銀色の海を進む船

銀色の海に浮かぶ船です。

海と船

強烈な逆光で撮った海と船ですが、白黒写真のようになりますね。

昨年の12月18日に撮影しました。
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真ん丸な太陽

昨日は楕円形の太陽でしたが、こちらは真ん丸の太陽です。

太陽

まだ高度があるので、大気の層でゆがむことなく、丸のままですね。
これが沈んで行くと、赤みがかり、少し楕円形になったりします。
2月8日に撮影しました。

楕円形の太陽

太陽が地平線へと消えていくとき、ラグビーボールのように楕円形になります。

太陽

ちょっと押しつぶされたボールのようで面白いですね。

青い富士山

この時期の富士山は・・・

富士山

夕暮れ時には少し青みがかったように見えます。
青い富士山。
2月4日に撮影しました。

海の輝き

海が静かに輝くときがあります。

海

2月1日に撮影しました。

シンクロニシティ

 私が初めて、シンクロニシティ(共時性:意味のある偶然の一致。非因果的な複数の事象が意味的関連をもちながら同時的に起きること)を実感したのは、一九八四年六月のことでした。共同通信社の記者として富山支局に勤務していた私は、富山大学文学部の山口博教授(当時)とともに古代日本にはピラミッドがあったのではないかという趣旨の記事を書いていました。ところがちょうどそのころ、サンデー毎日も「大追跡 日本に世界最大最古のピラミッドがあった!?」という特集をしようとしていたんですね。別に私にはサンデー毎日に友人や知人がいて示し合わせて同じ企画をやっていたわけではありません。その双方の記事は6月中旬(19日)に記事になりました。まさに同じ時期に「意味のある偶然」として、「古代日本のピラミッド」の紙面化・誌面化が発生したわけです。

 この時以来私は、この世界には“神の仕組み”ともいえる、目に見えない大きなうねりのようなものがあって、我々はそのうねりに突き動かされて行動しているのではないかと思うようになりました。二〇一一年に私が書き上げた二冊の本『誰も知らない世界の御親国日本』(ヒカルランド刊)と『「竹内文書」の謎を解く2――古代日本の王たちの秘密』(成甲書房刊)もそうです。以前ブログでも触れましたが、この二冊の本を出すことには非常に大きな意味があったようです。

 そして、これも以前のブログで書きましたが、その二冊目の本の最終校閲作業をしていた二〇一一年一一月二一日にも、シンクロニシティは起きました。この日の午前、ようやく文字の校正・校閲作業が終わったので、その開放感から鎌倉まで遊びに出かけました。その帰り道、バスの中から何気に外を見ると、これまで見たことがないような巨大な虹が空に架かっていたんですね。しかもそれは二重の虹であり、なんと一八〇度近い弧を描いて地平から地平へとくっきりと浮かび出ていました。早速、コンパクトカメラで写真撮影したのですが、虹は何分経ってもまったく消える気配がありませんでした。そこで自宅に一度戻り、広角レンズで撮影を試みます。その虹はとても大きかったので、私の広角レンズでも撮りきれないほどでした。

虹

 もちろん、これは自然現象であり偶然です。しかし、私にとっては“約束”通り二冊の本を書き上げた後に、それもちょうど校正・校閲作業が終わった日に現われた虹でありますから、意味のある偶然なわけです。

 シンクロニシティは、それから二〇日ほど経った一二月一〇日にも起きました。その日はまさに『「竹内文書」の謎を解く2』が発売される一週間前で、午前中に刷りたての見本三〇冊が自宅に送られてきた日でもありました。これもたまたまだったのですが、その日の午後は神奈川県横須賀市の「よこすか芸術劇場」で「ラグース」というアイリッシュダンスの講演を観に行きました。またしてもその帰り道のことです。その夜は皆既月食があることを知っていたので、月がよく見えるかどうか確認するために空を見上げました。するとそこには、すでにブログでご紹介しましたが、巨大なリング状の雲とそのリングに乗るような形で満月が出ていたわけです。後日の秋山眞人氏の鑑定によると「地震雲」であるということでしたが、これも私には意味のある「夜空のダイヤモンドリング」であったわけです。

雲の環

 地震雲であろうと、ただの自然現象であろうと、「夜空のダイヤモンドリング」であろうと、確かに偶然には違いありませんね。ただし人間がそこに意味を見出した時、それは単なる偶然の一致ではなく、意味のある偶然の一致となるわけです。竹内睦泰氏の言うように「偶然は神」であるならば、「神」を感じることができるかは、それに気づくかどうかだけであるように思います。

 ちなみに正統竹内文書の二冊目の本が出版された一二月一七日は奇しくも、その口伝継承者竹内氏の誕生日であったことも付け加えておきましょう。

 今日はシンクロニシティについて書いてみました。

米国版竹内文書「オアスペ」

19世紀にアメリカの歯医者が書いた「オアスペ」という本があります。神と天使の啓示を自動書記で書いた分厚い書物で、宇宙の創世から人類の歴史、見えない世界の存在や天空間を航行する船のことなどについて、膨大な記号やシンボル、文字、絵とともに書かれています。「新しい聖書」と銘打っていますが、日本流にいえば、「米国版古事記」、あるいは「米国版竹内文書」みたいなものでしょうか。

その本の中で、古代地球の太平洋にはパンという巨大な大陸が出てくるんですね。これがチャーチワードのいうムーなのかは定かではありませんが、旧約聖書と同様に大洪水が起こり、地球の大陸はパン大陸を含め、ことごとく海中に没してしまいます。

そのとき、人類は5つの船団に乗って、世界各地に散ります。その五か所とは中米、中国、インド、アフリカ、日本なのですが、そのなかで最も古い民族が日本に行ったというんですね。水が引いた後、パン大陸は二つに分かれ、北の部分が辛うじて残っていた。だから今でもジャパンとして残っているのであると、ちょっと19世紀のおやじギャグみたいな話ではあります。それでも読んでいくと、なかなか面白いんですね。

どれだけ真実が混じっているのかわかりませんが、地球人類史を読み解くヒントはありそうだと思っています。

黄昏の中の富士山

富士山が噴火!?

富士山

・・・というのは嘘で、富士山の頂上付近を雲が流れていくところを望遠で撮影しただけでした。

遠くから見ると、こんな感じです。

富士山

いつものように、夕暮れの中、静かにたたずんでおりました。
1月31日に撮影しました。

雪を被った丹沢山系

相模湾越しに見た丹沢山系です。

丹沢山系

丹沢山系が雪を被ると、まるで雪国の風情。初任地の富山で見た北アルプスを思い出します。

晴れと雨の地域

高台から天地を見ると、一方の地域では晴れていても、もう一方の地域では雨が降っているのを観測することができます。

まずは伊豆半島南です。

晴れの地域

写真右側(北)は雲が出ていますが、晴れていることがわかりますね。
夕陽が綺麗です。

しかし富士山から北側は・・・

雨の地域

幾筋も雲から雨が降り注いでいるのを見ることができます。
そのアップ。

雨雲

まるで竜巻のタッチダウンのようにも見えます。

晴れの地域と雨の地域。
同時に観測できるのが面白いです。

のどかな風景と今年の出版計画

一月25日に撮影した、いつもの、のどかな風景です。

風景

昨年は忙しかったので今年はのんびりと過ごそうと思ったのですが、次の本の出版が決まり、少しだけ忙しくなりそうです。

今年こそ、マラルメと巨石をやりたいなと思っております。

湯布院温泉

由布岳の雄姿です。

由布岳

さらに近づいて撮影すると、こうなります。

由布岳

迫力のある山ですね。

由布院温泉はなかなか味わいのある温泉街でした。
この後、私たちは大分空港から羽田へ。
1泊2食7日間の九州フリープランでしたが、九州内乗り捨て代無料のレンタカー料金と九州往復航空券がついて一人3万5000円という安さでした。

米塚山は人工ピラミッド!?

伊豆半島にある大室山とほぼ同じ形の山があるというので、阿蘇の内輪山にある米塚山を見に行きました。

ところが1月16日はあいにくの吹雪。午前中は雪のために撮影を断念します。お昼を過ぎて、ようやく雪も小降りになったので、雪道を米塚山に向かって登って行きました。

そして撮影したのが、こちらです。

米塚山

雪で煙っておりますが、何とか全体像を撮ることができました。

やはり大室山とそっくりですね。ただし大室山のほうがはるかに大きいですが。
山全体が人工だとは思えませんが、大室山も米塚山も、人工的に加工した山の可能性はあると思っています。
欧州最大の人工マウンドとされる英国のシルベリーヒルとそっくりですからね。
あのピラミッド型の美しい形に、何か秘密があるのではないでしょうか。

日本のピラミッド

これぞ日本のピラミッド。

ピラミッド

・・・なんて、熊本・水前寺公園にある、富士山を模した築山でした(笑)。

高千穂の山々

高千穂から見る山々です。

高千穂

中には二上山もあるんですね。

タカアマハラ(高天原)の原風景がここにあるような気がしました。

4皇子生誕の地

なぜだが訪問することになった4皇子生誕の地です。

4皇子生誕の地

高千穂の、観光客はほとんど訪れることのない場所にあります。
4皇子とはウガヤフキアエズの子供たちである五瀬命、稲飯命、三毛野命、佐野命のことです。
佐野命とはのちの神武ですね。神武生誕の地はほかにもありますから、いったいどこが本当の神武の生誕地かはわかりません。でも、おそらく4皇子は、ご先祖様のニニギが王に即位した地である高千穂を訪れていることは間違いないように思われます。

ここで4皇子は何を話し合ったのか。そのような地であったように感じる次第です。

高千穂峡と高天原

有名な宮崎の高千穂峡です。

高千穂峡

高千穂は天孫降臨の地とされていますが、要はアマテラスらの日向族(アマ族、天孫族)が最初に日本に築いた拠点であるように思われます。アマテラスの夫である高木神(タカミムスビ)がよく臣下らを招集した天安河原も、この地にあります。神話ではニニギが天孫降臨して高千穂に来たかのように描かれていますが、すでにアマテラスらはこの地におりましたから、あれはあくまでも高木神からニニギに王位が継承されたことを意味しています。その証拠に、『日本書紀』には、高木神がニニギに真床覆衾の儀式で天孫降臨させたと記されています。つまり天孫降臨とは王位継承儀式のことであったと明確に書かれているんですね。

やがてニニギの子孫たちは、山から海へと進出していきます。それが海幸彦山幸彦神話に書かれている歴史なんです。記紀神話は実によくできたおとぎ話だと思います。

阿蘇山

雄大な阿蘇山です。

阿蘇

写真は阿蘇の内輪山ですが、この周りに外輪山があります。そのため、かつては富士山よりも巨大な山であったと考えられています。

易では、山は7。2でも3でも割り切れない7。秋山眞人氏によると、4と3という、水と油を内包した7は、いつ爆発してもおかしくない数字であると考えることもできるそうです。数字の持つ魔力みたいなものがあるのでしょうか。

その易によると、今年は山の年だそうです。これまでの積み重ねでできた山は、そのまま歴史を象徴していることにもなるわけです。歴史が大きな意味をもつ年。今年も日本や世界の古代秘史の真相に迫ろうと思っています。

阿蘇の白川水源

阿蘇を代表する湧水「白川水源」です。

白川水源

本当に透き通っていますね。毎分60トンもの水が湧き出ているそうです。
この水を使って製造したお醤油の美味しいこと。
何本も注文してしまいました(笑)。

高天原=タカアマハラ

熊本県・幣立神宮のそばにあった高天原の案内板です。

高天原

天照大神が岩戸隠れのあと、この地を通って還ったと書かれています。
高天原が宮崎県の高千穂にあったのは間違いないと思われますので、天照は出雲方面から陸路、熊本の幣立神宮あたりを通って、高千穂に戻ったのかもしれませんね。

ところで高天原をタカマガハラと読むのは、間違いだそうです。正確にはタカアマハラ。古神道では濁点は嫌いますから、タカマガハラと読むのは、高天原の存在を快く思っていない人が使う言葉だとか。日本語は奥行きが深いですね。

西都原古墳群とニニギノミコトの御陵

西都原古墳群と書いて、サイトバルコフングンと読みます。

西都原


西の都と書くぐらいですから、都があったところなのでしょう。
実際、この古墳群にはニニギノミコトやコノハナノサクヤヒメの御陵があるともされているんですね。
ただし、これまでの発掘調査結果と照合すると、ちょっと年代が合いません。
もし瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の御陵があるのならば、正統竹内文書的に考えると、紀元前1~3世紀ごろのものでなければ辻褄が合わなくなってしまいます。今後の発掘で、そのような御陵も見つかるかもしれませんね。もし発掘できればの話ですが。

都萬神社の楠

都萬神社の楠です。

楠

何と樹齢1200年とか。
この都萬神社は、清酒発祥の地ともされています。
京都の大酒神社同様に、秦氏(ユダヤ)が関係した神社のような気がしました。

コノハナノサクヤヒメとニニギの婚礼の地であったとされているようです。

竜宮伝説の地・青島

宮崎県にある青島神社前の海岸です。

青島

青島には大綿津見神の伝説が残っています。山幸彦(ヒコホホデミ)がシオツチノカミに教えられてたどり着いた海神の宮殿とはどこにあったのか。私は琉球であったとの説を採っていますが、正統竹内文書では琉球のほかにこの青島であったのではないかとの口伝も残っているそうです。

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