イギリス巨石めぐりの旅55(最終回:飛翔) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

6月8日のテムズ河畔の散歩では、こんなシーンにも出くわしました。

fox and heron

対岸を写したものですが、狐がアオサギを狙っているんですね。
もちろんアオサギ君たちも狐の存在に気付いていますから、ミスミスやられたりはしません。ちゃんと間合いを計って、狐との距離を保っているんですね。狐はあきらめて、茂みの中へと消えてゆきました。

成田空港行きの飛行機は夕方の出発でしたから、6月9日の最終日はロンドンでショッピングなどを楽しみます。ビートルズのCDを何枚か買ったり、お土産用と家用の紅茶を買ったり、お茶を飲んだりして午後1時半ごろまでロンドンの中心街を歩き回ります。

その後、再びキューの宿屋まで戻り、レンタカーで空港へ。
レンタカー会社への道がわからず、空港ターミナル周辺をぐるぐる回りましたが、午後3時半までにはレンタカーも無事返却し、すべての手続きを終わらせます。

あとは飛行機に乗り込むだけ。
そして、この飛行機に乗って・・・

bird

・・・テムズ川から大空に向かって、はばたいて行ったのでした(笑)。
(終わり)
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イギリス巨石めぐりの旅54(優しいテムズ川) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

今回のイギリス巨石めぐりの旅で、最後(6月8日)に宿泊した場所がロンドン近郊キューガーデンズのすぐそばにあるコーチ・アンド・ホーセズ・ホテル(馬車と馬のホテル)でした。さすがにロンドン中心部から地下鉄で30分ほどの利便性のいい場所にありますから、宿泊代は少し高くて、二人で1泊朝食付き125ポンド(約1万7500円)でした。ただし、無料の駐車場が付いています。昔は馬車や馬をつないで宿泊する宿屋だったのでしょうか。

kew

キューガーデンズとは通りを隔てただけという近さ。テムズ川へも徒歩5分ほどで到着します。

テムズ川とキューブリッジです。

kew bridge

キューブリッジには、トランプのキングを連想する彫刻が彫られています。

kew bridge

その日の晩はテムズ川のほとりを散策します。

白いバラを見つけます。

white rose

宇宙に咲く白いバラをつい連想します。

河畔には、このような遊歩道がずっと続いておりました。

river thames

学生時代に習ったエドモンド・スペンサー(16世紀後半の英詩人)の詩句がよみがえってきます。

Sweet Thames! run softly, till I end my song.

(優しいテムズ川よ! ゆっくりと流れておくれ。私が歌い終わるまで)

でも「甘美な香りのテムズ川(Sweet Thames)」も、いまはちょっと、どぶ川の匂いがするんですよね。

川とともに時も無常に流れて行きますね。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅53(ストーンサークル建造の目的) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

さて、他の人はストーンサークル建造の目的についてどう思っているのでしょう。そのいくつかをご紹介しましょう。

秋山さんにはまだ、何の目的でイギリスのストーンサークルが造られたかを聞いていません。でも、以前「ピラミッド(の先端)がUFOの停泊場であり、スフィンクスがその目印である」というようなことを言っていましたから、ストーンサークルの周りにある巨石群が拝殿(誘導路)であり、本殿(ピラミッド)がそのそばの山かストーンサークル本体ということになるのでしょうか。エイヴベリーの複合施設で当てはめると、シルベリーヒルがUFOの停泊場で、ストーンサークルはUFOの誘導路、もしくは「灯台(目印)」の役割を果たしていたといえそうですね。

ブログ仲間で宇宙人鑑定をしている白鳥さんの話でも、ストーンヘンジはUFOの一種の基地のようなものであったといいます。秋山さんの説と同じで、やはりある理由から山やピラミッドなど尖ったものの先端を目指してUFOはやってくるようです。磁場との関係がありそうですね。

白鳥さんの説明(と言っても、白鳥さんは言わされているだけなのですが)で面白かったのは、ストーンヘンジのヒールストーンを見てすぐに「これは日時計です」と言ったことです。

ヒールストーンとはこの立石ですね。

heel stone

なるほど言われてみれば日時計そのものです。このヒールストーンはストーンサークルの外側にあって、夏至の日の出を観測する場所に配置した石であるとされていました。白鳥さんによると、このヒールストーンが日時計でストーンサークルがカレンダーということになります。とても面白く、わかりやすい説明です。

白鳥さんはまた、かつてはストーンヘンジに巫女のような人がいて、UFOとテレパシー交信し、日時を決めて人を集めたと言います。そのために日時計とカレンダーが必要だったんでしょうね。その決められた日時になると、村人が大勢集まり、UFOを来るのをお祭りなどをして待ったのだということです。当時は娯楽が少なかったでしょうから、当日は縁日さながらの大変な賑わいだったでしょうね(笑)。

こうした意見をまとめると、ストーンサークルは地上においては天体観測やカレンダー、日時計などとして使われ、天空からは誘導路や灯台などの目印や、停泊所や発着場として使われた、ということになります。イギリス中に張り巡らされた巨石群(ネットワーク)は、おそらく計算されて配置されているのでしょう。

もちろんこうした説はまだ立証されたわけではありません。でも非常に面白い説だと思うんですよね。今度UFOの搭乗員に会ったら、聞いてみようと思っています(笑)。
(続く)

P.S.
余話。

silbury hill

シルベリーヒルの中央に黄金の階段が見えたとか。

イギリス巨石めぐりの旅52(空の灯台(港)としてのストーンサークル) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

イギリス巨石めぐりを終えたところで、ストーンサークルなどイギリスの巨石群が誰によって何の目的で造られたか、私の感想を記しておこうと思います。

目的のひとつは、天体観測ですね。場所によって月の観測に特化したストーンサークルもあったようですが、基本的に太陽と月、星の運行を精密に観測する装置であったといえそうです。つまり古代版のカレンダーであったわけですね。

私が旅の途中で見た「夢」では、ストーンサークルは時空間に何かをする道具「時の楔」として現れました。その後、帰国してから浮かんできた言葉は、「空の灯台」でした。エイヴベリーで見たシルベリーヒルなど山やマウンドと巨石群を、気球(天空浮船)から見て方角と位置を知るために「空の灯台」として利用したのではないかという考えが浮かんできました。私が現地に行って感じた巨石群は広大な複合施設であるというのは、そういう意味もあるんですね。

折りしも昨日(7月27日)の朝日新聞には、イギリスのストーンヘンジのそば、およそ900メートル離れた場所に新たに直径約25メートルの円状の溝と柱を立てていたとみられる円状の穴があることがわかったとの記事が載っていました。それを調べた英バーミンガム大学を中心とする調査チームは朝日新聞の取材に対して「ストーンヘンジはポツンと孤立した遺跡と思われていたが、ほかにあった可能性が高まった。ストーンヘンジの役割に関する研究も進む可能性がある」と述べています。

私の印象でも、ストーンヘンジは他のヘンジや小山などと関連のある複合施設です。30キロ離れたエイヴベリーの巨石群やシルベリーヒルまでを含めた複合施設であると考える必要があるように思われます。

空から見ると、こうした遺跡群がどのように映るのか。幸い現在はグーグルアースを使うと空から見た巨石群の配置がよくわかるんですね。それを見ると、エイヴベリーのストーンサークル、欧州最大の人工マウンドであるシルベリーヒル、長塚型墳墓の巨石群「ウエスト・ケネット・ロング・ハロー」がほぼ南北一直線上に並んでおり、さらに30キロ離れたほぼ経線上にストーンヘンジがあることがよくわかります。

ついでにこの経線をずっと北のピーク・ディストリクトへと延ばしていくと、そこに北のストーンヘンジと呼ばれたアーバー・ロウが位置することに気付きます。実はこの南北線は非常に重要な意味があります。なぜなら、これより東はストーンサークルが少なく、ヘンジ(円形の堀と土手で囲われた遺跡)のみの場合が多く、これより西はヘンジのないストーンサークルだけの遺跡が多いからです。そして、この中央線ともいえる南北ライン上に、ストーンサークルもヘンジもある混合遺跡が三つ並んでいることになるんですね。

つまり、この巨石群を造った人たちは、明確にこの南北線を意識していた可能性があるのです。

日本の羽根ラインもそうですが、そうした空からの目印となる目標物を経線上に配置することにより、空の灯台の役目を果たすだけでなく、イギリス全土を測量して地図を作るという作業にも役立てることができたわけです。

ここまで考えると、なぜ北の果てのルイス島の立石で出会い、その後も街中でバッタリ出くわしたイギリス人の老紳士が「灯台、灯台」と私たちに灯台に行くように告げたのかの「理由」がわかってきます。巨石群が天空浮船の灯台の役割をしたのであることを、無意識のうちに図らずも知らせようとしていたとも考えられますね。

ストーンサークル、およびその複合遺跡は、空を飛ぶ人たちが造った空の灯台(あるいは港)でもあった――と私には思えるのです。

ここまでは私の推論ですが、ほかの人の意見も聞いてみましょう。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅51(妖精のおまじない?) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

6月8日、この日がイギリス巨石めぐりの最終日となります。
私たちが向かったのは、オックスフォードシャーにあるロールライト・ストーンズでした。ローリング・ストーンズではありませんよ、念のために(笑)。

ところがこの日は、朝から大雨。天気予報を見ても、オックスフォードシャー地方は雨雲だらけで、午後も雨が降り続きそうです。これまで巨石群を訪れたときにはすべて晴れていたのに、しかも最後の最後で雨になるとはシャレにならないね、と伴侶さんと話します。

天気予報通り。午後になっても雨は降り続き、ロールライト・ストーンズに着いたときも小雨が降っている状態でした。

このロールライト・ストーンズの巨石群は、ストーンサークルの「キングス・メン(王の従者たち)」、崩れたドルメンの「ウィスパリング・ナイツ(ささやく騎士たち)」、立石の「キング・ストーン(王の石)」の三つから成ります。

最初に見たのは、キングス・メン。

king's men

空は雨雲でどんより曇っていますので、ちょっと寂し気ですね。もともとは105個の石でサークルを形成していたらしいですが、現在は77個残っています。20世紀初頭まで、夏至の日の前の晩にこのサークルの周りを若い女性たちが走り回って、石に未来の夫を教えてもらう占いみたいなものが行われていたそうです。

ここまではまだ小雨が降っていたのですが、そこから5分ほど歩いた場所にあるウィスパリング・ナイツに行くまでに空は激変していきます。

clouds

何と晴れ間まで見えてきました。

これがウィスパリング・ナイツです。

whispering knights

確かに騎士たちが頭を近づけて、なにやら小声で密談しているようにも見えます。この場所でも、村の若い女性が岩の割れ目に耳を押し当てると、岩がささやく彼女たちの未来を聞くことができたとか。

そうこうしているうちに、空には見る見る晴れ間が広がってゆきます。
そして最後の「キング・ストーン」にたどり着くと、ご覧ください、とうとう快晴になってしまいました。

blue sky

今回のイギリス滞在中、こんなにまぶしい光に遭遇したのは初めてです。まるで絵に描いたような太陽と雲ですね(笑)。

これが、私たちが今回の旅行で目指した最後の巨石であるキング・ストーンです。

king stone

この岩は兵士のお守りとしてご利益があるとされたことから、戦地へ赴く兵士が岩を削って身につける風習があったそうです。そのため、こんなにひしゃげて、くびれたような形になってしまったのだということです。

またこのロールライト・ストーンズの地下には、妖精がすむ世界が広がっていると信じられており、とくにキング・ストーンの周りで踊る妖精を見たという人は多いのだということです。たった三、四十分ほどで雨から快晴へと激変した天気も、この妖精たちが気を利かしてやってくれたのかもしれませんね。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅50(倒れたストーンサークル) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

6月7日、いよいよ巨石めぐりもあと二日となりました。
私たちはスコットランドを離れ、マンチェスター近郊にあるピーク・ディストリクト(イングランド北部の高原地帯)を目指します。イギリス最初の国立公園でもあります。

最初に立ち寄ったのは、ピーク・ディストリクト東側の観光地であるベイクウェル。ここで少し観光をします。その高台にある教会です。

bakewell church

この日の宿泊施設はベイクウエル近くのダーリーデイルにあるウィットウォース・パーク・ホテルでした。2人で朝食付き75ポンド(約1万円)。

ホテルに着いて軽い夕食を済ませてから、かつて北のストーンヘンジと呼ばれたアーバー・ロウを探しに出かけます。
ところが見つけ出すのに大苦戦。何度も引き返しては道を訊ねを繰り返し、堂々巡り。最後にやっと、農場のご夫婦に地図を書いてもらい、たどり着きます。

これがアーバー・ロウの円形の土塁です。

arbor low

奥に見える丘の上の土塁がそうです。北のストーンヘンジと呼ばれたのは、この土塁と溝がはっきりとしているからなんですね。アーバー・ロウという名前も「土塁の丘」を意味する古い言葉から来ているそうです。

その環状の土塁と溝の中にはストーンサークルがありますが・・・

arbor low

そうなんです。全部倒れてしまっているんですね。
強い北風にさらされること数千年。いつしか倒れたのだとされています。
中央には平たくて大きい石が置かれていました。

arbor low

これも風で倒れたのでしょうか。
見晴らしはともて素晴らしいのですが、ちょっと寂し気なストーンサークルでした。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅49(大都市グラスゴー) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

スコットランドの巨石めぐりを終えて宿泊した最後のスコットランドの地は、グラスゴーでした。スコットランド最大の人口(75万4600人)を抱える大都市ですね。イギリスを代表する芸術都市でもあります。今年の春ぐらいまで甥っ子がこの都市にある大学に留学しておりました。私自身はこの都市を訪れるのは初めてです。

今回宿泊場所に選んだのは、Jurys Inn Glasgowというホテル。朝食付きの料金は2人で80ポンド(約1万1000円)でした。このほかに駐車場代が7ポンドかかります。駐車場はホテル前の有料駐車場を使うのですが、本当なら12ポンドかかるところをホテルの宿泊客は割引になるというシステムでした。

ホテルの部屋から撮影した風景です。

glasgow

下を流れているのはクライド川。
ホテルはグラスゴーのセントラル駅のすぐそばにあるため、ひっきりなしに駅に出入りする列車を眺めることも。

glasgow

鉄道ファンにはいい場所かもしれませんね。
街の中心のジョージスクエアなどを見学して、この日は就寝します。

スコットランド滞在最終日の夕景。

glasgow

午後9時20分の撮影です。
残る巨石群もあと二つとなりました。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅48(謎の原始彫刻、古代芸術かメッセージか) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

スコットランドの巨石群はバリーミーノフの列石が最後でしたが、キルマーティンにはまだ見たいものが残っていました。

それが岩盤に刻まれた、原始彫刻ともいうべき文様でした。

バリミーノフの列石のそばにあるBaluachraigの石彫です。

cup and circle

cup and ring markingsと呼ばれている石彫で、コーヒーカップのような丸い彫り込みと同心円、もしくは渦巻き文様が彫られています。今から約五〇〇〇年前に石のハンマー(ノミ?)のようなもので彫られたのではないかとされています。

このような線状の模様も彫られています。

markings

cup and ring

あれっ、これらの文様はどこかで見たことがありますよ。そうそう、岐阜県恵那市の民家の庭先で見つかった「オガム岩」です。幅2メートル、奥行き5メートルほどの岩で、無数の線刻模様が刻まれていました(拙著『竹内文書の謎を解く』のP178参照)。この模様と非常によく似ています。そもそもオガム文字とは古代ケルト人が使っていた文字とされていますから、似ているのも当然といったら当然ですよね(笑)。岐阜とケルトは古代において何らかのつながりがあったのでしょうか。

次はキルマイケル・グラサリーの石彫。

cup and ring

こちらは、紀元前1800~1000年の作品ではないかと書かれていました。円とカップマークが直線や曲線で結ばれているのが特徴です。どことなく、ホピの予言のロードプランの岩絵と似ていますね。

最後はアフナブレックの模様群です。

cup and ring

これらのマークにどのような理由や目的があったのかは、わかっていません。単なる装飾とみる見方もあるようです。でも、もっと哲学的な意味が内包されている可能性もありますね。もしかしたら、ホピの予言のように、未来へのメッセージが刻まれているのかもしれません。

イギリス巨石めぐりの旅47(天のサークル) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

羊が周りで戯れるネザー・ラーギーの列石のそばにあるのが、テンプル・ウッド・ストーンサークルです。

temple wood stone circle

このストーンサークルは変遷が激しく、紀元前3500年ごろ、丸太を立てたウッドサークルのようなものがあり、その後ストーンサークルに変身。さらに時代が変わって、内側や外側にケルン(石を積み上げて塚としたもの)が造られ、最終的にはお墓として使われたようです。時代が経つうちに、目的や構造も変わってしまったと言えそうですね。

その次に見たのは、キルマーティンの巨石群の中でも異彩を放っているバリミーノフの列石です。

ballymeanoch

手前の二つの立石に平行して、40メートルほど離れた向こう側に4つの立石が並んでいます。どうやらこの平行線は、冬至の日の出や月の観測に使われたのではないかとみられています。

その4つの立石を撮影します。

ballymeanoch

この立石には、カップマークという丸いカップのような穴が彫られていました。

cup mark

さあ、これでスコットランドの巨石群の探訪は終わりました。翌日(6月7日)はスコットランドを離れ、イングランドへと向かいます。

そのときふと空を見ると、空にもサークルが現れています。

sky circle

太陽の暈が出現していたんですね。ペルとゲルの和解の日に見たような光の輪。何かとても象徴的なものを感じます。地のサークルに対して天のサークルとは、なかなかシャレていますね。ここにもまた、ストーンサークルの謎を解くヒントがあるのでしょうか。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅46(重い磁場) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

6月6日、私たちのイギリス巨石めぐりの旅も、残すところ実質4日となりました。
この日は、スコットランド中西部にあるキルマーティン渓谷の巨石群を見に行きます。この旅ではスコットランドで見る最後の巨石群となります。

最初はネザー・ラーギーの列石です。
この列石のそばで私は初めて、足が重くなり地面にズシッとめり込むような感覚を覚えます。ああ、これがお友達のひめのゆめさんがよく言っている「重たい」というやつだな、とうとう私も感じることができたと、なぜか自分に感心します(笑)。確かに、まるで磁石の地面に鉄の足がくっつくような気持ちになります。隣の伴侶さんも「重たい」と言っていましたから、本当に重たいんですよね。

でもこの重さは、嫌な感じはまったくしません。それに肉体的にはまったく関係ない重さなんですね。つまり、自分の「霊体」に作用する重さと言えばいいんでしょうか。歩こうと思えば、何の支障もなく普通に歩けます。逆に「重たい、重たい」と思えば、足は重くなり、歩くのが大変になります。しばらくそんな実験をやっているうちに、「重たさ」も消えてしまいました。

これがそのネザー・ラーギーの列石です。

Nether Largie

ストーンサークルと違って、変わった石の並び方をしています。後でわかったのですが、この並びはこの後に見ることになるバリミーノフの列石と共通点があったようです。

Nether Largie

「重さ」など全く関係ないといった様子で、羊さんが石の周りでのんびりと草を食べておりました。
(続く)

夜空に弾けた目玉親父 「ちいさな旅~お散歩・日帰り・ちょっと1泊(154185)」

昨日はこんな月夜の晩でした。

the moon

まだ日没直後で明るかったのですが、鎌倉の花火大会が始まります。

kamakura

もしかしたら見えるかもしれないと思って、富士山の見える丘に来て正解でしたね。遠く眼下の鎌倉方面に花火が上がっているのが見えました。

虫除けスプレーを撒いた後、私たちのささやかな宴会も始まります。

firework

たまや~、ですね。見下ろす花火もいいものです。

firework

すると、今度はこんな花火が!

firework

目玉親父!?

こうして夏の夜は更けていきました。

イギリス巨石めぐりの旅45(晴れのち豪雨、そして虹) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

ヘブリディーズ諸島を離れ、再び「スコットランドの大地」に戻ります。

ルイス島を午後2時半に出航。二時間もすると、ハイランド地方の山々が見えてきます。

highland

highland

highland

美しい、手付かずの自然が残っていますね。

フェリーは午後5時15分ごろハイランドのアラプールに到着。私たちはそこから、その日(6月5日)の宿泊先である、インバネスそばのゲストハウスへと向かいます。

ところが、あんなに晴れていた空はにわかに暗くなり、物凄い土砂降りに遭遇します。車を運転していても、もう数メートル先が見えないほどの豪雨。ワイパーも気休め程度にすぎない有様です。

しばらく徐行に近い運転をして、大雨が通り過ぎるのを辛抱強く待ちます。すると、待ちに待った太陽が現れ、お天気雨に。お天気雨とくれば、虹ですね。

そう、素晴らしい虹を見ましたよ。ナビと運転で写真を撮るどころではなかったので、残念ながら撮影しておりませんが、車のフロントガラスに激しく当たって弾ける霧のような雨雫に虹が映り、それが前方の空にまで続く不思議な虹でした。一見すると、自分たちの車から大空に向かって虹が架かっているように見えるんですね。こんな虹は見たことがありません。

今回の旅行で虹を見たのはこれが最初で最後でしたから、私たちが「この世の果て」のルイス島の巨石群まで行ったことによって、いにしえの約束がまた一つ成就したのかもしれませんね。

ネス湖そばのScaniportにあるゲストハウスに着いたころには、もうすっかりいい天気になっていました。BallindarrochCountry Houseという大きな屋敷のような宿泊施設で、綺麗な裏庭があり、周囲も緑に囲まれた場所にありました。

これは裏庭の写真です。

guest house

1泊朝食付きで2人で70ポンド(約1万円)でした。

イギリス巨石めぐりの旅44(巨大な石柱と灯台) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

白夜の世界を楽しんで眠りに就いた翌日(6月5日)、午後2時半のフェリーまで十分に時間があったので、ルイス島のほかの巨石群などを見て回りました。

最初に見たのは、The Trushel Stone(トラシェル・ストーン)。

trushel stone

高さは5・75メートルで、スコットランド最大(ヨーロッパ最大説も)の人工立石(石柱)だそうです。近くには砕かれたような大きな石がゴロゴロしていましたから、もしかしたら本来はもっと複合的な巨石群だったのかもしれません。南に向かって少し傾いています。

石のてっぺんにはstarling(ホシムクドリ)が留まって、こちらの様子をうかがっています。

starling

このホシムクドリという鳥の鳴き方は、実に多彩でいろいろな鳥や音の物まねができるんですね。最初にこの鳥の鳴き声を聞いたときは、だれかが口笛の練習をしているのかと思ったほどです。何と車のクラクションの音もまねることができるそうです。

この場所では、お話好きのイギリス人老夫婦と出会います。旦那さんはもともとは自動車ディーラーで、今は引退して、時々こうして夫婦で旅行をしているそうです。ちょっとした世間話や観光の話、そして巨石の話をして、別れます。

この後、まさかもう一度、しかもストーノウエイの街中で会うことになろうとは、そのときはまったく思いませんでした。前世からの何かの因縁があるんでしょうかね。そういえば、アテネでスミオン岬に行くときにバス停で出会ったイスラエル人もこんな感じでアテネの街中で再会したことがありました。

次に向かったのは、Steinaceleit Cairn and Stone Circleです。

lewis

トラシェル・ストーンで出会った英国人夫婦から聞いた灯台にも立ち寄って、灯台を撮影。

lighthouse

北の島の最果ての灯台です。そこからの風景も素晴らしかったです。

lighthouse

絶景ですね。

こうして私たちは、フェリーの出るストーノウエイへと向かい、時間が余ったので街中を散歩していたのですが、このとき先のイギリス人夫婦の旦那さんのほうにバッタリ出くわしたんですね。

待ち合わせをしたとしても、こううまく鉢合わせすることはないと思うんですが、運命の歯車は時々このように、完璧なタイミングで不思議な出会いを演出してくれるんですね。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅43(白夜のルイス島) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

6月4日は曇りや雨の天気だったのが、巨石めぐりを始めた夕方からすっかり雨が上がったことはすでに書きましたね。実際、カラニッシュの巨石群を撮影しているときは、見事に晴れてくれました。

そして宿に戻る途中で見た空も素晴らしく、思わず車を止めて撮影します。

lewis

このとき時計の針は、ちょうど午後8時を回ったところでした。この時間でもこんなに日が高いんですね。

カラニッシュのそばにある遺跡を訪ねます。

lewis

このシルエットに浮かんだ建築物は、2300~1900年前の住居跡だそうです。

再び夕景を撮影。午後8時半です。

lewis

羊とルイス島の風景。

sheep

宿に戻って、遅い食事を取った後も外は明るいです。それというのも、今回の旅で一番緯度が高い北緯58度20分の土地に来ているからなんですね。
だから午後11時43分になっても、こんな感じです。

midnight sun

日が沈んでも太陽光が散乱するため、空が明るいです。まさに白夜ですね。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅39(ダンヴェガン城のおばあちゃん) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

スカイ島は、ゲール語でアン・チリアン・スキーアナハ、翼のある島という意味だそうです。
ヴァージニア・ウルフの小説『灯台へ』の舞台になったことでも知られています。

そのスカイ島ですが、私たちはちょっとの滞在時間しかありませんでした。と言うのも、午前10時にスカイ島の南の港に着いて、午後2時には島の北にある港から次のルイス島へ出航するフェリーに乗らなければならなかったからなんですね。

持ち時間は4時間。でも、出航の30分前までにチェックインしなければならないことを考えると正味3時間、移動時間を差し引くと2時間ほどの見学時間しかないことになります。

そこでどこへ行こうかと考えて浮上したのが、ダンヴェガン城でした。比較的北の港に近い場所にあったからです。そうすれば時間の計算がしやすいですよね。

ダンヴェガン城はこんなお城でした。

ダンヴェガン城

改装中だったので、あまりいい写真が撮れませんでしたが、築700年以上の由緒あるお城です。スカイ島を支配した三大氏族の一つMacleod(マクラウド)家が800年近く居城したそうです。

城内にはお城にまつわる品々が展示してあるのですが、一つだけ特記に値する不思議なことがありました。私がマクラウド家の偉いおばあちゃんと思われる胸像の前を通ったときです。急に頭を締め付けるような(懲らしめられているような?)感じを受けたんですね。普段私は霊的なことをほとんどブロックしていますから、おかしなこともあるもんだな、と思いながらも、その胸像の前を行ったり来たりします。すると、その胸像の1メートル以内に近づくと、頭が痛くなり、離れるとなんでもなくなるということを体験します。あまり気にする性格ではないので、それはそのままにして、伴侶さんにも話さずにおきました。

お城から出た後のことです。その胸像の話になったとき、伴侶さんがいきなり「変だと思わないでね」と断りながら、次のような話をします。

「私が感じているだけだから、話半分で聞いてね。あのおばあちゃんがこんなことを言っているわ」
「えっ、何かメッセージがあるの?」
「そう」
「何?」
「何でそんな格好(服装)をしているんだ、って」
「服装?」
「たぶんプレスされたズボンとシャツ姿ではなく、ジーパンにポロシャツ姿で来たからと思う」

おや、これは失礼しました。ちょっとおばあちゃんのお城を「正式訪問」するにはラフな格好すぎたようです。そこで私は、じつはおばあちゃんの胸像のところで頭がちょっと痛くなったことを話します。もしかしたら、正装して来なかったことで、おばあちゃんからお小言をいただいたのかもしれませんね(笑)。いかなるご縁があったのか、それもやがてわかるのだと思っています。
(続く)

ダンヴェガン城のおばあちゃんの件で、もう少し詳しいことをお知りになりたい方は、こちらをご覧ください。

イギリス巨石めぐりの旅42(カラニッシュの巨石林) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

ヴァイキングの言葉で「この世の果て」を意味するヘブリディーズ諸島で最も知られた巨石が、カラニッシュ1と名付けられたストーンサークルです。カラニッシュ2から、さらに700~800メートル離れた、やはり丘の上にあります。この巨石群の写真は、よくパンフレットの表紙を飾っています。

カラニッシュ1の遠景。

callanish

丘の上がびっしり巨石で埋まっているという感じがします。まさに巨石林です。

このストーンサークルの特徴は、中心の二重状のストーンサークルから北へと80メートルに及ぶ二重の石の列である「アヴェニュー」が延びていることです。並木道ならぬ並石道ですね。さらに中心のサークルの東南西の方向それぞれに短い石の列が出ています。地上からはわかりづらいですが、空から見るとケルトの十字のようにも見えるわけです。

アヴェニューから中心のストーンサークルを写すと、こうなります。

callanish

アヴェニューの端のほうの石です。

callanish

変わった形ですね。なぜか、かわいい、ペンギンのような生き物に見えてしまいます(笑)。

中心のストーンサークルには、そのような変わった石が集まっているようにも見えます。

callanish

なにやら石の巨人たちが集まって、会議を開いているような・・・。

別角度からの一枚です。

callanish

5000年前の巨石群ですから、今となってはどのような人たちが何の目的で造ったかは謎で、想像するしかありません。ただ、このカラニッシュの巨石のことを描写したのではないかという記述が、紀元前のギリシャの学者の書物に載っているんですね。

紀元前55年、ギリシャの歴史家ディオドロスがヒュペルボレオイという北の果ての国、ケルト人が住む地よりさらに北の海の島に、アポロンを祀った巨大な石囲いと円形の神殿があると記しているんだそうです。

もちろんこの島が現在のルイス島とは断定できませんが、ディオドロスの記述はこう続くそうです。

この島では、月は地平線のすぐ上を動いていく。
春分の日からプレアデス星団が昇る時まで、月は住民の弾くチターの調べに乗って踊り続ける。
神は19年に一度、島を訪れる。

注目すべきは、この19年に一度神が島を訪れるという記述で、実はルイス島のように緯度の高い場所では18・6年に一度、月が地平線のすぐ上をほぼ水平に移動していくという現象(major lunar standstillの現象の一つ)が起こることがわかっているんですね。これと月が踊るという記述を併せると、ヒュペルボレオイがルイス島であったとする説が俄然、真実味を帯びてきます。スコットランドの横石のあるストーンサークルでもそうでしたが、カラニッシュの石の配列も方角を調べると月を観測するのに適していたとのことです。どうやら月を観測する装置でもあったという説は間違いないように思われます。

このほか、このカラニッシュの巨石に関しての伝説としては、巨石群は南方から来た巨人が造ったもので、夏至の日には「光り輝く者」がアヴェニューを歩いたという話が伝わっているのだそうです。

巨人、光り輝く者、ストーンサークルと来れば、どうしても秋山さんが描写したゲル(巨人族)を想像してしまいます。何しろゲルは、身体を光や雲で覆って、見えなくする技術をもっています。月の観測装置でもあるストーンサークル建造には、やはりゲルが関わっていたのかもしれませんね。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅41(カラニッシュの巨石たち) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

最初に見たカラニッシュの巨石群は、便宜上カラニッシュ3と呼ばれているストーンサークルでした。

callanish

サークルの中に4つの大きな立石があるのが特徴です。

その立石の一つ。

callanish

こちらはサークルの石の一つです。

callanish

丘の上にありますから、眺めも素晴らしいです。

callanish

callanish

カラニッシュの巨石群もやはり五〇〇〇年前ごろに造られはじめたとみられています。ただ当時はこの地方はもっと温暖で、海面レベルはもっと低く、水と緑が豊かで食べ物も豊富だったのではないかと説明板に書かれていました。

この場所からさらに200メートルほど歩いた場所にカラニッシュ2と名付けられた巨石群があります。

callanish

こちらは、サークルを構成していたとみられる石が五本ほど立っているだけで、残念ながら原型がわからなくなっていました。それでも残った石はとても個性的です。

剣?

callanish

ギター?

callanish

ヌリカベ?

callanish

本当に面白い形の石たちです。

私たちはこの後、最も有名なカラニッシュ1と名付けられたストーン・サークルに向かいました。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅40(ルイス島到着) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

短い滞在でしたが、午後2時すぎにスカイ島を離れ、ルイス島へと向かいます。

skye


午後3時40分ごろ、ルイス島へ到着。

lewis

そのころまでには厚い雲が空を覆い、雨がポツポツと降り出します。
私たちは、宿泊先であるストーノウェイという、島の中心の町へと向かいます。

Braighe Houseという飛行場そばのゲストハウスです。
裏手には牧草地が広がっています。

部屋からの風景です。

lewis

1泊朝食付き2人で135ポンド(1万9000円)でした。

まだ日が高かったので、雨がぱらついてはいましたが、お構いなしにルイス島の巨石群探しに出かけます。
目指すは、巨石研究家にとっては非常に有名なカラニッシュのストーンサークル群。宿からは30分ほどとのことです。

そして現場に着くころになると、あら不思議。どういうわけか晴れてしまいます。
日の降り注ぐ丘の上に、最初のストーンサークルが見えてきました。

callanish

(続く)

イギリス巨石めぐりの旅38(ヘブリディーズ諸島) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

マレイグからヘブリディーズ諸島へはCaledonian MacBrayneのカーフェリーを使いました。人だけの移動の場合には予約は必要ないかもしれませんが、車で渡る場合はまず予約が必要です。当初私は、アラプールからルイス島へ渡り、さらにスカイ島からマレイグに行こうと計画したのですが、ルイス島からスカイ島へ渡るフェリーの予約ができず、逆方向からフェリーに乗ることにしました。

周遊セットで購入するほうが安く、車のフェリー代が74ポンド、2人分の乗船運賃が30・10ポンドの計104・10ポンド(1万4600円)かかりました。予約はCaledonian MacBrayneのホームページからインターネットで予約することがあります。

マレイグの港からフェリーに乗り込むため順番を待っているところです。

mallaig

30分ほどでスカイ島に到着。

skye

そこで私たちを待っていたのは、こんなに愛らしい動物たちでした。

highland cattle

フォート・オーガスタスでもご紹介したハイランド牛です。

highland cattle

雄大な自然とハイランド牛がよくマッチしていますね。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅37(アリセイグの風景) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

ウエスト・ハイランド鉄道を横目に向かった場所は、この日(6月3日)の宿泊場所があるArisaig(アリセイグ、もしくはアリサイグ)という観光地でした。

これが宿泊したアリセイグ・ホテルの部屋の窓から見た風景です。

arisaig

arisaig

まだ日が高かったので、翌日行く予定の西外れの港町マレイグまでドライブします。

スコットランドの東の端のアバディーンから西の端のマレイグまで行くのには理由があります。マレイグからはヘブリディーズ諸島へと向かうフェリーが出ていたからなんですね。

そのマレイグまで下見に行った帰りに寄った海岸線の風景です。

arisaig

arisaig

アリセイグ・ホテルの宿泊料金は、朝食付きで2人でちょうど100ポンド(約1万4000円)でした。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅36(バグパイプ音楽とハリーポッターの鉄道) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

6月3日、ネス湖のB&Bで朝食にkipper(ニシンの燻製)を食べて、ハイランド地方を西南へと進みます。

フォート・オーガスタスでは、観光客のために音楽を奏でるバグパイプ奏者に遭遇。

scotland

と、ここで思い出したのですが、二日前の6月1日に私たちがスコットランドの地に足を踏み入れてからというもの、伴侶さんにちょっとした異変が起こります。今まで聞いたことがないような、バグパイプによる単調な繰り返しの音楽が聞こえてくるようになったというんですね。しかもそれは鳴り止むことなく、いつまでも続くような気配だというんです。そして胸の前辺りで指を動かしたくなったと言います。それがまさにこのバグパイプ奏者の演奏とダブるんですね。ただしこの奏者が演奏している音楽とは、どうも異なる曲のようです。

その土地に入った途端に、その土地や人に関わるテーマ曲が流れ出すというのは、面白い現象です。そういえば、私が時々紹介する喜楽天道さんも、よくその人に合ったテーマ曲が自然と流れ出すと言っていました。

フォート・オーガスタスでは、ハイランド牛(highland cattle)さんにも出会いました。

highland cow

羊さんと仲良く牧草を食べていますね。

次はグレンフィナン・モニュメント。

Glenfinnan

ローマ生まれ、イタリア育ちのボニー・プリンス・チャールズが1745年、ジャコバイト(Jacobite)と呼ばれる反名誉革命軍に擁立され、イギリスの王位継承権を主張してフランスからこのグレンフィナンに上陸したのを記念した塔です。

この塔の上からの眺めは見事です。

Glenfinnan

グレンフィナンのそばを通るウエスト・ハイランド鉄道は、映画『ハリー・ポッターと秘密の部屋』にも登場した高架橋で有名です。

west highland railway

railway

私たちはそこからさらに西へと進みました。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅35(ネッシー現る!) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

私たちはとうとう、ネッシーの撮影に成功しました・・・・!
これが衝撃スクープ写真です!!!!!

nessie

・・・・・・・・・・

6月2日、ファイヴィー城のエレガントな「ゴースト」さんに別れを告げた私たちは、インヴァネス経由で、ネス湖に到着します。ここも実に30年ぶりになります。

これがネス湖です。

loch ness

どうです。いかにもネッシーがいそうな湖ですね(笑)。

周辺に目撃例の多い古城であるアーカート城とネス湖。

urquhart castle

ここで待つこと数時間。

そして、私たちはとうとう、ネッシーの撮影に成功・・・・。
それが冒頭のスクープ写真だったわけですね。

nessie


・・・なんて、少しはネッシーに見えましたでしょうか(笑)。
実はウィンダミア湖で撮影した白鳥の写真の色を反転させた写真でした。名付けるとしたら「黒鳥の湖」でしょうか。先日見た男性バレエ団「トロカデロ・デ・モンテカルロ」の白鳥をつい思い出してしまいます(笑)。

写真は偽者でも、ネス湖を訪れた観光客ならだれでも「ネッシー君」に出会うことができます。

ほらね、この通り。

nessie

ゴミ箱にもネッシー君が描かれていました(笑)。

この日は、ネス湖の観光拠点であるドラムナドロヒトのB&Bに宿泊。2人で1泊朝食付きで64ポンド(約9200円)でした。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅34(お城の幽霊) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

翌6月2日も、アバディーン周辺のストーンサークルとお城を見学します。

最初に訪れたのは、ローンヘッド・オブ・デイヴィオットのストーンサークルです。
ここのストーンサークルも、「月見台」のような台座の横石がサークルを構成しています。

loanhead of daviot

新石器時代後期の紀元前3000年前後に造られたとみられています。

こちらはFyvie Castle(ファイヴィー城)。

fyvie castle

元々は13世紀に建造されたお城で、後に塔などが増築されたそうです。
この日は閉館日で中には入れませんでしたが、外側は自由に見ることができました。

fyvie castle

時計は新しいのでしょうが、由緒あるお城という感じがしますね。実際、戦争で破壊されることもほとんどなく、700年近く貴族や富豪が邸宅として使い続けていたようです。1984年にスコットランドのナショナルトラストが購入、一般にも公開されるようになりました。

この城の説明を読むと、スコットランドの他のお城同様、幽霊が出ることで有名なのだそうです。なんでも1920年の改装工事中に、寝室の壁の後ろから女性の白骨遺体が見つかり、城主が近くの墓地に埋葬させたのですが、その日からお城では、奇妙な音が聞こえたり、ありえないような出来事(超常現象)が起こるようになったというんですね。女性の祟りだと思った城主はすぐに女性の遺体を元の寝室の壁の後ろに戻したところ、幽霊が出なくなったとか。

fyvie castle

この扉の向こうにはどのような秘密の歴史が隠されているんでしょうね。

そういえば、このお城から立ち去るとき、休館日にもかかわらず、女城主と思われるような高貴な感じのする年配のエレガントな女性がお城から出てきて、50メートルほど離れたところにいた私たちをじっと見ていました。そのとき私たちは、ああ、このお城にはまだ住んでいる人がいるんだ、ぐらいにしか思わなかったのですが、このお城はすでにナショナルトラストに売却されていることを後で知ります。では、あの女城主に見えた女性はいったい・・・!?

・・・まあ、お城を管理していたナショナルトラストの女性だということにして、私たちの旅は続きました。そう、幽霊の次はネス湖の恐竜「ネッシー」の登場です(笑)。
(続く)

ファイヴィー城のエレガントな「ゴースト」さんのことをもっと詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。

イギリス巨石めぐりの旅33(アバディーンの城) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

アバディーンのストーンサークル以外のものをご紹介しましょう。

郊外には、こんなのどかな風景が広がっています。

aberdeen

と、これも実はトムナヴェリーのストーンサークルから写した風景でした(笑)。

でも冗談ではなく、ストーンサークル以外にもたくさん見所はあります。
そのひとつが古城でしょうか。

まずはCrathes Castle(クラセス城?)。

crathes castle

トムナヴェリー・ストーンサークルを見て、ホテルに帰る途中に立ち寄った古城です。16世紀に建てられたそうです。

庭園も見事でした。

crathes garden

次はそこから7キロぐらい離れた場所にあった古城Drum Castle(ドラム城)。

drum castle

塔の部分は少なくとも13世紀に建てられたとされています。

こうして観光を終えてホテルに戻ると、ちょうど夕食の時間となっていました。
ホテルで食事を取り、部屋に戻っても外はまだ明るいです。

午後9時49分に部屋の窓から撮影した夕景です。

dusk

明るいですよね。でもこれはまだ序の口。これからもっと日が長くなります。

こうして6月1日の夜は更けてゆきました。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅32(アバディーンの環状列石) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

アバディーンの周辺には実に多くのストーンサークルや巨石群が残っています。

最初に見たのは、カラリーのストーンサークルです。

cullerlie stone circle

8つの石からなるサークルです。サークル内に石が置かれていますが、サークルを造った時代とはずれており、後から石塚(墳墓)として使ったように感じられました。

このストーンサークルのそばには、柵の向こう側にお馬さんがおりました。

horse

何か訴えかけているようだったので、近づきます。すると、ああ、なるほど、新鮮な草を食べたがっていたんですね。だから柵のこちら側の新鮮な緑の草を頂戴と、私たちに目で話しかけてきます。伴侶さんや私がこちら側にあるみずみずしそうな草をむしって、投げてやると、喜んでそれを食べておりました。

次はトムナヴェリーのストーンサークル。

tomnaverie stone circle

紀元前2500年ごろ建造されたとみられています。このストーンサークルで非常に特徴的なのは、上部が平たくなった台座のような横石が配置されていることです。その台座のような横石の両側には、それを守るように柱石が立てられています。

tomnaverie stone circle

サークルの中央からこの台座を見ると、20マイル離れた場所にあるLochnagar(たぶん湖)を見渡せるだけでなく、30年に一回、夏至の日に満月が観測できるようになっていると書かれていました。

この横石(台座)のあるストーンサークルはとくにこの地方特有のもので、同一の部族が同じ目的を持って造ったのではないかと考えられています。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅31(30年ぶりのスコットランド) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

6月1日、とうとう「国境」を越え、30年ぶりにスコットランドの地に足を踏み入れました。1980年、当時22歳だった私が旅したスコットランドの10日間は、おそらく私の前半生の中でハイライトの一つとなるぐらい、私には大きな意味がありました。そこで出会った人々、オークニー諸島で初めて見た巨大なストーンサークル、ハイランドの手付かずの大自然、そして何よりも、私が初めて知ることになった前世の記憶。これらの鮮明な体験を私の記憶庫から消し去ることは決してないように思われます。

今回は首府エディンバラには立ち寄れず、スコットランド第三の大都市アバディーンに滞在しました。

まずは郊外にある、その日の宿泊場所であるMaryculter House Hotelに直行。このホテルは、13世紀にテンプル騎士団の住居であった場所に建てられたのだそうです。

このようなホテルです。

aberdeen

2人で朝食付き90ポンド(約1万3000円)でした。ただし繁忙期には130ポンドぐらいに値上がりするようです。ほぼ1・5倍になりますね。

この日はまだ日が高かったので、ホテルに荷物を置いた後は、周辺にあるストーンサークルやお城を見てまわりました。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅30(グラスミア散策とトイレの話) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

5月31日は午前中にさっさと二つの巨石群を見て、あとはショッピングと湖水地方の散策に時間を費やしました。

観光地ケズウィックのショッピングでは、ウォーカーズの特大ショートブレッドを発見。その長さはなんと1ヤードもありました(写真がなくてごめんなさい)。

その後、私たちは、思い出の地であるグラスミアとウィンダミアへ。また何か思い出すかと思って、ライダル湖畔を散策します。そのとき、ちょっと面白い出来事が起こります。公衆トイレに立ち寄った後、ハイキングコースを湖畔へと向かう途中、「19世紀では散策中のトイレとかはどうしていたのかな」と、ふとそんな疑問が浮かんだんですね。私はそのことを伴侶さんには伝えませんでしたが、ちょうど同じころ、伴侶さんには19世紀後半のイギリスの風景が突然飛び込んできたんだそうです。その映像はまさにトイレの話で、当時は民家や農家を訪問してトイレを借りていたというんですね。「へぇ~、面白いね。私はてっきり野原で済ませていたのかと思った」などと言いながら、伴侶さんの話をそ知らぬ顔で聞き続けます。伴侶さんは見たままの映像を私に伝えます。

それによると、私たちは当時、結構裕福な家の出身(私の家は貴族で、伴侶さんは祖父が軍人、父親は貿易商だったらしい)で、そうした民家や農家のトイレを借りたときは、お礼として身につけていたちょっとした貴金属とか、お金を置いていったのだそうです。

当時の伴侶さんはトイレぐらいで何でお金を払わなければならないのとか、トイレだったらレストランのを使えばいいと思っていたそうですが、当時の私は、農民(小作)あっての自分たちであるとの考えから、貴族も小作も同じ人間であるということを示すために、貴族だって感謝してこうして頼まないとやっていけないという弱みをあえて見せる必要があるのだと、伴侶さんに説いたのだそうです。

それは当時の私が抱いていた領主学のようなものであったと伴侶さんは言います。当時の私はこうも言ったようです。この人たち(小作、農民)がきちんと食べていけるように守らなければならない。偉そうにしていても弱いんだと思ってもらう。頭を下げて頼むことが、立場の上の人にとって大事なのだ。だからどこの誰かということをちゃんと名乗り、本当の自分を見せることが大切なのだ、などと言ったそうです。

まあ、本当にそう言ったかどうかはさておいて、頭の中で思っただけの疑問が以心伝心、テレパシー(?)で伝わって、その答えとなる映像が伴侶さんに見えてくるというのは、なんとも便利です。なるほど、当時は本当にそうだったのかもしれませんね。面白い話を聞かせていただきました。

湖水地方散策中に撮影した迷える?子羊さんです(笑)。

sheep

この日は先に紹介した農場のゲストハウスに再び泊まり、翌日はいよいよスコットランドへ向かいます。
(続く)

マルタの巨石神殿をめぐる旅1(マルタへ) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

マルタ旅行記も忘れないうちに書いておくことしましょう。

マルタへ旅行しようと思い立ったのは、昨年10月にギリシャから戻ってからすぐのことでした。時差ぼけと古代ギリシャ文明に触れたことがきっかけとなって、眠いこと眠いこと。夜昼関係なく、目を閉じるとすぐに変な夢とも現実ともつかない映像が見えてきます。それは変てこな、外枠にギザギザ模様が掘り込まれた額縁の付いた絵でした。その絵の中には、ある人物の後ろ姿が描かれており、白い帽子(ターバン?)をかぶったシンドバッドのようなアラビア風の人物がこれから乗り込むと見られる大きな船(帆船?)を前に、腰に両手を当て立っているところでした。白っぽい衣服が風になびいています。

妙に詳細で臨場感があったので、「おおっ、これは何だ!」と思ってすぐに目が開きます。その後、断続的に見えてきた映像をつなげ合わせると、どうやらトルコやロドス島といった地中海に関係がありそうだということがわかってきます。そしてそのとき、キーワードとして浮上してきたのが、ヨハネの騎士団だったんですね。地中海、巨石、ヨハネの騎士団で検索して出てきたのが、マルタ。そこでロドス、トルコ、マルタが今後の取材旅行先に急浮上したわけです。

後は安いチケット探し。ロドス島への安い航空券やトルコ旅行の格安ツアーもあったのですが、ロドス島はどうしようか迷っているうちに、安いチケットが消滅。トルコ旅行も肉の食事付きだったので、やはり取り止めとなりました。

もちろんスコットランドやイングランドの巨石めぐりの旅は必ず行くつもりだったので、早くから安いチケットを押さえていましたが、マルタはそれより少し遅れて、まずまずの安いチケットが入手できることがわかり、予約しました。ホテルもすべて自分たちで予約、旅行代理店の格安ツアーにも十分対抗できる、あるいはそれ以上の自前のツアーが完成したわけです。

かくして私たちは6月27日、エミレーツ航空で一路マルタを目指したのでした。
(続く)

P.S.
ところで、このブログを書いているときに、なぜシンドバッドが出てきたのかの意味が、遅ればせながらやっとわかってきました。シンドバッドは7度に及ぶ航海でのさまざまな冒険を語る物語の主人公だったんですね。実はこれは「7つの英知の旅」と名付けた私たちの前世をめぐる旅とも符合します。なぜ七つの英知の旅と名付けたかは、話がとっても長くなるので、いつか機会があればお話できるのではないかと思っています。

イギリス巨石めぐりの旅29(湖水地方の巨石たち) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

england

ちょっと見にくいですが、これまで宿泊した場所をイギリスの地図上に丸で囲って示してみました。「ココ」と示してあるところが、5月30日から6月1日まで宿泊した農場のゲストハウス「Bessiestown Country Guesthouse」です。湖水地方の北の外れのカーライルから車で30分ほど走った田舎にあります。ランズエンドは南西端の丸で囲った場所ですから、ずいぶん長い距離を走ってきたことがわかりますね。

さて、5月31日に最初に訪れたストーンサークルは、湖水地方北東の端の町ペンリスから少し離れた場所にある「のっぽのメグと彼女の娘たち」でした。

名前から類推できるように、彼女の娘たちがサークルの石たちで、そのサークルの外側にとりわけ高い石が立っているという配置です。

まず、娘たちをご紹介しましょう。

her daughters

そしてこちらが、サークルの外側にそそり立つのっぽのメグさんです。

long meg

メグの位置は、サークルの中心から見ると、冬至の日没方向にあるのだそうです。そのメグさんには、ケルト文化のマークとしてもよく知られている渦巻きに似た模様が刻まれています。

circle

この渦巻き、もしくは同心円サークルの模様は、スコットランドのキルマーティン渓谷でもよく見受けられるマークです。

のっぽのメグとその娘たちは、とてものどかなストーンサークルで、ここでの主役は牛さんたちでした。

stones and cow

この日訪れたもう一つのストーンサークルはこちらです。

stone circle

湖水地方観光の拠点ケズウィックの町外れの丘の上にある「キャッスルリッグ」です。

このいずれのストーンサークルも紀元前3100年から紀元前2900年の間に造られたとみられています。
(続く)

イギリス巨石めぐりの旅28(草原に立つ巨石の夢) 「ヨーロッパ旅行(25412)」

sunset

農場のゲストハウスからスコットランドの大地の彼方に沈んでいく雄大な夕陽を眺めた、その夜。といっても朝方でしたが、私は巨石の夢を見ます。

その夢の中で私は、風が吹き渡る広大な草原を見ていました。草原の右手のほうを見ると、ちょっと離れた場所にストーンヘンジに似た巨石群が立っています。
このとき私は、この草原が物質的な草原ではなく、時間の象徴としての草原、あるいは物質化した時間とも言うべきもので、時間を三次元的に表現した映像であることに気付きます。道理で草が液体のように波打っているわけです。こうして、悠久の時間の中に巨石が立っているのだと、私は夢の中で理解します。

そのときふと浮かんだのが、「時の楔(くさび)」という言葉でした。どうやらその夢の中の映像は、この宇宙の無限の時の流れの中で「時」を固定させるために巨石を造ったのだと言っているようでした。

巨石は確かに天体観測に使われたのかもしれませんが、別の次元から見ると、無限の中に時間を刻むものが巨石なのかなとも感じられました。

「夢」はただこれだけです。私にはまだ、巨石を造った人たち(宇宙人?)の意図がわかりませんが、その夢から得た示唆は、巨石は時間に何かをする道具であったということです。おそらく時間を越えて何かを送ることができたのではないでしょうか。それが良いものであれ、悪いものであれ、想念を地球のあらゆるところ(世界中にある巨石群?)へ、あるいは宇宙へ、過去や未来へと、配信(受信も)できる道具であったような気がします。想念(エネルギー)転送(送受信)装置、テレパシー増幅器といったところでしょうか。まあ、ただの私の勘(妄想?)ですから、鵜呑みにしないでくさいね(笑)。

そのような夢など物ともせず(笑)、この日(5月31日)は再び湖水地方へ戻り、二つの巨石群を見て回りました。
(続く)



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