初冬の風景~行く年 「ちいさな旅~お散歩・日帰り・ちょっと1泊(154169)」

ようやく大掃除も終了(本当は終わっていませんが、別次元のことにしておきます)。いつもの健康食品の店での買い出し(大晦日は野菜が2割引きになります)も終わり、ようやくくつろぎます。

さて今年最後は、初冬の風景を紹介して、締めくくりたいと思います。
いずれも12月14日に神代植物公園で撮影した風景です。

このころになると、さすがにもうすっかり冬の景色です。

初冬

川面にススキの穂が映っていて、綺麗ですね。

初冬

でも、どこか寂しげです。

落ち葉とススキの穂。

ススキと落ち葉

山桜もすっかり裸になり、モミジの紅葉も色褪せました。

山桜とモミジ

聞こえてくるのは、落ち葉を踏む音だけ。訪れる人も少なく、静寂の中、時間がゆっくりと過ぎて行きます。

そしてやがて太陽が沈みます。

夕日

こうして毎日、日が暮れて、年が過ぎてゆきますね。

今年もお世話になりました。
2008年が素晴らしい年になりますように!
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満月と冬休みの宿題 「あの本、おぼえてる?(828)」

ずいぶん遅くなりましたが、11月24日の満月です。

満月

あまりにも大きな月だったの、撮影しました。

次も同じ日の満月。

満月

新宿副都心が写っています。左中ほどに写っている物体は飛行船です。最近はよく渋谷や新宿の上空を遊覧飛行船が飛んでいます。

ところで、うっかり冬休みの宿題を出すのを忘れていました(笑)。もちろん冗談ですが、年明けにはイェイツの『The Wind Among the Reeds(葦間の風)』から「The Blessed(祝福されしもの)」と「The Secret Rose(秘密の薔薇)」を取り上げますので、よろしければ翻訳に挑戦してみてください。どちらにも薔薇が登場します。私もまだ訳しておりません。来年のお楽しみですね。

ますは「祝福されしもの」。この詩に出てくるCumhal(クーアル)とDathi(デェシイ)は、アイルランド神話上の人物です。

The Blessed
by William Butler Yeats

Cumhal called out, bending his head,
Till Dathi came and stood,
With a blink in his eyes, at the cave-mouth,
Between the wind and the wood.

And Cumhal said, bending his knees,
'I have come by the windy way
To gather the half of your blessedness
And learn to pray when you pray.

'I can bring you salmon out of the streams
And heron out of the skies.'
But Dathi folded his hands and smiled
With the secrets of God in his eyes.

And Cumhal saw like a drifting smoke
All manner of blessed souls,
Women and children, young men with books,
And old men with croziers and stoles.

'praise God and God's Mother,' Dathi said,
'For God and God's Mother have sent
The blessedest souls that walk in the world
To fill your heart with content.'

'And which is the blessedest,' Cumhal said,
'Where all are comely and good?
Is it these that with golden thuribles
Are singing about the wood?'

'My eyes are blinking,' Dathi said,
'With the secrets of God half blind,
But I can see where the wind goes
And follow the way of the wind;

'And blessedness goes where the wind goes,
And when it is gone we are dead;
I see the blessedest soul in the world
And he nods a drunken head.

'O blessedness comes in the night and the day
And whither the wise heart knows;
And one has seen in the redness of wine
The Incorruptible Rose,

'That drowsily drops faint leaves on him
And the sweetness of desire,
While time and the world are ebbing away
In twilights of dew and of fire.'

次は「秘密の薔薇」。アイルランド神話に登場する大王コノハアの物語を詩にしたようです。

The Secret Rose
by William Butler Yeats

Far-off, most secret, and inviolate Rose,
Enfold me in my hour of hours; where those
Who sought thee in the Holy Sepulchre,
Or in the wine-vat, dwell beyond the stir
And tumult of defeated dreams; and deep
Among pale eyelids, heavy with the sleep
Men have named beauty. Thy great leaves enfold

The ancient beards, the helms of ruby and gold
Of the crowned Magi; and the king whose eyes
Saw the pierced Hands and Rood of elder rise
In Druid vapour and make the torches dim;
Till vain frenzy awoke and he died; and him
Who met Fand walking among flaming dew
By a grey shore where the wind never blew,
And lost the world and Emer for a kiss;
And him who drove the gods out of their liss,
And till a hundred moms had flowered red
Feasted, and wept the barrows of his dead;
And the proud dreaming king who flung the crown
And sorrow away, and calling bard and clown
Dwelt among wine-stained wanderers in deep woods:
And him who sold tillage, and house, and goods,
And sought through lands and islands numberless years,
Until he found, with laughter and with tears,
A woman of so shining loveliness
That men threshed corn at midnight by a tress,
A little stolen tress. I, too, await
The hour of thy great wind of love and hate.
When shall the stars be blown about the sky,
Like the sparks blown out of a smithy, and die?
Surely thine hour has come, thy great wind blows,
Far-off, most secret, and inviolate Rose?

ちょっと長いですね。年明けにゆっくりと解説したいと思います。
大掃除もあと一歩です。一部時間切れになりそうですが、毎年のこと。

明日は、大掃除と最後の買出しの合間を縫って、初冬の風景写真を紹介します。

晩秋と初冬の風景 「いい言葉(4335)」

神代植物公園に行くとき、玉川上水脇の自転車・歩行者専用道路を通っていくのですが、特にお気に入りの場所が下の写真です。

玉川上水

12月3日に撮影されたものです。紅葉がとても綺麗ですね。

その風景も12月14日になると、こうなりました。

玉川上水

玉川上水の自然の移り変わりも、私の楽しみであります。

そして、玉川上水のもう一つの楽しみは・・・

猫ちゃん

猫ちゃんとの出会いです。

そ~と、近づいて、撮影します。夢の上を歩くように、tread softlyです。

猫ちゃん

奥にいた子も激写。

猫ちゃん

玉川上水はそのまま井の頭公園へと続いています。

井の頭公園も紅葉が綺麗です。

井の頭公園

公園に隣接してジブリ美術館があります。

その井の頭公園から20分ほど自転車で行くと・・・

深大寺

深大寺に到着。
山門前は門前町のようになっており、「深大寺そば」のお蕎麦屋さんや土産物屋さんが並んでいます。

深大寺

いずれも12月8日の風景です。

少し歩いたところには深大寺温泉「ゆかり」もあります。弱アルカリ性の黒色の温泉(湧出温度40・3度)です。休祭日は混みますが、平日はゆったり露天風呂が楽しめます。

その深大寺に隣接しているのが、神代植物公園です。

紅葉

この日も紅葉が綺麗でした。

明日は初冬の風景を紹介します。

薔薇シリーズ番外+晩秋の風景 「いい言葉(4335)」

▼天の衣と夢

今日は薔薇とは関係ありませんが、昨日紹介したエイの別の詩を紹介しましょう。エイの詩の中ではもっとも有名な「エイ、天界の衣を願う」です。

Aedh wishes for the Cloths of Heaven
Had I the heavens' embroidered cloths,
Enwrought with golden and silver light,
The blue and the dim and the dark cloths of night
and light and the half light,
I would spread the cloths under your feet:
But I, being poor, have only my dreams;
I have spread my dreams under your feet;
Tread softly because you tread on my dreams.

もし私に天の刺繍が施された衣があれば、
黄金と銀白の光で織りなした、
夜と昼と黄昏の、
青く、ほのかで、濃い色の衣があれば、
それをあなたの足下に広げましょう。
でも貧しいので、私には夢しかありません。
だからあなたの足下に、私の夢を敷いたのです。
優しく踏み進んでください。私の夢の上を歩くのですから。

エイは想像力豊かな詩人ですね。夢は詩人の壊れやすい魂でもあるのでしょう。

さて、私は昨日から大掃除モードです。
昨日は一日がかりで一部屋掃除しました。全部で20室(!)ありますから、あと19日もあれば終わりますね(笑)。

大掃除のため、ブログの更新が不規則になりますので、ご了承ください。

今日の写真は薔薇ではなく、前回紹介し切れなかった「晩秋の風景」です。

まずは12月3日のアルバムから。

紅葉

神代植物公園の紅葉です。

紅葉

次は12月7日。

紅葉の絨毯

赤い絨毯ですね。

川面に映る黄葉。

紅葉s

続いて12月8日に撮影した写真です。

トウカエデの紅葉です。
カエデ

イロハモミジ。

紅葉

そして最後は、

イチョウ

イチョウの黄葉の絨毯ですね。
「晩秋の風景」はまだ続きます。

薔薇シリーズ76 「いい言葉(4335)」

▼心の中に咲く薔薇
イェイツの中期の詩集『葦間の風(The Wind Among the Reeds)』(1899年)から薔薇を取り上げます。中期の詩風の特徴は、詩の中にイェイツの分身とも言える「仮面的人物」が出てくることでしょうか。それらの人物は、イェイツの心情に応じて現れます。まるで多重人格のように、自分の心の中に別の人格が現れ、詩を語りだすようでもあります。

それでは「恋する者が心の中の薔薇について語る」という詩を見てみましょう。

The Lover Tells Of The Rose In His Heart

All things uncomely and broken, all things worn out and old,
The cry of a child by the roadway, the creak of a lumbering cart,
The heavy steps of the ploughman, splashing the wintry mould,
Are wronging your image that blossoms a rose in the deeps of my heart.

すべてが醜く、壊れ、すべてが疲れ果て、老い寂れている。
道端の子供の叫び、ガタガタ音を立てて進む馬車の軋み、
冬の土くれを跳ね上げながら歩く農夫の重い足取り、
すべてが、私の胸の奥底に一輪の薔薇を咲かせるあなたの心象を壊そうとしている。

The wrong of unshapely things is a wrong too great to be told;
I hunger to build them anew and sit on a green knoll apart,
With the earth and the sky and the water, re-made, like a casket of gold
For my dreams of your image that blossoms a rose in the deeps of my heart.

形の醜いもののおぞましさは、語るにはあまりにもひどすぎる。
私はそれらすべてを建て直し、離れて緑の丘の上に座ることを渇望する。
地も空も水も作り変えて、黄金の小箱のように、
私の胸の奥底に一輪の薔薇を咲かせるあなたの心象を夢見るために。

失恋でもしたのでしょうか。悲しみにあふれた詩になっていますね。ここに出てくる「私」とは、タイトルのThe Lover(恋する者)と同一ですが、当初は「Aedh(エイ) Tells Of The Rose In His Heart」(エイ、彼の心の中の薔薇について語る)という題でした。このエイこそ、イェイツの仮の姿(あるいは人格)の一つなんですね。

エイの胸の奥底に咲いていた薔薇の姿は、涙でかすんできたようです。見るものすべてがむなしく見えてきます。子供の泣き声も、馬車が軋む音も、聞こえるものすべてが不協和音。家路を急ぐ農夫でさえ、ぼろぼろになった醜い姿に見えてきます。エイは想像力を使って、薔薇を取り戻そうとします。すべてをリセットして、やり直したい気持ちなのでしょうね。

『葦間の風』の中には、エイのほかにハンラハン、ロバッツ、イーンガス、モンガンなどイェイツの心に棲む仮の姿が登場します。その中で、エイは情熱的で想像力豊かな男性として描かれ、しばしば恋愛の悲しさを歌います。赤い髪のハンラハンはイェイツの精神的な情熱を象徴し、気性の烈しいロバッツは移り気ですが、ロマンチストでもあります。イーンガスはアイルランド神話の美と愛の神であり、妖精の力を持つという神話上の王モンガンは時を超えた魂の移ろいの記憶(前世の記憶)を持っているようです。

この詩集から、さらにいくつか薔薇が出てくる詩を見て行きましょう。
(続く)

さて、私の心に咲く薔薇は・・・

薔薇

・・・こんな感じでしょうか(笑)。

薔薇シリーズ75 「いい言葉(4335)」

▼白い鳥と薔薇

薔薇

以前紹介したウィリアム・ブレークもそうでしたが、イェイツもまたエマニュエル・スウェデンボルグら神秘主義思想の影響を受けています。特に初期、中期の作品の中では、ケルトの神話や伝説を積極的に採り入れ、幻想的な詩をたくさん残しています。薔薇も多く登場します。多くは心の状態を表すシンボルとして登場する点で、シェイクスピアとはだいぶ異なります。シェイクスピアはもっと直接的な「美」「頬の色」などの比喩として薔薇を多用していましたね。

まずは初期の作品、そのタイトルも『薔薇』(1893年)から「白い鳥」です。

The White Birds

I would that we were, my beloved, white birds on the foam of the sea!
恋人よ、私たち二人が海の泡に上に降り立った白い鳥であったならば!

We tire of the flame of the meteor, before it can fade and flee;
私たちは、掻き消え行く前の流れ星の輝きにも飽きている。

And the flame of the blue star of twilight, hung low on the rim of the sky,
そして、空の縁に低くかかる黄昏の蒼き星のきらめきは

Has awaked in our hearts, my beloved, a sadness that may not die.
恋人よ、消えることのない悲しみを私たちの心に芽生えさせる。

A weariness comes from those dreamers, dew-dabbled, the lily and rose;
倦怠は、あの夢見るものたち、露のしずく滴る百合と薔薇から生まれる。

Ah, dream not of them, my beloved, the flame of the meteor that goes,
ああ、恋人よ、夢を見るのをやめよ。去り行く流れ星の輝きの夢も、

Or the flame of the blue star that lingers hung low in the fall of the dew:
露の滴の中に、低く輝き続けている蒼き星のきらめきの夢も

For I would we were changed to white birds on the wandering foam: I and you!
その代わり私とあなたが、漂う泡の海に休む白い鳥に変わることができたらいいのに!

I am haunted by numberless islands, and many a Danaan shore,
私の心に浮かぶのは、数え切れないほどの島々と、多くのダナン神の浜辺

Where Time would surely forget us, and Sorrow come near us no more;
そこでは、時間はきっと私たちのことを忘れてくれ、もはや悲しみが私たちに近づくこともない。

Soon far from the rose and the lily and fret of the flames would we be,
やがて、薔薇も百合も離れて行き、情熱の炎に対する苛立ちも消えるであろう。

Were we only white birds, my beloved, buoyed out on the foam of the sea!
恋人よ、海の泡に浮かぶ白い鳥にさえなれればいいのに!

変わった表現が随所に見られます。1行目の海の泡は、ビーナスが海の泡から生まれた神話を思い出させますね。ロマンチックな書き出しです。ところが、2行目は流れ星の一瞬の輝きにすら飽きてしまうと言っています。どういうことでしょうか。単数形ですから、流れ星がたくさん流れるので見飽きたわけではないようですね。3行目と4行目でも、本来ならロマンチックなはずの星のきらめきが、悲しみをもたらすだけだと歌っています。しかも消えることのない悲しみだというのですから、尋常ではありません。

5行目から7行目にかけても、通常とは逆の表現が使われます。薔薇と百合は倦怠をもたらし、薔薇色の夢も見てはいけないと言っているようです。どうせ消えてしまうはかない夢ならば最初から見ないほうがいい、ということでしょうか。

そうした疑問の解答となりうるのが、最後の4行です。11行目のfretは最初、soon we would be fret of~という文脈で形容詞として読むのかと思いましたが、意味を斟酌すると、どうやらsoon we would be far from fret of~と名詞として読むのが正しいようです。つまり、9行目から11行目は二人が白い鳥になった場合の世界を描いていると考えられます。

このことから、イェイツはどうやら、白い鳥の世界と、薔薇や星たちが存在する世界を明確に分けていることがわかります。白い鳥が象徴する世界は、時間や悲しみとは無縁の世界。ダナンはアイルランド神話に出てくる光明、生命、温情の諸力を持つ神族です。どうやら現実とはまったくかけ離れた世界のようです。

これに対して薔薇や星や炎(flame)が象徴している世界は、はかない夢や倦怠、悲しみの世界。現実の世界に近いですね。夢見る薔薇も百合も、流れ星のきらめきも、すべて時間の中で色失せるもののシンボルとして描かれているように思います。シェイクスピアの薔薇とは一味違いますね。

海の泡の上に浮かぶ白い鳥は、煩わしい日常に戻ることのない、まったく別の(永遠の)世界です。しかし現実世界では、やがて煩わしい日常が、時間とともに「はかない夢」を奪っていく・・・。
あくまでも私の解釈ですが、皆さんはどのように読まれたでしょうか。

薔薇シリーズ74 「いい言葉(4335)」

▼血と薔薇

赤い薔薇

サッチャーが「犯罪行為」としたIRA(アイルランド共和国軍)の活動について、なぜこのような武力行使を伴う活動が続かなければならなかったのかを、一つの薔薇の詩を紹介しながら、振り返ってみましょう。その詩とは、20世紀最高の詩人の一人とも称される、アイルランドのウィリアム・バトラー・イェイツ(William Butler Yeats)が書いた『薔薇の木』です。

The Rose Tree

'O words are lightly spoken,'
Said Pearse to Connolly,
'Maybe a breath of politic words
Has withered our Rose Tree;
Or maybe but a wind that blows
Across the bitter sea.'

「ああ、言うのは簡単だ」
と、ピアースはコノリーに言った。
「政治的な言葉のささやきが、
われわれの薔薇の木を枯らしたのかもしれない。
あるいは、激しく荒れる海を渡って
吹き付ける風のせいかもしれない」

'It needs to be but watered,'
James Connolly replied,
'To make the green come out again
And spread on every side,
And shake the blossom from the bud
To be the garden's pride.'

「水を掛けてやらなければ」
とジェームズ・コノリーが答えた。
「そうすれば、緑の葉が再び茂りはじめ
枝が四方八方に伸び、
蕾から揺れながら花が咲き
庭園の誇りとなるだろう」

'But where can we draw water,'
Said Pearse to Connolly,
'When all the wells are parched away?
O plain as plain can be
There's nothing but our own red blood
Can make a right Rose Tree.'

「でも、どうやって水を引こうか」
ピアースはコノリーに言った。
「すべての井戸が枯れている時に?
ああ、答えは明々白々だ。
われわれ自身が流す赤い血以外に
あるべき薔薇の木を作ることはできない」

おどろおどろしい詩ですね。薔薇を育てるには、人間の血、すなわち流血以外に道はないと言っています。この詩を理解するには、ちょっとアイルランド独立史を勉強する必要があります。そうすれば、それほど難しい詩ではありません。

登場人物はコノリーとピアースですね。コノリーは1868年、アイルランドからの移民としてスコットランドのエディンバラで生まれました。14歳で英国軍に入り、アイルランドに駐留しますが、そこでアイルランド人に対する英国人の差別や迫害を目撃して敵愾心を募らせます。軍隊を辞めてスコットランドで一時働いていましたが、28歳のときに意を決しアイルランドに戻り、反英運動に身を投じます。

パトリック・ピアースは1879年、アイルランドの首都ダブリンに生まれました。17歳のころ、アイルランド語の復興を唱えるゲール語連盟に加入して民族運動に目覚めます。やがて、プロテスタントの過激思想者がアイルランドの自治に反対するアルスター義勇軍を設立して非合法な弾圧を始めると、ピアースはこれに対抗して、アイルランド義勇軍の軍事部門の指導者となります。

そして1916年の復活祭の当日、ピアースとコノリーらは、アイルランド独立を求めて武装蜂起します。しかし、圧倒的な英国軍の武力の前に反乱は鎮圧されます。捕らえられたコノリーとピアーズは処刑されるのですが、コノリーはすでに立つことができないほど重傷を負っていました。そこで病院のベッドに寝ていたコノリーを無理やり椅子に座らせ、銃殺しました。

この英国軍のやり口に、アイルランド独立の機運はますます盛り上がり、アイルランド義勇軍は、憲兵や武装警官隊に対してゲリラ戦を展開します。IRAもこのゲリラ戦に参加、イギリスは非情な報復をもってこれに応えたため、イギリスとアイルランドの間は、戦争状態となりました。

こうした独立闘争がやっと功を奏して、イギリス政府も1921年にアイルランド自由国の成立を承認します。ただし、アイルランドのアルスター州9州のうちプロテスタントが多い6州の独立は許されず、北アイルランドとしてイギリスに組み込まれたままとなったため、禍根を残したわけです。

そういうわけで、アイルランド人にとって、ピアースとコノリーは独立運動の英雄です。詩の中で薔薇の木は、彼らが目指した理想の国、自由な国家を象徴していることがわかりますね。

明日もイェイツの薔薇の詩を紹介します。

薔薇シリーズ73 「いい言葉(4335)」

▼薔薇は薔薇6
9歳の少女ローズが木に「ローズはローズでローズで・・・」と彫りこんだのは、自分の存在(アイデンティティ)を確認したいためでもあったのでしょうね。ローズはローズ、ほかの何者でもない大元の自分。それは「原初の薔薇」を取り戻す作業と同じです。

ちょうど、木の周りの「ローズの環」が完成しかけたとき、別の木に誰かが同じように名前を彫っていたことに気づきます。

...just then well just then her eyes went on and they were round with wonder and alarm and her mouth was round and she almost burst into a song because she saw on another tree over there that some one had been there and had carved a name and the name dear me the name was the same it was Rose and under Rose was Willie and under Willie was Billie. It made Rose feel very funny it really did.

・・・ちょうどそのとき、彼女(ローズ)が視線をずらしたちょうどそのとき、彼女の目はびっくり仰天して丸くなりました。彼女の口もあっけにとられてまん丸。思わず歌を歌いだしそうになりました。というのも、すぐそばの別の木に誰かがすでに名前を彫っていたんですから。それもなんということでしょう、その名前というのがローズだったんです。そのローズの下にウィリー、その下にはビリーという名が彫られていました。ローズは狐につままれたような気持ちになりました。本当にそんな気持ちになったのです。

ローズはおそらくこの場面で、自分探しの旅に出たのは自分だけではなかったことに気づくんでしょうね。みんなローズと同じことをしていたんです。それまで「丸」に対して抱いていた漠然とした恐怖心も、次第に消えていきます。ますます勇気を得たローズは、青い椅子をもって青い山の頂上を目指します。

そしてとうとう、山の頂上へ到達したローズは、青い椅子に座って「私はローズ」「ローズはローズ」と歌います。しかし、やがて夜になり、山の上で独りっきりのローズは歌いながら泣き出します。

ちょうどそのとき、ずっと遠くの山の頂上からサーチライトが光って、ローズが光の中に浮かび上がります。「いとこ」のウィリーがいなくなったローズを探して、別の山に登っていたんでしょうね。ローズは助かりました。二人は別々の山に登っていたわけですが、その後、どういうわけかウィリーが「いとこ」ではないことがわかって、二人はめでたく結婚して物語も終わります。

かなりシュールな物語です。しかし、名前(言葉)と自分(存在)の関係を考えさせる哲学的な物語でもありました。

この絵本は、実在するローズという名の女の子がモデルになっています。スタインは夏になるとよく、スイスに近いフランスの村にある別荘で過ごしました。その別荘のご近所に9歳になる女の子がいたんですね。ローズとスタインはすっかり仲良くなり、長いこと話をしているうちに、この物語を思いついたようです。献辞には次のように書かれていました。

To Rose Lucy Renee Anne d'Aiguy, A FRENCH ROSE

ローズ・ルーシー・アネ・ディギー、フランスの薔薇に捧げる

今日の薔薇は、フランスの薔薇ではありませんが、昨日紹介し忘れた「シングル・ピンク・チャイナ」という中国原産の薔薇です。

シングル・ピンク・チャイナ

綺麗な一重のピンクの花を咲かせていますね。12月9日に撮影したものです。

薔薇シリーズ72 「いい言葉(4335)」

▼薔薇は薔薇5

薔薇

ガートルード・スタインは、子供向けに「The World is Round(地球は丸い)」という絵本も書いています。この物語の主人公はローズという9歳の女の子なんですね。

ローズは自分がRose(薔薇)という名前でなかったら、どうなっていたかしらと考えます。

And then there was Rose. Rose was her name and would she have been Rose if her name had not been Rose.
そして、ローズがいました。ローズは(この本の主人公である)女の子の名前です。ローズは、もし自分の名前がローズでなければ、ローズは今のローズだったかしら(と考えました)。

Would she have been Rose if her name had not been Rose and would she have been Rose if she had been a twin.
ローズという名前でなければ、今のローズだったかしら。もし双子だったら、今のローズだったかしら。

どうです。とても哲学的な女の子ですよね。たまたまローズという名前だったために、言葉の概念と自分の存在とのかかわりを真剣に考えます。

Rose was always thinking. It is easy to think when your name is Rose.
ローズはいつも考えています。名前がローズだと、思慮深くもなりますね。

この辺りに、ガートルード・スタインの薔薇に対する見方がよく伺えますね。薔薇はいろいろな象徴として使われてきました。美の象徴だったり、頬の色だったり、はかなさの対象、安楽な人生だったり、たくさんの意味に使われます。だからこそ、名前や言葉の意味に敏感になるんですね。あれもローズ、これもローズ。では私の名前であるローズは何なの? 私は丸い地球の中のどんな存在なのかしら? 想いはめぐります。

そしてとうとう、大好きな青色の山の頂上に向かって、独りで自分探しの旅に出ます。その途中の森の中でローズは、幹が丸くなっている立派な木を見つけ、あることを思いつきます。

... she would carve on the tree Rose is a Rose is a Rose is a Rose is a Rose until it went all the way around
彼女(ローズ)は、薔薇は薔薇で、薔薇で、薔薇で、薔薇でという言葉を木の幹を一周するまで刻もうと思いました。

そうです。あの有名な薔薇のフレーズを木に彫って一周させ、薔薇の円環詩を完成させるんですね。地球のように丸い薔薇の環ができました。ロザリオの出来上がりです。
(続く)

薔薇シリーズ71 「いい言葉(4335)」

▼薔薇は薔薇4

スタイン本人も、薔薇のフレーズが嘲笑の対象となったり、茶化されたりしているのを意識しているようでした。彼女はRose is a rose is a rose is a roseについて次のように語っています。

Now listen! I’m no fool. I know that in daily life we don’t go around saying “is a … is a … is a …” Yes, I’m no fool; but I think that in that line the rose is red for the first time in English poetry for a hundred years.(Four in America)

まあ、お聞きなさい! 私は馬鹿ではないわ。普段の生活で「~は~で、~であり、~である」なんて繰り返したりしないことはわかっています。そんな馬鹿ではありません。だけど、英語の詩においては、この百年間で初めて薔薇が赤いということが、そのフレーズ(詩句)で示されたと思っています。

スタインは面白いことを言いますね。この前後の文脈を斟酌して説明しましょう。その昔チョーサーやホーマーの時代では、ものの名前は直接相手に伝わり、そのものが実際にそこにありました。たとえば、「月よ」「海よ」と言えば、それだけで月や海の純粋な美しさが実感できたのです。ところが、何百年も経ち、その間に何千もの詩が作られると、ものと直接結びついていたはずの原初の言葉は、使い古されてぼろ雑巾のようになり、手垢のついた言葉になってしまったと、スタインは言っているようです。

ここからは私の推論ですが、言葉を繰り返すことによって、その言葉にこびりついた「垢」をふるい落とし、純粋な響きや意味を持つ言葉に近づけることができるとスタインは考えていたのではないでしょうか。つまり、使い古されて生気を失った言葉を、斬新な構文や想いもよらない構文の中で使うことによって、その活力を取り戻そうとしたというわけです。

それは「原初の薔薇」を取り戻す作業でもあったのではないかと思われます。原初の薔薇と聞いて、ピンと来た人は凄い記憶力です。この薔薇シリーズの2回目で紹介したウンベルト・エーコの『薔薇の名前』で出てきましたね。その言葉を再掲しましょう。

Stat rosa pristina nomine, nomina nuda tenemus.
(原初の薔薇は名前とともにあり、私たちは裸の名前を持っている)

このrosa pristinaが「原初の薔薇」です。nudaには、「むき出しの」「裸の」のほかに「ただの」という意味があります。この文章も難解なのですが、スタイン流に解釈すると、「原初の薔薇は名前と直接結びついていたが、私たちに今あるのは実際の赤い薔薇とはかけ離れた、ただの名前」となるでしょうか。

原初の薔薇

スタインがそうした意味を込めたこととは関係なく、薔薇のフレーズは独り歩きして、さまざまな場面で使われます。そのすべてを書き出すことはしませんが、有名なのは米ミュージカル『雨に唄えば』です。無声映画からトーキーへと移行する過程で俳優も雄弁術を学ばなければいけないという設定で、ジーン・ケリーとドナルド・オコーナーが歌いながらタップダンスを踊るシーン。そのときの歌が薔薇のフレーズをもじった『Moses Supposes
(モーゼは思う)』です。

As Moses supposes his toeses to be!
A Rose is a rose is a rose is a rose is
A rose is for Moses as potent as toeses
Couldn't be a lily or a daphi daphi dilli
It's gotta be a rose cuz it rhymes with mose!
Moses!

モーゼは彼の“つま先“が薔薇であると思っても、
薔薇は薔薇で、薔薇は薔薇。
モーゼにとって薔薇は、つま先と同じくらいの力がある
ユリでも、月桂樹でも、ディリでもない
モーゼと韻を踏むにはローズしかないでしょ!
モーゼ!

ここではつま先(toe)ですら、韻を踏むためにtoesesとありえない形に変化しています。スタインの真意は伝わらなくても、薔薇のフレーズは多くの人の心を捉えたことだけは確かなようですね。

『雨に唄えば』はかなり古い映画ですから、観たことがない方もおられると思いますが、こちらでご覧ください。1952年制作ですから、さすがに私も生まれていませんでした(たぶん)。
(続く)

薔薇シリーズ70 「いい言葉(4335)」

▼薔薇は薔薇3

このようなユニークな詩を書くガートルード・スタインがどのような人物であったのか、簡単に説明しましょう。スタインは1874年にアメリカで、ドイツ系ユダヤ人移民の5人きょうだいの末っ子として生まれました。父親は鉄道会社の役員で潤沢な投資資金を持っており、両親の死後は兄がその資金を運用、その利益で経済的には恵まれた生活を送ることができました。

スタインは大学に進み、心理学や発生学を学んだ後、1903年にパリに移住します。パリではパブロ・ピカソ、アンリ・マティスら若い画家と友人になり、彼らの絵を買い集める一方、若手の画家のための展示会を開くなど、彼らを援助しました。

このころからスタインは、小説や詩や戯曲を精力的に書くようになりました。その際、若手画家の絵(とくにセザンヌ)から多大なインスピレーションを受けており、作品も風変わりで、遊びが多く、前衛的でした。その代表的な例を挙げると、次のような表現があります。

Out of kindness comes redness and out of rudeness comes rapid same question, out of an eye comes research, out of selection comes painful cattle.
(親切から赤が生じ、無作法からは性急で同じ質問が生じ、一つの眼からは研究が生じ、選択からは痛ましい牛が生じる)

There is no there there.
(そこにはそこがない)

The change of color is likely and a difference a very little difference is prepared. Sugar is not a vegetable.
(色の変化はありそうで、違いがあり、非常にわずかな違いが用意されている。砂糖は野菜ではない)
なんとも変てこな文章ですね。文法や論理は破壊され、ただ純粋な言葉の存在だけが耳に響きます。まるで心配、怒り、恐れ、喜びといった、従来詩人を突き動かしていた感情が分解されてバラバラになってしまったようです。

ちょうどピカソの画風がキュービズムへと変化していく時期と一致しており、スタインの作品は文学界におけるキュービズムと考えられるようにもなりました。

しかし、こうしたスタインの革新的な試みは前衛的な芸術家からは歓迎されたものの、一般読者には受け入れられず、しばしば冷笑の対象となりました。昨日紹介した『聖なるエミリー』は1922年に発表された『Geography and Plays(地理と戯曲抄)』に収められた詩ですが、Rose is a rose is a rose is a roseもその後、たびたびパロディの格好の対象になります。

パロディ化の先陣を切ったのは、当時親交があり、スタインに事実上のパトロンにもなってもらっていたアーネスト・ヘミングウェイでした。彼は『誰がために鐘は鳴る(For Whom the Bell Tolls)』(1940年)の中で、次のような言葉を使って、スタインの薔薇のフレーズをからかっています。

a stone is a stein is a rock is a boulder is a pebble.
(石は陶器のジョッキーであり、岩であり、玉石であり、丸い小石である)
陶器のジョッキー(stein)はスタインのスペルと同じですね。

さらに同じ小説の中で、次の表現が出てきます。

a rose is a rose is an onion.
(薔薇は薔薇で玉ねぎである)
An onion is an onion is an onion.
(玉ねぎは玉ねぎで玉ねぎである)

そして、スタインと喧嘩別れした後、ヘミングウェイは次のような言葉を残したと言われています。
a bitch is a bitch is a bitch is a bitch.
(あばずれはあばずれで、あばずれであり、あばずれだ)

これに対し、スタインも負けていはいません。自分の飼い犬の前で女性用のハンカチを振って、「さあ、ヘミングウェイ、かかってらっしゃい。猛犬になりなさい」と皆の前でふざけながら、ヘミングウェイをからかったそうです。

また長くなってしまいました。明日こそ、スタイン本人による薔薇のフレーズの解説を紹介します。
(続く)

そうそう、今日の薔薇の写真でしたね。
薔薇は薔薇で、薔薇だそうですが、ではこれは・・・

グリーンローズ

実はこれもグリーンローズという薔薇なんですね。
緑色の花が咲きます。といっても、実は花に見える部分は花弁の変化した包葉が集まったもので、開花後花色は紫がかった茶色に変化します。ロサ・キネンシス・パリダの枝変わりだとされているそうです。バラ科インディカ節。

薔薇シリーズ69 「いい言葉(4335)」

▼薔薇は薔薇2

薔薇

ガートルード・スタインが作り出した構文「~is~is~」は、今でこそis は二つになっていますが、スタインの詩の中では「~is~is~is~」とisは3つあります。

では、その構文が出てくるスタインの詩『Sacred Emily(聖なるエミリー)』の一節を見てみましょう。

Night town.
Night town a glass.
Color mahogany.
Color mahogany center.
Rose is a rose is a rose is a rose.
Loveliness extreme.
Extra gaiters.
Loveliness extreme.
Sweetest ice cream.
Pages ages page ages page ages.
Wiped Wiped wire wire.
Sweeter than peaches and pears and cream.

難解ですね。言葉の繰り返しが多く、かつイメージの羅列が多いことがわかります。こういう詩は理論では読むことができませんから、提示された言葉のイメージの連想ゲームとリズムの楽しさを味わって読むしかありません。ということは、どこで区切るかを含めて、どのように解釈するかは、読者それぞれの感性次第ということになります。

単語の意味を並べるだけになってしまいますが、一応、訳してみましょう。

夜の街。
夜の街、グラス。
色、マホガニー。
色、マホガニー、中心。
薔薇は薔薇で、薔薇であり、薔薇である。
究極の美しさ。
特別なゲートル。
究極の美しさ。
至極のアイスクリーム。
書物、年代、ページ、年代、ページ、年代。
ふき取られた、消されたワイヤー、針金。
桃や梨やクリームより甘い。

詩はこのような調子で、最後まで言葉の繰り返しとイメージの列挙が続いていきます。
3行目の「色、マホガニー」を、「マホガニーに色を塗れ」とも「色はマホガニー(赤茶)色」とも「食卓を彩れ(注:mahoganyにはテーブル、食卓という意味があります)」とも訳すことができます。

問題の5行目ですが、最初のRoseは女の子の名前であるとも、当時スタインと交流があったイギリスの画家サー・フランシス・ローズであるとも、あるいは本物の薔薇であるとも解釈できます。同時にlikeなどの言葉を補って、「ローズに薔薇という意味があるのは、薔薇が薔薇であるのと同じ」というような意味に捉えることもできますね。ただ、この言葉から「cirme is crime is crime」などの言葉が出てくることを考えると、この文を読んだ人の多くが、「薔薇は薔薇であり、それ以外の何ものでもない」とか、ジュリエットが言ったように「薔薇はどんな名前でも薔薇」という意味を汲み取っていることがわかります。

7行目の「特別なゲートル」は「余分なゲートル」であるかもしれません。ただし意味は不明です。ゲートルが余計にある(長い?)と、暖かくてうれしくなるのでしょうか。前後の関係から、楽しいものであることは間違いなさそうです。9行目の「至極のアイスクリーム」は是非食べてみたいものです。

10行目のpagesは複数形になっているので、「記録」とか「書物」という意味になります。最初のagesも複数形で「いくつもの時代(年代)」という意味でしょうか。その後に出てくるagesを三人称単数形の動詞であると解釈すれば、「ページ、年代」ではなく、「1ページ、1ページが古くなる」と訳すこともできそうです。ページとエージで音の言葉遊びみたいですね。

明日は、この「Rose is a rose is a rose is a rose」という言葉について、スタイン本人がどのように言っているかについて紹介します。
(続く)

薔薇シリーズ68 「いい言葉(4335)」

▼薔薇は薔薇1

薔薇

私がイギリスの大学に留学していた1980~81年当時の英首相は、「鉄の女」の異名をとるマーガレット・サッチャーでした。サッチャーは医療や教育関連予算を大幅に削る一方、金持ちや大企業を優遇する経済・金融改革を進めた首相でしたね。彼女の政策に対する評価は今でも割れていますが、私にとっては忘れられない演説があります。

あるとき、大学寮のテレビ室で何気なくニュースを見ていたら、そのサッチャーがこんなことを言ったんですね。

Crime is crime is crime.
(犯罪は犯罪であり、犯罪以外のなにものでもない)

「~is ~is ~」などという構文は、日本の学校の英語では教えてくれなかったので、「へぇ~、英語にはこんな言い回しもあるのか」と妙に感心した記憶があります。

しかしこの言葉の裏には、冷血動物とも揶揄されたサッチャーの真骨頂がありました。当時北アイルランドのメイズ刑務所には、アイルランド独立闘争を繰り広げていたIRA(アイルランド共和国軍)の活動家が多数、“服役”していました。彼らは一般の囚人として扱われていたのですが、彼らにとっては、自分たちは犯罪者ではなく戦争捕虜であるというんですね。

そこで自分たちの「地位向上」を求めて、ハンガーストライキに突入しました。その中心人物がボビー・サンズという活動家でした。彼はハンガーストライキ中に英国議会の補選に立候補、見事当選します。

民意はボビー・サンズに味方したんですね。ところがサッチャーは、IRA活動家の要求を頑として受け付けません。そのときに発した言葉が先ほど紹介した「犯罪は犯罪」でした。IRAの活動家は犯罪者であり、特別扱いはしないというわけです。

一応、その前後の言葉も紹介しておきましょう。

We are not prepared to consider special category status for certain groups of people serving sentences for crime. Crime is crime is crime, it is not political.
(犯罪人として服役している特定のグループに対して特別扱いを検討するつもりはない。犯罪は犯罪であり、政治的なものではない)

サンズは66日間のハンガーストライキの後、1981年5月5日に餓死します。その年、サンズを含めて実に10人の活動家がハンガーストライキで餓死するんですね。

どうしてこのような悲惨な宗教闘争が起きたかというと、シェイクスピアを庇護した、あのエリザベス一世の時代までさかのぼるんですね。ヘンリー8世の娘であるエリザベスが女王となり、カトリックとプロテスタントの激突を避けるため中道政策を採ったことはすでに紹介しましたね。ところがこの女王の治世で、アイルランドに対しては、カトリック系住民を“駆除”して、代わりに植民者を送り込むという政策が推進されました。

エリザベス一世によって蒔かれたとも言える宗教紛争のタネは、17世紀のピューリタン革命の指導者オリバー・クロムウェルが反革命の拠点であるとしてアイルランドを征服、植民地化したことにより、大きくなります。そして、その後何世紀にもわたって、イギリスとアイルランドの大地は、血で血を洗う宗教闘争という暗雲に覆われることになるんですね。

1981年のイギリスの空も、そのような暗雲が立ち込めていました。女王の名もエリザベス(二世)です。エリザベス二世とサッチャーの政治的な思惑があったかどうかわかりませんが、10人の活動家が刑務所で次々と餓死している最中の7月29日、暗雲を払うかのようにダイアナ(・スペンサー)とチャールズ皇太子によるローヤル・ウェディングが執り行われたことも覚えておかなければなりませんね。私は翌30日、その結婚式が開かれたロンドンのセント・ポール寺院の前にたたずみ、紙ふぶきの残骸が風に舞うのを見ていたことを、今でも鮮明に覚えています。

前置きが長くなってしまいましたが、本題はここからです。実はサッチャーが使った「~is ~ is ~」という構文は、アメリカの女性詩人ガートルード・スタイン(1874-1946年)の「A rose is a rose is a rose is a rose」(薔薇は薔薇であり、薔薇であり、薔薇である)という詩の一節から来ているんですね。

今日はこの薔薇の詩を紹介しようと思ったのですが、前置きが長くなりすぎたので、明日のブログで詳しく見ていこうと思います。
(続く)

薔薇シリーズ67 「いい言葉(4335)」

▼薔薇のベッド

赤い薔薇

under the roseが、ギリシャ神話から生まれた「秘密に」という意味のイディオムであることは、おわかりいただけましたね。次に紹介するbed of rosesは、詩から生まれたイディオムであると言われています。意味は「安楽な状況」「愉快な状況」。

覚えているでしょうか、シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』で、牧師のヒュー・エバンズが決闘に向かう途中に口ずさむ変な詩を。クリストファー・マーロウの詩を勝手にアレンジ(多分正確に覚えていないせいですが)して、歌っていた詩です。ウェ-ルズ出身のエバンズは訛りが強いので、beds of roses をpeds of rosesと発音しています。

そうしたエバンズのお気楽さからこのイディオムができたかどうかはわかりませんが、オリジナルのクリストファー・マーロウの『情熱的な羊飼いの恋の歌』の中では、beds of rosesは恋人のために作るバラの花壇のことです。

And I will make thee beds of roses
And a thousand fragrant posies,

そこで私はあなたのために、バラの花壇と
香りのよい千の花咲く園を作ろう

求愛の詩なんですね。この羊飼いは夢のある二人の生活を具体的に描きながら、自分の恋人(妻)になってくださいと甘く語りかけます。その最後の二行です。

If these delights thy mind may move,
Then live with me and be my love.

こうした喜びがあなたの心を動かすなら
私と一緒に暮らしましょう。そして「愛する人」になってください。

おそらくこの甘い生活のイメージが、「安楽な状況」というイディオムを作り出したのでしょうね。

bed of rosesは現代のロック歌手ボン・ジョヴィにも歌い継がれています。歌の題名もそのままの『Bed of Roses』。歌詞を抜粋してみましょう。

I want to lay you down in a bed of roses
For tonight I sleep on a bed of nails
I want to be just as close as the Holy Ghost is
And lay you down on (a) bed of roses

私はあなたを薔薇のベッドに横たえさせたい
今夜、私は針のベッドで眠る
私は精霊と同じぐらい近くにいたい
そしてあなたを薔薇のベッドに横たえさせたい

a bed of rosesはこの場合、文字通りバラの花が敷き詰められたベッドのことだと思いますが、甘美な生活という意味が込められていますね。lay you downは「お姫様抱っこ」でベッドに横たえさせることでしょう。a bed of nailsもイディオム的で、日本語的には「針のむしろ」といった意味になります。傷つきながらも恋人を思う恋情を歌っているようですね。ボン・ジョヴィの『Bed of Roses』を知らない方はこちらをご覧ください。

薔薇のベッドのイメージは、アカデミー賞の作品賞を受賞した米映画『アメリカン・ビューティー』(1999年公開)でも使われています。主人公レスターの妄想の中で、エロチックなイメージとして登場しますね。題名も「アメリカン・ビューティー(アメリカの美)」という真紅のバラの品種をもじっています。アメリカの“理想的な”中流家庭が崩壊していく様を、豊かで温かい生活の象徴である、美しい赤いバラを使って描いていくとは、なんとも皮肉な映画です。

薔薇シリーズ66 「いい言葉(4335)」

▼ギリシャ神話とバラ3(青いバラ)

ギリシャ神話には、バラが誕生したエピソードがたくさん出てきますね。一体どれが真実なのかなどと詮索するのは野暮というもの。神話ですから、お好きなものをお選びください。そのギリシャ神話とバラの話も、次に紹介するニンフ(精霊)の話が最後です。

あらゆる花を支配する花の女神クローリスはあるとき、お気に入りのニンフが亡くなっているのを見つけました。不憫に思ったクローリスは他の神たちの力を借りて、ニンフを美しい花の姿に変えます。その花にアフロディーテは美を与え、酒神デュオニソスは神水を注いで香りをつけ、風神ゼヒュロスは雲を払い光の祝福を与え、花の女王とも呼ばれるバラを誕生させました。そしてクローリス自身は、花びらに色を与えたのですが、青い色は冷たく、死を連想させるという理由で青いバラだけは作らなかったということです。

自然界に青いバラが存在しないのはこのためだそうです。そのことはずっと語り継がれ、英語でa blue roseと言ったら「不可能なもの」「できない相談」という意味になるんですね。

ところが、科学技術は“進歩”します。2004年には、サントリーがバイオテクノロジー技術を使って「青いバラ」を作り出してしまいます。それまでもバラ同士を交配させて、青いバラを作り出す試みは続けられていましたが、バラにはもともと青色色素(デルフィニジン)がないため、厳密に青いバラは作ることができないでいました。そこでサントリーは、オーストラリアの企業と共同で、パンジーから青色色素にかかわる遺伝子を抽出し、バラに組み込んだんですね。

こうしてできたのが、このバラです。
紫がかった青という感じの色ですね。ただしこのバラは遺伝子組み換えによってできたバラですから、そのまま市場に出すことはできません。切花として商品化できるかどうか、法律と照らし合わせながら検討しているようです。

言葉の意味は時代とともに変化し、ついには死語になるものもあります。青いバラが持っていた「不可能」という意味も書き換える必要がありそうです。

ところで、「遺伝子組み換え生物」の代名詞ともなっている「キメラ」も、ギリシャ神話に登場するキマイラを語源としています。キマイラはライオンの頭と羊の胴体、蛇の尻尾を持つ(この三つの動物の頭を持つとの説もあります)怪物です。トルコ西部のリュキア地方を荒らしまわっていたので、英雄ベレロフォンによって退治されたことになっています。ヤマタノオロチ伝説みたいですね。

ギリシャ神話には、ミノタウルスや、英語のpanicの語源となったパンなど半神半獣が多く出てきます。もしかしたら古代ギリシャでは、すでに遺伝子組み換え生物がいたのかも。少なくとも、青いバラがギリシャ神話の延長線上に創造されたことは、間違いないと言えそうです

ということで、今日紹介する薔薇の写真は、遺伝子組み換えによって桜の木に咲いた薔薇です・・・

桜と薔薇

・・・なんてはずはないですね。桜の木を背景に撮影した薔薇でした。12月9日に神代植物公園で撮影しました。

薔薇シリーズ65 「いい言葉(4335)」

▼ギリシャ神話とバラ2

薔薇

ギリシャ神話にはもう一つ、バラにまつわる有名な物語があります。
昔、ペロポネソス半島のコリントに、ローダンテという誇り高く、才色兼備の娘が住んでいました。その美しさはすぐに他国へも広まり、他国の王や王子たちがこぞってローダンテに求婚しにやって来て、醜い争いを展開します。

とても結婚する気持ちになれなかったローダンテは、しつこく結婚を迫る男たちに嫌気がさして、太陽神アポロンと月の女神アルテミスを祀った神殿に逃げ込みます。神聖な神殿に入れば、男たちも手を出せないと思ったのです。

しかし、男たちは諦めません。神殿に土足で上がり込み、「ローダンテはどこだ」「ローダンテは私のものだ」などと口々に叫んで、騒ぎ出しました。神殿の中に隠れていたローダンテですが、この醜態に黙っていられなくなり、男たちの前に姿を現して「ここは神聖な場所です。汚してはなりません。ここから立ち去りなさい」と叫びます。

ところが、男たちは麗しのローダンテの姿を見て、逆に大興奮。「美しい!」「怒った顔がまた素晴らしい!」「ローダンテこそが私たちの女神だ!」となどと言って、こともあろうか月の女神アルテミスの像を台座から引きずりおろし、ローダンテを担ぎ上げて台座に据えたのです。ローダンテは怒りと恥ずかしさから顔を赤く染めて抗議しますが、男たちの興奮は高まるばかり。

ちょうどそのとき、太陽神アポロンが何事かと神殿を覗き込みます。そこには、妹の女神アルテミスの像があるべき台座に上がって紅潮したローダンテと、それをはやし立てる3人の男の姿がありました。「神の台座に上って、歓喜して頬を赤らめているとは、許すわけにいかない」。アポロンはローダンテが自ら進んで女神の台座に上ったのであると勘違いして、ローダンテめがけて、太陽の矢を放ちます。

熱い矢に射抜かれたローダンテの体は、見る見るうちに植物のようにしおれて行きます。脚は石にくっつき、両腕は縮んで曲がり、そこから葉が出てきます。やがてローダンテは、バラの木に変わってしまいました。ローダンテの美しさはバラの花に、紅潮した頬は赤いバラの色に、彼女の誇りの高さはバラの棘になりました。ローダンテに付きまとっていた三人の男も、それぞれ毛虫、蜂、蝶に変えられて、今でもバラの周りにまとわりついているそうです。

現在では、ローダンテ(ローダンセとも言います)はバラではなく、キク科の花の名前になっていますね。綺麗なピンクの花を咲かせます。

下の写真の花は、以前紹介したコダチダリアです。少しだけローダンテに似ています。同じキク科ですね。

コダチダリア

薔薇シリーズ62 「あの本、おぼえてる?(828)」

▼一区切り・・・ということは!?
私の予想に反して長くなった「シェイクスピアとバラ」のシリーズは昨日で終わりました。やっと終わったかと安心なさっている方も多いかもしれませんが、「薔薇シリーズ」はまだ続くんですね。でも、一区切りがついたわけです。

ということで、お待たせしました。朗報です。今日は待ちに待った(?)中間テストの日です!

まあ、テストと言ってもただの腕試し。遊び感覚でご参加ください。難易度にある★がそのまま得点になります。たくさん★を取ると、特典が・・・?

(1)『ロミオとジュリエット』のジュリエットな有名な台詞です。空欄を埋めてください。空欄には同じ単語が入りますね。(難易度★) 

What's in a(  )? That which we call a rose
By any other(  ) would smell as sweet;

(2)そのジュリエットは何歳だったでしょうか。次から選んでください。(難易度★)
a)13歳 b)15歳 c)17歳 d)20歳

(3)ロバート・バーンズの『赤い、赤い薔薇』です。脚韻を考慮して空欄を埋めてください。それぞれJune, I, sun, whileと韻を踏んでいます。(難易度★★★★)

A Red, Red Rose

My love is like a red, red rose
That’s newly sprung in June :
My love is like the melody
That’s sweetly played in ( a ).

As fair art thou, my bonnie lass,
So deep in love am I :
And I will love thee still, my dear,
Till a’ the seas gang ( b ).

Till a’ the seas gang dry, my dear,
And the rocks melt wi’ the sun :
And I will love thee still, my dear,
While the sands o’ life shall ( c ).

And fare thee weel, my only love,
And fare thee weel a while !
And I will come again, my love,
Thou’ it were ten thousand ( d ).

(4)『星の王子さま』で、狐は何を見ると王子の金色の髪を思い出すと言っていたでしょうか。(難易度★)

(5)次は『ヴェニスの商人』で裁判官に扮したポーシャの台詞です。恵みの雨のように降るものとは何でしょうか。空欄を埋めてください。(難易度★★)

The quality of(  )is not strained.
It droppeth as the gentle rain from heaven
Upon the place beneath.

(6)『お気に召すまま』では、有名なジェイキーズの「世界はすべて舞台である」という台詞の最後に、7つに分けられた人生の最後のステージとして次のような表現が出てきます。空欄を埋めてください。またsansはフランス語から来ていますが、現代の英語で言うとなんという単語でしょうか。(難易度★★★★★)

Last scene of all,
That ends this strange eventful history,
Is second childishness and mere oblivion,
Sans (  A  ), sans (  B  ), sans (  C  ), sans (  D  ).

(7)マクベスの有名な独白です。空欄を埋めてください。(難易度★★★★)
Macbeth:
To-morrow, and to-morrow, and to-morrow,
Creeps in this petty pace from day to day,
To the last syllable of recorded time;
And all our ( A ) have lighted fools
The way to dusty death. Out, out, brief ( B )!
Life's but a walking shadow, a poor player,
That struts and frets his hour upon the stage,
And then is heard no more. It is a tale
Told by an idiot, full of ( C ) and ( D ),
Signifying nothing.

ヒント:Aはビートルズの曲名に似たものがあります。ただしビートルズの曲は単数形で、こちらは複数形です。Bは命のシンボルとしてよく使われますね。C、Dは、ウィリアム・フォークナーの最高傑作とされる作品の題名に使われました。

(8)下の表には、イギリスのプランタジネット朝からチューダー朝までの歴代の王の名前が記されています。空欄を埋めてください。すべてシェイクスピアの戯曲の題名になっています。(難易度★★★)

プランタジネット朝(アンジュー朝)
・ヘンリー2世=在位期間1154年―1189年、ヘンリー1世の外孫
・リチャード1世=獅子心王、同1189年―1199年、ヘンリー2世の息子
・(  A  )=土地なし王子、失地王、同1199年 ― 1216年、ヘンリー2世の息子、マグナカルタを豪族たちに付与
ヘンリー3世=同1216年 - 1272年、(  A  )の息子
・エドワード1世=長脛王、長足王、同1272年 - 1307年、ヘンリー3世の息子
・エドワード2世=同1307年 - 1327年、エドワード1世の息子
・エドワード3世=同1327年 - 1377年、エドワード2世の息子
・(  B  )=同1377年 - 1399年、エドワード3世の孫

ランカスター朝
・(  C  )=同1399年 - 1413年、エドワード3世の子ランカスター公ジョンの息子
・ヘンリー5世=同1413年 - 1422年、(  C  )の子
・(  D  )=同1422年 - 1461年、1470年 - 1471年)ヘンリー5世の子
1455年よりランカスター家とヨーク家の間で薔薇戦争勃発。

ヨーク朝
・エドワード4世=同1461年 - 1470年、1471年 - 1483年、エドワード3世の曾孫ヨーク公リチャードの子
・エドワード5世=同1483年、エドワード4世の子
・(  E  )=同1483年 - 1485年、エドワード4世の弟 、1485年のボズワースの戦いで戦死。今のところ、戦場で死んだ最後の王ということになっています。

テューダー朝
・ヘンリー7世=同1485年 - 1509年)母の曽祖父がランカスター公ジョン、エドワード4世の娘と結婚。
・(  F  )=同1509年 - 1547年、ヘンリー7世の息子
・エドワード6世=同1547年 - 1553年、(  F  )の息子
・メアリー1世=同1553年 - 1558年、(  F  )の娘
・エリザベス1世=同1558年 - 1603年、(  F  )の娘

(9)『ソネット』からの出題です。シェイクスピアは「君」を「何の日」にたとえようとしたのでしょうか? 空欄を埋めてください。(難易度★)

Shall I compare thee to a(  )day?
Thou art more lovely and more temperate:

(10)ソネットを書くときの三つの約束事とは何でしょうか。(難易度★★★)

(11)“To be or not to be that is the question(生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ)”という有名なハムレットの台詞を、平易な現代英語に書き直すとどうなるでしょうか? (難易度★★★★★)

(12)次の写真の薔薇の名前は何ですか。(難易度★★)

ダイアナ

(13)下の写真を見てください。綺麗に紅葉していますね。さて、何の木が紅葉しているのでしょうか。薔薇の背景の紅葉として紹介させていただきました。「生きた化石」とも呼ばれています。(難易度★★★★★)

紅葉

(14)UNDER THE ROSEとはどういう意味ですか。また、その由来はなんでしょうか。(難易度★★★★★)


写真の後に解答があります。

紅葉とバラ

解答
(1)name
(2)a)13歳
(3)a)tune b)dry c)run d)mile
(4)麦畑の色
(5)慈悲(mercy)
(6) A)teeth B)eyes C)taste D)everything, without
(7) A) yesterdays B) candle C) sound D) fury
(8) A)ジョン B)リチャード2世 C)ヘンリー4世 D)ヘンリー6世 E)リチャード3世 F)ヘンリー8世
(9)夏の日でしたね。答えはsummer'sです。
(10)弱強五歩格で書くこと、脚韻を踏むこと、14行でまとめること。
(11)これはブログでも取り上げませんでしたね。答えは、The question is: is it better to be alive or dead?(問題は、生きるほうがいいか、死ぬほうがいいかだ)。ただし、これでは味も素っ気もありません。やはり、to be or not to beのほうがドラマチックな表現です。
(12)ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ
(13)メタセコイア、別名アケボノスギでした。
(14)これはまだ取り上げていませんね。答えは明日のブログでご紹介します。

晩秋の風景 「ちいさな旅~お散歩・日帰り・ちょっと1泊(154169)」

東京地方の秋もようやく終わりつつあるようです。例年より二週間ほど季節が遅れているような感じですね。

今日は、その晩秋の風景をご紹介します。

まずは12月1日に撮影した風景。

黄葉

いつもの神代植物公園ですが、モミジやカエデの紅葉が見頃になりました。

紅葉

紅葉

次は翌2日です。

イチョウ

イチョウが見事に黄葉していました。この日は国立競技場でラグビーの早明戦が行われました。これは競技場そばにある千駄ヶ谷駅前の銀杏並木です。

次も、12月4日に神代植物公園で撮影した紅葉です。

紅葉

紅色が鮮やかになってきました。

紅葉

オレンジ色に輝いています。

オレンジ

落ち葉も目立つようになりました。

落ち葉

上も下も真っ赤ですね。

赤

ふと、上を見上げると・・・

飛行機と紅葉

紅葉の間を飛行機が通っていくところでした。

これから秩父宮にラグビー観戦に行きますので、ここまでです。薔薇シリーズは一回お休みさせていただきます。晩秋の風景も続きます。

薔薇シリーズ64 「いい言葉(4335)」

▼ギリシャ神話と薔薇

薔薇

ギリシャ神話にはバラに関するエピソードがたくさん出てくるので、今日はそれを紹介しましょう。すでに紹介したように、ギリシャ神話では、アフロディーテが誕生したときに、大地が彼女に同じぐらい美しいものとしてバラを生み出しました。また、アフロディーテがあまりにも美しかったので、神々がバラを彼女に捧げたという話もあります。

そのバラの花は当初、何の香りもしなかったそうですが、アフロディーテの息子エロス(キューピッド)がバラの花にキスをしたら香りが生じたということです。

一方、次のような話もあります。バラを摘んでいたエロスは、あまりの美しさにバラの花にキスをしようとしたところ、花の蜜を吸っていた蜂がエロスの唇を刺しました。これを知ったアフロディーテは、怒って蜂をたくさん捕らえさせて、エロスの弓に数珠つなぎにします。そして蜂の針を抜くと、エロスが怪我をしたのはバラのせいであると八つ当たりして、バラの茎に蜂の針を植えつけました。だからバラには棘ができたのだそうです。アフロディーテはバラに嫉妬していたのかもしれませんね。

エロスがオリンポスの山頂で開かれる会議に急ぐ途中、躓いて手に持っていた神酒ネクタルをこぼしてしまいました。そのこぼれたネクタルがバラになったという神話も残っています。いやはや、もう何でもバラになってしまいますね。

バラにまつわる悲しい物語もあります。
ミルラの木から生まれた美少年アドニスに恋をしたアフロディーテは、冥界の女王ペルセポネとアドニスを取り合います。天界の裁判が開かれた結果、アドニスは1年の3分の1をアフロディーテと、3分の1をペルセポネと過ごし、残りの3分の1はアドニスの好きにしてもよろしいということになりました。ところがアドニスは、残りの3分の1もアフロディーテと過ごします(アフロディーテの独占欲が強く、アドニスをペルセポネに返そうとしなかったという話もあります)。

ペルセポネは気に入りません。そこでアフロディーテの愛人である軍神アレスに「アフロディーテはあなたを差し置いて、人間ごときに恋をしている」と告げ口をします。嫉妬に狂ったアレスはイノシシに化けて、狩りをしていたアドニスを牙で刺し殺してしまいます。旅の途中でアドニスの悲鳴を聞いたアフロディーテは、イバラを踏み分け足から血を流しながら、悲鳴が聞こえた現場へ急ぎます。そこで見つけたのは、アドニスの亡骸。アフロディーテは亡骸を抱いて大粒の涙を流します。その涙で白バラは赤く染まり、アドニスの血に染まった大地からはケシの花が生まれた(深紅のアネモネになったとの話もあります)そうです。

これだけ読むと悲恋話ですが、もともとアドニスがどうしてミルラから生まれたかを考えると、単なる悲恋物語ではありません。ここにもアフロディーテの嫉妬が絡んでいるんですね。

フェニキア(シリア)王キニュラスには、ミュラという名の非常に美しい王女がいました。一族の者はみな、アフロディーテを崇拝していましたが、その一人がミュラのことを「アフロディーテよりも美しい」と賛美してしまいました。それを聞いたアフロディーテは激怒して、ミュラが父親を愛するように仕向けます。そして祭りの夜の暗がりに乗じて、父娘は肉体関係を結びます。明かりの中で実の娘と関係してしまったことを知ったキニュラス王は娘を殺そうとしますが、ミュラは何とか逃げ延びます。これを知った神々がミュラを哀れに思って、ミルラの木に変えます。そのミュラの木にイノシシがぶつかって、裂けた木の中から生まれたのがアドニスだったんですね。

因果はめぐるのでしょうか。その赤ん坊のアドニスに、アフロディーテは恋をします。しかし何を思ったか、アフロディーテはアドニスを箱に入れ、冥界の王ハーデスの后ペルセポネに、絶対に開けてはいけないと言って預けます。開けてはいけないと言われると、開けたくなるのが人情(神情?)です。箱を開けると、そこには玉のような赤ん坊のアドニスがいます。ペルセポネもすっかりアドニスに恋をして、大事に育てます。

やがてアドニスが少年に成長すると、アフロディーテが迎えにやってきます。ずいぶん自分勝手な話です。自分で養育を放棄しておいて、後になってから取り戻しに来るなんて承知できません。そこでペルセポネの間で恋愛裁判(養育権の争い?)が開かれたわけです。

ギリシャ神話はこのように不倫、嫉妬、怒り、復讐など愛憎のオンパレード。バラの花言葉(黄色いバラですが)に嫉妬があるというのも、納得してしまいますね。

薔薇シリーズ63 「いい言葉(4335)」

秘密のバラ
中間テストはお楽しみいただけましたでしょうか? 今日から後半が始まります!

バラは多くのイディオムにもなっています。その代表的なものが、ラテン語のsub rosaから来ている under the roseです。「そのバラの下で」とは、何を意味するのでしょう。実は、バラの下で話されたことは秘密であるという意味が込められていて、現在では「秘密に」「内緒で」という慣用句になりました。

なぜ、バラの下で話されたことは内緒にしなければいけないかというと、古代ギリシャやローマではバラは秘密の象徴だったのですね。その由来には二つ説があります。

一つはギリシャ神話です。愛と美の女神アフロディーテ(ローマ神話ではヴィーナス)が海の泡から誕生したときに、大地が「神々と同じように美しいものを創造できる」と対抗してバラを生み出したとされています。その後バラは、その美しさからアフロディーテを象徴する花になりました。

「秘密」の物語はここからです。ゼウスの計らいで背が低く醜い鍛冶の神ヘパイトスと結婚させられたアフロディーテは、たくましい軍神アレスと浮気をします。ところが、その現場を息子のエロス(英語名のキューピッド。愛の神アフロディーテは父親の違う子たくさん産んでいますが、エロスは“仲人”であるゼウスとの子です!)に目撃されてしまったんですね。さあ、大変です。

そこでアフロディーテは、沈黙の神ハルポクラテスに頼んでエロスの口を封じてもらいます。秘密が守られたお礼にアフロディーテは、沈黙の神に赤いバラを贈ります。そのときから、バラの花は沈黙のシンボルになったんですね。

もう一つの由来は、古代エジプトにまでさかのぼります。と言っても、実は後の古代ギリシャ、ローマ人たちが、古代エジプトの神ホルスを誤解したことから生じたと言われています。ホルス神は隼(ハヤブサ)の頭を持つ大空をつかさどる神ですが、これを沈黙の神であると誤解したというんですね。そして、ホルスのシンボルがバラであったとの解釈(ホルスのシンボルは睡蓮ではないかとの説もあります)から、バラは沈黙を象徴するようになったという説です。

いずれにせよ、バラは古代ギリシャ、ローマ人にとって沈黙や秘密のシンボルになりました。ローマでは、天井からバラを吊るしたり、宴席の天井にバラの絵や彫刻を施したりして、そこで話したことや出来事は外に漏らさないという暗黙の了解ができたそうです。今日的に言うと、オフレコっていうやつです。

「薔薇十字団」など秘密結社にバラが使われるのも、こうしたバラのもつ秘密性から来ているんですね。

秘密の薔薇
(続く)

薔薇シリーズ61 「いい言葉(4335)」

シェイクスピアから生まれたバラ9(黒い貴婦人5

美青年への賛美、黒い貴婦人との甘い愛の日々、泥沼の三角関係、ライバルの詩人の登場と美青年との別れ、そして再会と決別で終わる恋物語を歌ったシェイクスピアの『ソネット』。すでに紹介したように、第1番から第126番までが美青年に対する愛のサイクルが描かれ、第127番から第152番までは黒い貴婦人に対する愛の物語が紹介されています。残りの第153、154番は、黒い貴婦人に対するソネットとも考えられますが、より普遍的な愛のソネットと解釈することもできます。

ここからが謎解きです。まずはこれを読んでください。

TO THE ONLY BEGETTER OF
THESE INSUING SONNETS
MR. W. H.
(この恋を歌ったソネット集の唯一の産みの親であるW・H氏に捧ぐ)

つまり『ソネット』は、詩に啓示を与えたとみられるW・H氏に捧げられているんですね。ところが、このW・H氏が誰だか、さっぱりわかりません。貴族のパトロン(ウィリアム・ハーバート)だという説もあれば、当時の美貌青年貴族サザンプトン伯ではないかとの説もあります。でもどちらも推測に過ぎず、矛盾点もあることから人物の特定に至っていないんです。

その中で非常に面白いのが、『幸福な王子』を書いたアイルランド出身の劇作家オスカー・ワイルド(1854-1900年)の女形少年俳優説です。ワイルド説に従うと、W・H氏とはウィリー・ヒューズという、当時シェイクスピアの劇団に所属していた少年役者であったことになるんですね。

ご存知のように、当時の劇場では女性が舞台に上がることは禁じられていましたから、女性の役はまだ声変わりのしていない少年が演じました。その女形にシェイクスピアが恋をした。舞台の上で輝く美青年に対する恋心が募り、それを詩にしたというわけです。

映画『恋に落ちたシェイクスピア』では、このワイルド説をもじって、男装してロミオを演じるヴァイオラに、あの有名な「君を夏の日にたとえようか」というソネットを捧げたことになっています。

ワイルド説を採ると、さしずめライバルの詩人はクリストファー・マーロウとなり、人気女形をマーロウの劇団に奪われたという構図が浮かんできます。ただしワイルド説でも黒い貴婦人は謎のままです。

では、シェイクスピアは同性愛者だったのでしょうか。
同性愛者として『ソネット』を読むことも、もちろんできます。第80番なんか、肉体関係を伴う、かなり卑猥な詩であると解釈できますからね。ワイルド自身(結婚して子供もいましたが)、クイーンズベリー侯爵の息子アルフレッド・ダグラスと同性愛の関係を結んだため、有罪となっています。

幸か不幸か、私は同性愛者ではありませんが、人生で一度だけ、美青年に一瞬心を奪われたことがあります。今まで知らなかった感情が自分の内に存在することに非常に驚きました。なぜそのような感情が生まれるのか、とても不思議だったのです。およそ輪廻転生があるのだとしたら、男性であったときもあれば、女性であったときもあるのでしょうから、恋心が生まれるのに性別は関係ないのかなとも思います。あのときの気持ちを突き詰めていけば、シェイクスピアが歌った美青年に対する想いも、ワイルドと同様に理解できたかもしれません。

同性愛者ではなかったのだとの解釈も可能です。同性愛的傾向があっても肉体関係はなかった、あくまでも人間のもつ「若くて美しいエネルギー」に対する愛の賛歌であると読むのも自由です。自分の人生に照らし合わせて、『ソネット』をお読みください。

でも、一つだけ言えることがあります。シェイクスピアが同性愛者であったかどうかにかかわらず、『ソネット』が「薔薇族」のバイブルになっていることです。これも「シェイクスピアから生まれたバラ」なのかもしれませんね。

バラ

薔薇シリーズ60 「いい言葉(4335)」

シェイクスピアから生まれたバラ8(黒い貴婦人4
薔薇

美青年と黒い貴婦人との三角関係に、分け入ってきたのがライバルの詩人でした。ライバルの詩人は、得意の詩で美青年を称えます。その詩作の才能においてはシェイクスピアをしのぐほどだというのですから、シェイクスピアも焦らないはずはありません。相手は威風堂々たる巨船。シェイクスピアは、負け(難破)を覚悟して、小舟に乗って大海原の荒波へと漕ぎ出します(第80番)。

そして第87番では、とうとう美青年はシェイクスピアに別れを告げます。ライバルの詩人に美青年を奪われてしまったんですね(第86番)。シェイクスピアの小舟は難破して、砕け散ってしまったようです。愛しい人と別れなければならない悲痛な叫びがあります。

その後、紆余曲折があったのでしょう。別れたはずの美青年がシェイクスピアのもとへ戻ってきます。だけれども、もうかつての二人の関係ではありません。二人の間には目に見えない亀裂が入っているんですね。口では美青年のことをまだ愛していると言いますが、そこには、あの情熱はありません。黒い貴婦人の嘘や泥沼の三角関係、そしてライバルの詩人との争いに疲れた詩人の姿があります。

『ソネット』の収められた154の詩編で、おそらく物語的には最後の場面となるのが、第126番です。そう、ちょうど黒い貴婦人の一連の詩(第127~152番)が始まる一つ前のソネットですね。

126
O thou my lovely boy who in thy power,
Dost hold Time's fickle glass his sickle hour:
Who hast by waning grown, and therein show'st,
Thy lovers withering, as thy sweet self grow'st.
If Nature (sovereign mistress over wrack
As thou goest onwards still will pluck thee back,
She keeps thee to this purpose, that her skill
May time disgrace, and wretched minutes kill.
Yet fear her O thou minion of her pleasure,
She may detain, but not still keep her treasure!
Her audit (though delayed) answered must be,
And her quietus is to render thee.

126
ああ、美しい若者よ、君は思いのままに
「時」の移り気な鏡と、命を刈る鎌とを支配している。
君は月日とともに一層美しくなり、
その美しい成長ゆえに、君を崇拝する者たちの衰えを際立たせる。
時による破壊すら支配する自然の女神が、
先へ進もうとする君をいつも引き戻すのは、
「時」を辱め、惨めな寸刻を痛めつける
その力を誇示するために、君を引き止めているにすぎない。
だが女神は恐い、ああ、女神お気に入りの従僕よ!
女神は君を囲いはしても、永遠に宝として取って置くわけではない。
女神の勘定も、延期はできても、清算されなければならない。
女神の決算とは、すなわち、君を「時」に引き渡すことなのだ。

実はこの詩編だけ、12行で脚韻もaabbccddeeffという二行連句(couplet)で構成されています。おそらくシェイクスピアは、ここだけ他の詩編と変えることによって、物語の終焉を示唆したのではないかと思われます。普通なら第154番が物語の最後かと思ってしまいますが、途中で美青年に対する恋物語に幕を閉じてしまうんですね。変わった手法です。

二行目のglassは「砂時計(hourglass)」と解釈することもできます。私は年齢を映し出す鏡と訳しました。sickleは死神が持っている鎌のことですね。三行目のwaninng grownは「美しく育ちながら朽ちていく」といった意味でしょうか。waneには「月が欠ける」という意味もありますが、おそらく三日月のイメージに死神の鎌のイメージを重ね合わせているのだと思います。

8行目のwretched minutesは直訳すると「惨めな分」ですが、想像するに女神は、美青年の周りの時を止めるために秒や分といった短い時間を殺していたんでしょうね。しかし、時間を止めることによって生じた女神の負債も返済しなければいけない、と最後の二行で言っています。美青年もやがては「時」に引き渡され、輝きを失います。それはそのまま、シェイクスピアが持っていた美青年に対する愛情の輝きが失われてきたことを示唆して、恋物語も終わります。

老いた薔薇
(続く)

薔薇シリーズ59 「いい言葉(4335)」

シェイクスピアから生まれたバラ7(黒い貴婦人3

紅葉と薔薇

シェイクスピアの『ソネット』には、美青年をバラにたとえた表現が多く登場します(1,54,109番など)。ところがシェイクスピアは、黒い貴婦人をバラにたとえたりしないんですね。それを如実に示しているのが130番のソネットです。

130
My mistress' eyes are nothing like the sun,
Coral is far more red, than her lips red,
If snow be white, why then her breasts are dun:
If hairs be wires, black wires grow on her head:
I have seen roses damasked, red and white,
But no such roses see I in her cheeks,
And in some perfumes is there more delight,
Than in the breath that from my mistress reeks.
I love to hear her speak, yet well I know,
That music hath a far more pleasing sound:
I grant I never saw a goddess go,
My mistress when she walks treads on the ground.
  And yet by heaven I think my love as rare,
  As any she belied with false compare.

130
私の恋人の眼は少しも太陽に似ておらず、
朱色の珊瑚のほうが彼女の唇よりもはるかに赤い。
雪が白いと言うならば、彼女の胸は褐色であり、
髪が針金と言うならば、彼女の頭に生えているのは鉄(くろがね)の針金だ。
赤と白が混ざったダマスクローズを見たことがあるが、
彼女の頬に、そのような薔薇を見ることもない。
恋人が漏らす吐息よりも
芳しい香りのする香水はいくらもある。
彼女が話す声を聞くのは好きだ。だが正直言って、
音楽のほうがはるかに心地よく響く。
天上界の女神が歩くのを見たことがなくても、
恋人はちゃんと大地を踏んで歩いている。

だが神に誓って言う。偽りの比喩で飾られたどの女性と比べても
見劣りすることは決してない、類稀な女性が我が恋人である、と。

130番はシェイクスピアのソネットの中で、英語的には簡単な部類に入ります。ここで知っておけばいいのは、当時のソネットなどで使われた詩的な表現をすべて否定しているということですね。「恋人の眼は太陽だ」「唇は珊瑚よりも赤い」「雪よりも白い肌」「薔薇のような頬」「どのような香水よりも甘い吐息」「音楽よりも妙なる響きの声」「天上界を歩く女神のようだ」といった表現はすべて嘘八百であると、シェイクスピアは言っています。

4行目のwiresも当時の詩的表現で、髪を金色のwire(針金)やthread(糸)にたとえるのが流行していたんですね。8行目のreekは現代では「悪臭を放つ」という意味ですが、当時はそのような否定的な意味はなかったそうです。最後の行のany sheのsheは黒い貴婦人のことではなく、一般的な女性の意で、any womanと同じです。

ここで黒い貴婦人が、眼だけでなく髪も肌も黒(褐色)であることが判明します。そして面白いことに、黒い貴婦人は後世においてバラの名前になりましたが、シェイクスピアにとっては決してバラではないんですね。シェイクスピアの自己矛盾はここにあります。戯曲をはじめ、『ソネット』の美青年には、さんざん「偽りの比喩」を使っておきながら、黒い貴婦人を語るときには、そんなものは嘘っぱちだと言い放っているんですから。

すると美青年への狂おしいほどの恋は嘘だったんでしょうか? どうもこうした表現の使い分けをみると、美青年への恋心は高尚でより理想的(空想的)な愛の響きがあり、黒い貴婦人への恋心は肉欲を伴う、より本音に近い現実的な愛であったのではないかと思われてきます。

詩編144番でシェイクスピアはその二つの恋を次のように表現します。

Two loves I have, of comfort and despair
(私には喜びと絶望の二人の恋人がいる)

The better angel is a man right fair
The worser spirit a woman colour’d ill
(良いほうの精霊は初心な美男子
悪いほうの精霊は黒く不快な女)

127番では黒を褒め称えていたシェイクスピアも、144番では黒を貶(けな)しています。何があったかというと、黒い貴婦人は次第にシェイクスピアにつれなくなり、とうとう恋人の美男子を誘惑してどこかへしけこんでしまったんですね。気が気でないのはシェイクスピアです。二重に裏切られ、二重に嫉妬し、二重に嘆きます。その模様は40~42番にも書かれています。

その中でシェイクスピアは、恋人の美男子を奪った黒い貴婦人を淫乱女のように罵ると同時に、美男子と自分は一心同体であるから、黒い貴婦人は私を愛しているのだと自分を慰めたりもします。錯綜した三角関係ですね。

しかし『ソネット』の物語はまだ続くんですね。第四の人物が登場し、物語をクライマックスへと導きます。

桜と薔薇
(続く)

薔薇シリーズ58 「いい言葉(4335)」

シェイクスピアから生まれたバラ6(黒い貴婦人2

薔薇

シェイクスピアの『ソネット』の前半は美青年を賛美する歌が延々と続きます。彼は美青年に対して早く結婚するように勧めもするんですね(勧婚歌)。複雑な男心ですね。

シェイクスピアがゲイ(同性愛者)なのかどうかの議論は後に回すとして、ソネットの第127番~152番が黒い貴婦人を歌った一連の詩編となっています。この一連の詩編で黒い貴婦人がどのような女性なのか、一枚一枚ベールを脱ぐように明らかにされていきます。では、その最初の127番を見てみましょう。

127
In the old age black was not counted fair,
Or if it were it bore not beauty's name:
But now is black beauty's successive heir,
And beauty slandered with a bastard shame,
For since each hand hath put on nature's power,
Fairing the foul with Art's false borrowed face,
Sweet beauty hath no name no holy bower,
But is profaned, if not lives in disgrace.
Therefore my mistress' eyes are raven black,
Her brows so suited, and they mourners seem,
At such who not born fair no beauty lack,
Slandering creation with a false esteem,
  Yet so they mourn becoming of their woe,
  That every tongue says beauty should look so.

127
かつて黒は、美しい色とはみなされず、
そうであったとしても、美と呼ばれることはなかった。
しかし今日、黒は美の正統な後継者であり、
かつて美と呼ばれたものは、庶子として身をやつしている。
というのも、誰もが自然の力を拝借して、
人工的な偽りの仮面で、醜いものを美しく見せるようになってからは、
真の美は、もてはやされも、崇められもせず、
屈辱こそ受けていなくても、汚されているからだ。
従って、私の恋人の眼は鴉のように黒く、
その眼差しは、まるで喪服を着ているようである。
色白に生まれなくても美しいはずなのに、
偽りの評価で自然の造形を冒涜している者たちを
喪に服して嘆いているように思われる。
彼女の眼が悲しみにふさわしい黒であるがゆえに
黒こそ美であると、誰もが語るのである。

ソネットを訳すのは、非常に骨が折れます。その理由の大きな一つは、ソネットが弱強五歩格で14行、脚韻を踏むという制約があるために、ある程度、論理や文法を無視して言葉を作り上げたり、つなげたりしている箇所が散見されるからです。つまり、論理を使ったり、辞書を引いたりしても、意味がわからない場合が多いんですね。

では、どうやってソネットを理解すればいいかと言うと、それは言葉の持つイメージとリズムを把握して、それを楽しめばいいのです。かなり想像力を必要とする作業でもあります。

まずソネットの形式を見ていくと、弱強五歩格で脚韻は行毎にABABCDCDEFEFGGという韻の踏み方をしています。これはシェイクスピアのソネットのどの詩編を見ても同じです。この制約の中で、黒が今ではbeauty's successive heir(美の正統な後継者)になったのだと言っていますね。なぜこう言わなければならないかというと、黒は美とはみなされない風潮があったからです。

ここでポイントとなるのは、fairという言葉です。fairには美しいという意味のほかに、淡い色という意味もあるんですね。たとえば、fair hairと言えば金髪、fiar eyesと言えば青い眼、fair skinと言えば白い肌となります。ところが黒は違います。黒には闇、死などのイメージが付きまといます。シェイクスピアは、そうした美の既成概念、美の基準を打ち破ろうとした。それがこの詩編127番です。

一方、darkはfairの反対語で「濃い色」という意味があります。Dark Ladyを黒い貴婦人と訳すのもそのためですね。間違っても暗い貴婦人ではありません。

5行目から6行目にかけてのput on nature's power, fairing the foul with Art's false borrowed faceは難解です。特にnature's power(自然の力)とは何か、ということになりますが、どうやら自然から作られた化粧品のことを言っているように思われます。put onは take over(譲り受ける)と同じ意味。自然の産物から材料を譲り受けて(化粧の力を借りて)、fair skin(白い肌)に見せかけようと、顔にべたべた偽の色(化粧)を塗りたくることを指しているようです。Fairing the foulのfairは辞書には載っていませんが、fairで「白く塗りたくる」「綺麗にする」という動詞にしていますね。「醜いものを美しくする」という意味になります。

10行目のher brow suitedのsuitedは「装った」とか「~にふさわしい」という語ですが、sooted(すすけた=黒くなった)とのpun(地口)である可能性があります。ついでに言うと、3行目のheirもhair(髪)とかけた地口であるかもしれません。正式な発音では異なる言葉ですが、「一部の地域(ロンドンの下町)」ではhairの「h」の発音をしないからです。

このように、美に見せかけた「醜」がはびこっているのだと、シェイクスピアは嘆いてみせます。そして恋人である黒い貴婦人の眼が黒いのも、それを嘆いて喪に服しているからだ、と黒の正統性を説きます。最後には、悲しみに映えるからこそ黒は美しいのだと歌ってこの詩編を結びます。かなり強引な理論、というか理屈も何もありませんが、これは詩ですからイメージで理解しないといけませんね。

さあ、黒い貴婦人が何者なのか少しわかってきました。「私(シェイクスピア)」の恋人であり、眼が黒いわけですね。次の128番では、楽器(おそらくバージナルという小ピアノ)を妙に奏でる女性であることがわかり、129番では、かなり官能的な女性であることが示唆されます。

美青年を狂おしいほど称えたかと思うと、今度は恋人の黒い貴婦人を賛美する。いったいシェイクスピアの性癖はどっちなんでしょうね。さらにその謎に迫りたいと思います。
(続く)

薔薇

薔薇シリーズ57 「いい言葉(4335)」

シェイクスピアから生まれたバラ5(黒い貴婦人

突然ですが、これがアン・ブリンの最期の姿です。

剪定

アンはヘンリー8世の二番目の后でしたね。王の寵愛を受けたのが1000日ほどでしたので、『千日のアン』という映画もできました。首をはねられた後も籠の中で唇を動かしていたそうですから、剪定された花もしばらくはぴくぴくと動いていたかも。

なんて、ちょっとブラック・ユーモアが過ぎました。
でもAnne Boleyn(アン・ブリン)がバラの名前になっているのは、本当です。

サーモンピンクのかわいらしいバラですね。史実とのギャップが際立ちます。

このほかにも『冬物語』に出てくるシチリア王の娘Perdita(パーディタ)、『シンベリン』の主人公でブリテン王のCymbeline(シンベリン)、『アントニーとクレオパトラ』に登場するクレオパトラの侍女Charmian(チャーミアン)などがバラになっていますが、詳しい説明は省略させていただきます。

そして、最後に紹介するのがThe Dark Lady(ダーク・レディ=黒い貴婦人)という、dark red(濃い赤色)のバラです。

黒い貴婦人は、シェイクスピアの14行詩『ソネット』に出てくる謎めいた女性です。そのソネットとは、「小さな歌」という意味のイタリア語に由来する詩の形式で、弱強五歩格の14行で脚韻を踏み、一編の詩となります。ソネットは一編で終わることなく、連作で連綿と恋の想いが歌われます。シェイクスピアの『ソネット』は154編の連作となって、物語のように恋歌がつづられています。

ただしシェイクスピアが恋を歌ったのは、黒い貴婦人に対してではないんですね。若くて美しい、高貴な青年(!)に対してです。この青年にシェイクスピアはもうぞっこん。バラにたとえたり、夏の日にたとえようとしたり、もう大変な入れ込みようです。その有名な一節を紹介しましょう。

Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate:

君を夏の日にたとえようか?
いや、君のほうがもっと麗しく、穏やかだ。

この時代、youの代わりにtheeが使われることがありますが、フランス語のtoiやtuと同じでtheeは親しみを込めるときや、親しい関係にあるときに使います。「夏の日」に関しては、『リチャード3世』でエドワード4世の幼い王子たちを「初夏のように初々しい美しさ」とたとえているように、若い男性をほめるときには、夏のモチーフがよく出てくるようです。でもここでは、その夏よりも麗しいと言っていますね。

シェイクスピアが思いを寄せるこの美青年を誘惑する「悪い女」が、黒い貴婦人です。
明日は黒い貴婦人について語られた部分を『ソネット』から抜き出して、紹介しましょう。
(続く)

薔薇シリーズ56 「いい言葉(4335)」

シェイクスピアから生まれたバラ4

『テンペスト』に出てくる「brave new world」はバラの名前にありませんでしたが、その台詞をしゃべったミランダから取ったバラはあります。それがAdmired Miranda(賛美すべきミランダ)です。その言葉はそっくりそのまま、台詞に登場します。

ネーブルズ王の息子ファーディナンドに名前をたずねられ、ミランダは父親のプロスペローから禁じられていたにもかかわらず、自分の名前を名乗ってしまいます。その場面です。

MIRANDA: Miranda.--O my father,
I have broke your hest to say so!

ミランダ; (私の名前は)ミランダです。・・・ああ、お父様、
言いつけを守らず、名前をしゃべってしまったわ!

FERDINAND: Admired Miranda!
Indeed the top of admiration! worth
What's dearest to the world!

ファーディナンド: おお、ミランダ!
まさに名前の意味のとおり、最上の賛美に値する! 
世界でもっとも価値のあるものにも、決して劣ることはない!

hestは命令という意味です。Mirandaには、ラテン語で「賛美(admiration)に値する」という意味があります。だからファーディナンドはAdmired Miranda(賛美すべきミランダ)と叫んだんですね。そのまま訳すとくどくなるので、「おお、ミランダ!」としました。

Admired Mirandaは香りのある、淡いピンク色のバラです。もしどこかで見ることがあれば、賛美してあげてください。

ミランダは天王星の衛星の名前にも使われています。
天王星には衛星が20個以上ありますが、そのほとんどにシェイクスピアの戯曲に出てくる登場人物の名前がつけられています。すでに紹介したロザリンド、オフィーリア、ビアンカ、ジュリエット、タイターニア、プロスペローも、バラの名前であると同時に衛星の名前になっています。バラになったり星になったり、忙しい人たちですね。

次に紹介する『トロイラスとクレシダ』のクレシダも、天王星の衛星と同時にバラにもなった「忙しい登場人物」の一人です。
Cressida(クレシダ)はアプリコット色が混ざるピンクのつるバラです。『ヴェニスの商人』のロレンゾーによる「ちょうど、こんな夜だった」という言葉遊びにも出てきましたね。

クレシダとは、どんな女性だったのでしょうか。
時はトロイ戦争の最中。トロイの王子トロイラスは、神官の娘クレシダに恋焦がれています。彼はクレシダのことを次のようにたとえます。

Her bed is India; there she lies, a pearl;
(彼女の寝床はインドの海。その海底に眠る真珠)

ちゃんと弱強五歩格になっていますね。

一方のクレシダはこんなことを言います。
Yet hold I off. Women are angels, wooing:
Things won are done; joy's soul lies in the doing.
(だけど、つれなくしていよう。女は口説かれているうちが花。口説き落とされたら、それで終わり。本当の喜びは、何事もしている間だけだから)

ここも弱強五歩格で、脚韻も踏んでいます。浮ついているトロイラスと違って、クレシダはしたたかな面をみせていますね。結構、きわどい台詞にも聞こえます。

その後クレシダの叔父パンダラスの仲介で、トロイラスはようやくクレシダと出会うことができて、一夜を共にします。ところが翌日、ギリシャ側に寝返ったクレシダの父親の要請により捕虜交換要員となったクレシダは、ギリシャ陣営に連れて行かれます。そこでクレシダは、女性性に目覚めてしまったのか、それともトロイラスと無理やり引き離されて自棄になったのか、男を惑わす妖艶な女性に変身します。そんなクレシダを見て、ギリシャの将官ユリシーズは次のように言います。

Fie, fie upon her!
There's language in her eye, her cheek, her lip,
Nay, her foot speaks; her wanton spirits look out
At every joint and motive of her body..
(ああ、あの女は危険だ! あの女の目に、頬に、唇に言葉がある。いや、脚までも話しかけてくる。奔放な気質が、あの女の体の節々からにじみ出ている)

一夜にして処女から妖艶な女性へと変わるクレシダ。クレシダと呼ばれるバラも、そのように変化するのでしょうか。

バラ

シェイクスピア劇から生まれたバラはまだありますが、ここでは詳しくは紹介しません。明日は最後に、シェイクスピアのソネットから生まれた謎のバラ「ダークレディ」に触れて、「シェイクスピアと薔薇」のシリーズを終えようと思います。

薔薇シリーズ55 「いい言葉(4335)」

シェイクスピアから生まれたバラ3(ヴェニスの商人

バラ

この劇で悪役になっているシャイロックの言葉にも耳を傾けましょう。

SHYLOCK. Hath not a Jew eyes? Hath not a Jew hands, organs, dimensions, senses, affections, passions, fed with the same food, hurt with the same weapons, subject to the same diseases, healed by the same means, warmed and cooled by the same winter and summer, as a Christian is?

シャイロック:ユダヤ人には目がないとでも言うのか? ユダヤ人には手がないか? 鼻や耳や口は? 人間のような形をしていないのか? 五感や感情や情熱は? キリスト教徒と同じように、同じものを食べ、同じ武器で傷つき、同じ病気にかかり、同じ薬で治るのではないか? 同じ冬を寒がり、同じ夏を暑がるのではないか?

ここは韻文ではなく、散文になっていますね。単語で難しいのはdimensionsでしょうか。直訳すると「寸法」とか「大きさ」となりますが、「人間の形」と解釈しました。

同じ人間ではないかと訴えるシャイロックの言い分はもっともですね。実はキリスト教徒のアントーニオは、シャイロックのことをいつも馬鹿にします。シャイロックが損をすれば笑い、得をすれば嘲笑します。なぜそのようなことをするか? それはユダヤ人だからだと、シャイロックは言います。今では考えられないことですが、当時は金を貸して利子を取ることは蔑まれていたんですね。そんなことをするのはユダヤ人ぐらいだと考えられていた。時代が変われば変わるものです。今ではキリスト教徒がたらふく利子をむさぼり、利子を取らないのはイスラム教徒ぐらいになっていますね。

次も有名な台詞です。裁判官に扮した聡明なポーシャがシャイロックに慈悲を説く場面です。ここはテスト(!)に出ますので、必ず覚えてくださいね。

PORTIA
The quality of mercy is not strained.
It droppeth as the gentle rain from heaven
Upon the place beneath. It is twice blessed:
It blesseth him that gives and him that takes.
Tis mightiest in the mightiest. It becomes
The thronèd monarch better than his crown.

ポーシャ
慈悲は強制されて施すものではない。慈悲は、天から降りそそぐ柔らかな恵みの雨のように、大地を潤す。慈悲は二重に祝福される。それは与えた者を幸せにし、受け取った者も幸せにする。慈悲は、もっとも偉大な人々の、もっとも偉大な美徳。この徳が王に備われば、王冠よりも輝くのだ。

5行目のbecomeは「~にふさわしい」という他動詞です。直訳すると「慈悲は王冠よりも王にふさわしい」となりますね。ここも見事な弱強5歩格になっています。シャイロックの台詞を散文で書き、ポーシャの台詞を韻文で書くのも、強欲なシャイロックと聡明なポーシャを際立たせる効果があります。そのせいか、「強欲なシャイロック」というバラもありません。

最後は、駆け落ちしたジェシカがロレンゾーと「ちょうどこんな夜だった」という言葉遊びに興じるロマンチックな場面です。

LORENZO. The moon shines bright. In such a night as this,
When the sweet wind did gently kiss the trees,
And they did make no noise-- in such a night,
Troilus methinks mounted the Troyan walls,
And sigh'd his soul toward the Grecian tents,
Where Cressid lay that night.

ロレンゾー:月が明るく輝いている。ちょうどこんな夜だった、甘い風が音を立てずに、そっと木々をなでていたのは。ちょうどそんな夜だった、トロイラス王子がトロイの城壁によじ登り、クレシダ姫が眠るギリシャの陣営の方を向いて、深く、切ないため息をもらしたのは。

これに対してジェシカも「こんな夜だった、~のは」と応じて、しばらくこの言葉遊びが続きます。その中のロレンゾーの台詞にpretty Jessicaという言葉が出てきて、それがバラの名前となりました。

さて、『ヴェニスの商人』の評価ですが、異教徒のユダヤに対する差別が根底にあったことは確かでしょう。現在でも、形を変えて差別は続いています。たとえば今日では、9・11テロ後のブッシュの十字軍発言を聞いてもわかるように、イスラムに対してキリスト教徒の一部は同じ差別意識を持っていますね。一方ユダヤ人は、第二次世界大戦中には迫害され、ホロコーストを経験します。しかし、現在のイスラエルのパレスチナに対する迫害、弾圧、虐殺行為を目の当たりにすると、とてもイスラエルを支持する気にはなりません。

被害者が今度は加害者になる。虐殺をされたものがなぜ、今度は虐殺をするのか。その狂信的な行動を突き動かしているのが宗教だとすると、宗教とは結局、その程度のものではないかと思えてきます。現代における宗教問題を考えるうえでも、『ヴェニスの商人』は格好の教材になるのではないでしょうか。
(続く)

薔薇シリーズ54 「いい言葉(4335)」

シェイクスピアから生まれたバラ2

シェイクスピアの戯曲の台詞から生まれたバラもあります。
それがScepter’d Isle(王権が統治する島)という、淡いピンク色のオープンカップ咲きのバラです。ミルラ香のする非常に人気の高いイングリッシュ・ローズでもあります。『リチャード2世』の第二幕第一場で、病に伏して今にも死にそうなランカンスター公ジョン・オブ・ゴーントが、イギリスの将来を憂う台詞の中に出てきます。

This royal throne of kings, this scepter’d isle,
This earth of majesty, this seat of Mars,
This other Eden, demi-paradise,

この諸王の玉座、この王権が統治する島、
この国王の大地、この軍神に守られた地、
この第二のエデン、地上の楽園・・・

これらはみな、イングランドを言い換えた言葉です。このあとも延々と形容が続くのですが、長いので割愛させていただきます。愛国心を鼓舞するときにも使えそうな表現になっていますね。

Scepter’d Isleがあるなら、『テンペスト』のBrave New Worldもあるかなと思って探しましたが、見つかりませんでした。オルダス・ハクスリーのSF小説のタイトルには、なりましたね。

これまで一度も取り上げなかった『ヴェニスの商人』からは、二種類のバラが誕生しています。Wise Portia(聡明なポーシャ)と Pretty Jessica(かわいいジェシカ)です。前者は房咲きとなる薄紫色のバラ、後者は花弁が巻き巻きになるピンクのバラですね。

ポーシャはバッサーニオと結婚した聡明な女性で、バッサーニオのためにユダヤ人の金貸しシャイロックから金を借りたアントーニオを救うために、裁判官に変装します。裁判でポーシャは、証文どおり借金を期日内に返せないアントーニオの肉1ポンドを求めるシャイロックに対して、シャイロックの言葉を逆手にとって「証文どおり肉を取るがいい。ただし、証文には血のことは書かれていない。キリスト教徒の血を一滴も流さずに肉を切り取るがいい」という有名な裁きをします。シャイロックは結局、キリスト教に改宗させられたうえ、全財産を没収されます。シャイロックにとっては踏んだり蹴ったりです。哀れなシャイロック。

そのシャイロックの娘がジェシカです。そのジェシカはかわいいのかもしれませんが、父親が外出している隙に、財産を持ち出してロレンゾーと駆け落ちしてしまいます。駆け落ちするのは別に構いませんが、父親の金を盗むことはないですよね。とんだ不良娘です。でも観客は、異教徒のシャイロックが娘と金を取られた姿を見て、「いい気味だ」とほくそ笑みます。

この『ヴェニスの商人』には、数々の名言・至言がでてくるので、紹介しましょう。

All that glisters is not gold.
光るもの必ずしも金にあらず。

格言にもなっていますね。glisterは古語で、glitter(輝く)と同じ意味です。
いきさつはこうです。ポーシャの父親は、娘と結婚したいならば黄金、銀、鉛の三つの箱から一つを選び、その中にポーシャの肖像画が入っていれば結婚を認めると決めました。モロッコの王が選んだのは黄金の箱。その箱に中に入っていたのが、うわべに惑わされて黄金の箱を選んだ者をあざける言葉(詩)だったというわけです。この詩の1行の後に、すべて脚韻を踏んだ詩文が8行続きます。脚韻があざけりの度合いを強めます。

ポーシャには意中の人がいました。それがバッサーニオ。ポーシャはバッサーニオに正解の箱を開けてもらいたくて、次のような歌を歌います。

Tell me where is fancy bred?
Or in the heart or in the head?
ひらめきはどこで育つの?
心の中で、それとも頭の中で?

実はこれ、bred、headと脚韻を踏むことで、lead[led](鉛)の箱であることを一生懸命教えようとしているんですね。さすがに聡明なポーシャです。それほど聡明とはいえないバッサーニオは気づきません。でもちゃんと鉛を選んで、見事結婚することに成功します。

この劇で悪役になっているシャイロックの言葉にも耳を傾けましょう。

SHYLOCK. Hath not a Jew eyes? Hath not a Jew hands, organs, dimensions, senses, affections, passions, fed with the same food, hurt with the same weapons, subject to the same diseases, healed by the same means, warmed and cooled by the same winter and summer, as a Christian is?

ちょっと長くなりそうなので、続きはまた明日にしたいと思います。

今日の写真も紅葉を背景にしたバラです。

紅葉とバラ

ご紹介が遅れましたが、背景で紅葉しているのはメタセコイア(別名アケボノスギ)の並木です。

薔薇シリーズ53 「いい言葉(4335)」

シェイクスピアから生まれたバラ1
シェイクスピアとバラを締めくくる最後は、戯曲の登場人物から生まれたバラをいくつか紹介しましょう。

最初はSweet Juliet(かわいいジュリエット)。言わずと知れた『ロミオとジュリエット』のジュリエットに由来するピンクのバラです。「バラという名前が何だって言うの」という有名な台詞があることはもうご存知ですね。

『真夏の夜の夢』に登場する妖精の女王タイターニアにちなんだProud Titania(誇り高いタイターニア)というバラもあります。つるバラの天蓋の下で眠るという女王は印象的でした。これもピンクがかったバラです。

『じゃじゃ馬馴らし』からは、Fair Bianca(美しいビアンカ)という淡いクリーム色が混じる純白のバラが生まれました。ビアンカは、主人公の“じゃじゃ馬カタリーナ”の妹で、姉と違って器量がいいと評判の娘でした。姉が片付かないかぎり妹が結婚できないということで、カタリーナは金目当てのペトルーキオとほとんど無理やり結婚させられます。結婚してからはビアンカよりもカタリーナのほうが夫に従順になりますが、バラに選ばれたのは妹でしたか。

「おお、五月のバラよ!」と形容された『ハムレット』のオフィーリアも、そのままOpheliaという淡いピンクのバラに。『お気に召すまま』で紹介したロザリンドは、Heavenly Rosalind(聖なるロザリンド)という淡いピンクの中輪のバラになりました。

女性ばかりではありません。男性もバラになっています。ムーア人の将軍オセロは、Othelloというミディアム・レッドのバラになっています。でも嫉妬を表す色はもっと炎のように赤いはずですよね。たぶんテーマは嫉妬ではなく、高貴な将軍でしょうか。『アントニーとクレオパトラ』や『ジュリアス・シーザー』に登場するアントニーは、Noble Antony(高貴なアントニー)という赤いバラになりました。『テンペスト』に出てくる、魔法を使う公爵Prospero(プロスペロー)は紫のバラです。

ちょっと変わったところでは、『マクベス』の舞台となったGlamis Castle(グラーミス城)という白バラも存在します。非常に香りの強いバラだそうです。

シェイクスピアに多大に影響を与え、シェイクスピア本人ではないかとの説もある劇作家クリストファー・マーロウも、Christopher Marloweというオレンジレッドのバラの名前になっています。

どうしてこの人物がバラの名になったのか、首を傾げたくなるバラもあります。『タイタス・アンドロニカス』のTamora(タモーラ)です。タモーラは、ローマ軍に破れ、捕虜としてローマに連れてこられたゴート族の女王。長男を惨殺された後、ローマ皇帝サターナイナスの后になりますが、密かにローマと、ローマの将軍タイタス・アンドロニカスへの復讐に執念を燃やしています。

その残虐な報復行為についてはここでは詳しく触れませんが、とにかくひどいものです。タモーラの姦計により、タイタスの娘は陵辱されたうえに両手首と舌を切断され、タイタスの息子二人は濡れ衣を着せられ首をはねられます。タモーラに謀られたことに気づいたタイタスは、その復讐としてタモーラの二人の息子を殺して、その肉の入ったパイを、そうとは知らないタモーラに食べさせます。そのことを告げながらタモーラを殺したタイタスですが、その場で皇帝に殺されます。そして、ただ一人の残ったタイタスの息子が皇帝を殺し、新しいローマ皇帝となって、劇は終わります。

まさに血で血を洗うような復讐の連鎖です。タモーラと名づけられたバラが血の滴るような赤いバラなのかと思ったら、そうではなく、可憐なピンク色のバラでした。復讐の連鎖に終止符を打ちたいとの願いが込められているのでしょうか。

ということで、今日のバラの写真は、「ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ」、元英国皇太子妃ダイアナの名前を取ったバラです。

ダイアナ

「プリンセス・オブ・ウェールズ」というイギリスのバラもありますが、神代植物公園にあるのは、アメリカバージョンです。イギリスバージョンは、クリームがかった白いバラになっています。

薔薇シリーズ52 「いい言葉(4335)」

ロマンス劇のバラ2(ペリクリーズ後半
売春宿に売られた、哀れなマリーナ。でもマリーナの毅然とした態度に、男性客たちはたじたじとなって退散します。そこへ、お忍びでミティリーニの太守ライシミカスがやってきて、マリーナを連れて来るように女将に告げます。

そのとき、売春宿で働くボールトが次のようにマリーナのことを形容します。

BOULT
For flesh and blood, sir, white and red, you shall
see a rose; and she were a rose indeed, if she had but--

ボールト
生身の体について言えば、旦那様、白と赤のバラのようです。
彼女(マリーナ)は間違いなくバラでございましょう。もし彼女が・・・

flesh and bloodは慣用句で「肉体」とか「人間」という意味です。二行目のwereは仮定のifを受けていますね。ifの後は、「彼女が客を取れば」というような意味の台詞が入りますが、太守の手前、ボールトはあえて売春とは言わないようにしています。

マリーナはライシミカスに対しても、もし高貴な生まれならばそれにふさわしい行いをしなさいと言って諭し、ライシミカスを驚かせます。そのしゃべり方がいかにも聖女のようだったので、ライシミカスは改心し、マリーナに金貨を渡します。マリーナはその金貨を使って、売春宿から脱出し、踊りや歌を教えたり、刺繍をしたりして生計を立てるようになります。

第四幕はここで終わり、第五幕になりますが、幕間に老詩人ガワーが現れて、次のように語ります。

GOWER
Marina thus the brothel 'scapes, and chances
Into an honest house, our story says.
She sings like one immortal, and she dances
As goddess-like to her admired lays;
Deep clerks she dumbs; and with her needle composes
Nature's own shape, of bud, bird, branch, or berry,
That even her art sisters the natural roses;
Her inkle, silk, twin with the rubied cherry:

ガワー
かくしてマリーナは売春宿を抜け出して、堅気の家で暮らすことになったと、我が物語は伝えている。彼女は不死の精霊のごとく歌い、その素晴らしい歌に合わせて女神のごとく踊る。思慮深い学者も彼女の前では黙り、その刺繍針で編むものは、蕾、鳥、枝、実といった自然の造形そのもの。その技巧は自然のバラと姉妹のようで、その絹の編み物は紅玉の桜桃と双子のようである。

1行目のthe brothel 'scapesの'scapesはescapes。語順を正すとescape the brothelとなります。channceには,運を試すという意味があるようです。4行目のlayは歌のこと。inkleは編み糸のことです。彼女の刺繍や編み物の美しさをバラや桜桃にたとえていますね。

ガワーはこんな調子で幕間に現れては、物語の進行役を務めます。

こちらも物語を進めましょう。マリーナが売春宿に売られたころ、主人公のペリクリーズが14年も経ってからようやく娘を引き取りにサーサスのクリーオン夫妻を訪れます。ちょっと遅すぎますよね。夫妻は自分たちがやった悪事がばれたらまずいので、マリーナが死んだことにしてしまいます。

嘆き悲しむペリクリーズ。そんなに悲しむぐらいなら、もっと早く迎えに来いと言いたくなりますが、後の祭り。放心状態の彼を乗せた船は偶然、ミティリーニに立ち寄ります。その様子を見た太守のライシミカスはペリクリーズを気の毒に思い、マリーナを呼び寄せて歌を歌わせます。

ペリクリーズはその歌声や話し振りや顔立ちに惹かれ、マリーナの生い立ちをたずねます。すると、自分の娘であることがわかるんですね。14年ぶりの親子の再会です。

そのとき、ペリクリーズは急に眠くなり、夢を見ます。その夢の中で女神ダイアナが現れ、エフェサスにあるダイアナ神殿へ来るように告げます。お告げどおりエフェサスの神殿を訪ねると、そこに死んだと思って海に埋葬したセイザの姿を見つけ、親子3人は感涙の対面を果たします。マリーナとライシミカスも結婚することが決まり、悪事を働いたものたちには天罰が下ったことをガワーが語り、この物語も終わります。

なんともシュールで奇想天外な話です。死の悲劇から曲折を経て再生・再会へと変質するロマンス劇の誕生です。シェイクスピアも年を取って、親から子へと受け継がれる「再生の循環」ともいえる営みに思いを馳せるようになったのかもしれませんね。

昨日に続いて紅葉とバラのツーショットです。

バラと紅葉

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