります。そもそも一般人の耳には惑星の音は聞こえてきませんから、仕方ないと言えば仕方ないですね。でも、「心の耳」で聞く人たちは、その後も文学の世界にはおりました。

シェイクスピアの例は既に紹介しましたが、同じく英国の詩人ジョン・ミルトン(1608~1674年)は『失楽園』で星々が歌を歌うモチーフを使っていますし、「天界の調べ」は「粗野で汚れた耳の人間には全く聞こえない」という見解を紹介しています。

ドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749~1832年)の『ファウスト』の「天上の序曲」の冒頭でも、大天使ラファエルが「太陽は昔ながらの節で、兄弟たちの星の群と歌い競う」と歌ったりしています。英国の代表的なロマン派詩人ウィリアム・ワーズワース(1770~1850年)も、「はるか彼方の天球からのハーモニー」という表現を使っています。

しかし、本当に文学の世界だけの話にしてしまっていいのでしょうか。
私にはまだ解明されていないだけのように思えるんですね。
それは素数の研究と同じです。
拙著『楽しめば楽しむほどお金は引き寄せられる』(コスモ21刊)の57ページのコラム「数字に秘められた力ーー素数の神秘」でも紹介しましたが、素数が自然数の中でどのような間隔で現れるか、その法則性を解明しようと数学界や物理学界が血眼になっているんですね。

素数の出現にいったいどのような法則性があるのか、ないのか。実はいまだに解明されていない謎のままなんです。

最初に素数の出現に潜むパターンを見出したのは、「オイラーの公式」で知られるスイス人数学者レオンハルト・オイラー(1707~1783年)です。オイラーは、自然数の2乗の逆数の和を無限に足し合わせたら、その数は円周率πの2乗を6で割った数になることを発見したうえで、自然数に関する和が素数に関する積で表現できること、同時にそれは円周率πとも関連があることを突き止めました。

次に、数多くの法則を発見したドイツ人数学者カール・フリードリッヒ・ガウスが、自然数の中に素数がどのくらいの「割合」で含まれているかを調べて、その分布には一定の法則があることを明らかにしました。また「リーマン予想」などで知られるドイツ人数学者ベルンハルト・リーマン(1826~1866年)は、素数の分布を数式の形で表現する「素数公式」を見つけ出しました。

さらに最近の研究では、「カシミール効果」と呼ばれる素粒子の世界の現象や、原子核のエネルギー間隔を表わす式が、素数の個数の分布を示すとみられる数式と一致することもわかって来たんですね。まさにここまで来ると、神々の領域です。

で、惑星と音楽の関係に目を転じると、音楽の和音や倍音に「共鳴」が起きるように、天体力学においても、公転運動を行う二つ以上の天体が互いに規則的・周期的に重力を及ぼし合う結果、両者の公転周期が簡単な整数比になる現象「軌道共鳴」が起きることが知られているんですね。
(続く)

虹と名刺と本

明日の会合で使うであろう名刺を作っていたら、ブログの更新が遅れてしまいました。
で、その名刺を作っている最中に呼んでいた本に、面白いことが書いてありました。
ジョージ・ハント・ウィリアムソンの『神々の予言』(ごま書房刊)です。

それによると、どうも我々は「偉大なる七つの光線」のどれか一つを通じて、ここ(地球)に生まれて来たそうです。そして霊的進化を目指す存在は、それぞれの「生命の光線」をブレンドし合うことで、まるで7色の糸を混ぜ合わせて色彩豊かな美しい織物を織り上げるように、素晴らしいハーモニーを作り上げてきたというんですね。

それが本当かどうかは置いておいて、色も音も波動です。何か共通する真実がここにあるように思われますね。

ということで、今日の写真は以前お話しした、「6日間で見た4つの虹」のうち3番目の虹をご紹介しましょう。

9月13日午後5時半ごろ、函館のレンガ倉庫地区にあるレストラン「ラッキーピエロ」で食事をしている最中に現れた虹です。

IMGP7001-11.jpg

最初は部分的な虹だったのですが、それが全天にかかる180度の虹となりました。

IMGP6998-11.jpg

写真右下にレンガ倉庫が見えていますね。

そして、翌14日午後3時50分ころ。ちょうど森町教育委員会の鷲の木遺跡の出土品が展示されている資料館で、学芸員の方から説明を受けたり意見交換をしたりした後、外に出たらすぐに虹が出ました。既に別カットの写真で紹介した、北海道駒ヶ岳を背景にした虹です。本日作った名刺にもこのときの写真を入れています。

IMGP7148-2_20151013224834926.jpg

これは本当に綺麗な虹でした。まさにミッション完了というタイミングで出現したので、感動してしまいました。
「偉大なる7つの光線」を象徴しているのでしょうか。

天界のハーモニーが導いたケプラーの法則

ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラー(1571~1630年)は、惑星が音を奏で、その音は調和しているはずだとする「天球の音楽」を信じることによって、あの有名な「ケプラーの法則」を発見しました。

子供のころに習ったと思いますが、天体の運行法則であるケプラーの法則をここでおさらいしておきましょう。

第1法則(楕円軌道の法則)
惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。
第2法則(面積速度一定の法則)
惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は、一定である(面積速度一定)。
第3法則(調和の法則)
惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する。

この法則の発見によって、天動説に対する地動説の優位は決定的なものになりました。既にコペルニクスによって地動説が唱えられていましたが、地動説に基づく惑星運動モデルはかなり不完全なものだったんですね。しかしケプラーのこの法則の登場で、はるかに正確に惑星の運動を説明できることができるようになりました。

では、「天球の音楽」とケプラーの法則はどう結びついたでしょうか。

ケプラーの確信は、音楽に和音があるように、惑星の運行速度や太陽からの距離は調和(ハーモニー)がなければならないというものでした。そこでケプラーはまず、惑星の速度を音楽のハーモニーと結びつけたんですね。

たとえば、土星と木星の速度における3対4という関係を、楽器の二本の弦の長さの関係として考えました。周波数比が3:4の2音の関係と同じですから、その音程は4度となります。すると、土星と木星の間隔は4度の音程と考えるわけです。ケプラーはこのようにして、惑星の速度の割合を音程にたとえたんですね。その結果、木星と火星は8度、火星と地球は長3度、地球と金星は短3度、金星と水星は4度の音程であることがわかったといいます。

ケプラーはさらに、各惑星の速度が遠日点(太陽を焦点として楕円軌道を描いて運動する惑星あるいは彗星が、太陽から最も遠ざかる点)と近日点(同様に太陽に最も近づく点)に来たときにそれぞれ異なることに着目し、たとえば土星が近日点にある場合には、短調の音階となり、遠日点にある場合は長調の音階ができるとまで言い切っています。また、地球の遠日点と近日点の角速度を計算したところ、その比率は16/15となり、近日点の角速度は遠日点の16/15倍だけ早いという結果が得られました。これは音階ではミとファとかシとドに相当しますが、ケプラーは地球は一年かけてミとファの音を繰り返し出し続けると考え、これをもじって、ミをミザリー(悲惨さ)、ファをファミン(飢餓)にたとえて、当時の現状を憂えたりしていたそうです。

で、天界のハーモニーを見つけようと、そんなこんなの計算をしているうちに見つけたのが、先のケプラーの法則だったというわけです。ちょっと「瓢箪から駒」みたいな感じがしなくもないですね。
(続く)

天体が奏でる和音に関する千数百年にわたる科学史

惑星が発する音が聞こえたなんて、ちょっと我々凡人には理解しがたいですが、もしピタゴラスが聞こえたというのであれば、聞こえたのでしょう。「ああ、今日は木星が接近してくる」とか「木星が遠ざかる」とかがわかる人がいてもいいじゃないか、ということにしておきましょう。実際、惑星の音を聞くという考えは、その後千数百年にもわたって、学問上の重要な仮説になりました。

たとえば、ピタゴラスの考えを受け継いだ古代ギリシャの哲学者プラトン(紀元前427年~紀元前347年)は『ティマイオス』の中で、宇宙は音階にしたがって創成がされたと書いています。また、同じプラトンが書いた『国家』の「エルの神話」でも、戦場で倒れたエルが天上を旅した時に、各惑星(実際は恒星や衛星も含む)の軌道を示す8つの輪の上にそれぞれセイレーン(音楽の女神のような存在)が立っていて、輪が回転するのに合わせて一人ひとり違った調子で歌い、全体として協和音を奏でているのを聞いたことになっています。

このプラトンの考えは、後の古代ローマの政治家で哲学者のキケロ(紀元前106年~紀元前43年)に多大な影響を与えたことは、彼が書いた『国家論』の中の「スキピオの夢」を読むとよくわかります。同じような音楽的宇宙観が展開されています。さらに時が流れた18世紀には、モーツアルトがこの「スキピオの夢」を題材にして、「シピオーネの夢」という劇音楽を作曲していますね。

古代ローマの天文学者・数学者で、天動説を唱えたプトレマイオス(83年~168年ごろ)も、負けていません。古代世界の音楽理論を集大成した『ハーモニア』という本で、惑星に音階を与えたうえで、占星術で相性の悪い惑星どうしは、音階の上でも不協和音になっているなどと述べています。

もうビックリですね。でも確かに、相性のいい、悪いというのはあります。それが生まれた星と関係があるのだとしたら、星占いも成立することになります。

星占いの話はさておいて、天球(天体がその上を運行すると考えられた地球を中心とする球体のこと)の運行が音を発し、宇宙全体が和音を奏でているという考えは「天球の音楽」とも呼ばれました。 

この「天球の音楽」という発想は中世以降もよく取り上げられ、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』の中では、「天使のように歌う小さな星」のような表現で出てきます。

そして、その延長線上に現れたのが、「ケプラーの法則」を唱えたことで知られるドイツの天文学者ケプラー(1571年~1630年)でした。
(続く)

それぞれの惑星は音を出し、太陽系全体で和音を奏でているという仮説

万物に固有の振動があり、音があるという考えは、遅くとも古代ギリシャにはあったとみられています。
それがピタゴラス派の人たちですね。

ところが、ピタゴラスの定理で知られる哲学者・数学者のピタゴラス(紀元前582年 - 紀元前496年)は、ほとんど書物を残しませんでした。教義は口伝。つまりピタゴラス派の人たちは事実上、「ピタゴラス教団」とも言うべき、秘密結社を作っていたことになるんです。だから謎だらけ。

あの有名なピタゴラスの定理も、ピタゴラスが発見したのではないという説が有力になっています。というのも、キティ・ファーガソンの書いた『ピュタゴラスの音楽』(白水社刊)によると、古代ギリシャの島サモス島に生まれたピタゴラスは古代エジプトやメソポタミアに渡り、そこで神官や書記からシュメル文明の時代には既に存在していた円周率や平方根、立方根などの高等数学を学び、それを古代ギリシャにもたらした可能性が強いと考えられているからです。それが本当ならピタゴラスは、シュメル文明の継承者ということですね。

そのような謎に包まれたピタゴラス派の教義ですが、同派の人たちは天界の動きに伴う音楽が存在すると主張していました。天体はあれほどの速さで軌道を回っているのだから、音を立てずにいられるはずはない、というんですね。しかも、天体には定められた秩序の中に収まる、協和的な配列があり、そこから発声する音も「ハーモニー」のように調和が取れているはずだ、だから、それぞれの惑星が回転しながら固有の音を発し、太陽系全体で和音を奏でているはずだ、と。

すごい発想です。その理論を展開すれば、たとえば地球の音階はハ、月はニ、水星が変ホ、金星がホ、太陽がト、火星はイ、木星は変ロ、土星はロなどと当てはめ、今日は金星が地球に近づいたので太陽との和音が素晴らしいなどの会話が成立してしまうわけです。本当かどうかは知りませんが、ピタゴラスはそれらの星の音が聞こえたというんですね。
(続く)

素粒子に固有の振動数があるように「神々の山」にも固有の「音」があった

今日は素晴らしく晴れ渡っていますね。
ということで、音楽の話をお休みして、再び「高み結び」の話題です。

9月13~16日の間、北海道・函館に縄文遺跡群の取材に行っておりました。
そのうちの14日の北海道駒ヶ岳にかかった虹の写真は既に紹介しましたね。

今日は15日に撮影した写真です。
この日も今日のように快晴でした。

函館市の渡島半島の尖端にある恵山のそばの道の駅に立ち寄ったら、恵山に登れば津軽半島の龍飛岬が見えるのではないか、と聞いたので、車を恵山の山頂付近にある展望台の駐車場へと走らせました。

そこから見えた、対岸の下北半島の景色がこちらです。

IMGP7331-11.jpg

約60キロ離れた恐山が津軽海峡の向う側に、見事に浮かび上がっています。

IMGP7333-1.jpg

左から恐山山地最高峰の釜臥山、北国山、障子山です。
そして、その右に見えたのがこちら。

IMGP7332-1.jpg

恐山の中心・宇曽利山湖のそばにそびえる三角形の大尽山です。

こんなにはっきりと見えるんですね。
60キロ離れた先は、目と鼻の先みたいなものです。
このように目立つ山と目立つ山を結んだのが「高み結び」。
この写真から、どうして新著『竹内文書と平安京の謎』で恐山三山を取り上げたかわかっていただけたでしょうか。
間違いなく、北東北と北海道を結びつける重要かつ神聖な山です。
古代測量集団がこうした「神々の山」を使わないはずはありません。

同時に彼らは、「神々の山」が持つ固有の振動数、あるいは「音」のようなものを感じ取っていたのではないかと思われるんですね。目に見えない素粒子ですら固有の振動数をもっているんです。当然、個々の山や、人間にだって固有の振動数があると思います。
で、その「音」を、タカミムスビの法則を使って増幅させることもできたのではないか、とするのが私の仮説です。
次こそ、その「音」の謎に迫りましょう。
(続く)

かつて音楽は医術であり、同時に天界と交流・共鳴する道具であった

今でこそ音楽は芸術や趣味の一分野扱いを受けていますが、古代においては医術の一つであったのだと、私の知人の音楽家は言います。音楽のハーモニーが醸し出す心地よい振動は、人間の仙骨を中心に背骨中枢を響かせ、体の不調な部分を治癒させる力だってあるのだそうです。古代ギリシャにおいては、音楽は医術であった、と。

古神道の言霊でも同じですね。言葉の波動は人間を浄めたり癒したりします。

だけど音楽の力はそれだけではないんですね。音楽は天使を呼びだすこともできれば、真夜中に鳥をさえずらすことも、天上界をこの世に出現させることもできると、その音楽家は言います。つまり本当の音楽は「天界」などの異次元世界の扉を開けるカギにもなりうるというんですね。ピタゴラス派は、この世界には、宇宙根源の振動とも言える天界の音楽・ハーモニーがあることを知っていたのだとも言います。

その話を聞いて、思い出すことが二つありました。

一つは、ある知人に見せてもらった、フラダンスの練習風景を撮ったビデオです。
最初は何の変哲もないビデオだったのですが、ある曲に変わった途端に、練習場の天井や壁などあらゆる空間からオーブのような光の玉が出現、乱舞しはじめたんですね。踊っている人は気づいていないようでしたが、そのオーブの乱舞はまるでディスコのミラーボールのようでした。ところが、その曲が終わるやいなや、パタッとその光の玉は現れなくなりました。その曲だけが、異次元の扉を開くカギであったかのようです。

もう一つは、あるコンサートホールでパイプオルガンの演奏を聴いた人の話です。これも演奏家がある曲を引いたときに、薔薇の香りがしたというんですね。しかし、どんなに辺りを見回しても、薔薇などありません。とても不思議な体験だった、と言います。

その二つのエピソードを先の音楽家の方に話したところ、「音楽の世界では、そういう現象は当たり前のように起こる」と言います。
音楽には天界をその場に出現させる力があるから当然のことなんだ、と。その話が本当なら、音楽は「天界」と交流したり共鳴したりする道具のようなものということになります。
(続く)

言霊、音霊、八卦、易はパン文明に端を発していた可能性がある

50音それぞれの神が組み合わさることで、何か特定のエネルギーが生じるという古神道的考えは非常に面白く、奥行きが感じられます。この考え通りなら、たとえば「あまてらすおほみかみ」と唱えるだけで、何かのエネルギーが生じることになります。いわゆる十言神咒(とごとのかじり)ですね。

八言の神祓えである「とほかみえみため」も同じです。 「遠つ神笑み給え」という意味ではないかとされていますが、同時に五元の神である「と」=水の神、「ほ」=火の神、「かみ」=木の神、「えみ」=金の神、「ため」=土の神を称える言霊であるとされています。

吐普加美依身多女 坎艮震巽離坤兌乾 祓へ給ひ清め給へ
(とほかみえみため かんごんしんそんりこんだけん はらへたまひきよめたまへ)

という祝詞も神道にはありますから、これはまさに中国で発祥したとされる八卦・易と同じです。
そうなると、どちらから始まったのかという論争になりそうですが、大元にパン(レムリア)文明があったのだとすると、合点がいきます。というのも『オアスペ』によると、沈没するパン大陸を脱出した5つの船団は、中米のグアテマラ、中国、インド、エジプト、日本にそれぞれ流れ着くからです。中国にもパン文明が伝わっているはずですね。でも、特に日本に漂着した、特別に選ばれたパン文明の継承者たちは、すべての儀式や儀礼の名前、陸地と水と大空と船の名前、それに人間の口から発するすべての言霊を記憶・保持する役割を担っていたと書かれています。

確かに、日本の神話には自然を代表する神々の名前が出てきますよね。その中には陸地の名前の神であるアハヂノホノサワケ(淡路島)、イヨノフタナ(四国)、オキノミツゴノシマ(隠岐の島)、オホヤマトトヨアキヅ(本州)、ツクシ(九州)が登場します。大空の神であるトヨクモ、宇宙(天)の神であるアメノミナカタ、海の神であるワタツミもあります。アメノトリフネという名の船の神すら出てきます。『オアスペ』の記述と一致しますね。

この記述と古神道の関係を考えると、太古のパン文明(レムリア、ムー文明)においては、すべての音には言霊・音霊があり、それらの組み合わせにより何かしらのエネルギーが発動することを知っていたのではないかと推察されますね。それが日本の古神道へと引き継がれた、とみるわけです。

この古神道に引き継がれた祝詞などの言霊の組み合わせは、音楽の和音と極めてよく似た法則によって成り立っているように思われるんですね。次にいよいよ、音の振動に秘められた未知の力について説明しましょう。
(続く)

「あ」と「い」の神が融合して「あい」が生まれる

50音のそれぞれに神が宿り、それぞれがこの宇宙において一定の働きをするという考えは、竹内文書の関係者の間でもよく知られていたようです。たとえば、天津教教祖の竹内巨麿と御嶽教時代から親交があり、巨麿が特高に弾圧されたときも巨麿を弁護した高畠康寿氏は、『神字起源解』の中で、自然の陰陽直運五生の働きが51音の組み合わせで説明できると力説しています。宮下文書や竹内文書を研究、実地調査して、富士王朝がかつて存在したと結論付けた加茂喜三氏も、『富士の古代文字』の中で、50音に秘められた言霊の重要性について述べています。

加茂氏によると、天日霊(アヒル)文字の「ア」は○の下に一と書きますが、これは夜明けに太陽が地平線に上がった瞬間を写し取ったものだといいます。で、高畠氏も「ア」は太陽がまさに昇るときで、「朝」「新」「有」「赤」「暑」の言霊があるといいます。天地の「天」も「あ」から成っていますね。そう考えると、「あ」には「開ける」とか「明く」という働きに関係する神が宿っていると見なせます。英語のアルファベットも「A」で「あ」と読めますね。加茂、高畠両氏が書いているように、アラーの神の「ア」も、アーメンの「ア」も、「天」なのかもしれません。

加茂氏はまた、「あ」の神様を祀った石碑もあると言います。それが天日霊石(あひるいし)。以前紹介した河口湖の浅間神社のそばにある、台座とその上に置かれた球体の石(石球)がそれですね。形は確かに、どこから見ても「○」とその下に「一」の「あ」の神代文字です。秋山眞人氏はこの石碑は古代ピラミッドの名残であると見ています。こうした石球は富士山ろく周辺に多く散在しています。

同様に高畠氏の神字解を読み解くと、太陽と月陽がとの気が入る瞬間に現れる神が「い」ということになります。意味としては「入」「曰(いわく)」「到」「命」「今」だというんですね。

この古神道的な言霊・音霊の考えだと、50音すべてにこうした性質の神が宿っています。さらに言えば、たとえば「あ」と「い」の神が融合して「愛」が生まれたり、「合」や「会」が誕生するとみたわけですね。すべてが言霊の振動によって生成される、と。
(続く)

51番目の「音」の神様

宇宙の根源に存在する言霊・音霊の秘密を携えて、パン大陸から脱出したパン文明の継承者である「ザ・パン」の人々は、その秘密を来たるべき時代まで保存・保持する役割を担った。その人々は後に「ジャパン」と呼ばれる国の人々であるーーーなんて、言われると、かなり駄洒落っぽく聞こえますが、自尊心をちょっとくすぐられますよね。普段、私たちが話している日本語の50音には、宇宙の秘密が隠されていたことになるからです。

で、ここからは『オアスペ』には書いてありません。再び前出の神官の家系の末裔にあたる方の話です。
それによると、この世界はこれまでに6度の天地壊落があったそうなんですね。推測するに、6回目がパン大陸の沈没でしょうか。
この辺りは「竹内文書」に非常に良く似ています。
で、その現存する「竹内文書」にも書いていないのですが、7回目の天地壊落のときに51番目の神様がやって来るのだそうです。それが「ん」の神様。

「ん」の神様なんて何か意味深ですよね。そこで私は「それって、世界が終ってしまうということ?」と聞くと、「いや、そうではなくて、新しく変わるということ」との答えが返ってきました。まあ、それはそれとして、50音の神様に新たに「ん」の神様が加わるのだそうです。はたしてどのようなハーモニーが奏でられるのでしょうか。
(続く)

古神道とひも理論--宇宙は振動するひも(音源)によって創られた

ある特定の震動数を持つ音を組み合わせることによって地球を創りだすなんて、ちょっと信じがたい話ですよね。
でも、宇宙を形成する究極の要素は「宇宙の音楽」なのではないか、との仮説は、宇宙物理学のひも理論そのものです。
ひも理論を思い出してください。

ひも理論は、振動する微小なひもを基本とする理論で、振動の各モードが特定の素粒子に対応すると考えます。
だから、その理論によると、もし超高性能の顕微鏡で電子の真ん中をのぞけば、そこには振動する「ひも」があります。で、このひもを弾くと、振動が変化して、ありとあらゆる素粒子になるというんですね。

宇宙はひもの振動だった。宇宙のあらゆる微小な粒子は、ひものさまざまな振動にすぎないのではないか、と見るわけです。
すると、一つ一つの音は一つ一つの粒子、和音は物理法則、メロディーは化学法則のようなものになると言います。宇宙は、ひもの壮大な交響曲と見なすことができる、と。

このひも理論が正しければ、古神道に伝わる「あいうえお」という50音の神様が地球を創ったという話も、まんざらお伽噺とは言い切れなくなりますね。ここまで来ると、注連縄がDNAの螺旋構造に見えたり、注連縄の揺れが宇宙の揺らぎに見えてきます。古神道を知る古代日本の人たちは、もしかしたら宇宙の根源にある「音楽」の意味、その仕組みに気が付いていたのかもしれません。
(続く)

ある古神道によれば、宇宙は言霊、音霊によって創られていた!

神社や教会などの宗教施設が神とつながりやすくするための装置だとしたら、音楽のハーモニーもまた神とつながる装置にほかなりません。でも、そこにはハーモニーがなければいけないんですね。そして、それらのハーモニーの一つ一つの成分を調べていったときに現れるのが、言霊と音霊です。

この言霊や音霊という「単位」において、古神道と音楽が一致するんですね。

ここからは、先述の神官の子孫だという方が神官の関係者から聞いた話で、教科書にもどこにも書いてありません。
それによると、すべての言葉には神が宿っていると言います。だから「あいうえお」のそれぞれに神様がいるそうです。
「あ」の神様、「い」の神様、「う」の神様といった具合です。全部で48柱の神様が最初に現在地球がある場所に降り立ち、地球を創造します。後から「や」の神様と「よ」の神様がやって来て計50柱の神様が地球創世に関与します。どうやって地球を創ったかというと、それぞれの音の組み合わせで創ったというんですね。たとえば、「ひ」と「か」と「り」の神様がまるで和音のように合わさって、「光」の性質が生まれるといった具合です。

すごい話でしょ。「あいうえお」の神様がいて、しかも50音(おそらく、や行の「い」「え」とわ行の「ゐ」「ゑ」も別の発音として数に数えたのだと思われます)の神様がいろいろ組み合わさって地球を創ったという話は、おそらく皆さんも聞いたことがないと思います。
私もその話を聞いたときは驚きました。

でも、かすかに覚えがあったんですよね。竹内巨麿が開いた天津教の天神人祖一神宮のお祭り(神事)で、初めて天柱石の頂上に登った時、神事の最初にやったのが「あいうえお」の50音の発声だったからです。1984年のことなので、ずいぶん昔のことですが、確かその時にも「あいうえお」の言霊にはそれぞれ神様がいるようなことを聞いた気がします。つまり、「竹内文書」にもその話が伝わっていた可能性があるわけです。

同時に思い出すのは、すでに紹介した『オアスペ』の記述です。大洪水でパン大陸が沈没したとき、すべての民族の中で最も古くて(the oldest)、特別に選ばれた民族(an exclusive people)がパン大陸の一部であった日本に漂着するのですが、その民族は神事や儀式の名前と、すべての言霊(口から発声されるすべての音)を保存するよう「神」から宿命付けられていた、と書かれていました。

ではなぜ、すべての音を保存する必要があたったのでしょう。多分そこには、宇宙創生の秘密があるからだと思われます。

こうした話が本当だとしたら、おそらく宇宙はこの言霊・音霊から成り立っています。『旧約聖書』の「創世記」にも、神が「光あれ」と発声したことによって、混沌とした宇宙に光が生まれたことになっています。つまり、振動する音で宇宙は創られたとも解釈できます。まさに音霊、言霊によってこの宇宙は創られた、と。
(続く)

神とつながる「聖地」としての神社、磐座、そして祈り

神を感じ、わかることができるのであれば、なんでもOKというのが古神道および神道です。
その前段階として、心を整える装置が神社であり、磐境や磐座がある「聖地」であると思ってください。
鳥居(磐境)をくぐって神域に入り、御手洗で手や口を浄め、本殿や磐座の前で心を整えますね。
もちろん神社ではなく、教会でもモスクでもお寺でもどこでもいいんです。
それぞれの流儀で、心を整えます。そして祈り。

この祈りによって、神の意識とつながりやすくなります。
ただし問題は、この祈りに「我(が)」があっては神につながらないということです。
よく言われることですが、「かがみ(鏡)」から「が(我)」を取れば、「かみ(神)」となります。
単純でしょ。心を整えるということは「我」を取り払い、ニュートラルにすることなんですね。
鏡はそのための装置の一部です。鏡は自分のありのままの顔や姿を映し出します。
「我」は顔に出ますね。だから鏡は、そこから「我」をなくしやすくするための道具でもあるわけです。
すると、あら不思議、神につながるんです。

だから「俺が」「私が」とお祈りしているかぎり、神と深くつながることは、かなり困難になるということでもありますね。

で、祈りの基本は「感謝」と「癒し」と「祝福」です。
この基本を守れば、「我」や「欲」が入り込む余地はありません。

これが神とのつながり方です。あとは感じて、わかるだけ。
実際、後述するつもりですが、この祈りがなければ、大地に描かれた「神々のライン」も本当の意味で活性化することはありません。

そして、神とつながるもう一つの大きな装置としてこの世界に存在するのが、音楽、音のハーモニーだと思っています。
(続く)

プロフィール

白山菊理姫竹内文書

Author:白山菊理姫竹内文書
FC2ブログへようこそ!



最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR