第三回イギリス巨石めぐりの旅16(路傍のストーンサークル)

まったく意図せずにストーンサークルと巡り合うこともあります。

キリンからブレアゴウリーに向かっている途中でした。
路傍に4つの石が並んでいるのが視界に入ったんですね。
車で時速60マイル(96キロ)ぐらい飛ばしていましたから、一瞬の出来事です。

ここで一応説明しておきますが、イギリスの田舎道の制限速度は多くの場合60マイル。もうみんなものすごいスピードで飛ばすんですね。私もこのころには慣れてきたので、60マイルで運転しておりました。

さて、その視界から消えた四つの石ですが、どうにも気になります。先を急ぐ気持ちもあったのですが、もしその四つの石が何か人工的なもの、たとえばストーンサークルだったりしたら、非常にもったいないと思って、車を止めて引き返すことにしました。

すると、4つだと思っていた石は実は5個あることがわかります。

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これって、どう見てもストーンサークルですよね。

さらに近づくと・・・

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何と木の陰に6つ目の石が隠れていました。

つまり、4つだと思った石は実は6個あり、完璧なストーンサークルだったことがわかります。
そのストーンサークルの真ん中を道路が通っていたんですね。

反対側から撮影すると、6個全部が写真に収まりました。

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ストーンサークルの向こう側の道路の路肩に止めてあるのが、今回借りたフォルクスワーゲンのゴルフです。

路傍の石ならぬ、路傍のストーンサークルでした。
(続く)
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第三回イギリス巨石めぐりの旅15(フィンガルの石)

ストーンサークルの写真を撮った後、キリンの町を散策します。
何軒かのお店があるだけの本当に小さな町です。

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その町のはずれの公園。

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その公園の中のベンチのそばに、ひっそりと立っているのは、こちらの立石です。

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フィンガルの石と呼ばれた石碑のようなスタンディングストーンです。
いつの時代からあるのかわかりませんが、フィンガルはこの地方で活躍したとされる伝説の英雄です。

近くにあった立札には、ベンチにでも座りながら、かつてのスーパーヒーロー、フィンガルに思いを馳せてみてください、というような意味の説明が書いてありました。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅14(キリンのストーンサークル)

25日はスコットランド・スターリング近郊のプリミア・インに泊まりました。この辺りにくると、かなりスコットランド訛りがきつくなるので、何度も聞き返すことになります。彼らは独特の抑揚やアクセントをもっていますので、慣れるのにちょっと時間がかかります。

翌26日はスコットランドの深部へとさらに車を進めていきます。最初に立ち寄ったのは、キリン(Killin)。ゲール語で白い教会という意味だそうです。

まず町の入り口にスタンディング・ストーンが立っています。さらに町のそばにはストーンサークルがあるはずなので、町の人にたずねますが、実ははっきりとは単語が聞き取れず、道に迷ってしまいます。今度は詳しい地図を持っているハイカーにたずねると、ちょっと行き過ぎていたことがわかり、軌道修正。田舎のでこぼこ道を行くこと10分ほどで目指すストーンサークルがある場所に到着しました。

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広々とした牧草地の中に静かにたたずんでおりました。

羊たちのちょっとした休憩所になっているようです。

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はっきりとした6個のストーンと真ん中には石組が見られます。

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なかなか感じのよい場所にあるストーンサークルでした。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅13(麦畑の丘のストーンサークル)

「ローマの悪路」を歩いて車まで戻り、次に向かったのは、ノーサンバーランド・ダッドーにあるダッドー・ファイブ・ストーンズでした。

一度国境を越えてスコットランドに入ったのですが、ダッドーがあるのはイングランド。地理的には北東にむかっっても、国境線はもっと北に向かって引かれているので一度イングランドに戻ることになるんですね。

このダッドーの5つの巨石(ダッドー・ファイブ・ストーンズ)を見つけるのは、そう難しくありませんでした。ダッドーの町中に入るところにある標識にストーンサークルと書かれてあったからです。このようにイギリスで巨石遺構の標識があるのは珍しいですが、あると非常に助かります。

その標識に従って車を走らせると、ちゃんと巨石のあるダッドー農場へと導かれます。このストーンサークルは畑のど真ん中にあるんですね。畑のわきを通る遊歩道に沿って歩くと、「ストーン・サークル」の立札とともに丘の上にある「ダッドー・ファイブ・ストーンズ」も姿を現しました。

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右下にあるのが立札で、左の麦畑の丘の上に見えるのがそのストーンサークルです。

ただし、ここからまっすぐにストーンサークルを目指すことはできません。麦畑を荒らさないように迂回して歩く必要があるからです。

麦畑のわきの道を歩いていきます。

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立札の場所から15分ぐらい歩いたでしょうか。ようやくダッドー・ファイブ・ストーンズに到着。

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ゲンコツを天に向かって突き出したような、面白い形をした5つの立石です。

デヴィルズ・アローズのように縦に溝が何本も入った石もありました。

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私はこの溝が単に酸性雨か何かの雨水でつくられたとは思っていません。いずれその証拠を提示できればと思っています。

風が渡ると、大海原の波のようにうねる麦畑の丘の上に鎮座する巨石遺構でした。

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この日(25日)はスコットランドのスターリングに宿泊しました。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅12(ローマ軍の泥の道)

巨石遺構探しはいつもうまくいくとはかぎりません。ゴートストーンズを見た後、私たちは一度国境を越えてスコットランドに入り、ローマ軍の野営地の遺跡のそばにあるストーンサークルを探したのですが、ちゃんとした形の遺跡を見ることができませんでした。

そのとき使った探索路がローマ軍が造ったローマの道。
昔はローマ軍が移動するための高速道路だったのでしょうが、今では泥の道でグシャグシャ。歩くのでさえ非常に困難なありさまでした。

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こんな道を1・5キロほど歩くと、ようやく巨石遺構らしきものを見つけます。

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でもこれでは、何の遺跡なのか皆目見当がつかないですね。
道が良ければもうちょっと探したのですが、この日は探索を断念して、次に進むことにしました。

ローマの道を帰る途中、ハイカーに出会ったので立ち話。
この悪路をずっと歩いて、夕方までにどこどこへ着かなければと話していました。
一日10時間ぐらい平気で歩くんでしょうね。かなり年輩の方に見えましたが、不屈のハイカーさんでした。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅11(ゴートストーンズ)

ハドリアヌスの城壁を越えて北上すると、もうスコットランドはすぐそこです。
その国境を超える前に立ち寄ったのが、サイモンバーンという村のはずれにあるストーンサークル「ゴートストーンズ」でした。

いつものように地図で目星をつけて、途中に出会った人に聞きながら、その場所を目指します。
ちょうどハイキングをする人たちの駐車場があったので、そこで私たちよりも詳細な地図を持っている人にゴートストーンズの正確な位置を聞くことにしました。その人たちはその場所を知らなかったのですが、親切にも地図でゴートストーンズの場所を探してくれます。ところがその地図には、私が目星を付けた場所とは違う場所にゴートストーンズの印が書いてあったんですね。どうやら目の前にある丘陵の向こう側の農場にあるようです。その場所に行くには、一度来た道を戻って、ゲートを開けて農場に入らなければいけません。

ゲートを見つけて、ゲートを開けて農場に入ります。開けたゲートをちゃんと閉めるのは、当然ですね。そうしないと、牛や羊が逃げてしまいます。でこぼこの農道を車で進むと、やがて農家にたどり着きます。ところが農家のすぐそばにゴートストーンズがあるはずなのにまったく見当たりません。そこで車を止めて、たまたま家にいた農家の女主人にたずねます。
「すみません、ゴートストーンズを探しているんですが」
「あら、ゴートストーンズならここがそうよ」
「えっ、どこにストーンサークルがあるんですか」
「いいえ、この農場の名前がゴートストーンズなの。ストーンサークルのゴートストーンズなら、あの丘陵の向こうあるわ」
こうして女主人から詳しくゴートストーンズの場所を聞くことができたのですが、最初に道を訪ねた場所のそばにあることが判明したんですね。まったくの遠回りでしたが、ちょっと見つけるのが難しい場所にあったので、農場の女主人に道を聞けたのは正解でした。

再びハイキング用の駐車場まで戻り、そこから歩いてゴートストーンズを探します。
このような場所です。

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遠くにある家の右手に車が止めてあるのが見えますが、それが私たちの車です。

教えてもらった通りに歩いていくと、やがてハイキングコースからは見えない場所にゴートストーンズがあるのを見つけます。

これがそのゴートストーンズ。

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高さ50~70センチほどの石が4つ、綺麗に並べられておりました。

石にはカップマークのような模様がいくつも彫られています。

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いつの時代からあるのかわかりませんが、見晴らしのよい丘陵の中腹に、ちょっとした道端の標識のように鎮座しておりました。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅10(スタンディングストーンとハドリアヌスの城壁)

25日午前は、当初予定になかったハドリアヌスの城壁とスタンディングストーン(立石)を見ることになりました。前日の下調べで、道路にそばに立石が立っており、その道路のそばにはハドリアヌスの城壁があることになっていたからです。

ニューキャッスルから西に40キロほど離れたホルトウィッスルまで主要国道(A69)を飛ばし、そこから北上。一般道のB6318に出て、立石とハドリアヌスの城壁を探すことにしました。

ところが、B6318のそばにあると思われた立石が見つかりません。一直線に続くB6318を何度も行ったり来たりしますが、手がかりはありません。

そこで地図をよく吟味して目星をつけ脇道に入り、ちょっと高台からそれらしき立石を探すことにしました。
すると、ありました、ありました、立石が二柱。小山の上にしっかりと立っていました。B6318からはほとんど死角になっていたんですね。近くまで歩いていくのは難しいようでしたので、望遠で撮影します。

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見えている道がB6318。直線なのですがアップダウンが激しい、まるでジェットコースターのような道でした。

このB6318の北側に、ハドリアヌスの城壁も続いています。
こちらがその城壁。

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野を越え山を越え、万里の長城のように、北方の民族を恐れたローマ人たちはこの城壁を造ったんですね。

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山の稜線に沿っても、壁が築かれていました。
(続く) 

第三回イギリス巨石めぐりの旅9(ニューキャッスルの夜明け)

24日はイングランド北部最大の町ニューキャッスル・アポン・タインのホテルに泊まりました。日本語に訳すと「タイン川にある新しいお城」という意味になります。人口26万人ほどで、ヨーロッパからのフェリーも着く海の玄関口でもあります。実際、この後スカイ島で出会ったスイスのライダーはアムステルダムからフェリーでニューキャッスルに入ったと話していました。

町の歴史は2000年以上前にさかのぼり、ローマ時代にはタイン川に橋が架けられ、ハドリアヌスの城壁の最東端でもありました。ローマにとっては、まさに辺境の地の城塞都市だったわけですね。

ホテルの真向かいはスタジアム。ホテルには駐車場が付いていないので、車はスタジアムの駐車場を利用しました。

ホテルから見た25日の日の出です。

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(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅8(ソーンボローの三つのヘンジ)

ニューキャッスルに向かうにはまだ時間が早かったので、もう一か所、当初予定のなかった遺跡を見に行くことにしました。それはソーンボローにある三つのヘンジ(環状の土手と堀)です。

月刊誌ムー5月号に既に書いたのですが、この三つのヘンジは「悪魔の矢」と呼ばれる三つの巨大立石を結んだ延長線上に綺麗に並んでいる点で、非常に意味があります。つまりこれらの立石とヘンジを造った人たちは明らかに、この二つの遺跡を関連づけて設計したとしか思えないんですね。しかもこの二つの遺跡群の距離は16キロほど離れています。さらにそのラインの中ほどにはナンウィックヘンジという別のヘンジもあります。その測量技術たるや、素晴らしいものであることが如実にわかるわけです。

とにかく直径250メートルはある巨大ヘンジが三つもあるわけですから、ソーンボローに行けばすぐにわかるかと思ったのですが、町全体を見下ろせる丘がないうえ、建物や垣根、木々に阻まれてどこにあるのかわかりません。ところどころ垣根の切れ間から平原の様子をうかがったものの、とうとうわからずに降参。仕方なしに町の中心に戻って、町の人に場所を聞くことにしました。

たまたま出会った女性に聞くと、丁寧に行き方を教えてくれます。
やはり先ほど垣根の間からちらっと見えた小山がヘンジの一部であることがわかります。

その小山がこちら。

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これだけだとヘンジなのかどうか、まったくわかりませんね。
ここでたまたまこの牧草地で働く人がトラクターで門から外へ出てくるところだったので、その人に頼んで敷地の中で撮影させてもらうことにしました。

そしてその小山に登って撮影したのがこれです。

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これが直径250メートルはあるヘンジです。ヘンジの中の牛の群れが小さく見えます。いかに巨大なヘンジかがわかりますね。私のカメラの広角レンズでも全体を収めることはできません。

反対側の土手はこうなっています。

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このような巨大ヘンジが、ほぼ500メートル間隔で三つ一直線上に並んでいます。撮影した小山からも他の二つを確認することはできませんでしたが、門のところで出会った持ち主の方に聞いたところ、遠くに見える森がその一つであると教えてくれました。

次の写真の中央やや右寄りの地平線に見える森がそうです。

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とにかく、その規模の大きさに度肝を抜かれました。
そしてこのラインは、ルイス島のカラニッシュ列石群を指していることはムーに書いた通りです。
恐るべし、古代の測量士!
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅7(教会のそばに立つ巨大立石)

ピークディストリクトに別れを告げて、次に向かったのは、ハンバーサイドのラドストンにある「ラドストンの石柱」です。

以前、このブログや雑誌「ムー」で紹介した「デヴィルズ・アローズ」の3本の石柱の姉妹のような石柱です。

この石柱があるのは、「オール・セインツ・チャーチ」という教会の敷地の中。お墓の石碑の中にポツンとその異彩を放っています。

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高さは7メートル50センチほど。イギリス最大の石柱です。

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いつごろ誰が造ったかもわからない謎の立石ですが、その壮大さから、イギリスの歴史の中でもいろいろな伝説と結びついて語り継がれてきたようです。

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(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅6(暴風雨の中のストーンサークル)

24日はピーク地方(Peak District)からイングランド北部のニューキャッスルへと移動したのですが、まずピーク地方に残る他の巨石遺構を探しにでかけました。

この日の午前が一番、雨がきつかったです。しかも暴風雨のような横殴りの雨。

最初に目指したのは、Barbrook1というストーンサークルでした。ラムズリー・ムーアの西の端にあります。
例によってまったく看板はないのですが、それほど苦も無く遊歩道を見つけます。

歩き始めた時にはすでに雨が降っていました。地図によると700メートルほどでストーンサークルに到着するはずですから、7,8分歩けばいい計算です。すると、予定通り右手にストーンサークルが見えてきました。

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回り込んで斜面の上から撮影すると、すべてのストーンサークルが収まります。

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すべての石が写り込んでいますが、いかんせん天気が悪いので写真でははっきりしませんね。

このBarbrookのストーンサークル群は全部で三つあることが知られています。
このBarbrook1から600メートル歩くとBarbrook2があるというので、距離の目星をつけて600メートル歩くことにします。途中、列石を発見。

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二つのストーンサークルを結ぶ目印なのかもしれません。

ところがこの後、600メートル以上歩いても、どこにもストーンサークルはありません。そうこうしているうちに雨と風はますますひどくなります。

私たちはとうとう探索を断念することにしました。おそらく晴れた日だったら、簡単に他の二つのストーンサークルを見つけることができたと思いますが、こういう日も時にはありますね。実際、雨に祟られたのは、この時だけでした。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅5(巨石神殿)

「9人の貴婦人」の前では晴れた天気ですが、その後は雨が降ったりやんだりに逆戻り。ストーンサークル探しもうまくいきません。ところが、その途中に異様なトール(岩山)を見つけます。

こちらがその岩山。

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まるで巨大なスフィンクスのような、威容なたたずまいです。

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自然の造形なのか、人工の産物なのか。

このような空洞があり、人間が楽に通り抜けられるようにもなっています。

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さらには、こちら。

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まるで門のように二つの巨石が手前にあって、その間に参拝路のような通路まであるんです。

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巨石神殿という言葉がぴったりと当てはまるような岩山(トール)でした。

ところで、上に紹介した写真は、ご覧のように快晴の中で撮影しています。しかし、実はこの直前まで小雨交じりの雲天だったんですね。それがあれよあれよという間に綺麗に晴れ渡ります。まるで写真を撮ってくれと言わんばかりに。この場所から見た夕陽や風景は、それはそれは素晴らしかったです。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅4(雨のち雹のち晴れ)

「9人の貴婦人」はスタントン・ムーア(ムーアとは原野のこと)の木立の中に立っているのですが、このムーアには多くの巨石がごろごろと転がっています。紀元前2000年ごろにはこの辺りに暮らす人々がいて、農業をしたり、木や石を切り出すなどして原野の資源を活用していたそうです。

その原野の中には人工物かどうかはわかりませんが、トールと呼ばれる岩山が点在しており、格好の目印、もしくは見晴らし台になっています。「9人の貴婦人」から10分ほど歩いたところにあったトールです。

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意図的に巨石を積み上げたようにも見えます。まさに自然の要塞というか、自然が造った見晴らし台です。

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遠くに別のトールが見えますから、見張り台や連絡網の拠点に使われたのは間違いないでしょう。

こちらはさらに離れた場所にあった、コルク栓のような形をしているので昔から「コルク石」と呼ばれている立石です。

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この石も昔から原野の目標物、目印として使われていたようです。

このコルク石から、さらに原野のはずれまで足を延ばして巨石遺構を探索しようと思ったのですが、ここで雹のような雨に遭遇します。とても探索は続けられそうにないので、退却。駐車した場所に向かって遊歩道を歩いていくと、再び「9人の貴婦人」の場所に戻ってきた途端に、天気がカラッと晴れるんですね。

ほら、この通り。

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子羊二匹を入れて記念撮影します。

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何かここだけ別世界という感じがしました。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅3(9人の貴婦人)

Kit's Coty Houseを訪れた後、向かったのはイギリスでも有数の、ストーンサークル群が存在するピークディストリクト(ダビーシャー北部の高原地帯)。一番有名なのはアーバーローという倒れたストーンサークルですが、それは3年前に見たので、それ以外の巨石群を回るのが今回の狙いです。

常宿にしているマトロックのホテルにチェックインした後、早速巨石探しにでかけます。最初に目指したのは、「ナインレイディーズ(9人の貴婦人)」と呼ばれるストーンサークルです。地図で目星をつけ、それらしき遊歩道があるところに車を止めて、歩きます。このあたりの巨石遺構にはほとんど看板が立っていませんから、自分で5万分の一か2万5000分の一の地図を買って、探し出すしかないんですね。

途中で出会った、犬の散歩をしている地元の女性に場所を聞くと、この道で間違いなく、5分ほどで右手に見えてくるはずだと教えてくれます。その時は曇っており、小雨がぱらつく天気だったのですが、「ナインレイディーズ」に到着すると、見る見るうちに空が晴れてきます。

その時の写真がこちら。

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木立の中に9人の貴婦人たちがたたずむように立っておりました。

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上の写真では、一柱は右から二番目の斜めになった石の陰に隠れております。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅2(Kit's Coty House)

メイドストーンに宿泊したのは、巨石遺構の少ないイギリスの南西部には珍しくドルメンが近くのケント州エイルズフォードにあるからです。

そのドルメンは、長い古墳丘の東のはずれに立っている「キッツ・コウティ・ハウス(Kit's Coty House)」。英語の古語で「森の中の墳墓」という意味があるそうです。建造年代は紀元前3500年~同2800年ではないかとされています。

ただし、その場所にたどり着くのには非常に苦労しました。
私のナビで「キッツ・コウティ・ハウス」が出てきたので、最初は簡単に見つかると思ったのですが、着いてみるとそれはレストランの名前。近くにあることは間違いないのですが、あちこち探しまわっても、それらしい遺跡は見つかりません。最後の手段として、民家に駆け込みます。ところが、そのご主人も長年そこに住んでいるものの、その場所には行ったことがないと言います。でも奥様が非常に詳しい方で、どこに車を止めればいいかを含め行き方を丁寧に教えてくれました。

言われた場所に車を止めて、遊歩道を歩くこと5分。見えてきたドルメンKit's Coty Houseがこれです。

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着いたときにはちょうど雲間から日の光が差し込んできました。

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撮影が終わるころには再び曇り空に。
犬の散歩をしている人がいたので、大きさがわかるように撮影したのが上の写真です。
(続く)

第三回イギリス巨石めぐりの旅1(メイドストーン)

5月22日の午前11時半に成田空港を出発した飛行機は、現地時間で22日の午後3時半ごろにロンドンに到着します。見かけの時間では4時間でイギリスに着くわけですが、日本のほうが8時間進んでいるので飛行時間は約12時間というわけです。

到着後、レンタカーの手続きを済ませて、午後4時半ごろヒースロー空港を出発します。今回借りた車は運転し慣れたドイツのコンパクトカー。オートマ車にすると2万円ほど高くなるので、いつもマニュアル車にします。ナビも借りると1万5000円ほど上乗せされるので、昨年約2万円でトムトムの欧州用携帯ナビを購入。すでに昨年スペインでこのナビを使っていますから、今回イギリスで使うことで、一応元を取れた計算になります。

この日向かったのは、ロンドンの東南東に位置するメイドストーン。ヒースローから一時間半ほどの町です。
ナビではピンポイントで宿を特定することができませんでしたが、近くまで誘導してくれました。最後はいつものようにスーパーで道を尋ねて、無事にチェックイン。時計はすでに午後7時をすぎていました。

庭の綺麗なゲストハウスです。

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(続く)

完璧なタイミング

5500キロに及ぶ長期間のイギリスの旅――――。その間、出会うべき多くの人々や巨石に出会った。しかも、なぜそうなるのかと、こちらが不思議に思うほどの完璧なタイミングでその出会いは起こる。

そもそも今回のイギリス取材旅行で、スケジュールを意図的に1週間後ろにずらしたのも、そうするように「心の声」が告げたからであった。「何も心配しないで。あなた方の行くところはすべて晴れるから」

まさか、と思いつつも、例年5月15日ごろ出かける日程をとりあえず一週間後の22日にしたところ、何とあの天候不順のイギリスに滞在中ほとんどが晴れとなる”異常気象”となったのであった。18日間で雨に祟られたのは実質一日だけ。これはイギリスの天気を知る人にとっては驚異的な確率だ。事実、私たちがイギリスに到着する前の一週間は冷たい雨の日が続いていたという。

スコットランドとダートムーアでは、出会うべき人との出会いを果たした。その日、私たちは道に迷った。目指すストーンサークルを見つけられず、仕方なしに予定になかった別の巨石群に出向いたのだが、そこでニューヨーク出身の巨石研究家と運命的な出会いをした。巨石に対する私の考えを伝えると、大変驚いて、まさにその通りであると、いろいろと具体例を挙げてくれた。近く、彼は本を出すらしい。

どんなに雨が降っていても、そのストーンサークルの前に来た時だけ、カラッと晴れるという体験もした。ピークディストリクトの「ナインレイディーズ」だ。そのストーンサークルは、車を置いた場所から歩いて15分ぐらいのところにあるのだが、曇っていた天気がその場所に着くと、間合いを測っていたように快晴となった。私たちはさらに続けて、次の巨石遺構のあるところまで歩いて行ったのだが、空は曇りはじめ最後は雹のような雨も降りだし、これ以上の探索はできないほどになってしまった。ところが、帰る途中に再び「ナインレイディーズ」の前に来たら、それまでの荒天がうそのように再び快晴になったのだ。あのタイミングには驚かざるをえない。

私たちがスコットランドを旅行している間は、イングランドは雨となり、イングランドに戻ってくるころにはスコットランドは雨となっていた。

こうしてイギリスの天気は「心の声」どおりに、優しくも完璧なタイミングで私たちを迎えてくれた。
それを象徴するかのように、最後はブロッケン現象。二重の光りの輪がしばらくの間、帰りの機内から観測できたのであった。


・・・ということで、「第三回イギリス巨石めぐりの旅」のブログを近日中に始める予定です。

イギリス巨石めぐりの旅

今年も恒例のヨーロッパ巨石めぐりの取材旅行にでかけ、昨日帰ってきました。

今回は昨年に引き続き、イギリスの巨石群を回りました。5月22日から現地17泊18日。いつもは現地14~15泊ですから、ちょっと長めのイギリス滞在となりました。いつものようにレンタカーを借りての取材で、今回の走行距離は実に3459マイル(5534・4キロ)に達します。まあ、よく走り回りました。

ということで、「第三回イギリス巨石めぐりの旅」のブログが近日中に始まる予定です。

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白山菊理姫竹内文書

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