新著の表紙

新著の表紙が決まりました。

神霊界と異星人のスピリチュアルな真相

タイトルは当初「霊界と宇宙人」案だったのですが、霊界とスピリチュアルがダブるので、「異界と宇宙人」「別宇宙と異星人」などの案が出されました。で、結局、「神霊界と異星人」で落ち着いたようです(注:ただし「異星人」には地球の未来人も含まれます)。シンプルだけど鮮やかな表紙です。

10月19日に発売される予定です(現在校正作業中)。
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賑やかな雲たち

9月17日の雲は結構賑やかでした。

綺麗な放射線状に広がっている雲があると思えば・・・

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こちらには勝手気ままに動き回っている雲が。

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太陽が沈む方角を見ると・・・

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その夕陽を横切るように長い一本の線のような雲が出ています。

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夕陽に浮かび上がる富士山のシルエットの上には・・・

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カタツムリのような雲が浮かんでおりました。
こうしたさまざまな雲の形を見ると、世界のあちらこちらで、いろいろなことが起きていることを知らせてくれているようにも思えてきます。

青い富士山

最近、富士山近辺に取材に出かけることが多いので、富士山のアップの写真が増えてきました。

この日も夕方、青みがかった富士山を撮影。

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ちょうど日が沈んだ直後なので、富士山に後光が差しているように見えます。

さらにアップして撮影。

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御殿場インターから撮影していますが、ここから撮ると頂上がでこぼこしているのがよくわかります。

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8月19日午後6時24分ごろ撮影した、静かな青い富士山でした。

新著『不思議だけど人生の役に立つ異界と宇宙人のスピリチュアルな真相』

タイトルもまだ正式には決まっていないので、新著の告知をするのは早いと思っていたのですが、ネット書店「アマゾン」には既に載っているので、早目に告知することにしました。

新著『不思議だけど人生の役に立つ異界と宇宙人のスピリチュアルな真相』が秋山眞人氏との共著で10月19日ごろ成甲書房から発売されます。

アマゾンのタイトルは「異界」の替わりに「神霊界」、「宇宙人」の替わりに「異星人」となっていますが、「異界」「宇宙人」となる可能性が高いです。

神界、霊界、幽界、宇宙界といった異界について、私でも知らなかった意外な真相や、宇宙人たちのちょっとユーモラスな素顔などが明らかになります。その「異界と宇宙人の真相」を少し知っておくだけでも、読者の皆様の人生が豊かに、そして面白くなるのではないかと思っております。

表紙等が正式に決まりましたら、改めて告知いたします。

赤い月

赤富士の次は、赤い月。

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先日の中秋の名月ではなく、一か月前(8月20日)の満月ですが、とてもはっきりとしておりました。
中秋の名月も撮影しましたから、今度ご紹介いたしましょう。

赤富士五景

昨日に続いて、16日夕に撮影した赤富士の写真です。

日没後、赤い空が広がり、富士山も赤く染まります。

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まさに赤富士ですね。

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さらにアップします。

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富士山から伊豆半島までの風景。

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富士山から丹沢山系までを撮影。

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久しぶりに見た、神秘的で美しい夕景でした。

台風一過の夕景

台風が過ぎ去った後の昨日は、いつものように美しい夕景が現れました。

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午後6時少し前でしたが、すでに夕陽は沈んだ後。結構大勢の方が夕陽を見に来ていました。

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夕陽はちょうど愛鷹山の辺りに沈んだようですね。

日が沈んでも、空はまだ青く輝いています。

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夕陽の照り返しで輝く雲と富士山。

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そしてしばらくすると・・・

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赤く染まった空に富士山が浮かび上がりました。

第三回イギリス巨石めぐりの旅90(キューガーデンズの最終日)

こうしてイギリスを発つ最終日は、キューガーデンズでのんびりと過ごします。

いつものクジャクや・・・

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いつもの水鳥に出会い・・・

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いつもの小道を歩きます。

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最後は野草の食卓。

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ちょうど食用植物の特別展を屋外でやっておりました。

そしていつものように、売店でショッピング。

成田への飛行機は午後7時35分にヒースローを発ちますが、ちょっと早めに空港に着いて、レンタカーの返却をしなければなりません。午後3時半ごろ、ホテルを出発して空港そばのレンタカー会社に向かいました。返却場所はちょっと複雑で一度空港敷地内に入ってから再び外に出て、レンタカー会社に行くようになっているようです。

すべての手続きを終えて、飛行機に乗り込みます。
ほぼ定刻に飛行機は離陸。
しばらくしてふと窓の外を見ると、鮮やかなブロッケン現象が発生していました。

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何かまた花丸をもらった気分です(笑)。

それにしても、旅に出る前に言われたとおり、本当にお天気に恵まれました。
「いつもありがとう」と心の中で感謝します。

17泊19日の旅もこれで終わりです。二年前のアイルランド巨石めぐりの旅はブログを終了させることができませんでしたが、お陰様で今回は何とか最後までブログを更新することができました。このように記録を残しておくことは、私にとっても非常に大切な作業です。ほぼ連日の90回にわたる旅ブログへのご訪問、ありがとうございました。
(終わり)

第三回イギリス巨石めぐりの旅89(ロンドンとキューガーデンズ)

キューガーデンズの定宿にチェックインした後は、近くのモールへショッピングに行きます。
そこでお土産やこの日の食料品を買い込んだりして、のんびり過ごします。

翌日は朝からロンドンへ。
一日パスを購入したので、バスも地下鉄も乗り放題です。
コベントガーデンを中心にして本屋めぐり。
ほかにもあちらこちらを探索します。

夜は事前に購入していたミュージカル「We Will Rock You」を観劇。
SFミュージカルで物語はとんでもない方向に行きますが、クイーンの曲はすべて楽しめました。
二、三年前の秋にロンドンに取材に来たときは、連日ミュージカル三昧でしたが、今回はこれだけです。
新作のミュージカルも面白そうだったので、次回は新作を観に行きましょう。

この日は深夜バスでホテルまで戻ります。

翌6月8日は最終日。この日の夕方の便で日本に戻ります。
朝食の時に地元の老夫人と歓談。昔のキューガーデンズは素晴らしかったという話をします。

チェックアウトを済ませた後、ホテルの駐車場に車を置かせてもらったまま、近くのキューガーデンズに散策に行きました。

4年前にイギリスに来て以来、必ず立ち寄るキューガーデンズ。

朝食の時に話した老婦人が言うように若干アトラクションが米国染みて(あるいは子供染みて)きましたが、それでも昔ながらの自然は残っています。

キューパレス。

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キューガーデンズ中央にある木に囲まれた大きな道。

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テムズ川。

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やはりここはいつ来ても素晴らしいです。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅88(ウィンターボーン・アッバスのナイン・ストーンズ)

6月6日。プリマスのホテルを出た私たちは、今回のイギリス訪問で最後の巨石遺構となるストーンサークルを目指しました。ウィンターボーン・アッバスの町はずれにある「ナイン・ストーンズ」です。

ロンドン方面に向かって走ると、町に入る手前の道路右手のすぐそばにそのストーンサークルがあるはずでしたが、見逃してしまってウィンターボーン・アッバスの街中に入ってしまいました。ちょうどガソリンも給油する必要があったので、ガソリンスタンドで場所を聞きます。

スタンドの店員は丁寧にどこにあるか教えてくれたので、教えられた建物を目印にして今度は道路左側を注意しながら探しました。すると、林の間に確かにストーンサークルがありました。

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でも、駐車するスペースがなかったので、一度通り過ぎてUターン。安全な路肩に駐車して、この場所へ向かいました。

ストーンサークルの全景です。

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大きさもバラバラで、ちょっとでこぼこしていますが、比較的よく保存されています。

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大きいもので2~3メートルありますが、小さいものは数十センチの小さなストーンサークルです。
この近くにはもう一つサークルがあったようですが、今ではそれがどこなのかもわからなくなっているそうです。

さあ、これで今回の巨石めぐりは終了しました。後はロンドンでのショッピングや観劇、それに古本屋めぐりが待っています。

この日の宿泊先は、ロンドン近郊の常宿になっているキューガーデンズそばのホテル。ここで二泊して、ロンドンやキューガーデンズをめぐりました。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅87(デュローのストーンサークル)

ランズ・エンドのボスカーウェン・ウンからは再び東に進路を取り、その日の宿泊地であるプリマス方面へと向かいます。

その途中に立ち寄ったのが、デュロー・ストーンサークル。
デュローという小さな町にあります。
デュローという名前の由来ははっきりしませんが、二つの川という意味であるとの説もあります。
ちょうど町で遊んでいた子供たちに道を聞くと、すぐに場所がわかりました。

路肩に車を止めて、少し歩きます。
ほどなく、牧草地の中にストーンサークルが見えてきます。

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8つの白石英でできたストーンサークルです。

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羊たちの格好の休み場所となっているようですね。

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日陰で休んでいる羊もいます。

こちらの羊はちょっと警戒しています。ボス羊でしょうか。

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こちらも、なるべく羊たちの邪魔にならないように遠巻きに撮影しました。

そして車に戻る途中にでくわしたのがこちら。

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ホワイトソックスのクロネコちゃんでした。

さて、この日の探索はこれで終わり。
プリマスにあるSt.Elizabeth's Houseという、ちょっと洒落たホテルに滞在しました。
翌日はロンドン近郊へ。
巨石探索もあと一か所を残すだけとなりました。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅86(ボスカーウェン・ウンのストーンサークル)

メン・アン・トールからボスカーウェン・ウンへと移動する途中、牛たちの群れに行く手を遮られます。牧草地から別の牧草地への大引っ越しみたいです。

こちらがその時の写真。

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こちらに興味を持っているのか、振り向いている牛もいますね。
5分ぐらい待ったでしょうか。牛たちの「民族大移動」も無事終了。私たちも次の目的地へと進むことができました。それが、ボスカーウェン・ウンのストーンサークルです。

車を道端に止めて、歩いてその場所へと向かいます。
ストーンサークルに行く途中、クリーグ・トルという巨石遺構が右手にありました。
その遺跡の一部がこちら。

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三角形の石が重ねられたり、いろいろな組石があったりして、集会場であった可能性が強いように思いました。
クリーグ・トルの遺跡は、「巨人の足跡」という名前も付けれらているそうです。

しばらくこの巨石遺構の写真撮影をした後、再びストーンサークルへの道を歩きます。

このようなところを歩いてゆきます。

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そしてボスカーウェン・ウンのストーンサークルに到着。

全体が写り込むように土手の上に登って撮影します。

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このストーンサークルの特徴は、なんと言っても中央にある斜めに傾いた立石です。

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まさに巨大な日時計。でも巨人にとっては、足元に転がる小さな時計にすぎなかったのでしょうね。
巨人の時計だったかどうがは別にして、古代人が環状に配された巨石を使って天体を観測、一年の正確な季節や時期を知り、中央の立石で一日の時間を知った――私にはそう思えました。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅85(メン・アン・トール)

三年前はタヴィストックからイギリスの有名なレイライン「聖マイケル・ライン」の拠点を見て歩きました。このレイライン上には、エイヴベリー(シルベリーヒル)、グラストンベリー、タヴィストックそばのブレントール、ハーラーズ・ストーンサークル、ローチ・ロック、セント・マイケルズ・マウンドなど主に聖マイケル(大天使ミカエル)を拝む礼拝堂や教会が建てられている場所が連なっています。しかも、その礼拝所や教会はグランストンベリー、ブレントール、ローチ・ロック、セント・マイケルズ・マウンドと、いずれも360度見渡せる丘や山の上に位置しているんですね。もともと、聖マイケルの礼拝所や教会がなくても、絶好の光通信中継所となりうる場所だったというわけです。

私の推測では、古来、つまりストーン・サークルを建造した4000年以上前から、聖マイケルラインは、光通信網の基幹ラインだった。その重要性に気づいた後世の人たちが、そこに大天使ミカエルを崇める礼拝所や教会を造ったのではないでしょうか。

さて今回は、そうしたレイライン上の拠点には一切立ち寄らず、聖マイケルラインの西端とされるセント・マイケルズ・マウンドのさらに西の先にあるメン・アン・トールへと向かいます。

ここには3年前にも立ち寄りました。近づくにつれて、三年前の記憶がよみがえってきます。

駐車場に車を止めて、歩きます。

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そうそう、牛が放牧された牧草地の間のこのような道を前回も歩きました。
ほどなく、メン・アン・トールに到着。

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このドーナッツ型の巨石とその両端にある立石が特徴の巨石遺構です。

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実はここを再訪したのには、わけがあります。
ある構図の写真を撮りそこなったからなんですね。
その構図とは、こちらです。

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ドーナッツの穴の間に立石を入れる構図です。
かなりローアングルでないと撮影できないのですが、這いつくばるようにしてようやく撮ることができました。

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これだけのためにはるばるやって来たのですが、ちょうど曇りがちだった空もこの時は晴れて、綺麗な写真が撮れました。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅84(タヴィストック)

6月5日。イギリス滞在もこの日を入れてあと4日を残すだけとなりました。

この日の午前は、ダートムーア国立公園の西端にあるタヴィストックという町のマーケットに出向きます。
英国諜報機関「MI6」の情報将校であったというジョン・コールマン氏らから大衆洗脳機関だと批判されている「タヴィストック人間関係研究所」と同じ町名ですが、その研究所(ロンドン)とこの町の関係は不明です。

まあ、そうした話は抜きにして、タヴィストックの町を紹介しましょう。

三年前と同じ駐車場に車を止めて、マーケットに向かいます。

川が流れていますが、これがタヴィ川。町名の由来となった川です。

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街中に入って行きます。

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そしてここが目指すマーケット。

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ほぼ毎日開催されているそうです。

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ロンドンのコベントガーデンみたいでもあります。

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最後は古本屋に寄って、いつものように資料を物色しますが、ちょっと高めだったこともあり買いませんでした。
マーケットに一時間ほど滞在した後、イギリス南西端のコンウォール地方へと向かいました。
(続く)


第三回イギリス巨石めぐりの旅83(ゲストハウスの女主人とオーブ)

6月4日の宿泊先は、3年前にも滞在した、イェルバートンにあるゲストハウス。とても感じのいい宿だったので、今回もここに泊まることにしました。

こちらがその写真です。

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なかなか趣きのある大きな家です。
午後5時半ごろ、そのゲストハウスに到着。

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セアノサス(別名カリフォルニアライラック)。壁に這って青紫色の花が見事に咲いています。
このような樹形になるように女主人が手を加えたそうです。
日本ではあまり見ませんが、イギリスの家庭ではよく見かけます。

チェックインして荷物を整理する間もなく、庭でお茶でもどうかと誘われます。

こちらがその庭。

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庭に出ると、先にオーストリアから来たご夫妻が日向ぼっこしておりました。

私たちもスコーンと紅茶をいただきます。
久しぶりにのんびりとアフタヌーンティーを楽しみます。

しばらくオーストリアのご夫妻と雑談をします。
このゲストハウスに1週間以上滞在して、ゆったりとイギリス南西部のあちらこちらを回っているそうです。

ここの女主人とは、イギリスに来る何カ月も前からメールでやり取りをしていました。その際、私が物書きであるとわかると著作に興味を持ってくれたので、本を謹呈する約束をしておりました。日本語で書いてあるので読めないとは思いましたが、なるだけ写真が多く掲載されている拙著を差し上げると、しばらくして「この神殿のそばに写っている光の玉は何か」と問い合わせがあります。

どんな写真かと言うと、女主人が神殿だと思ったのは岐阜県・位山の蔵立岩で、その岩の前でまばゆいばかりに光り輝くオーブが写った写真でした。私が、「その光は、別の世界の情報を持った因子みたいなものだ」と説明すると、何と彼女は息子と一緒に同じものを見たことがある、というんですね。オーブはよく写真に写り込みますが、肉眼で見たという人は少ないです。

詳しく話を聞くと、どうやら女主人はスピリチュアルなことに興味を持っているらしく、ボードを使った交霊(コックリさんのようなもの)を試したことがあったそうです。そうしたら皆の目の前に光の玉が現れたそうです。その時、ゲストハウスを手伝っている25歳の息子も参加したとのことでした。後で息子さん本人にも聞いたら「母親に誘われて交霊会に出たが、そんなものは全く信じていなかった。だけど、あの光の玉を見て、ああいう我々の常識や理解を超えたものが存在するんだということが初めてわかった」と話していました。

そう、オーブは写真に写るだけでなく、肉眼でも見えるんですね。それを埃や雨粒がフラッシュに反射したものだとしてはいけません。

そのような話をした後、午後7時半ごろから夕食が始まりました。
前回もここで夕食を頼みましたが、毎回素晴らしい料理が出るので楽しみです。
今回もとても美味しくいただきました。

部屋に戻ります。
このように大きくて素敵な部屋でした。

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窓から見た夕焼け。

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午後10時ごろの夕景です。

明日はさらに西へと進みます。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅82(メリヴェイルの列石再訪3)

ダートムーアの原野の中で、視界にあった次の立石にたどり着きます。

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わかりづらいかもしれませんが、昨日紹介した立石はちょうどこの立石の上のところに小さく見えています。
で、ここまで来ると、次の立石が見えるという具合です。

こちらがその次の立石。

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誰かが、原野の道しるべとして置いたとしか考えられませんね。このように道標を配置しておけば、霧が出てきても、天気が悪い時でも道に迷わなくてすむわけです。

このままでは、原野の奥へ奥へと誘導されてしまいそうなので、元の列石のあるところまで戻ります。
羊と一緒に北側にあった列石を撮影。

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こちらの列石のほうが最初に紹介した列石よりも距離が短くて、全体的に小振りです。

平行に列石が走っていますが、直角の線を引いた同じ場所に特殊組石があるのが特徴です。

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上の写真でいうと、手前が北側の列石で、奥に見えるのが、南側の列石の一部。どちらも目立つ石が列に対して直角となる線上にあることがわかります。この一際目立つ石組を特殊組石と私は名付けているわけです。

そしてメリヴェイルの列石のもう一つの変わった石組がこちら。

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ストーンサークルに見えますが、実はこれはダートムーアでは至る所に見ることができる、先史時代の居住跡「ハット・サークル(小屋のサークル)」なんですね。この石のサークルを土台にして柱を使った家が造られたと考えられています。同じような石のサークルがちょっと見ただけで、5,6個確認できました。ちょっとした村があったことがわかります。今でこそ、ダートムーアにはほとんど人が住んでいませんが、かつてはこの原野に多くの人が住んでいたことがわかります。

これでこの日の探索は終了。イェルバートンにあるゲストハウスに向かいました。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅81(メリヴェイルの列石再訪2)

列石の終点(あるいは始点)からの眺めは素晴らしかったです。
前回来た時にはわからなかった巨石の配置がよくわかります。
遠くのストーンサークルや立石まで見渡せるんですね。

列石もこんなに遠くまで伸びていることがわかります。

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並行しているもう一つの列石の終点(始点)はこちら。

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両方の列石の終点(始点)を写すとこうなります。

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そしてこの終点(始点)に来てわかったのですが、ここから別の方角に、別の列石が伸びているんですね。
それがこちらです。

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列石というよりは一列の石積みといった感じです。さらに面白いのは、その石の列が遠くにある別の立石まで続いていることです。上の写真の左奥に写っている影のような棒がその立石です。

近づいて撮影。

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明らかに誰かが建造した立石です。その立石まで行くと、さらに原野の奥に別の立石が立っているのがみえるんですね。つまり原野の目印、あるいは標識として誰かが立石を意図的に配置したとみることができるわけです。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅80(メリヴェイルの列石再訪1)

エイヴベリーの巨石群は素晴らしいので、本当は2、3日滞在したいぐらいなのですが、今回はまだほかに取材するべき場所があるので、ここからイングランドの南西部に向かって出発します。エイヴベリーには次にイギリスに来た時も滞在することにしましょう。

さて、私たちが次に向かったのは、ダートムーア国立公園です。
シャーロック・ホームズシリーズ「パスカヴィル家の犬」の舞台になった場所としても有名です。

この日の宿は、3年前にも滞在したイェルバートンのゲストハウス。夕食を頼んであったので、午後6時ごろまでには到着しなければなりませんが、まだ一か所ほど立ち寄る時間があったので、メリヴェイルの列石を再訪することにしました。

前回、このメリヴェイルを訪れた時は曇天で少し靄がかかっていて、見通しが悪く全体像がよくわかりませんでした。
でも、この日は快晴。原野に広がる巨石群の位置関係が非常によくわかりました。また、前回気づかなかった巨石遺構も発見することができました。

まずは原野に分け入って、最初の目印となる立石です。

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駐車場から丘の斜面を登ってここまでたどり着くのですが、下の方からでもこの二本の立石を見ることができます。そしてこの立石は、メリヴェイルの列石の一部なんですね。一直線に二列の列石が延々と続いています。

その列石は後で取材するとして、この二本の立石から列石に対してほぼ直角の方角に歩いて行くと、ストーンサークルと別の立石があるんですね。つまり二本の立石はそれらを示す案内板的役割があるわけです。

列石を横切る形で、どんどん荒野の奥へと歩いて行くと、ありました、ありました、ストーンサークルと立石です。

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手前がストーンサークルの石の一部で、右奥にあるのが立石です。

立石の側からストーンサークルを撮影します。

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ちょっとわかりづらいかもしれませんが、左中央に見えるのがストーンサークルです。

この後、再び列石に戻り、列石に沿って歩きます。
すると、このような巨石遺構が現れます。

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ミニストーンサークルみたいですね。列石に沿って現れる、こうした特殊巨石組石には、やはり大きな意味があったはずです。少なくとも、この組石の場所から列石に対して直角の場所には、やはり特殊な組石がある構造になっているように思われました。このミニストーンサークルと呼応するように、もう一本平行に建造されている列石にも列石に対してほぼ直角の場所に特殊な組石が見受けられました。それは青森にある小牧野遺跡も同じで、同遺跡の特殊組石にも、別の遺跡がある場所・方角を示す役割があったと思っています。そのことは『正統竹内文書の日本史「超」アンダーグラウンド3』に書いた通りです。

列石の終点(もしくは始点)に到着しました。

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この一番手前の三角形の石が終点(もしくは始点)を表しているわけですね。
右奥に見えるのが、もう一つの平行に走っている列石です。そちらの列石も二列に石が並んでいます。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅79(アダムとイヴの立石)

ほとんどの観光客は見学に来ませんが、エイヴベリー・大サークルの南西1・5キロにも、ロング・ストーンズ、あるいはアダムとイヴと呼ばれている二つの立石があります。

これは南西に伸びていたアヴェニューの一部が残ったものだとみられています。

これはそのうちの一つで、アダムと呼ばれています。

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大きなひし形のような、あるいは五角形のホームベースとも呼べるような巨石です。
でも全体として受ける印象は、ジュゴンとか像のイメージがあります。

そしてこの象さんの向こう側にイヴと呼ばれる立石が見えます。

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近づいて撮影。

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こちらは小振りですが、すっきり、ほっそりとした立石です。

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角度によっては、人間の横顔に見えたりもします。

再びアダムに戻って、別の角度から撮影。

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こちらから見ると、恐竜の頭のようにも見えます。
ちょっと奇妙で面白い造形の、二つの立石でした。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅78(エイヴベリーの「聖域」)

「悪魔の住処(すみか)」を見学した後、再び西のエイヴベリーの方角に戻って、先ほど素通りしてきた「The Sanctuary(神聖な場所、聖域)」に立ち寄ります。

エイヴベリーの大サークルから南西に延びる列石のアヴェニューの終着点、あるいは始点です。
聖域と名付けられただけあって、おそらく重要な拠点であったのだと思われますが、面白いことになぜ「聖域」と呼ばれるようになったかは誰も知らないそうです。

これがその「聖域」です。

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これではちょっとわかりづらいので、もうちょっとアップにして撮影します。

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枕木のようなものが置いてありますが、これはかつて石や木の柱が立てられていた場所を示しています。
つまり、ここには巨大な木の柱とストーンサークルでできた神殿のようなものが建っていたとみられているんですね。

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上の写真の説明板には、石が置かれていた場所と木柱が立てられていた場所に印を置いたと書かれていました。

実はこの説明板に「聖域」と名付けられた理由は不明である、と書かれていたのですが、私にはなぜこの場所を聖域にしたのか、よくわかるんですね。というのも、この場所こそ、ソールズベリー平原に残る、イギリスを代表するストーンサークル「ストーンヘンジ」の約30キロ真北(西経1度49分)に位置するからです。

イギリスの研究家はあまりこのストーンヘンジとエイヴベリーを関連付けて考えない傾向にありますが、私は古代において、この両地点はものすごく密接な関連にあったように感じられます。少なくとも、ストーンヘンジと「聖域」の間には、常に光通信による交信がなされていたと考えています。つまり同一経線上なら太陽が南中する正午に同時刻通信が可能になります。30キロ離れていても、狼煙を挙げたり太陽の光を反射させたりして自由自在に交信や意思疎通ができたのではないでしょうか。そしてその内容や情報は、これからご紹介するシルベリーヒルなどの中継所を介して大サークルに伝えられたり、「悪魔の住処」に伝達されたり、あるいはさらに遠方にいる仲間たちに伝えられたりした、と私は考えています。

・・・などと考えていると、上空を鳥の群れが飛んでゆきました。

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「聖域」から西に2キロほど離れた場所にあるシルベリー・ヒルです。

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ヨーロッパ最大の先史時代の人工マウンドとされています。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅77(悪魔の住処)

大サークル南東に延びるアヴェニューは、現在サンクチュアリーと呼ばれているストーンサークルがあった場所へと続いています。だけど、そのサンクチュアリーは後で訪れることにして、さらに東に車を走らせます。エイヴベリーの大サークルから真東に約5キロ離れた畑の中にあるという「デヴィルズ・デン(悪魔の住処)」と呼ばれるドルメンを見に行くためです。

この場所に行くために、事前にエイヴベリーの売店の人に聞いたのですが、ここに長年暮らしている人ですら、めったに行くことない巨石遺構だそうで、その人もハイキングをしていてたまたま一度だけ見かけたことがあるだけだと話していました。車で行ける道路から1キロほど歩かなければならないのですが、駐車場はないので道路の反対側の路肩に車を止めて歩きます。

大きな耕耘機以外は通れないような悪路を歩くこと15分。小高い丘の上にドルメンが見えてきました。

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近づいて撮影。

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陰影のためでしょうか、目や鼻や口がある、何かカエルのような面白い顔をした巨石に見えてしまいます。
もしかしてスフィンクス? エイヴベリー・大サークルの真東にあるわけですから、東の番犬のような意味合いがあったのかもしれませんね。

反対側から撮影するとこうなります。

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まわりは畑以外になにもありません。
「悪魔の住処」と名付けられたのは、名付けた人がこの巨石遺構が「邪悪な異教徒」によって建造されたと考えたからです。異教徒にはなんでも「悪魔」とか「悪」と名付けるんですね。どこかの大統領もよく使っていましたね。「悪の枢軸」とか「悪のテロリスト」とか。

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18世紀に描かれたスケッチでは、このドルメンの周りに複数の巨石が配置されていたことになっていますが、今ではその面影はまったくありません。上の写真の小さめの石が唯一の残骸でしょうか。

悪魔が住んでいたのではないかとする伝説のほかに、このドルメンがスフィンクス的役割を果たしていたからでしょうか、白い魔犬の伝説もあります。
魔犬は真っ白で、真っ赤な燃えるような目をしていたといいます。まさに冥界の王ハデスの番犬。イギリスの伝説にはよく、異界に住む妖精や妖怪の一種として白い魔犬が登場したりします。

その異界への入り口がここ。

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穴の向こうには、緑と青の世界が広がっておりました。
(続く)

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白山菊理姫竹内文書

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