神々の山を訪ねて38(二上山と鳥居)

二上山と鳥居。

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ちょうど鳥居の間、注連縄と一緒に二上山が見えるようになっています。
遠くに見える高み(神奈備山)をいかに大事にしたかがわかりますね。

こうした位置関係そのものが、古代人がタカミムスビの法則を知っていたことの傍証となります。
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神々の山を訪ねて37(三輪山)

古来神が宿る山として崇められてきた三輪山。

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『古事記』や『日本書紀』には、御諸山(みもろやま)、 美和山(みわやま)などの名で登場、三諸の神奈備(みもろのかむなび)とも称されます。

この山に鎮まっているとされているのが、大物主の神。
これは実はスサノオの四男とみられる大年神(大歳)のことです。
別名は天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊。つまりニギハヤヒノミコトです。

なぜそのことがわかるかと言うと、『古事記』を丁寧に読むとそう書かれているんですね。
出雲の国作りの神話です。
スクナビコナとともに国作りを固めた大国主ことオオナムジ。ところがスクナビコナが亡くなってしまい、途方に暮れます。
そこへ御諸山の神が現れて、大和の東の山(三輪山)に自分を祀れば、国作りを助けるという趣旨のことをオオナムジに告げます。こうしてオオナムジは御諸山の神に助けられて、国作りを完成させるという話です。

で、ポイントは、この物語のすぐ後に「大年神の神裔」が突如出てくることです。
普通『古事記』では「神裔(しんえい):神の子孫のこと」というと、ある神の活躍が語られた直後に、その神の子孫は誰々である、となります。ところが、大年神の神裔の前には、ひとことも大年神の活躍が記されていないので、読者としては狐につままれたようになってしまいます。いったいなんでここに大年神が登場するか、学者の方でもわかっている方はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。

しかし、大年神が御諸山の神であることを知っていると、すべての疑問が氷解するんですね。大年神はオオナムジの国作りを助けた偉大な神であると書かれているからです。それを受けて、「大年神の神裔」となったと解釈すべきなんですね、丁寧に読むならば。同時になぜ三輪山の大神神社の末社に久延彦社があるのかもよくわかります。久延彦もまた、オオナムジの国作りを助けた知恵の神だからです。

おそらく『古事記』の作者は、そういう意図で国作り神話の最後に御諸山の神を登場させた。ただし、ニギハヤヒ(大年神)のことは隠さなければいけなかったので、露骨に大年神の活躍を書くことができなかった。だけど、読む人が読めば、御諸山の神がニギハヤヒであるとわかるようにした、というのが真相だと思います。

この辺りの詳しい内容の解説は、拙著『竹内文書の謎を解く②―古代日本の王たちの秘密』をお読みいただければと存じます。内容は難しいですが、まったく新しい解釈で『古事記』や『日本書紀』を読み解いています。

さてその三輪山ですが、『古事記』に「東の山」と書かれていることから木のエネルギー、数字の三から火のエネルギーを持っていたことがうかがわれます。

五行を離れて易で見れば、大物主がヘビ神とされていることから風のエネルギー、「輪」という形から天のエネルギーと近いことがわかります。また蛇神から水や雷を連想することもできます。

でも、本当の秘密はこれだけではありません。
標高467メートルにも我々の知らない秘密が隠されています。
それはまた別の機会に説明できればと思っています。

神々の山を訪ねて36(大和三山)

耳成山と畝傍山と天香久山の大和三山。
この三山を一つのフレームに収めるのは結構大変です。
それでも何とか収めたのがこの写真です。

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右から耳成山、畝傍山、天香久山です。
耳成山と畝傍山の間の奥に見える山が葛城山。
畝傍山の左奥の山が金剛山です。

ご存知のように大和三山は畝傍山を頂点とする二等辺三角形で、その垂直二等分線上に藤原宮が造営されました。葛城山と三輪山を結んだ直線(夏至の日の出ライン)は、ちょうどその垂直二等分線と平行線になります。

このように古代測量師は、山と山を結びながら距離と角度を計算、都を造営していきました。
高みと高みを結ぶので、これをタカミムスビとも言います。
ただし本当のタカミムスビの意味は隠されています。
私の仮説は次の本で説明します。

ちなみにこの写真を撮影した場所は、穴師坐兵主神社(あなしにますひょうずじんじゃ)のそばです。
穴師というぐらいですから、おそらく土木測量師と何らかの関係があったのではないかと思われます。
また「穴」には易で北の意味があります。真北を見ながら正確に測量する土木技師という意味でしょうか。
耳成山は彼らが造った人工の山の可能性がありますね。

神々の山を訪ねて35(天香久山)

大和三山の一つ天香久山。

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『日本書紀』にはこの山の土が呪術に使われたことが書かれています。
当然土のエネルギーがあるということですね。
それから火のエネルギー。というのも、イザナミを火傷させて結果的に殺してしまったアメノカグツチは火の神だからです。

いずれにしても山に天がつくのは珍しく、特別な山であったことがわかります。

神々の山を訪ねて34(畝傍山と二上山)

昨日の関連です。
畝傍山と二上山。

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一番奥が二上山で、その手前が昨日紹介した畝傍山です。
写真は石舞台付近から撮影したものだったと思いますが、二上山にダブるように畝傍山が写っています。
たぶん伝飛鳥板蓋宮(飛鳥京の中心)辺りに二上山と畝傍山が一直線上に並ぶ地点があるように思います。
何とも言えない風情がありますね。

畝傍山はこの角度から見ると、顔の部分のないスフィンクスのように見えます。
二上山は双こぶラクダでしょうか。
耳成山がピラミッドなら、エジプトの”三役そろい踏み”ですね(笑)。

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神々の山を訪ねて33(畝傍山)

大和三山の畝傍山。

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以前紹介した耳成山と同様、非常に綺麗な山容をしています。
神武天皇はこの山の東南に橿原宮を建てたことになっています。

畝傍は畝火とも書きますから、火のエネルギーを持っていると思われます。
畝から畑(大地)が連想されることや、藤原京の南西にあることを考えると、土のエネルギーも強いようです。

畝傍山から引いた、耳成山と天香久山を結んだ直線に対する垂直二等分線上に藤原宮を置きました。
その直線(垂直二等分線)はほぼ夏至の日の出ラインとなります。その日の出の方向に三輪山があるわけです。

神々の山を訪ねて32(二上山)

再び日本に戻って、大和の二上山です。

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右が雄岳で、左が雌岳。雌岳の左側に竹内峠があり、日本最古の官道とされる竹内街道が通っていますね。
こうしてみると、雄岳が鼻で、雌岳が顎の人の横顔に見えてしまいます。
伊豆の下田で私たちが見つけたもう一つの寝姿山に似ています。下田の場合はその横顔の頭の上に、ピラミッド(下田富士)がありました。

このように二上山は非常に目立つため、とても重要な役割を古来担って来ました。
これは私の持論ですが、二上山は飛鳥京と藤原京、それに平城京の場所を決めるときの目安とされました。
飛鳥京付近から見ると、ちょうど夏至の太陽が沈む方向となります。
黄金色の夕陽がとても似合う山です。

数字の二は西。ともに金のエネルギーの象徴です。

神々の山を訪ねて31(アル・クルン)

北海道の次は、さらに遠く海外に飛んで、エジプト・ルクソール(かつての古都テーベ)郊外にそびえる「ピラミッド山」ことアル・クルンです。

神々のライン 003(アル・クルン)

有名な王家の谷を見下ろすように、まるで君臨するようにそびえています。
この山にも多くの秘密が隠されています。

ピラミッド型であることから、火のエネルギーを強く感じます。
テーベの中心的遺跡であるカルナック神殿の西に位置することから、金のエネルギーもあるでしょうか。
当然ですが、テーベのある場所から見ると、夏至の日の入りラインとなります。
夕陽は黄金に通じます。

神々の山を訪ねて30(北海道駒ヶ岳)

北海道の大沼公園から見た駒ヶ岳。

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渡島半島(おしまはんとう)のランドマーク的な存在となっています。
渡島富士と呼ばれることも。

いななく馬のように見えることから、名付けられたそうです。
馬であれば、当然火のエネルギーです。
大沼にあると見れば、金のエネルギー。
いずれにしても、美しい山です。

神々の山を訪ねて29(羊蹄山)

場所はいきなり飛んで、北海道の羊蹄山。

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本当に美しい山ですね。
水もきれいなところです。

羊ということは土のエネルギー、水源の山としては水のエネルギー、三角形の山容からは火のエネルギーをもっていることがわかります。
冬は雪が積もって金のエネルギー。春には樹木が芽吹いて木のエネルギー。カレンダーの沿って、五つのエネルギーを楽しむことができるわけです。

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そしてこの山にも神は宿り、古代人は聖なるラインを見出しました。

嵐山の雀

足元で何やら寝そべっている雀を発見。
「おいおい、こんなところで寝そべっていて、大丈夫か!?」

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・・・まるで横たわって死んでいるように見えますが、ちゃんと生きています。

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そう、このスズメ君は砂浴びをしていたんですね。
まったく、人がいることなどお構いなしに何度も砂浴びをした後、「ああ、さっぱりした」と言って飛び去ってゆきました。

今日は山ではなく鳥。京都の嵐山で見たスズメでした。

神々の山を訪ねて28(東山と西山)

五山送り火で有名な山々の最後にご紹介するのは、西山と東山です。

まずは西山。「妙」という字跡で知らていています。

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自動車練習場のすぐ裏手にあります。

そこからそう離れていない場所にあるのが、東山。

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こちらは「法」という字跡で知らていますね。

非常に重要な意味のある山です。
このシリーズの最初にご紹介した近江富士と関係があります。
何と言っても、妙なる法ですからね。

東山は東ですから木のエネルギー、西山は金のエネルギーです。

神々の山を訪ねて27(船山)

大文字山、左大文字山、曼荼羅山と紹介してきたからには、船山を紹介しないわけにはいきませんね。

京の北に位置する船山です。

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中腹には船の形の跡が見えます。五山送り火の船形で有名な山です。
船に乗ってどこに行く(あるいは、どこから来た)んでしょうか。

船から海を連想すれば、母なる海、母なる大地となり、土のエネルギー。船を三日月型とすれば、金のエネルギーとなります。

神々の山を訪ねて26(曼荼羅山)

京都・嵯峨鳥居本にある曼荼羅山。

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鳥居の形を焼く山で知られています。
非常に象徴的ですね。
鳥は西。金のエネルギーの象徴でもあります。
五山送り火ではここが最後に点火されますが、実はここが始まりです。
さあ、いよいよ謎めいてきましたね。

答えはやがて、そう遅くならない時期に明らかになります。

神々の山を訪ねて25(左大文字山)

こちらは同じ「大」の字の大文字山でも、左大文字山です。

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金閣寺のすぐ真北にある山です。
ということは、金のエネルギーを持っているということでしょうか。

ところで、京都では御所(大極殿)を中心にして考えるため、西を右京、東を左京と言いますが、この左大文字山は西にあるのに左となっています。
これもどうやら大極殿を中心にして右左を決めていたからだと考えられています。
つまり大極殿の北にある左大文字山は、やはり大極殿からは左に見えるというわけです。

しかし、この左大文字山にも秘密が隠されています。この山は船岡山とは切っても切れない関係になっているんですね。
船岡山の傾きを見ればすぐにわかります。船岡山はもちろん平安京の中心軸を決めた山ですが、その船岡山の軸の傾きが左大文字山を向いています。ということは・・・・・・。

この謎解きもいずれこのブログで紹介したいと思っています。

神々の山を訪ねて24(大文字山)

京都東山・如意ケ嶽の大文字山。

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京の西を守護するのが嵐山なら、京の東を守るのはこの大文字山です。まさに東西の双璧。
五山送り火の大文字焼きで有名ですね。山頂近くに「大」の字跡が見えています。

「送り火」からは火のエネルギー、東にあることから木のエネルギーを持っているように思われます。

神々の山を訪ねて23(嵐山)

京都にお住いでもご存知のない方はいらっしゃるかもしれませんが、嵐山には標高382メートルの嵐山という山があります。
それがこちらの山。

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渡月橋の向う側奥にそびえる山です。
一般的には渡月橋を含めた地域全体を嵐山と呼んでいます。

諸説ありますが、桜や紅葉を散らす山風から嵐山と名付けられたようです。
京の西を守護する山であるということ、それに渡月橋など金色や白色に輝く月のイメージがあることから、金のエネルギーを強く持っているように思われます。また、紅葉の赤から火のエネルギー、桜のピンクからは土のエネルギーが感じられます。平安京造営に欠かせなかった、非常に重要な山であることは間違いありません。

神々の山を訪ねて22(乗鞍岳)

飛騨山脈(北アルプス)南部の長野県松本市と岐阜県高山市にまたがる乗鞍岳。剣ヶ峰(標高3,026m)を筆頭に朝日岳、摩利支天岳、富士見岳など23の峰が連なっています。

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写真は高山市の位山から撮影した乗鞍連峰。
右奥が馬の鞍に見えることからわかるように、馬の鞍が乗鞍の語源となっています。

古くは愛宝山(あぼうやま)、平安時代から室町時代の古歌では「位山」とも呼ばれていたそうです。
「竹内文書」では神々が宇宙からやってきた天孫降臨の地とされています。

馬の鞍のイメージから火のエネルギーが感じられますが、ここまで来ると天や宇宙のエネルギーになるような感じがします。

神々の山を訪ねて21(富士山)

不二の山、富士山。

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この美しい山の麓にかつて王朝があったと言います。
その王朝の記録を残したとされる富士宮下文献では、富士山のことを蓬莱山、不二山、福地山などと呼んでいたようです。

3776メートルを数霊から読み解けば、火と水のエネルギー。天と地をつなぐ偉大な山であることは間違いなさそうです。

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