失われた過去を求めて26 「不思議な世界(409)」

リーダーの名は
秋山さんの説明は続いた。
「富士山のそばの山梨県忍野村周辺にはストーンサークル(環状列石)があるのですが、私にはそれが気球の発着場に思えてしょうがないんです。静岡県の愛鷹山とか、藤枝市のびく石山に行かれると、何か感じるものがあるのではないかと思いますよ」

「前世の記憶が蘇るかもしれない?」
「そうです。どうやら日本に来てから長生きして、薬草の研究をしていたようです。そのような姿が見えます」

日本に来てから長生きしたという秋山さんのリーディングは、私が退行催眠中に見たビジョンの内容と一致していた。私は若くして(10代か20代で)日本に来て、年老いてからは富士山近くの山の中で暮らしていたというイメージである。

そうした場所へ行っての検証作業は後で実施するとして、私は再び、時代に関する話に戻した。というのも、前世リーディングや前世療法では、古い時代に遡るほど時間の概念があやふやになると秋山さんが言っていたことがあったからだ。昔の人は時計やカレンダーなどをもっておらず、学者や政治家でもないかぎり、西暦何年とか、どの天皇の時代の何年といったことをわかるはずがないのだという。ではどうやって時代を知ることができるかというと、それは街並みとか服装で感じることしかできないのである。

「平安時代といえば8~10世紀ごろですが、そのころエジプトは既に衰退して、世界の第一線から退いていたはずですが、本当にそのころ高度な技術を持った部族がエジプトにいたのでしょうか」

「表舞台には出てこないで、秘密結社のように技術を守ってきた人たちがいたと思います。11世紀に十字軍が中東を進攻したとき、秘密の技術をあさったことがあったと聞いていますから、エジプトにそうした隠された技術があったのではないでしょうか」

「どのような服装でしたか」
「白い布を頭の後ろにたらしたエジプト風の頭巾を被っていました。赤と青が交互に縁取られたインディオのような服装も見えます」

「気球でエジプトから日本に渡ってきた人たちは、どのぐらいの規模だったのですか」
「1000人ぐらいの大隊でした」

「リーダーはいたのですか。誰が大隊を率いていたのでしょう?」
「リーダーの名は●●●●●」

「私は何と呼ばれていたのですか」
秋山さんは少し間を置いてから答えた。「●●●●●です」
(続く)

お知らせ:リーダーの名前は今後の検証のため明かせませんが、私の名前は明日のブログでご紹介します。そこで問題です。直感や霊視で私の名前を当ててみませんか? 見事当てられた方には豪華賞品(?)と賞状(?)を差し上げます。黒丸の数と同じ五文字です。最初の文字は「シ」、最後の文字は「ヤ」。我こそはと思われる方は、ユニークな名前をお寄せください。
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失われた過去を求めて25 「不思議な世界(409)」

ハニ族と鳥居、そして空へ
羽根はハニ、ワニから来ているという秋山さんの説に惹かれたので、私は話題をハニ族に向けた。
「彼らはワニ族、ハニ族ではないかということでしたが、そういえばタイと中国の国境付近の山岳地帯にはハニ族という少数民族が暮らしています。ハニ族の村の入り口には“鳥居”があるんですよね。しかも、その鳥居の上には、木彫の鳥が飾られているんです」

このハニ族については、もう少し説明しておこう。ハニ族は中国雲南省の少数民族の一つで、棚田を作る稲作民族として知られている。同系の民族は、タイ、ラオス、ベトナムの山岳地帯に広がっている。ハニ族の村の入り口には、村へ侵入する悪霊を防ぐ結界門として「村の門(ロコーン)」が建てられているが、これが日本の神社の鳥居とソックリなのである(注:写真はこちら=をご覧下さい)。

村の門は、左右二本の柱の上に笠木(横に渡す木)を載せたもので、笠木の上にはいくつかの木製の鳥が止まっている。まさに「鳥居」なのだ。二本の自然木にしめ縄を渡されただけの門もある。さらにそのしめ縄にはしばしば、日本のしめ縄と同様に、「鬼の目」という竹で編まれた、悪霊払いの呪具がぶら下がっているのだという。木製の鳥は日本の弥生時代の遺跡からも頻繁に出土していることなどから、日本の鳥居は雲南省周辺からもたらされたのではないかとみる研究家もいる。

秋山さんもこの話には興味をもったらしく、少し考えてから次のように言った。
「気球族が立ち寄ったのかもしれませんね。今ふと思ったのですが、鳥居は気球をつなぎとめておく道具だったのではないでしょうか」

「道具・・・」
秋山さんは時々、突拍子もないことを言うので、その考えについていくのに苦労する。私は、気球が鳥居につながれている光景を思い浮かべた。なんとも奇妙な光景だ。ただ、鳥が天の神の使いであり、その鳥の宿木が鳥居の起源であるとするならば、空を飛ぶ「神の使い」のような気球を木に止めておこうと考えたとしても不思議ではない。

確かに羽根という地名には、鳥に対する信仰のようなものもうかがえる。それは空を飛ぶことに対する憧れであろうか。もちろん、「ワニ」が「ハネ」になったのなら、こうした考えは当てはまらないだろうが、時代を経て、元々の言葉の意味が変わっていった可能性もある。イメージは鳥、羽根、大空、気球へとつながっていく。

詳しくは別の機会に説明するが、羽根ラインとは別に、地球の公転面に垂直になるように日本中に引かれた「鳥のライン」も、もしかしたら気球族による測量と関係があるのかもしれないと思われてくるのだった。
(続く)

失われた過去を求めて24 「不思議な世界(409)」

羽根の由来と気球族
「羽根という地名にはどのような由来があるのでしょうか」
「ハニ族とか、ワニ族から来ているように思います。エジプトの言葉ではないでしょうか。動物のワニから来ている気がします。ワニ族のワニが転訛したのが羽根だと思います。彼らがいた場所が羽根になったのです」

後で調べたが、現代のエジプト語でワニを「ワニ」とは言わないようである。ところが、日本語のワニの語源はよくわかっていないこともわかった。ワニは出雲神話の「因幡の白兎」に登場することが知られており、その地方で獰猛なサメのことを鰐鮫と呼ぶことからサメのことではないかとされている。しかし、そもそもワニが存在していなかった古代日本において、ワニを知らなかったはずの当時の古代人がワニという動物を形容詞に仕立てて「鰐鮫」という言葉を使っていたとする説には疑問もある。ワニは外来語であるとの説もあり、由来については決着していないのだそうだ。

秋山さんの説明は続いた。
「彼らは気球を飛ばす技術をもった部族でした。最後の気球族だったのです」

最後の気球族という言葉は面白いなと私は思った。秋山さんによると、気球はかなり昔から連綿と引き継がれてきた技術だったのだという。

「最後の気球族だったのですか」と、私は念を押した。
「そうです。それは門外不出の技術であった。決して外部にその技術を教えることはなかった。その技術をめぐって権力闘争もあったと思います。誰もが欲しがる、それほど凄い技術だったのです」

「しかし、平安時代に気球族が渡来したのなら、何らかの記録が残っているはずだと思いますが・・・」
「秘められた技術だったので、記録に残さなかったのではないでしょうか。逆に彼らは気球の技術を葬り去った。日本という地で、封印したのです。彼らは技術を持った民として狙われていた。はるばる日本にやって来たのも、安住の地を求めたからでした。自分たちの居場所が知られるとまずいので、夜間、気球を飛ばして移動した感じがします」

「すると夜陰に紛れて、逃げるようにエジプトを脱出したわけですか」
「そのような感じがします」
(続く)

失われた過去を求めて23 「不思議な世界(409)」

時代の謎
私が今生で、羽根のラインの測量技術に関心をもつのも、技術者の記憶が魂に刻まれているからだろうか。質問や疑問がたくさん浮かんできた。最初に知りたかったのは、羽根ラインがつくられた時代であった。

「それはいつごろの時代ですか」
「1300~1600年前だと思います。平安時代ぐらいではないでしょうか」

平安時代という答えは、予想よりもかなり後の時代であったので、「そんなに最近の話なんですか」という言葉が思わず口を出てしまった。私がビジョンを見た感じでは、アイヌが北陸・中部地方に住んでいた時代か、その前、おそらく縄文時代のことではないかと思っていた。

「ええ、何となく平安時代という感じがします。古くても、それより少し前の4,5世紀ごろとか」と、秋山さんは言う。4、5世紀といえば、ちょうど大和政権が誕生しつつあるころである。

実を言うと、平安時代説に出合うのは初めてではなかった。2005年5月、日本ダウザー協会会長の堤裕司さんに、ダウジングで羽根のラインが作られた時代を調べてもらったことがある。ダウジングとは、振り子などの道具を使って、自分の潜在意識が考えていることを知るテクニックである。

堤さんは日本におけるダウジングの第一人者。拙著『不思議な世界の歩き方』の取材でお世話になり、内田秀男の研究の話で意気投合したことを縁に、羽根ラインの謎についてダウジングの実験をしてもらった。

そのときの堤さんの報告は次のとおりである。

時間を作ってゆっくりとした中でダウジングしてみました。
やり方としては、頂いた本(注:拙著『「竹内文書」の謎を解く』のこと)の例の地図上で行ないました。先入観をいれない為に本はまだ読んでいません。

1)「羽根のライン」は意図的に測量して、作ったものか?
これはダウジングでは「イエス」でした。

2)誰が?
これはダウジング的には難しいです。ある候補の中から選ぶと言う事は出来ます
が、全く誰かわからない状態から捜すのはダウジングでは困難です。

3)いつ?
江戸時代以前か?「イエス」 奈良時代以前か?「ノー」 平安時代か?「イエス」。具体的に数字は1000年から1100年ごろの間で反応がありました。 

4)目的は?
これもリストアップしないとダウジングしにくいです。何か思い当たる項目があれば、いくつか教えてもらうと「イエス、ノー」の反応を見る事は出来ます。

以上が第一回目の実験結果であった。第二回目の実験ではより具体的に項目を挙げて、5者択一でダウジングしてもらったのだが、その結果はここでは触れないでおく。ポイントは、平安時代で振り子が反応したことだ。

奇しくも、秋山さんと堤さんの結果が同じであったわけだ。ただし、堤さんのダウジングでは平安後期、秋山さんの説では平安初期と400年近い開きがあるのも事実である。

この時代の問題については、秋山さんと同じ「羽根ライン気球測量説」を唱えるチャネラーのTさんにも「金星の精霊」とチャネリングをしてもらい、回答を得ている。それによると、羽根のラインが築かれたのは今から5000年前となり、私の感じた年代に近い。

時代の問題については、まだ解決されていないと私は考えている。平安時代であったかもしれないし、縄文時代であったかもしれない。時代の問題はとりあえず横に置いて、秋山さんへの質問を続けることにした。
(続く)

失われた過去を求めて22 「不思議な世界(409)」

エジプトから来た人々
「では、早速始めていただけますか。私はただ座っていればいいですね」と、私が先に口を開いた。
「ええ、それでいいです」と秋山さんは言うと、静かにゆっくりと意識を集中していった。
 
秋山さんは目を開けたまま、やや下の方を見つめていた。後で聞いたところ、秋山さんがリーディングをする場合は、30~50センチほど離れた、やや自分の目より低い場所に影像が現われるのだという。

秋山さんはしばらくの間、その影像を見ているようだった。そして次のように言った。
「どうやら、(筆者の前世は)羽根のラインと関係があるようですね。道具を使って、星や地面の測量をしている姿が見えます。木製の測量器材を使っています」

「測量ですか。その測量をしている人たちとは何者ですか」と、すかさず私は聞いた。
「エジプトから渡来した人たちです」

エジプト! 何と私が退行催眠で見た人たちと同じではないか。私はペルシャ人かアラブ人ではないかと感じていたが、秋山さんはエジプト人であると明言した。もう一度断っておくが、秋山さんは私が見たビジョンのことはまったく知らないのである。

私はこちらの動揺を悟られないように、平静を装って聞いた。
「エジプトですか」
「そうです。彼らは気球を使って、能登半島か金沢の辺りに上陸、さらに長野、富士山へと勢力を拡大していきました。最後は富士山の北側に定住したように思います」

顔にこそ出さなかったが、秋山さんのこの発言に対しても私はかなり驚いていた。私が退行催眠で見たビジョンでは、印象として彼らは能登半島の羽根に上陸して、日本全国の測量をして、最後に私が所属していたグループは、富士山のそばの山奥に定住したことになっていたからだ。私には長野や山梨のイメージは出てこなかったが、上陸地点と定住地がほぼ一致していたのである。

「私はその一員だったのですか」
「計測技術とともに、日本の水に関すること、つまり治水とか、金脈探しにも興味を持っていたようです。科学者の一人だったのではないでしょうか」
(続く)

失われた過去を求めて21 「不思議な世界(409)」

秋山眞人さんのオフィス
まったく異なる方法で、別々の人間が同じような過去のビジョンを見たら、その過去はある時間軸において実際にあった出来事ではないかと私は考える。

その意図をもって、国際気能法研究所の秋山眞人さんの東京・新宿にあるオフィスを訪ねたのは、2007年2月26日のことであった。秋山さんはいわゆる超能力者として知られ、同時にUFOコンタクティーであることを公にしている稀有な人物である。オーラを見ることができ、前世をリーディング(霊的情報を読み取ること)することもできるという。秋山さんが所長を務める国際気能法研究所では、そうした人間の潜在能力や未知能力の開発とその研究を進めている。

オフィスの入り口には、ある警察からもらった感謝状が飾られている。これはどうしたんですかと聞いたら、犯人逮捕に協力したのでもらいましたと秋山さんは言う。現場に残された物的証拠などから犯人の顔を霊視、それが犯人逮捕に結びついたのだそうだ。ジョー・マクモニーグルのような“超能力捜査官”は日本にもいたわけである。秋山さんは若いころ、郵便局員や警察官などの職を転々としていたことがあった。そのときできた人脈から、時々警察から依頼を受けることがあるのだそうだ。

さらにここには、ほかのオフィスにはないものがある。床下一面に隕石を砕いた砂が敷き詰められているのだ。秋山さんは磁場に敏感で、隕石の砂で磁場を調整しないと、気分が悪くなってしまうのだという。

その隕石の砂に満ちたオフィスのほぼ中央で、秋山さんと私は向かい合って座り、そして前世リーディングが始まった。私から秋山さんに依頼したのは、私の前世と羽根ラインとが、何らかの関係があったかどうかを読み取ってもらうことだけであった。私が退行催眠で見たビジョンについては、いっさい語らなかった。秋山さんも先入観を持つことになるような情報がないほうが、リーディングはうまくいくと言う。

さあ、どのような私の前世が、秋山さんに見えてくるのだろうか。
(続く)

失われた過去を求めて20 「不思議な世界(409)」

前世の「旅の終わり」とその検証法
「時が経てばわかるというのは、布施泰和さんの人生において、ということでしょうか」
「そうです。そうだと思います」

「さあでは、そろそろあなたは肉体に戻ることにしますよ。今度はその布施泰和さんの肉体に戻っていきます。あなたは今体験した二つの人生で、いろいろと見聞きしたこと、感じたこと、それらをちゃんと覚えた状態で布施泰和さんの肉体に入っていきます。私が数を1から20まで数えていくと、あなたは布施さんの体の中に入っていきます。そして、20まで数え終わったときには、あなたは催眠状態から覚めて、日本という国の、東京の池袋にある池袋YM心理センターというところの部屋に戻っていきます。そしてそのとき、布施泰和さんの脳は以前にもまして活性化し、そう、いろんなことに思いが至り、ますます研究が進んでいくようになります。ひらめきや感が冴えるようにもなり、羽根ラインのこともますます研究がはかどるようになります。1,2,3・・・18,19,20」

こうして私は、二時間の前世の旅から戻ってきた。意識は、一瞬眠ってしまったときが一度あったが、それ以外は常にはっきりしていた。最後の武藤さんによる暗示が効いたのかどうかわからないが、退行催眠を受けた日から一〇日間、私は不思議な夢を見続けた。そして面白いことに、普段なら忘れてしまうその夢を鮮明に覚えていることができたのである。退行催眠でビジョンを見ることによって、潜在意識と顕在意識がつながりやすくなったのだろうか。ただし、頭脳が明晰になるという暗示に関しては、さしたる効果はみられなかった。

さて問題は、私が見た二つのビジョンが本当に前世のものであるかどうかだ。私の脳が、これまでの知識を組み合わせて作り上げた「お話」であるかもしれない。私が意図しなくても、潜在意識が勝手に都合よくビジョンをでっち上げている可能性があるのである。

ではどうやったら、本当の前世であると確認できるのか。例えは悪いが、犯罪者が犯人しかわからない秘密を明かすような「秘密の暴露」がなければならないと、私は考えている。

一つは、私のビジョンを裏付ける物証が出てくることである。たとえば、日本や中東の古代遺跡から気球らしき乗物が描かれた土器などが発掘されれば、気球が実際に飛んでいた可能性が高まる。しかし今のところ、そのような証拠が発見されたという報告は聞かない。

次に考えられるのは、「前世のビジョン」に出てきた場所に私が実際に行き、周囲の状況が「前世のビジョン」と一致するか確認するのである。この場合、その場所は初めて行く場所でなければ意味がない。今回の前世のビジョンで言えば、私が「アイヌの狩人」だった●●●という場所や、私が定住したという富士山のそばの山の中である。特に●●●は、私が行こうと思っていて行かなかった場所であるので、周囲の景色や地形などの状況が一致すれば、私が見たビジョンが前世であった可能性が増す。

もう一つの方法としては、第三者的な「証人」が出てくることだ。つまり、私が見たのと同じようなビジョンを見てくれる人を探すことである。当然、私が見たビジョンの内容はいっさい明かさずに実験をする。そして、同じビジョンが出現すれば、私の前世が普遍性をもつことになる。

私はこの三番目の方法を使うことにした。前世を見ることができるという超能力者(霊能力者)に、いっさいの余計な情報や先入観を与えることなく、私の前世を見てもらうのである。
(続く)

失われた過去を求めて19 「不思議な世界(409)」

自分の魂に聞く
「さあ、今どうなっていますか」と武藤さんは聞いた。

私は辺りの様子をうかがった。しかし、今回はなかなか場景が浮かんでこない。すでに退行催眠に入ってから二時間近くが経っているせいだろうか。集中力が弱まり、意識が散漫になっていた。気配はかすかに感じるが、実体となっては現われない。

「どこにいるのか、ぼんやりしていてわからないです」と私は答えた。

武藤さんはこれを聞いて、別の方法を試すことにしたようだ。
「それでは、あなたは純粋な魂になりますよ。私が指を鳴らすとそうなります」と言うと、パチッと指を鳴らした。

「あなたは今、二つの人生を思い出しました。そして二つ目に見た人生では、気球に乗って冒険をする集団の一員としての人生を過ごしました。羽根という場所は、測量して地図を作るための中継基地であったようです。そしてあなたは、その冒険の果てに、静岡県の辺りの山間の地に定住することになったのですね。さあ、その二つ目の人生の中で、あなたと交わった人の中で、20世紀から21世紀の日本という国で生きている布施泰和さんとかかわっている人がいるでしょうか。あなたと一緒にどこからか気球に乗ってきて、冒険の旅をした、その仲間たちの中に、布施泰和さんという人の人生にかかわっている人がいるでしょうか」

実はこれは、あらかじめ武藤さんにお願いしていた質問であった。羽根ラインに関係する前世でかかわっていた人が今生の私の周辺にいるのなら、その人に同様に退行催眠をかけてもらい、その人が見るビジョンと私のビジョンを比較検討できるのではないかと考えたのだ。もちろん、その人には私が見た前世のビジョンをいっさい知らせない。それでもそのビジョンが一致すれば、かなり前世のビジョンである可能性が強くなるわけである。
ところが、いくら心を無にして情報を得ようとしても、何も感じることができなかった。
「・・・わからないです」と、私は半ば失望しながら答えた。

「直感として、誰かいそうですか」
「いるような気がしますが、誰だか特定はできません。当時の名前も思い出しませんし、関係もわからない」
残念ながら、この試みはうまく行かなかった。やはり、少し疲れてきていたようだ。この退行催眠もそろそろ終わりだな、と感じていた。

「さあ、いいですよ。あなたは純粋な魂ですから、いろんなことを広い視野から見ることができるはずです。何か、羽根のラインの形成に関して、あるいはそうでなくても、布施泰和さんの人生のテーマとか目標に関して、今後の方向性ということに関して、何か彼に教えてあげたいことはありますか」

私は再び、心をまっさらにして、メッセージがないかどうか探した。すると、はるか遠くから、何かメッセージのようなものが伝わってきた。私はそれを次のように表現した。
「時が経てばわかるよ、と言っているようです」
(続く)

失われた過去を求めて18 「不思議な世界(409)」

測量と日本地図の作成
武藤さんは話題を再び羽根に向けた。
「あなたは羽根という地名を知っていますね。気球の中継基地のようなところが羽根ということでしたね。あなたたちの文化で羽根というのはどういう意味をもっているのでしょうか」
「・・・測量するところ、という意味かな? 地図を作成するために名づけた感じがします。測量して、そこから何か・・・冒険するための地図を作った」

冒険するための地図――。自分でそう言っておきながら、面白いことを言うなと、私は半ば感心していた。おそらく中東からはるばるやって来た彼らが、東の果ての島国にたどり着いて最初にやったことは、この日本列島を測量して、新天地の地図を作成することであったのだろう。彼らは気球を使いながら、測量するための定点基地を定めた。その基準測量点であり、かつ基準子午線となったのが、東経137度11分の羽根ラインとなったのではないだろうか。

さらに推測するならば、彼らはその定点基地に村を築いた。グループの何人かはその地に残して、いくつもの拠点を広範に作っていった。だからこそ「私」は、「仲間が散らばった感じ」を受けたのではないか。そして彼らの子孫が、既にその地の周辺にいた人たちと交わりながら、羽根という地名を後世に伝えていった。その伝承の一部が、「天空浮船に乗って、羽根飛び登り行くところを羽根と名づける」となり、竹内文書に記されたのだ。

武藤さんが質問を続けた。
「では元々あなた方は、測量したり、地図をつくったりするという文化・技術を持っていたのですね」

答えは「持っていた」でよかったのだが、私はその文化・技術の源流を探っていた。
「・・・ペルシャから来ているのかな。冒険・・・」
そういう技術を持って冒険をしているイメージしか浮かんでこなかった。

「それでは、ここでまた時間を動かしていきます。今よりもあなたの人生の先の場面に行くかもしれませんが、逆にもっと前の場面に戻るかもしれません。あなたたちの文化と、もっていた技術、あるいは宗教とか、言語とか、さまざまな風習とか、そして羽根ということや気球ということについて、よくわかるような時点に行きます。10,9,8・・・3,2,1,0」
(続く)

失われた過去を求めて17 「不思議な世界(409)」

冒険の果てに
この人生での私は、既に年老いているようであった。若いころは、スリルに満ちた激動の人生を送っていた。しかし、今この場面においては、冒険に次ぐ冒険で血沸き肉躍る人生は遠い昔の話となっていた。私の周囲を支配している雰囲気は、山奥の平穏と静寂であった。

私は状況を説明した。「静かです。冒険は終わったという感じです」

「あなたが住んでいるところは、人が多いんですか」
「少ないですね」

「たくさんいた仲間たちは、いろいろなところへ散らばったということですか」
「だいぶ散らばっています。(私が住んでいるところも)閑散としています」

「何か、その、いろんなところに散らばった仲間たちと、交信したりすることはありますか」
「・・・皆がどこにいるかは、わかっている感じです。見捨てられたわけではなく、お互いの場所がわかっているように感じます」

「理由があって、それぞれ分かれたんでしょうか」
「それぞれが好む場所を選んで、定住したのかな・・・。もっと遠くに行きたいという人もいたようです」

「あなたが住んでいる場所は何というところですか」
薄っすらとではあるが、地図が浮かんできた。どうやら静岡県の富士山のそばらしかった。
「静岡の山の中・・・」

「何か山の名前とか、知っている地名はありますか」
「・・・浮かびません」

「ところであなたたちはここに移動してきて、定住するようになったのですが、元々これらの地に住んでいた人たちはいないんですか。あなたたちがこの地を開拓したということですか」
「そうかもしれません。ここに元々人が住んでいたという感じはしないですね」

「あなたの仲間たちが別のところでも暮らしているんですが、そこでもそのようなことなんでしょうか」
「・・・」
ほかの場所にいる仲間のたちのことを思い浮かべようとしたが、何の情報も得られなかった。
(続く)

失われた過去を求めて16 「不思議な世界(409)」

アラブから来た人々
この気球船団はどこから来たのであろうか。
「あなたたちは元々、この地に生まれ育ってきたのでしょうか」
「・・・大陸の方から来ましたね。最初に旅立った地はどこなのかな・・・」

私は意識を集中した。すると、それまで動物の皮でできた、どちらかというと貧弱な服装をしていた人々の姿がガラッと変わった。古代ペルシャから中東にかけて暮らしていた人々のような身なりになったのだ。
「アラブっぽい気がします。昔のアラブ人・・・?」

彼らは荷物を運ぶなどせわしなく動き回っていた。何かを書いたりもしている。
「ブッキング(自分の名前を書いて登録すること)をしているようです。これから冒険に旅立つという感じがします」

「あなた自身を含め、周りの人はどういう顔をしていますか。肌の色とか、顔の彫り具合とか」

私はこの質問には上の空で、旅立ちの準備で右往左往する人々の動きを見つめていた。ペルシャ人のようでもあり、アラブ人のようでもある。私はただ「活気があります」とだけ答えた。

これ以上質問しても埒が明かないと思ったのか、武藤さんは再び、時間を動かすことにした。
「さあ、それではここで、あなたの人生の中で時間を動かしていきます。私が数を10から0まで数えると、あなたはこの人生のもう少し先の場面に行くかもしれないし、後に戻るかもしれない。いずれにしても、気球とか、羽根という場所に関していろんなことがよくわかる時点に行きます。10,9,8・・・3,2,1,0・・・さあ、どうなっていますか」

画面は変わって、山の中の静かな一軒家にいるように思われた。
「どこかに定住した感じがします」

「海の近くですか、それとも山間(やまあい)?」
「山間です」
(続く)

失われた過去を求めて15 「不思議な世界(409)」

気球船団、東へ
私はさらにその場の意識を探った。すると航海のイメージが浮かび上がった。
「(気球による)航海の作業をしているのかな」と、私はつぶやいた。

「あなた自身は、気球に乗ったことはありますか」
「ある感じがします」と答えながら、意識を集中していくと、大空を進む気球のかごの中にいる意識が感じられた。風を切って進む気球。雲海が下のほうに見える。周りには何機もの気球が同様に飛んでいた。どうやら山間部を、船団を組むようにして気球船が飛んでいるように思われた。「風が強いです。何艘(注:船のイメージが強いので艘という言葉が出てきた)も見えます・・・十何艘は飛んでいるようです」

「どっちの方向へ行くんでしょうね」
「東に流されている感じがします。山の方を飛んでいます。山の中です。西から風が吹いています・・・」

どのような目的で東へ向かっているのだろう。私は再び、意識を探った。すると、先ほどと同じ感情が現われた。冒険心――。私はそれを繰り返すように言った。「冒険という感じがします」

「あなたは若いんですか、中年ですか」
「若いのだと思います。10代か20代ぐらい」

「普段、どんな暮らしをしているんですか」
「・・・木の実を集めて、食料にしています。着ているものは、毛皮かな・・・。毛皮のようなものを着ています」

「ところで、あなたは羽根という地名を知っていますか」
「気球と関係がありそうですね。・・・(羽根は)基地なんでしょうね。基地に羽根という名を付けていたような気がします」

「今、あなたがいるこの海岸は?」
「ああ、先ほどの海岸は、能登半島の羽根だと思います。そこに気球を係留したのでは・・・。最初に着いたのが、ここのような気がします」

「ではあなたは、ここ以外にも羽根という場所があることを知っているんですね」
「知っているようです。かなりの大集団ですね。大きな組織というか・・・。」

「では、ほかの羽根という場所にいる人たちとも、何か一つの組織になっているのでしょうか」
「(ほかの羽根という場所に)移動して行った感じがします。冒険というか、もっと広範囲に(基地を)確保していったのかもしれません。かなり大きな集団でした。今は小さな村でも、(当時は)もっと大きかったような気がします」
(続く)

失われた過去を求めて14 「不思議な世界(409)」

巨大気球
そこには、これまでに見たことがないほど巨大な、気球のような乗物が中空に浮かんでいた。私は海岸に立っており、それを見上げていたのだ。

雲が低く垂れ込めたどんよりした日のせいか、あるいは日が暮れて夜になったせいか、辺りは暗く感じられた。暗がりの中で、海が白く波立っている。海風がビュービューと強く吹きつけ、巨大な気球も右や左へ大きく揺れているようだった。

場所はすぐにわかった。能登半島の先端近くの内浦にある石川県能都町の羽根――私が地図で確認する前に既に羽根という地名が存在すると知っていた場所である。

「周りをよく見てください。自分がどこにいるか、誰かほかの人がそばにいるか。そこでどんなことが起こっているか。何か聞こえるのか。よく見て、聞いて、感じてください・・・。さあ、どうなっていますか」

「・・・」
私は自分が見ている光景に圧倒されており、しばらく黙っていた。そしてゆっくりと説明した。
「見えている影像は、海岸で・・・海岸で巨大な気球が見えます」

「気球が空を飛んでいるのですか」
「空に浮いていますが、つながれているようです」

「そこに人々が集まっているのですか」
「(気球に)乗っていますね」

「どのくらいの人が乗っているんですか」
「10人ぐらい。かなり大きいです。何か作業をしています」

「あなたはどうしていますか」
「見上げています」

「何か作業しながら見上げているのですか」
「何かしているんですが・・・。何だか騒いでいますね」

このとき、気球に乗っている人たちが地上に向かって大声で叫んでいる光景が浮かんでいた。何をしろと叫んでいるのだろう。その叫び声も、強風によりかき消されてしまう。

「あなたを含め、そこに集まっている人たちは嬉々としているのでしょうか。それとも何か恐れのようなものを感じて、何かの準備をしているのでしょうか」
そのとき、心の中で「冒険」という言葉が浮かんだので、私は言った。
「冒険であると感じます」
(続く)

失われた過去を求めて13 「不思議な世界(409)」

そして別の前世へ
「今、床の中で、どんな思いでいますか」
「・・・」
私はしばらく、その老人の意識を探っていた。

「自分の人生を振り返って、いかがでしょうか」
「満足している感じです。何も問題はなかった。平穏で、戦(いくさ)もなかった感じがします」

「何か周りの若い人たちに、伝えておきたいこととかはありますか」
「何か教えていたようです」

「たとえば?」
「気象の見方とか、狩りの仕方を教えています。道具の使い方とかも」

「あなたはこの村を出たことはありますか」
「山の中を随分入って、遠くまで行ったことはありましたが、必ず戻ってきました」

「海の近くへ行ったことは?」
「(多分)あるでしょう」

「あなたはもう随分お歳を召されているから、いろいろな経験をなされているでしょう。この村の伝統とかについても、ほかの人が知らないことも知っているのではないでしょうか」
「・・・」

「特定の人しか知らされない秘密のようなことを知っていることはないですか」
「・・・」

武藤さんが何とかして羽根のラインの秘密を探り出そうと質問してくれていることは、私も理解していた。だが、それについての情報がまったくつかめないでいた。時間だけが過ぎて行く。そこで私は、直感で思っていることを武藤さんに告げた。
「羽根のラインが築かれたのは、多分もっと前(の時代)です。この時代の人たちはもう、(羽根のラインを)使っていません」

「羽根という地名もあなたは知らないということでしょうか」
「知っている感じもありますね。でも昔の話みたいに感じています。なんとなく」

「わかりました。それでは・・・あなたはこれから肉体を離れていきますよ。そして、あなたという人間になる前に、別の肉体を持って、別の名前を持って、生きていた。その人生に戻っていきます。その人生であなたは、そう、羽根のラインの形成に深くかかわっているはずです。その人生に戻っていきますよ。数を10から0まで数えていくと、その人生のある場面に行きます。10,9,8・・・ドンドン時間が逆戻りしていきます。そして、羽根のラインが築かれた、その時代に戻ります・・3,2,1,0」

場面がガラッと変わった。その瞬間、「おおっ」と私は心の中で叫んでいた。それは、これまでに見たことがないような光景であった。
(続く)

失われた過去を求めて12 「不思議な世界(409)」

「私」の最期
このとき、私が武藤さんに頼んでいた録音テープの片面(一時間)が終わる音がした。武藤さんがそのテープを裏返す間、質疑応答が中断した。

再び録音が始まると、武藤さんは質問した。
「あなたがいる村は、よその村との交流があるのでしょうか」
「物品の交換はしていたみたいです。ロープを使って谷のほうから荷物を上げていたのも、谷間の村と交流していたからだと思います」

「あなたがいる村は山の中にあるようですけれど、海のものと交換することがあるのでしょうか」
「魚・・・。よくわかりません」

「あなたは今何歳ぐらいですか」
「38?」
先ほどより、さらに歳をとったようだった。

「家族は」
「・・・いるかもしれません」
私は、この時代の意識に完全には入り込むことができずにいた。自分と思われる人物の意識が読み取れない。ぼんやりとしか、状況が浮かんでこないのだ。

「村には長老以外にも、あなたより年上の人たちがたくさんいるのでしょうか」
「・・・」
答えが浮かばず、黙っていた。

「別の言い方をすると、あなたはまだ、村のしきたりだとか、何か伝えられてきていることとかについて、そんなによくは知っていないのでしょうか。これからもっともっといろいろなことを知るようになるのでしょうか」
「・・・」
質問の意図はよくわかったが、意識がその時代から離れて、かなり希薄になっているのが感じられた。

「よくわかりませんか」
私はうなずいた。

「それではまた、時間を動かしていきましょう。あなたの人生のもう少し先の場面に行きます。10,9,8・・・3,2,1,0」

薄暗い場所で、横になっている翁が見えてきた。
「どうなっていますか」
「年老いた白髪のおじいさんが寝ていると言うか、病床に伏しています」
(続く)

失われた過去を求めて11 「不思議な世界(409)」

火の儀式と長老
「あなたがアイヌの人のような格好をしているのですか」と武藤さんは聞いた。
「そうです」

「場所はどこですか」
「高原です」

「射止めた鹿はどうするつもりですか」
「食べるために持ち帰るんでしょうね」

「食料は主として狩りによって得ているんですか」
「穀物も採っているようです」

「鹿の肉はどうやって食べるのでしょうか。皮はどうしますか」
「・・・」
私の意識が拒絶しているためか、鹿の解体に関するビジョンは一切見えてこなかった。

武藤さんは話題を変えた。
「それでは、何か儀式のようなことが行われたりしますか」
「火を使った儀式をしていたようです」

「では私が指を鳴らしますから、火を使った儀式の場面に移ります」と言い終わると、指をパチッと鳴らした。

「どのような様子ですか」
「長老が何か話しています」
集落のようなところで、やはりアイヌの伝統衣装のような服を着た、白髭をたくわえた長老が、集まった村人たちを前に語っている光景が見えた。

「長老が話していることを聞いてください」
「・・・」

「どんなことがわかりましたか」
「何か説明しているようだけど・・・」
意識を集中してみたが、長老が何を語っているのかわからなかった。

「昼間ですか、夜ですか」
「夜・・・」

「あなたは羽根について何か知っていますか」
「・・・長老は知っているかもしれません」
どうやらそのときの私は、羽根についての知識を持ち合わせていないようであった。
(続く)

失われた過去を求めて 「不思議な世界(409)」

アイヌの狩人
「あなたはなんと呼ばれていますか」
「・・・」
自分の名前は浮かんでこなかった。

「ところで羽根という地名を知っていますか」
「・・・」
当時の自分には、羽根という地名を知っているようには思えなかった。

「場所はどこなんでしょうか」
「富山平野を見渡す高台のようなところです。平野の向こうに海が見えます・・・」
私はあえて地名を述べずに、私がいる場所を描写した。しかしこれ以上、この場面での物語の進展はなさそうに思えた。

しばらく沈黙が続いた後、武藤さんが口を開いた。
「ではここで、時間を動かしていきましょう。あなたはあなたのままですが、あなたの人生の後の場面へと移っていきます。今より大人になっているでしょう。体も大きくなっているでしょう。いろんなことをよく知っていることでしょう。そしておそらく、羽根という地名のことや、羽根に関することを知っていることでしょう。私が今から10から0まで数えると、そのような、あなたの人生のある時点まで進んでいきます。10,9,8・・・3,2,1,0」

場面が変わった。私は高原の森のそばにいるようであった。

「どうなっていますか」と武藤さんが聞いた。
「弓と矢を持っています。狩りをしているようです」
私がそう言うと、草原に鹿の姿が見えた。鹿はこちらの気配を察知して、振り向いた。その瞬間、矢が放たれたようだ。鹿はドサッと倒れた。

それをビジョンで見た私は「あっ、鹿を撃っちゃった!」と、思わず武藤さんに告げていた。このビジョンを見ていた現在の私は、少なからぬショックを受けていた。いくら
生きるためとはいえ、現在の私は鹿を殺すことには反対であるから、動揺していた。殺された鹿が哀れでならなかった。これが私の前世の姿だとしたら、私は動物を殺す狩人であったのだ。

ここで面白いことに気がついた。私の意識はこの狩人を外から見ていたからだ。一瞬、私の前世はこの狩人ではなく、そのそばにいた人かなとも思ったが、私の直感はこの狩人が自分であると言っているようだった。

私は外から、この若き狩人を観察した。年齢は20歳ぐらいだろうか。腕っ節は強そうで、がっしりとした体をしていた。服装はアイヌの伝統衣装のようで、額にはアイヌの鉢巻であるマタンブシを巻いていた。目が大きく、眉毛は濃い。丸顔で、指揮者小澤征爾の息子で俳優の小澤征悦(ゆきよし)に雰囲気が似ていた。

「アイヌの人のような格好をしています」と私は言った。
(続く)

失われた過去を求めて9 「不思議な世界(409)」

物々交換のシステム
薪の火は漆黒の闇を背景にして赤々と燃えていた。ひんやりとした夜の空気と焚き火の暖かさが、あちこちで渦を巻いて、交じり合っているようであった。だが、意識の感覚が希薄なせいで、自分が誰なのかわからない。私は何者で、何をしているのだろう。

しばらく黙っていたので、武藤さんが聞きなおした。「見たり、聞いたり、感じたりしていることを自由に話してください」
「かなり大きな火を焚いています。自分の周りには人がいます」

「みんな立っているんですか、座っているんですか」
「・・・」
意識を周囲に向けたが、はっきりしなかった。何か祭りをやっているようだったが、それも希薄なイメージにすぎなかった。

「火を見つめて、何を感じていますか」
「・・・」
意識を捉えることができずに、私は答えることができなかった。数分間、沈黙が続いた。

そこで武藤さんは、時間を動かすことにしたようだ。
「今から10を数えると、時間が戻ったり進んだりします。といっても大きく動くことはありません。その日の昼間か、翌日の昼にいます。10、9,8・・・3,2,1」

場面は切り替わり、昼間になった。私は高原のはずれにある崖のそばにいた。崖の上からは、平野部が見渡せる。さらにそのはるか向こうに海があるようだった。

「どうなっていますか」と武藤さんは聞いた。
「山の見える反対側、平野が見渡せる場所にいます。何か作業をしています」
4,5人の男性が崖の上で作業をしていた。崖には滑車のようなものが取り付けられており、そこに縄を通して、崖の下から荷物が詰まれた竹のかごを引き上げているようだった。

「自分で見聞きしていることをドンドン話してください」
「ロープを使ってかごを引き上げ、かごの中の荷物を運んでいます」

「あなたはそれを見ているのですか、それとも荷物を運ぶ作業をしているのですか」
「見ているようです」

「監督をしているということでしょうか」
「(自分が)子供なのかな。(大人の)作業を見ているという感じがします」

「荷物を運んでいる人たちを、あなたは知っていますか」
「名前はわからないのですが、同じ村の人たちです」

「見ているのは面白いのでしょうか」
「興味をもっているようです」

「どんなものを運んでいるのですか」
「野菜とか、食べるものを運んでいます」
どうやら平野部で採れた野菜や果物を、私の住む高原の村に運ぶ作業であったようだ。逆に山間部で採れた山菜やキノコなどを、同じかごを使って平野部へ輸送することもしていたように感じた。山間部の村と平野部の村との間には、物々交換のようなシステムが存在しているように思えた。
(続く)

失われた過去を求めて8 「不思議な世界(409)」

焚き火の光景
「20、19,18・・・ドンドン過去へもどっていきます・・・15,14,13・・・過去へ過去へと戻っていきます・・・10,9、8・・・私がゼロまで数えると、あなたは羽根のラインが築かれた時代へ戻ります・・・5,4,3、2,1,0・・・」

武藤さんの誘導は続いた。
「辺りをよく見てください。あなたは寝転がっているかもしれないし、立っているかもしれない。よく見て、そして感じてください。地面の上なのか、それとも建物の中なのか。そして自分の体を感じてください。自分の体が女の体なのか、男の体なのか、周りに誰か人がいるのか、何か聞こえるのか、よく見て、聞いて、感じてください」

その誘導の最中、私が見ている場面は、夜、山の中でを焚いている光景へと変わっていった。どうやら先ほどと同じ時代の、同じ高原のようであった。かなり大きな焚き火である。炎が人間の背丈よりも高く上がっていた。その周りを取り囲むように人の気配がする。

「焚き火が見えます」と私は言った。

「あなたは焚き火のそばにいるんですか」
私はこの質問には答えず、辺りの様子を注意深く眺めていた。

「焚き火に当たっている自分を外から見ているんでしょうか、それとも焚き火を見ている自分自身の中にいるのでしょうか」と、再び武藤さんが尋ねた。
「自分自身です」と、私は答えた。

私には、火の粉を撒き散らしながら、が夜空を焦がすように燃え盛る光景が見えていた。

「そばに誰かほかの人がいるでしょうか」
「いる感じがします」

「自分の体をよく感じてください。あなたは女性ですか、男性ですか」
「・・・わかりません」

「体は若い肉体でしょうか、年老いているでしょうか、それとも子供でしょうか」
「子供かな? ちょっとわかりません」

「どんな思いで焚き火に当たっていますか」
私はを見つめている自分に意識を集中した。
(続く)

失われた過去を求めて7 「不思議な世界(409)」

時空のバリアを超えて
「ここはどこだろう」と思うと同時に、おぼろげながら地図が見えてきて、「●●●(注:検証中なのでここでは伏せておきます)」という地名が頭に浮かんだ。どうやら羽根のライン上の場所らしかった。

「扉を開けるとあなたは、羽根のラインのどこか一箇所に立っています」と、誘導の方は少し遅れて、今見ている場所へ行くように私に語りかけていた。誘導よりも先に、扉を開けてしまったようだ。しばらく私は、その高原の風景を眺めていた。

「今あなたはどこにいますか」
「高原にいます」

「何が見えますか」
「子供たちがいて、蝶々が飛んでいます」

「近くに山とかが見えますか」
高原にいる私は、周囲を見回した。遠くに山々が見える・・・。と、その瞬間、そのうちのひとつの山が拡大されて、大きく私に迫って見えた。夢の中でよくあるズームイン現象である。
「遠くの方に山が見えます」と、私は答えた。

私はここで何をしているのだろう。子供たちの中に私がいるのか。私は女の子、それとも男の子? 私は誰なのだろう。

「山は一つだけですか」
「いいえ、いくつもの山が見えます」

山々は南の方にそびえ立ち、北の方面には平野部が広がっているようであった。

武藤さんの誘導は、核心の羽根のラインへと迫っていく。
「古代のある時点において、羽根のラインを築いた人たちのエネルギーを感じるようにしてください」
「あなたは時空を超えて、古代の人たちのエネルギーを感じることができます」
「あなたの魂はこの時代に生きていた人の肉体に宿っていて、羽根のラインの形成にかかわっていたかもしれない」
「あなたは純粋な魂となって肉体を離れ、時間と空間のバリアを超えて、羽根のラインが築かれた時代に戻っていきます」
「過去へ過去へと戻っていきます」
「あなたは羽根のラインが築かれた時代へと戻っていきます」
「あなたがその時代に肉体を持って生きていたなら、その人の人生に戻っていきます」

武藤さんは20からカウントダウンを始めて、過去へ過去へと私を誘導していった。
(続く)

失われた過去を求めて6 「不思議な世界(409)」

見えてきた草原の風景
6畳ほどの部屋にはリクライニングシートが一つ置かれていた。シートを倒して横になる前に、椅子に腰掛けたまま簡単なテストが行われた。心の準備体操のようなものである。

最初はきわめて古典的な催眠誘導方法を試した。五円玉を吊るしてそれを見つめるのだ。ただし、自分でヒモを持って五円玉を横に触れさせる。強く左右に触れるように念じると、五円玉は左右に大きく振れる。円を描くようにイメージすると、五円玉が円を描き出す。無意識に筋肉を動かして、イメージ通りに五円玉が動くようにさせているようである。

次に両手を前に出して、右手の手の平を上向きに、左手の手の平を下向きにする。右手の上には重い鉄のボールがあり、左手の下には上に昇ろうとしている風船があることをイメージする。目をつぶっている私に対して武藤さんは「右手が重くなり、左手が軽くなる」と暗示をかける。すると次第に、右手は下がり、左手は上がっていくのである。

当然のことながら、心で拒絶すれば、五円玉は動かないし、右手が下がることもない。ここで重要なのは抗うことではなく、心を開放してイメージが持つ力を信じることである。

この二つのテストをクリアした後、リクライニングシートを倒して横になり、室内の照明を暗くしていった。瞑想しやすいように静かな音楽も流れている。私は全身の力を抜き、シートに身を委ねながら深く沈みこむ。

武藤さんの声が聞こえる。
「これから体中の力がだんだん抜けていきます」
「背中の力が抜け、腰の力が抜け、膝の力が抜けていきます」
「体が椅子の中に沈み込んでいきます」
「肩の力が抜け、あごの力も抜けます」
「まぶたの力が抜け、目の奥の力もスーっと抜けます」

そしていよいよ、過去への誘導が始まる。
「あなたの目の前に階段が見えます。どこまでも続く階段があります。これからあなたはこの階段を一段ずつゆっくりと降りていきます」
「一段、一段と降りていきます」
「トントンと足音が響き渡ります」
「あと一段です」
「さあ、着きました」
「目の前には扉があります」
「その扉の向こうには、羽根のラインのどこかの場所があります」

そのような誘導が続いている間にも、私にはある光景が見えてきていた。
「ああ、草原が見える」と、私は心の中でつぶやいていた。草の匂い。高原を吹き抜ける風。走り回る子供たち。

ここはどこだろう。
(続く)

失われた過去を求めて5 「不思議な世界(409)」

催眠療法と退行催眠
武藤さんは1952年生まれ。元々は中学校の国語教師だったが、1989年に池袋YM心理センターを開設、催眠療法を中心とした心理療法を始めた。現在は催眠指導者の養成も行っている。

ここで催眠療法について簡単に説明しておこう。人の心の中で潜在意識は大きな部分を占めている。心の中で意識の働きが占める割合はせいぜい数パーセントで、90%以上は潜在意識が司っているともいわれている。催眠術は、その潜在意識に直接働きかけ変化を起こさせることができる強力な手段だ。つまり催眠療法とは、催眠で潜在意識を変えることにより、その人の行動や感情(気持ちの持ち方)を劇的に変化させ、長年悩んでいた問題を解決させる療法である。

退行催眠は催眠療法の一つとして使われる。現在抱えている問題と深い関係がある自分の過去まで催眠でさかのぼり、問題の根本原因を探り出すのである。たいていは幼児期にまでさかのぼれば問題は解決するとされているが、ごく稀に自分の「前世」にまでさかのぼらないと解決策が見出せない場合がある。それが催眠療法の中の前世療法と呼ばれるものだ。

この退行催眠を歴史の謎の解明に使おうというのが、今回の催眠実験の狙いである。

催眠術をかけてもらった人でないとわからないと思うが、催眠といっても意識が途切れるわけではない。普通に起きているときと同様に会話ができる。それに意識的に拒絶すれば、まずかかることはないので、催眠状態になりたければ自分から進んで自己催眠や自己暗示をかけなければならない。催眠術師は自己催眠を手助けするにすぎないのだ。

このように前置きをするのにも理由がある。以前、幽体離脱の実験をやったとき、つい拒絶してしまって、失敗した経験が二度あるからだ。

一度目は自宅で、幽体離脱のためのマントラを唱えると、胸の辺りにエネルギーの塊みたいなものが膨れてきて頭頂部から抜け出ようとするのを感じた。そのとき恐怖心から拒絶したため、その塊は私の体の中をギュンと一回転した後、ほどなく萎んでしまった。

二度目はあるチャネラーの自宅で、私を含め五人でテーブルを囲んで会話をしていたところ、チャネラーが急に「声が手をつなげと言っているよ」と言いだした。理由はわからなかったが、言われたとおりに両隣に座っている人と手をつないだ瞬間、あのエネルギーの塊のようなものがグググッと胸の辺りからせり上がってきて、やはり頭頂部から抜け出ようとするのを感じた。「これは大変」と慌てて拒絶したら、何とか落ち着きを取り戻すことができた。後で聞いたら、手をつなげと言ったのは、魂が肉体を離れてビジョンを見てくるという実験のためだったという。

二度とも、もし拒絶しなかったら、幽体離脱を体験できたかもしれない。催眠も同じである。拒絶すれば、かからない。だが、それでは実験は失敗してしまう。

これらの経験から私は、今回の実験においては拒絶しないと決めていた。催眠術をかけてもらうのではなく、催眠術を自分にかけるつもりで臨んだ。素直な心になり、すべてのビジョンを拒絶することなくそのまま受け入れるのだ。

さあ、心の準備は整った。果たして過去生へと旅立つ実験は成功するだろうか。
(続く)

失われた過去を求めて4 「不思議な世界(409)」

前世を知る方法
自分の前世を知る方法はいくつかある。自分で瞑想して、意識の奥深くに潜り込み、魂の底に眠る前世の記憶を探し当てる方法、超能力者や霊能力者に前世をリーディング(読み取ること)してもらう方法、チャネラーを通じて高次(別次元)の存在に前世について語ってもらう方法もある。そして、最近にわかに注目されるようになったのが、退行催眠で前世を知る方法だ。

退行催眠を使う方法は、アメリカの精神科医ブライアン・ワイス博士が書いた『前世療法』『魂の伴侶』などにより日本でも広まった。ワイス博士は、心に傷を受けた記憶(前世)を思い出すと、病(心の傷)が癒される患者がいることに気がついた。

最初は前世の記憶など患者が勝手につくり上げたビジョンだと思ったが、その描写があまりにも詳細でリアルであることから、現代科学では知りえない魂の世界があるのではないかと考えるようになった。やがて、お互いまったく面識のない二人の患者が同じ過去生を語りだすケースに出会うなどして、ワイス博士は輪廻転生の世界を確信するに至ったのである。

私は当初、これらの方法のうち、自分で瞑想して過去生へと遡れないか試してみた。退行催眠や瞑想用のテープ・CDはワイス博士によるものを含め多く市販されているので、それらを購入して実験を開始した。すると、確かに夢のようなビジョンは見るが、夢と同じで一体それが何であるのかまったくわからない。

そもそもテープを聴きながらリラックスすると5分と経たないうちに寝り込んでしまい、その間に見た夢もすぐに忘れてしまう。ワイス博士は二ヶ月間毎日瞑想を繰り返した結果、鮮明なビジョンを見ることができるようになったと言うが、生来の怠け癖のせいで三日坊主になることが多かった。

やはり自分で過去生へさかのぼるのには、限界があるようだ。霊能力者や超能力者の話を聞いても、他人の前世は読めるが自分の前世はわからないという人は意外と多い。自分の前世を見る場合、無意識的に何らかのブロック作用が起きるのかもしれない。前世の記憶の扉にはカギがかかっているのだ。

そのカギをはずすには他者の力を借りたほうがいいのではないかと考えた私は2006年12月、主旨を説明した上で東京の池袋YM心理センターの武藤安隆氏に退行催眠をかけてもらうことにした。
(続く)

失われた過去を探して3 「不思議な世界(409)」

古代史と前世探し
最初の「前世の記憶」との出会いから二〇数年の歳月が流れた。その間、未来の自分と共鳴するような不思議なデジャビュ現象や、初対面なのに妙に懐かしい人との出会いなどがあった。見知らぬ異国の地のはずなのに、まるで故郷に帰ってきたような感情がこみ上げてくることもあった。そのたびに、人間の本来の姿は時空を超えて存在する魂なのではないかとの思いを募らせていった。

おそらく魂は輪廻転生を繰り返す。それぞれの魂には過去生や未来生があるのであろう。自分の前世でかかわった土地、人間、自然、動物が、今生でも重要な役割を演じているのではないだろうか。過去、現在、未来において魂が経験する(した)ことのすべてが、密接につながっている気がしてならない。

そうだとしたら、今生において自分が自然に興味をもつことは、過去生や未来生において何らかのかかわりがある事象である可能性が強い。たとえば、ギリシャのことが気になって仕方がないという友だちがいたとしよう。その友だちは過去生においてギリシャで暮らしたことがある魂の持ち主であるかもしれないわけだ。同様に、トロイの遺跡を発見したシュリーマンも、トロイ戦争を戦った戦士やその家族の一人であったかもしれない。だからこそトロイの遺跡を発見できたのだとも解釈できる。

日本の古代史にも同じことが言えるはずだ。既に紹介したように、東経一三七度一一分に、私たちの知っている歴史では決して明らかにできない、超古代技術の痕跡がある。共同通信富山支局の記者時代であった1984年に見つけた「羽根のライン」である。しかもそのとき私は、このライン上に羽根という地名があることを地図で確認する前に“知っていた”のである。

羽根のラインを“知って”おり、今生においてその謎の解明に力を入れてきたのであれば、私の過去生もまた、羽根のライン形成と密接な関係があったと考えても理に適っているはずである。

これまでにも超能力者やチャネラーの協力を得て羽根のラインの謎の解明を試みたところ、どうやら気球が使われたのではないかという説が浮上してきたことは既に述べた。気球を飛ばすような技術が古代日本に本当にあったのか。いったい誰がいつ何の目的で、羽根のラインを後世に残したのか。

前世がわかれば、自ずとその謎が解けるはずだ。私の前世探しは、ここから始まったのであった。
(続)

失われた過去を求めて 「不思議な世界(409)」

プロローグ:前世を知る旅2
私の頭の中の回路をいくらたどっても、バーウィックの港に着いてから島のユースホステルへどのようにたどり着いたのか、その晩、いったいどうやって空腹を満たしたのか、その記憶に行き当たらない。次に出てくる記憶は、ユースホステルの居間にある暖炉のそばで、冷たい海風にさらされ冷え切った体を温めるシーンであった。

午後8時か9時ごろだったと思う。私は暖炉の前に置かれたテーブルの前に座っていた。テーブルの向かいの席には、アメリカの中西部でラジオのディスクジョッキーをやっていたという30歳近いアメリカ人の男性が座っており、私と会話をしている。私の右横の暖炉のすぐそばには、ドイツから来たという、私と同じ20代前半ぐらいのメガネをかけた若い女性が床に座って本を読んでいた。

外は相変わらず、海風がビュービューと吹きすさんでいるようだった。暖炉の火が時折、バチッと大きな音を立てる。薪が弾けたのだ。

そこへ別のドイツ人の若者が現われて、紅茶を入れたので飲まないか、と私たちに勧めた。私たちは喜んでお茶をご馳走になる。

紅茶からは、ほのかに湯気が立ち昇っていた。私は紅茶に口をつける。暖かいエネルギーが全身に染み渡る。紅茶には濃厚なミネラルの味が溶け込んでいた。「ミネラルを含んでいるね」と私が言うと、前に座っていたアメリカ人は同意してうなずいた。

赤々と燃える暖炉、風の音、紅茶の香り、ミネラルの味、何気ない会話――。何だろうこの感覚は。その瞬間、言いようのない感情が過去の彼方から私に押し寄せてくるのを感じた。懐かしく、そして圧倒的な感覚。

「私は遠い昔、この地にあり、彼らを知っていた」

私にとって、それは初めての経験であった。一杯の紅茶から広がった未知の世界。前世の記憶だろうか。鮮明な記憶ではなかった。それがいつの時代なのか。私たちは10世紀ごろこの地を支配していたバイキングだったのか、あるいはもっと古く、ケルトの血を引くものだったのか。暖炉のそばで本を読んでいる女性も、目の前に座っている男性も、紅茶を持ってきてくれた若者も、いったい誰なのか、かつて私とどのような間柄にあったのか、いっさいわからなかった。それでも確かなことは、私は彼らを知っているという漠然だが、確信に満ちた感覚が存在することであった。

今から思うと、それは時空を超えた音叉の共鳴現象のようなものだったのではないかと私は考えている。ふとしたきっかけで、過去や未来に存在する、私の魂が共鳴を起こす。その振動が魂を揺さぶり、過去世や未来世が喚起されるのだ。

あくまでも主観的な体験である。他人を説得できるだけの確証があるわけでもない。しかし私にとって、あの北の海の果てにある島で暖炉の前で起きた現象は、紛れもなく「前世の記憶」との出会いであった。
(続く)

失われた過去を求めて 「不思議な世界(409)」

プロローグ:前世を知る旅1
9月だというのに、スコットランドの北の果てに広がる北海は、真冬の荒れた海のようだった。大波に揺られて、最初はジェットコースター気分ではしゃいでいた船の乗客たちも、やがてただならぬ様子に気づき、笑い顔も引きつるようになっていた。何しろ、大波の頭と底では、その高低差が10メートルはあったのだ。

しかも観光客を乗せた船はそれほど大きくない。波間に揺れる木の葉のように、大自然の猛威の只中にあって、まったく抗う術がないように思われた。

一度船がすれ違い、こちらの船が大波の頂上にあったとき、あちらの船ははるか下方の、波の底をあえぎながら進む姿が見えた。奈落の底という言葉が頭をかすめた。そういえば、スコットランドのジョン・オ・グローツを出港する前に船長が「これが今シーズン最後になる」と言っていたのはこのことだったのか。9月の中旬になると海が荒れることが多くなるため、観光客を運べなくなるのだ。

ああ、この最果ての冷たい北の海で遭難してしまうのか。低い鉛色の空と深い紺色の海が、船を挟み込んで押しつぶそうとしていた。このような悪天候の海に放り出されれば、一たまりもない。大げさに聞こえるかもしれないが、当時私を含む多くの乗客が同じことを考えたはずだ。

しかし幸いにして、白い牙をむいた大自然の大蛇が船を飲み込むことはなかった。気分が悪くなり嘔吐した人は多かっただろうが、一人の怪我人を出すこともなく、船はオークニー諸島のバーウィック港に到着した。その、日本人にはほとんど馴染みのない、スコットランドの沖に浮かぶ北の島で、私は初めて「前世の記憶」に出会うのであった。
(続く)

超常現象の研究58 「不思議な世界(409)」

残されたメカニズムの謎
このように各大学や研究機関で超常現象の研究は、地道ではあるが続けられてきた。超能力に関しては、米ソ冷戦時代に両陣営で軍事利用が試みられたことは周知の事実である。中国では医療への気功の利用が国家レベルで進められており、日本ではソニーの井深大、京セラの稲盛和夫、本田技研の本田宗一郎といった大企業トップが超常的な事象に興味を示した。

1985年には郵政省が「未来通信メディアに関する研究会」を発足、その中でテレパシーの可能性を探り、1991年にはソニーがESPER(エスパー)研究室を発足させ(後に閉鎖)、話題になったりもした。

超常現象自体、そのいくつかは証明されつつあると考えてもいい状況にあると思われる。ただし、そのメカニズムとなると、ほとんどわかっていないのが実情のようだ。

念や気によって生じる超常現象の正体については、これまでにも多くの仮説が提示された。福来博士の意識(念)生物説、波動エネルギーや生命エネルギーといった未知のエネルギー説、エネルギーではない信号説などだ。

性質はわかっている。はるか遠くまで広がり、あらゆる障害物を通過するという性質だ。しかも時間すら超越してしまう。

私の考えでは、おそらくこの謎の正体を描写する上で一番近い表現は、共鳴とか、振動とか、周波数とか、波動といった言葉であろう。その「波」のようなものは、距離に反比例して弱まることもなく、かつ時間を越えて存在する生き物に似ている。

この宇宙全体に広がる、目に見えない「振動するヒモ」を想像する。それは神かもしれないし、そうでないかもしれない。そのヒモが身震い(振動)するたびに、異なる波(生命や物質)が誕生する。それがワケミタマであろうか。

その波は元々一つのヒモから生まれたものであるから、お互いにつながっている。そのつながりこそが、超常現象を引き起こすことのできる決定的な手がかりを持っているような気がしてならない。

一つだけ確かなことは、超常現象の研究が生命の本質の研究であるということである。

超常現象の研究57 「不思議な世界(409)」

ドリームテレパシー
ドリームテレパシーについては、耳慣れていない方もいると思うので簡単に説明しよう。

この用語がいつごろから使われているのかは知らないが、この現象に関する論述は、スイスの精神科医・心理学者のカール・グスタフ・ユングの著作などにも見られる。ユングは、「集合無意識」と呼ばれる最深層の部分において、人間は時空を超えてすべての人たちとつながっている、と主張した。そして、夢など意識レベルが変わる瞬間、そうした最深層の部分である「集合無意識」と明確につながるときがあると考えたようだ(ユングの提唱した「集合無意識」の問題やユング自身のことに関しては、いつか詳しく取り上げるつもりです)。

そのドリームテレパシーを実際に科学的に実験したのが、マイモニデス医療センターのモンターギュ・ウルマンであった。ウルマンは1960年ごろ、霊能力者アイリーン・ギャレットらの協力を得て夢実験を始めた。

実験では、被験者が遮音された部屋で脳波形や眼電位計などの測定器を装着したまま眠りにつく。別室ではギャレットら霊能力者が送り手として待機、測定器によって被験者が夢見状態になったことを確認した時点で、霊能力者が「送信」を始める。

送る内容は、事前に多数の中から無作為に選出された美術アートなどの絵葉書で、実験終了まで霊能力者しかどれが選ばれたかわからないようにした。そして、被験者の夢見状態が10分続いたところで被験者を起こし、夢の内容を聞く。これを一晩で7,8回繰り返すが、霊能力者は同じ絵葉書のイメージを送り続ける。

翌朝、被験者には実際にイメージを送った絵葉書を含む8枚の絵葉書を見せ、夢の内容に一番近かったと思われる絵葉書を選ばせ、順位をつけさせる。それを被験者ではない人の結果と照合しながら統計処理、送信が成功したか(有意な結果が得られたか)を判定するのである。

その結果、送り手が夢見状態の被験者に対してイメージを送れる可能性があることが統計学的に確認されたのだった。
(続く)

超常現象の研究56 「不思議な世界(409)」

その後の潮流
19世紀から20世紀にかけて隆盛を誇ったヨーロッパの心霊研究はその後、どのような展開を見せたのであろうか。

最初の学術団体である心霊研究協会が1882年にロンドンに設立されて以来約40年間は、ノーベル賞受賞学者ら多数の著名学者が超常現象に対する研究を推進し、黄金時代を迎えたことはすでに述べた。しかし、1920年代になると世代交代が進み、著名な科学者の参加も少なくなり、衰退傾向がみられるようになった。

ヨーロッパでの研究が下火になる一方で、超常現象の研究がにわかに活気づいてきたのがアメリカであった。そのけん引役を担ったのが、デューク大学のジョセフ・B・ライン教授だ。

ラインは、コナン・ドイルが晩年に行った心霊研究の講演に感化され、超常現象に興味をもつようになった。もともとは植物学者だったが、1928年にデューク大学に招かれたのを機に、超常現象の研究を手がけるようになった。

ラインの功績は、超常現象の研究に統計学的手法を取り入れたことであった。星、波、十字、四角、丸の形を描いた5枚のカードを使ってカード当てをする実験で、統計的分析を行った。その結果、透視能力の存在を示す有意な統計結果が得られたのであった。

ラインは1934年、それまでの研究結果をまとめた「超感覚的知覚(Extra-Sensory Perception)」という論文を発表。以後、その頭文字をとって超能力はESPとも呼ばれるようになった。1937年には『超心理学誌』という論文誌が発行されるようになり、全米の大学・研究機関に超心理学に対する関心が高まっていく。

その潮流が、マイモニデス医療センター(ニューヨーク州ブルックリン)のドリームテレパシー実験、スタンフォード研究所のリモートビューイング(遠隔透視)実験、そして、このシリーズの冒頭で紹介したプリンストン大学の「機械と人間の対話」実験へとつながるのである。

とくにスタンフォードのリモートビューイングの研究にはCIA(米中央情報局)が興味を示し、軍事利用の観点から「スターゲイト計画」として組織的に研究されたことが知られている。その実験・研究の過程で登場したのが、芸術家としても活躍するインゴ・スワンやテレビでFBI超能力捜査官として紹介されているジョセフ・マクモニーグルといった超能力者であった。
(続く)

超常現象の研究55 「不思議な世界(409)」

サイエンスQによる超能力実験3
その仮説とは次のようなものだ。

気はエネルギーで受け手を動かしていない。信号で動かしている

その仮説を証明するため、気功師から気を受けたときの受け手の変化を測定した。人間は体温があるので一定の赤外線を出している。実験では、気功師と受け手の指先の赤外線の量を測った。すると、受け手が気功師から気を受けるやいなや、赤外線の量が一気に増加。気功師の赤外線の増加量と気を受けた人の増加量が対応していることもわかった。つまり、気功師と受け手の間で同調という現象が起こったのである。

気は相手の状態を変える信号なのか。東北大学稲場文男教授(電子工学)は、気は人間の状態を変化させるトリガー(引き金)の役目があるのかもしれないと推測する。

信号であれば、神経系に直接作用しているはずである。気は脳に作用することになる。そこで、気功師と受け手の頭にそれぞれ16の電極をつけて、脳波の測定をすることにした。

気功師が後ろから気を入れる。驚いたことに、気を入れているときの気功師の脳波の波形スパイラルは、癲癇患者の発作時に見られる波形と同じであった。普通なら気を失って倒れてしまうような波形だった。また、気功師のアルファ波にも変化が起きた。最初は後頭部に出ていたアルファ波が、気を入れると左の脳を中心に脳全体へと広がった。

一方、受け手は気を入れた瞬間からアルファ波が出ることがわかった。そのアルファ波の分布状態を見ると、最初は後頭部に出ていたアルファ波が気を受けると前頭部へと広がることがわかった。気功師と受け手の脳波が同調していたのである。気功師5人、受け手14人を対象に同じ実験をしても、90%以上の確率で同様な結果が得られたという。

脳波の同調現象が実験で確認された。この同調を引き起こすのが気の正体である。しかしながら、人間同士、あるいは生物同士であればこの信号説も当てはまるが、人間と物との間でも同じことが言えるのかという疑問は残る。

大根を包丁で切るのは、力を加えるというエネルギーで切るわけだが、信号説では大根に切られろと信号を送るだけで大根が真二つになることも証明しなければならない。番組ではここまでが限界であった。それでも、これまでのテレビ番組と異なり、かなり超能力の謎に迫ることができたのである。

いずれは人間の念が、物体との間でも同調現象のようなものを発生させ、分子レベルで物体が変化するよう信号を送っていることが確認される日が来るかもしれない。超常現象に研究はまだ、緒に就いたばかりなのである。
(続く)

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