カストロが愛した女スパイ42 「アメリカ外交史(230)」

カストロ暗殺計画6
 「その滞在の後、キューバに戻る機会はあったのですか?」
 「いいえ、ありませんでした」

 「その後、フィデル・カストロと一度でも接触したことはありましたか?」
 「いいえ、ありません」

 「知りうる範囲において、その後、フィデル・カストロの配下の者と接触したことはありましたか?」
 「いいえ」

ロレンツは再び回想する。カストロが部屋を出て行った後、ロレンツはカストロと息子あてに手紙を書いた。「殺しの費用」として事前にもらっていた6000ドルのうち50ドルだけをロレンツがもらい、残りは手紙と一緒にドレッサーの上に置いた。

CIAのカストロ暗殺計画は大失敗に終わった。CIAはカストロを殺すためにロレンツをキューバに送り込んだ。ところがロレンツは、殺す代わりに「共産主義者の悪党と寝て、しかも6000ドルをくれてやった」わけだ。

ロレンツは泣きながらホテルを出て、空港へ急いだ。CIAの工作員らはそれを見て、カストロが死んだのでロレンツは泣いているのだと勘違いして、歓喜した。しかし、やがて彼らの歓喜は怒りに変わる。カストロが演説場に元気に現われたからだ。マイアミに戻ってきたロレンツに、罵詈雑言が浴びせられた。

「ちくしょう。これで作戦全部が台無しだ。この馬鹿なあばずれが! ワシントンに何と報告すればいいんだ」と、工作員の一人が毒づいた。ロレンツも強がって言った。「電話して、誰かほかの人間を使ったらいいでしょう!」

ロレンツにとって、カストロ暗殺はCIAと亡命キューバ人による戦争であり、もはや関係のないことのように思われた。カストロを殺さなかったおかげで、「フィデルはこれからも病院や学校を建てられる」とロレンツは説明したかったが、彼らはそのような話を聞く耳をもっていなかった。

マイアミの隠れ家に戻ってからも、彼らの怒りは収まらなかった。
CIA工作員の一人が電話をしながら叫んでいた。
「あのアマ、台無しにしやがった。しくじりやがったんだ。畜生」

ロレンツは落ち込んだ。「私は母親の期待を裏切り、父親の期待を裏切り、そして私自身の期待をも裏切ったわけね。もう、一人きりになりたいわ」と、ロレンツはつぶやくように言った。

ロレンツは当時、自分のせいで作戦が失敗したのだから、CIAもロレンツをあきらめて、解放してくれるだろうと、高をくくっていた。当然のことだが、その考えは甘かった。逆に彼らは、暗殺未遂にかかった費用は働いて返してもらうとロレンツに告げた。植えつけられた罪悪感から、ロレンツはその命令に従わざるをえないと感じていた。ロレンツはこうして、暗殺集団とともに抜け出ることのできない泥沼にはまっていったのだ。
(続く)
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カストロが愛した女スパイ41 「アメリカ外交史(230)」

前回までのあらすじ
赤ん坊を無理やりに出産させられ、心身ともに傷を負ったロレンツは、キューバを離れ、ニューヨークで治療に専念していた。そこへCIAの工作部隊が近づき、赤ん坊はカストロに殺され、ロレンツも二度と子供を産めない体になったのだとウソを吹き込み、反カストロ工作にロレンツを利用しようとする。ロレンツは半ば洗脳され、次第にカストロを憎むように仕向けられる。マイアミで殺しのテクニックを学び、カストロ暗殺の刺客として、ハバナにあるヒルトンホテルのカストロの部屋に侵入した。だが、カストロと再会したロレンツには、カストロを殺すことはできなかった


カストロ暗殺計画5
 「どれだけそこに滞在したんですか?ほんの一泊だけ、それで次の日帰ったんですか?」――。トリプレットの質問が再びロレンツを現実に引き戻した。
 「私はフィデルと五時間ほど会いました。私は何も言いませんでした。そして次の朝、帰ったのです」。ロレンツはこう答えるのが一番いいと感じた。

 「その滞在で、書類は盗んだのですか?」
 「いいえ」

 「議長。私はこの件の質問についてはもう打ち切りたいと思いますが、ほかの委員に質問があれば、どうぞ聞くように言って下さい」
 「この際、何か聞きたいことがありますか、ドッドさん?」と議長は委員の一人であるドッドに聞いた。
 ドッドは「いいえ」と短く答えた。
 「質問を続けて下さい」と議長はトリプレットに促した。

 「分かりました。あなたが今述べた滞在の後、再びキューバに戻ることはありましたか?」
 「フィデルは私に残って欲しかったのです。だけど私は“できない、帰らなければならない”と言いました。何故ならフランク(・スタージス)は私に、ある一定の時間内に戻らなければ、フランクが私を探しに来て、私を取り戻すと話していたからです」

「あなたはフィデル・カストロに、フランクがあなたを取り戻しに来るだろうと言ったのですか?」
 「いいえ。私はどちら側も傷つけたくなかった」

二人が愛し合った後、カストロは演説の準備のために外出しなければならなかった。ロレンツはカストロが部屋から出て行く前に、カストロに抱きつき、赤ん坊に合わせて欲しいと再び懇願した。ロレンツの心に大きな穴が開き、自分の手で息子を抱きしめないと、その穴は埋まりそうになかったのだ。カストロの答えは、かたくなだった。キューバにとどまれば、三人で暮せるのだとカストロは主張した。

しかし、キューバにとどまれば、CIAの連中はロレンツをどこまでも追いかけてくるだろう。裏切り者だとして、ロレンツを殺そうとするかもしれない。ロレンツには、キューバを離れることが最良の方法に思えた。
(続く)

カストロが愛した女スパイ40 「アメリカ外交史(230)」

カストロ暗殺計画4
 ロレンツの回想は続いた。ロレンツは、ハバナ・ヒルトン二十四階にあるカストロのスイート・ルームに忍び込んだ。忍び込んだといっても、カギはカストロからもらってずっと持っていたので簡単に入ることができた。部屋はカストロと過ごした以前のままだった。

バスルームに入り、クリームからカプセルを一つ取り出した。心臓は高鳴り、カプセルを持つ手が震えていた。カプセルに付いたクリームを拭おうとした瞬間、カプセルは手からすべってビデの中へ落ち、ピシャッと音を立てた。波紋が頭の中に広がった。「もう御免だわ」とロレンツは心の中で叫びながら、残ったもう一つのカプセルをクリームから取り出しビデの中に投げ捨てた。

 ロレンツがバスルームを出て、部屋の中を歩き回っているちょうどそのとき、カストロが部屋に入ってきた。カストロはわずかに驚いた様子だったが、すぐにロレンツを抱きしめた。その晩の演説のために少し休まなければならないとロレンツに告げた。

 ロレンツは疲れ切った様子のカストロに言った。「赤ん坊はどうなったの?」
 カストロはその質問には答えず、ロレンツがカストロのために戻ったのか、それともカストロを殺しに来たのかたずねた。ロレンツはその両方だと答えた。

カストロはロレンツの拉致事件に関しては自分が関与していなかったことや赤ん坊を取り出した医者が処刑されたことをロレンツに話したが、赤ん坊については「キューバ父親のもとで生まれた子はキューバに帰属する」としか言おうとしなかった。ロレンツは「私は母親よ」と言い返した。

カストロはそれ以上踏み込まず、「疲れた」と言ってベッドに横になった。そして目をつぶったままロレンツに「やつらが私を殺しにお前を寄こしたのか」と聞いた。ロレンツは一瞬氷ついた。カストロに見透かされていたのだ。「どうしよう」と狼狽しかけたが、同時にカストロが落ち着いた様子だったので、すぐに平静になり、「そうよ、私はあなたを殺しにきたのよ」としっかりと答えた。

 驚いたことに、カストロはそれを聞くと、スタンドに掛けてあったガンベルトに手を伸ばした。革命運動の間中肌身離さず携行していた銃を取り出し、ロレンツに「さあ」と言ってそれを手渡したのだ。その銃で殺してみろと言わんばかりだった。ロレンツは銃を受け取り、リリース・ボタンを押して、四五口径のクリップをはずした。目をつぶって横になっていたカストロは、その音で一瞬ビクッとなったが、身を守ったり逃げよとしたりせず、目も閉じたままだった。

「錆びてるわ」とロレンツは言った。「油をささないと」

カストロは静かに、確信に満ちた声で言った。「だれもできないんだよ、マリタ。誰も私を殺すとはできない」

 「赤ん坊のためだったらあなたを殺せるわ」――。ロレンツはそう答えながらカストロに飲み物を手渡した。本当だったら毒の入った飲み物のはずだった。カストロはそれを無条件に飲み干した。二人はそのままベッドで横になった。やがて抱きしめ合い、数分後には裸になって愛し合っていた。

 カストロを殺そうなどという考えは、二度とロレンツの頭をよぎることはなかった。
(続く)

カストロが愛した女スパイ39 「アメリカ外交史(230)」

カストロ暗殺計画3
 トリプレットはロレンツに、カストロ暗殺計画の具体的内容について質問を始めた。

 「ロレンツさん。その計画の説明、もしくは訓練を受けた後、実際にあなたは何をしたのですか? ハバナに戻ったんでしょう?」
 「私は与えられました。そうです」

 「何を与えられたんですって?」
「ボツリヌス菌の毒の入った二つのカプセルです」

 「そのカプセルを持ってハバナに戻ったのですか?」
 「はい」

 「カプセルはどうなりましたか?」
 「飛行機からキューバの島影が見えてくると、急に怖くなり始めたのです。私はカプセルを冷たいクリームの入ったビンの中に入れました。ハバナにやってくる旅行者をフィデルの部下が調べると聞いたからです。カプセルが見つかってしまうんではないかと恐れたんです。でも何とかやり過ごし、目指すスイート・ルームにたどり着いたのです」

 「スイート・ルームに着いたとき、あなたは何をしましたか?」
 「何もしませんでした」

 「カプセルはどうしたんです?」
 「冷たいクリームの入ったビンの中です」

 「スイート・ルームにはどれだけ滞在したのですか?」
 「一泊です」

 「その冷たいクリームからカプセルを取り出しましたか?
 「いいえ」

 「最終的にそのカプセルはどうなったんですか?」
 「帰るときに捨てました。私はフィデルと過ごしたんです」

チャンスはあったのだ。殺すチャンスは十分にあったー。

 暗殺計画の最中、ロレンツはカストロへの愛とCIAへの義務との間で板挟みになり、心が引き裂かれそうになった。カストロへの愛は、CIAによる洗脳にもかかわらず、その時でさえも不思議なことに変わっていなかった。しかし、同時に頭の中には「お前にしかできないんだ」「カストロは悪だ」「お前の赤ん坊を殺した悪魔だ」「暗殺は合衆国のためだ」など暗殺を正当化するスタージスやロークの言葉が響いていた。
(続く)

カストロが愛した女スパイ38 「アメリカ外交史(230)」

カストロ暗殺計画2
 「すみませんが、その二人のキューバ人の名前を覚えていますか?」
 「ナバロ、もしくはノボ兄弟です」

 「分かりました。それであなた方はマイアミに行き、フランクに会ったのですね?」
 「そうです」

 「そして、その時点で、あなたたちは計画を実行に移したのですか?」
 「おそらくフランクはニューヨークから電話で指令を受け、私を訓練することになったのだと思います。私は隠れ家に連れて行かれました。そこで三週間滞在し、来る日も来る日も、昼も夜も、話を聞かされ続けました」

 「だれが話をしたのですか?」
 「フランク、アレックス、ペドロ」

 「ペドロとは、ペドロ・ディアス・ランツのことですね?」
 「その通りです。私だけしかできない、私だけが唯一忍び込める人間だと何度も聞かされました」

 「その後、キューバに行ったのですか?」
 「はい。私は何度も次のようなことを聞かされました。後にうそだと分かるんですけど、フィデルが私の赤ん坊を殺したって言うんです。私はほとんどそれを信じ込みました。彼らは私を当てにしていたんです。彼らは私に、カストロ暗殺は国のためだと言いました。フィデルは悪いやつで、共産主義者によって洗脳されているとか、私が持ち出してきた書類や手紙によってそれは確認された、などと言ったのです。私がミサイル基地の航空写真のような展望図を取ってきたとも言われました」

 一九五九年を振り返ると、共産主義の脅威がアメリカ国民の間に台頭した時代だったともいえる。冷戦は激化、東西の緊張は常に高まっていた。突如、米国の目と鼻の先に誕生したカストロ政権はまさにその象徴だった。次第に共産主義色を強く出していったキューバは米国の国家安全保障上、危険極まりない国の一つだった。アメリカ国内では反共運動が盛んになり、しきりにキューバの脅威を伝える情報が意図的に流布された。キューバがテキサス州に攻めてくるとの噂も流れるそんな時代だった。その中でロレンツの“悲劇”は、格好な宣伝材料を提供した。

 「今になって思うと、あのとき何故プロパガンダに反論しなかったのだろう」とロレンツは自問自答した。おそらく当時の反共産主義の風潮に流されてしまったのだ。カストロが自分の子供を殺したかもしれないとの疑惑も頭から離れなかったことも影響したに違いない。ロレンツは当時、内心忸怩たるものを感じながらも、敢えてカストロを弁護する気にもなれず、体に負った傷の痛手とともに心に傷を負いながら内に引きこもってしまっていた。その深い暗闇の中から抜け出す道は、カストロ暗殺しかないのかもしれないと思うようになっていた。
(続く)

カストロが愛した女スパイ37 「アメリカ外交史(230)」

カストロ暗殺計画1
 「その後、フランク・スタージスと会合を持ちましたか?」
 「はい、何度も」

 「会話の話題がフィデル・カストロ暗殺をテーマとした会合もあったのですか?」
 「はい」

 カストロ暗殺計画――。ロレンツは最初にこの計画を聞いたとき途方もない考えだと思った。書類を盗むことぐらいは何でもなかった。しかし、盗みと殺しでは全く違う。そんな大それたことをロレンツに実行しろと言うのか。

そのころ、ロレンツに対する説得工作が執拗に続けられていた。カストロがロレンツの赤ん坊を殺したのだから、カストロを殺して復讐しろと、事あるごとに言われた。ほかにも、アメリカ人が捕虜になってカストロに拷問されているとか、カストロがラテンアメリカ諸国を侵略しながらアメリカに攻めてくるとか、キューバ東部にある米軍のグアンタナモ基地の兵士を皆殺しにする計画が進行中であるとか、ありとあらゆる“情報”が吹き込まれた。

ロレンツもカストロを憎もうと努力したという。国家の安泰のため、カストロと戦わなければならないのだと、自分に言い聞かせもした。わざと怒りを高め、復讐は当然であるかのように考えるようにした。しかし、カストロを軽蔑すればするほど、自分自身にウソをついていることがわかり、そのような自分に嫌悪感を覚えるのであった。

 「最初にその話題が出たのはいつでしたか?」
 「マイアミと、それからニューヨークで」

 「いつだか覚えていますか、何年だったとか?」
 「六〇年の初めです。アレックスから、私だけが、中に入り込み、仕事をし、脱出できる人間だと言われました」

 「それらの討議には、他にだれが参加していましたか?」
 「二人のFBI局員がいました」

 「その二人の名前を覚えていますか?」
 「フランク・オブライエンとフランク・ランドクィストです」

 「彼らはニューヨークのFBI局員だったんですね?」
「そうです」

 「フランク・フィオリーニ・スタージスも、そうした討議に参加していたのですか?」
 「いいえ。彼はマイアミにいましたから。でも彼は、その計画の説明をすることになっていました。だから私たちはマイアミに車を運転して戻ったのです。アレックスと二人のキューバ人が武器を積み込んで、マイアミまで運転したのです」

 「その二人のキューバ人とはだれですか?」
 「二人のキューバ人の兄弟です。一人はいわゆる訓練を受けるため北か南のカロライナ州で降ろし、もう一人はマイアミまで私たちと一緒に旅を続けました。マイアミで私たちはフランクに会ったのです」

 後に判明するが、この二人のキューバ人こそ、忘れもしない六三年十一月、ケネディ暗殺直前にマイアミからダラスに向かった車の中にいたとされるキューバ人のノボ兄弟だ。単なる書類の入手から、今度はカストロ暗殺計画の実行へと急展開したこのころから、ロレンツは亡命キューバ人のグループとのつき合いが多くなった。後に出てくる暗殺・非合法集団「オペレーション40」にロレンツが組み込まれるのもこの頃だ。ロレンツはマイアミで、カストロ暗殺に必要な殺しのテクニックを覚えさせられる。
(続く)

不思議な世界 「不思議な世界(409)」

アダムの橋

真偽のほどはともかく、竹内文書のように太古の地球の歴史、とりわけその高度な文明を描いたとみられる古文書や文献は、日本だけに存在するのではない。その一つにインドの叙事詩『ラーマーヤナ』がある。

「ラーマ王の生涯を語る大詩史」というような意味で、バラタ族の歴史を描いた『マハーバーラタ』と並んで古代インド語であるサンスクリット語で書かれた二大長編叙事詩と呼ばれている。元々は民間伝承であった『ラーマーヤナ』が最初に文字にされたのは紀元前五世紀ごろとされており、何らかの史実を反映したものだとみられている。

この『ラーマーヤナ』が3年ほど前から再び脚光を浴びるようになった。そのきっかけとなったのは、実はスペースシャトルだ。NASAが1989年と1994年に打ち上げたディスカバリーとエンデバーが撮影した地表写真に、インドとスリランカの間のポーク海峡に、巨大な人工橋のような全長30キロの形成物が鮮明に写っていた。

その“橋”は、今ではほとんどが海中に没しているが、宇宙から見るとつながっているのがはっきりとわかる。2002年10月、インドの全国紙「ヒンドスタン・タイムズ」がこの橋は『ラーマーヤナ』に出てくる伝説の橋ではないかと報じたため、世界的なニュースとなった。

伝説の橋の由来が記された『ラーマーヤナ』は、次のような物語だ。

人類の始祖マヌが建設した古代の都市アヨーディヤーを首都とするコーサラ国は、ダシャラタ王の治下に繁栄していた。ところが王には子供がいない。そこで祭りを行って、後継者が生まれるよう祈願することになった。

ちょうどそのころ天界では、神々は魔王ラーバナの暴虐ぶりに悩まされていた。相談の結果、ラーバナを殺すためにビシュヌ神がダシャラタ王の子供に転生することになった。

大祭が終わった後、ダシャラタの3人の王妃に四人の王子が生まれた。月日が流れ、ビシュヌ神の化身であるラーマ王子が王位を継ぐことになったが、バラタ王子を産んだ王妃カイケーイが異議を唱え、王に迫って実子バラタを太子にし、ラーマ王子を14年間森に追放することを承諾させた。ラーマは、妃シーターと弟のラクシュマナを伴って森の中に退いた。

ダシャラタ王の死後、母親の奸計を快く思っていなかったバラタは、ラーマを迎えて王位に就いてもらおうと森に赴き懇願したが、ラーマは亡き父王の命令を守って王位就任を拒否。しかたなくバラタは、ラーマの履物を王座に置き、自分はラーマの代理として政務を執ることにした。

森での生活を続けるラーマは、森の静寂を乱し隠者の生活を脅かす魔族を懲らしめた。これに怒った魔王ラーバナは、空を飛んでラーマの留守宅を来襲、妃のシーターをさらい、自分の根城であるランカー(現在のスリランカ)へと連れ去った。ラーバナは、言うことを聞かないシーターを城に幽閉する。

家に戻ったラーマとラクシュマナはシーターがいなくなったことに気づき、四方八方を探すが、どこにもいない。やがて、シーターを助けようとして瀕死の重傷を負った禿鷹ジャターユスから一部始終を聞き事態を把握、シーターを探す苦難の旅に出た。

旅の途中、ラーマは苦境に立っていた猿族の王スグリーバを助ける。その恩返しにスグリーバは、風神の子である猿族のハヌマットに命じて、シーター探しを手伝わせる。そしてとうとう、シーターの居場所を突き止め、猿軍とともに南端の半島へと向かった。

しかし、シーターが幽閉されているランカーの島へは、眼前に広がる大海が行く手を阻んでいた。そのとき、猿族の将軍ナラは猿軍と熊の軍を指揮して、海に大木や大石を投じ、5日間でランカーへの橋を完成させる。これがインドとスリランカを結ぶ伝説の橋である。

橋の完成とともにラーマは猿軍とともに勇んでランカーの島へ渡り、魔王軍と壮絶な戦いを繰り広げる。その結果、ようやく魔王ラーバナを破り、シーターを救い出すことに成功した。ラーマはシーターを連れて空飛ぶ馬車に乗り、王都アヨーディヤーに凱旋、国民歓呼の中、王位に就いた。

この伝説の橋は、旧約聖書上の人類最初の人間にちなんで「アダムの橋」と最近では呼ばれるようになった。しかし、本当に人工物なのかどうかは結論が出ていない。一説には、200万年前からこの陸橋があったのではないかとされている。また、過去70万年間に少なくとも17回はインドとスリランカは陸橋でつながっていた可能性もあるという。

宇宙からの写真で浮かび上がるこの橋は、『ラーマーヤナ』に書かれているように、太古に人工的に作られた陸橋なのだろうか。伝説の都アヨーディヤーについても、モヘンジョダロ説など諸説あり、いつごろのどこの場所の話なのかも詳しいことはわかっていない。

(ネットサーフィンをしていたら、アダムの橋の写真があったので、今日はその紹介をしました。『ラーマーヤナ』の物語を詳しく知りたい方は、次のホームページ「簡訳ラーマーヤナ」をご覧ください。)

カストロが愛した女スパイ36 「アメリカ外交史(230)」

カストロとの再会
 トリプレットは聞いた。「それでハバナには行ったのですか?」
 「はい、行きました。マイアミまで車で行き、そこからハバナに出発しました」

 「あなたは実際にフィデル・カストロのスイート・ルームに戻ったのですか?」
 「はい、戻りました。私は部屋の鍵を持っていましたから」

 「そのときは、カストロに会ったのですか?」
 「いいえ、会いませんでした。その代わり、チェを見ました」

 「チェ・ゲバラのことですか?」
 「はい。彼は他の部屋で寝ていました。隣接したスイート・ルームがあったのです。私は二四〇八号室に行きました。そこにフィデルは書類を保管していたのです」

再びキューバに戻ったとき、ロレンツはカストロに会わなかったという。しかし、自伝では次のように書かれている。

「ハバナ・ヒルトンに着いたとき、私は心配と怒りで半ば気が狂いそうだった。私は自分の赤ん坊に会いたかったが、フィデル(カストロ)は許してくれなかった。彼は赤ん坊が実際にどこにいるのかもわからないと言った。
フィデルは、私が赤ん坊に会えるのは、私がキューバに戻り、キューバ国民とともに永住し、彼と私たちの赤ん坊と一緒に暮す場合だけであると念を押した。私がキューバに戻れば、三人一緒で暮すことができるのだ。ただし私は、息子をキューバから連れ戻すつもりも、ちょっと合わせてほしいといって彼を困らせるつもりはなかった。キューバでは、キューバ人の父親によって生まれた子供は、母親ではなく父親のものなのだ」

このように自伝でロレンツは、カストロに会い、赤ん坊について話し合ったと主張している。さらに自伝では、カストロの勧めに従ってキューバに残れば、FBIやCIA、それに反カストロのキューバ人から、強烈な圧力がかかることをおそれて、アメリカに戻ったとも書いている。だが、委員会ではカストロに会わずに、ただ書類などを盗んだと証言している。

 「そのとき、あなたは実際に書類を盗み出したのですか?」と、トリプレットは聞いた。
 「はい、盗みました」

 「そのときは、どれだけキューバに滞在したのですか?」
 「一泊だけです」

 「それでマイアミに戻ったのですか?」
 「はい、そうです」

 「書類はどうしたのです?」
 「アレックス・ローク、フランク、それに他の4人、多分政府の人間だと思いますが、彼らに渡しました」

 「その4人がだれだったか覚えていますか?」
 「いいえ」

こうしてロレンツは委員会では、カストロに会わずに、書類を盗んだだけであると証言した。どちらが正しいのか。FBI事務所での会合は何度も開かれているようなので、ロレンツが59年の話と60年の話を取り違えている可能性はある。

59年のカストロとの再会説が正しいとすると、おそらくロレンツは、委員会では何らかの理由で、会っていないとウソをついたか、勘違いをして、会っていないと答えてしまったかのいずれかであろう。ウソをついていたとしたら、その理由は不明だ。ここでわかっているのは、後にカストロ暗殺の特命を受けてキューバに渡る前に、カストロの反応をみるために一度、ロレンツがキューバを訪ねたということだ。この後、委員会でも、カストロ暗殺計画についてのロレンツへの質問が始まる。
(続く)

カストロが愛した女スパイ35 「アメリカ外交史(230)」

FBI事務所での会合2
ここで少し説明を加えなければならない。ロレンツの伝記によると、プロパガンダ記事が掲載される前の1959年12月下旬、CIAはロレンツをキューバに下見に行かせ、カストロがどのような反応をするか様子をみることにしたという。その打ち合わせをしたとみられるFBI事務所での会合は、当然1959年のことと思われるが、トリプレットは1960年のことのように質問している。おそらくFBI事務所では何度も会合を開いているため、混乱が生じたのだろう。ロレンツの記憶違いの可能性もある。

1959年12月の話だとして、そのときのカストロとの再会はどうであったのか。実は、この後の委員会でのロレンツの証言と自伝に書かれていることにも矛盾がある。自伝ではカストロに会ったことになっているが、委員会の証言では会っていなかったことになっている。この矛盾点については後で触れるつもりだ。委員会におけるトリプレットの質問に戻ろう。

トリプレットはロレンツに聞いた。
 「その時はフィデル・カストロを暗殺するという話は出なかったのですか?」
 「その時は出ませんでした。その話はさらに後のことです」

 「フランク・フィオリーニ・スタージスもその会合に出席していたのですか?」
 「はい。事務所の会合に出席していました。そうです。その時、私たちは・・・」

 トリプレットはロレンツの答えをさえぎって、質問を続けた。「スタージスについて話を聞かせて下さい。その時の印象では、彼はFBIかCIAで働いている感じでしたか? 彼の役割は何だったのですか?」
 「彼はCIAのために働いていると聞かされました」

 「だれがそう言ったのですか?」
 「アレックス・ロークです」

 「あなたはスタージスがCIAのために仕事をしていることを証明するような身分証明書か何かを見ましたか?」
 「フランクはたくさんの身分証明書を持っています。シークレット・サービスとか」

 「シークレット・サービスの身分証明書を持っていたのですか?」
 「FBIとか、CIAも」

 「あなたは、FBI、CIA、シークレット・サービスなどいく種類もの身分証明書を個人的に見たのですか?」
 「彼はそれらを異なる身分証明書と呼んでいました」

 「そうではなくて、実際にそれらを見たのかという質問です」
 「はい。マイアミで見ました」

 「分かりました。それではその会合の目的は、あなたをハバナに行かせ、フィデル・カストロのところからもっと書類を取ってこいということですね」
 「最初の会合ではそうです」
(続く)

カストロが愛した女スパイ34 「アメリカ外交史(230)」

FBI事務所での会合1
 トリプレットの質問は続いた。「六〇年に、あなたはフランク・スタージスと米国内で会う機会がありましたか?」
 「はい、ニューヨークで会いました」

 「いつ、どうやって会ったのですか?」
 「東六十九番街二〇一にあるFBIの事務所で、アレクサンダー(アレックス)・ロークと一緒に会いました」

 「他にはだれがいましたか、ロレンツさん?」
 「二人のFBI局員がいました。それは私がルーズベルト病院を退院した後のことでした。アレックス(アレクサンダー・ロークのこと)とその二人のFBI局員に病院で最初に会い、それからFBI事務所に連れてこられたのです」

 「あなたは病院から直接、FBI事務所に連れて来られたのですか?」
 「いいえ。私たちはニューヨークに住む家を持っていましたから」

 「話をちょっと戻しましょう。病院ではどうやってアレクサンダー・ロークと会ったのですか? 彼はあなたに会いに来たのですか、それともあなたは以前から彼のことを知っていたのですか?」
 「私の手術が終わって出てきたときに、病院の中で彼が私に会いに来たのです。どうやって私のことを知って、会いに来たのかは分かりません」

 「彼のことは前から知っていたのですか?」
 「いいえ」

 「彼はあなたに、だれかに頼まれてあなたに会いに来たとか言っていましたか?」
 「いいえ。彼はただ、FBIで働いているとだけ言いました」

 「あなたは先ほど、ほかに二人のFBI局員がいたと言いましたね?」
 「はい」

 「彼らの名前を覚えていますか?」
 「フランク・オブライエンとフランク・ランドクィストです」

 「フランク・ランドクィスト」
 「そうです。ランドクィスト」

 「そして、あなたはローク氏とFBI局員、それにフランク・スタージスに会ったのですね?」
 「もう一人、局員がいましたが、名前を忘れました。おそらくCIA局員だと思いますが」

 「だれがその人物のことをCIA局員だと告げたのですか?」
 「フランク・スタージスです」

 「FBIの事務所での会合の目的は何だったのですか?」
 「その会合では、私たちは長いこと討論しました。彼らは私にキューバに戻り、フィデル・カストロのスイート・ルームからできる限り書類を盗んでくるよう要請しました。私には軍服もあったし、当時はまだ、クバナ航空も運航していました。私がキューバに戻っても怪しまれないぐらいの不在期間であるということで、私もキューバに行くことに同意しました。それに私もフィデルと話をしたかったのです。だけど彼らはちょうどフィデルが島の反対側にいる時を見計らって、私をハバナのスイート・ルームに送り込んだのです」
(続く)

カストロが愛した女スパイ33 「アメリカ外交史(230)」

プロパガンダ
ロレンツの母親もこのプロパガンダ作戦に一役買っていた。実は母親も第二次世界大戦中はドイツでアメリカの情報部員として働き、その後もアメリカ政府のための情報活動に従事していた(この話はロレンツの自伝に詳しいので、興味のある方は是非、読まれるといい)。ヨーロッパでの任務を終えてロレンツのところへ駆けつけた母親は、上司から「娘をプロパガンダに利用せよ」という命令を受けていたようだった。

ロレンツの母親は命令に従った。革命の英雄であるというカストロのイメージを壊して、身の毛もよだつ怪物に仕立て上げるイメージ戦略の手伝いをした。確かにロレンツの母親にとってカストロは、裕福な医者の息子と結婚して暮すという娘の幸せを奪った悪魔であり、娘はその怪物の犠牲者であった。ソ連をはじめとする共産主義諸国は敵でもあっただろう。

作られたプロパガンダのプロットは次のようなものだ。キューバで深いトラウマを負った瀕死の少女を、アメリカ的な英雄がフィデル・カストロという反キリストの悪魔から救いだしたのだ、と。

プロパガンダはいつの時代も変わらない。1990年代の湾岸戦争、9・11テロ後のアフガン侵略とイラク戦争でも同様なプロパガンダが常に繰り広げられている。邪悪な敵を作り出し、正義の軍隊がその悪を蹴倒す。大衆を戦争へと駆り立てる巧妙なプロパガンダだ。

記憶に新しいところでは、イラク戦争でのジェシカ・リンチ上等兵のケースがある。イラク軍にレイプされた瀕死の少女を米軍が病院を奇襲して助け出すという美談が、その筋書きであった。その多くがでっち上げであったことは、リンチ上等兵本人の告白により今では誰もが知っている。60年代から同じことが繰り返されている。そこには、そのプロパガンダに踊らされるマスメディアと、それに簡単にだまされる国民という図式がある。彼らは歴史から何を学んでいるのだろうか。

カストロを悪魔に、そしてロレンツを悲劇の少女に仕立て上げたセンセーショナルなプロパガンダ記事は、1960年の4月ごろ、『コンフィデンシャル』という三流雑誌にロレンツの母親の署名入りで掲載された。推定読者数は1200万人。情報機関がリークするにはうってつけの雑誌であった。

「カストロは私の十代の娘をレイプした!」「カストロの甘言に乗って、キューバにおびき出された18歳のマリタ・ロレンツ、誘拐、レイプの挙句、残酷にも人工中絶!」などと扇情的な見出しが躍っていた。

記事の中身はもっとひどかった。それによると、カストロは泣いて抵抗するロレンツの服を引き裂き、十字架のネックレスを引きちぎり、ロレンツを陵辱した。レイプとカストロの体重のせいで、ロレンツの椎間板がはずれ、三日間は歩けなかった。カストロはさらに、ロレンツに麻薬を投与し続けて、逃げられないようにしたという。いずれも意図的なリークによるでっち上げであった。
(続く)

カストロが愛した女スパイ32 「アメリカ外交史(230)」

マインドコントロール3
情報操作によるマインドコントロールと薬による思考操作――。その薬をビタミン剤だと思っていたロレンツは、退院してからも朝晩となくコーヒーとともにその錠剤を飲まされていた。睡眠時間は3時間ほどになり、気持ちもすさんでいった。当然、ロレンツの思考力や判断力も鈍っていった。

家族のように接してくるエージェントたちからは、カストロを憎めと常にそそのかされた。カストロがロレンツの赤ん坊を殺したのだと、何度も吹き込まれた。おそらくそのまま、外界から完全に遮断されていたら、ロレンツは洗脳されていただろう。しかしロレンツには、別の情報ももたらされた。カストロからの電報であった。

電報には、電話がほしいと書かれていた。ロレンツが知っているプライベートな電話番号も書かれていた。部屋の電話には盗聴器が仕掛けられている疑いがあったので、ロレンツは外の公衆電話へと急いだ。FBIのボディガードも後をついてきた。

カストロが電話に出た。カストロは、赤ん坊は元気だと言った。事件にかかわっていた者たちは、すぐに投獄されるだろう、事件に加担した医者は銃殺された、とロレンツに告げた。そばではボディガードが耳をそばだてていた。おそらく、カストロが「かわいい男の赤ん坊が新生児室にいる」と言ったことが聞こえたのだろう。彼らはパニック状態となり、ロレンツから受話器を取り上げ、電話を切ってしまった。

二度目にカストロから電話がほしいとの電報があったとき、ロレンツは深夜、部屋からそっと抜け出し、外の公衆電話へ向かった。59年12月のことだった。ボディガードはどういうわけか、いなかった。今度は邪魔されずに、カストロと電話で話すことができるかもしれない。ロレンツははやる心を抑えて、交換手にカストロの電話番号を告げた。

そのときである。電話ボックスのガラスの一枚が粉々に砕けた。ロレンツは驚いた。ドアを強く閉めすぎたのだろうか、と思った。次の瞬間、口笛そっくりの音、つまり弾丸が空気を切り裂く音がしたかと思うと、ロレンツの頭のそばの枠を銃弾が貫通していった。

「狙われている!」――。ロレンツはとっさにしゃがみ込んだ。同時に、しゃがみ込まなかったら当たっていたであろう箇所に三発目の銃弾が撃ち込まれた。

ロレンツは姿勢を低くしながら、電話ボックスから這い出て、命からがら自宅のアパートまでたどり着いた。いつもだったらいるはずのボディガードたちが現われたのは、それから30分も経ってからだった。全員で同時に休憩を取っていたのだという。しかしそれまでは、誰か一人は必ず残っていたではないか。

誰がロレンツを狙ったのか。カストロがロレンツを殺したのであれば、ロレンツは悲劇のヒロインになる。そうなれば、カストロ憎しの気運が盛り上がるとでもいうのだろうか。しかし、ロレンツを狙ったのは、状況証拠的にはアメリカ政府のエージェントである可能性が強かった。ロレンツは背筋が凍る思いだった。ロレンツは反カストロのプロパガンダの道具でしかないようであった。
(続く)

カストロが愛した女スパイ31 「アメリカ外交史(230)」

前回までのあらすじ
1959年3月、カストロの招待で再びキューバに戻ったロレンツは、カストロと愛し合うようになり、やがて妊娠する。ところがカストロは内政で忙しく、ロレンツと疎遠になってしまう。苛立ちを募らせるロレンツにCIA工作員のフランク・スタージスが接近。10月中旬、ロレンツは部屋から拉致され、陣痛促進剤により赤ん坊を出産。その際、敗血症を患い急きょ、治療のためニューヨークに戻ることになった。そこでロレンツを待ちうけていたのは、CIAとFBIによる新たな陰謀であった。

マインドコントロール2
それから何ヶ月も、ロレンツに対するマインドコントロールの実験は続けられた。新聞などの情報は制限され、FBIやCIAが望まないような情報を提供するおそれがある人々には合わせてもらえなかった。実験グループの望みどおりの言動や態度を取れば、何がしかのご褒美がもらえた。

面会が制限され、常に監視されたロレンツは不機嫌になり、殻に閉じこもるようになった。ロレンツはカストロに会いたかった。時々、気が狂いそうになった。

実験グループのエージェントたちは、徐々にロレンツに対し友だちのように接するようになった。彼らはFBI捜査官のフランク・オブライエンとフランク・ランドクィストの二人のフランク、それに彼らの上司でCIAの工作にも関与していたアレックス・ロークらであった。孤独で孤立していたロレンツにとって、やがて彼らは家族同然の存在になっていった。これもマインドコントロールのテクニックの一部であった。

とくにロレンツは、アレックス・ロークに惹かれていった。ロークがロレンツに対して見せた同情と悲しみは本心からのように思えた。ロークは敬虔なカトリック教徒で、「共産主義というのは、神を否定する悪なのだ」と、ロレンツに繰り返し説明した。ロークによると、カストロは反キリストで、ハバナはハルマゲドン(善と悪による最終戦争の地)であった。

彼らはカストロを「共産主義の虐殺者」「赤ん坊殺し」などと呼んだ。そして、ロレンツが悪のカストロを殺しても、神は許してくれるであろうと何度も説いた。カストロは革命の邪魔になるからロレンツの赤ん坊を殺したのだとも言った。ロレンツは乱暴に扱われたので、もう二度と子供を産めないかもしれないという医者のメモも見せられた。

ロレンツは、ビタミン剤であると言われて錠剤も飲まされていた。飲むと思考が鈍り、抵抗力を奪われた。見えない邪悪の力がロレンツを追い詰めていくようであった。
(続く)

新宿御苑と水泳と夕日 「★つ・ぶ・や・き★(1265708)」

今週はテニスクラブが夏休み。何もしないと体がなまってしまうので、今日は新宿御苑経由で代々木のプールへ泳ぎに行きました。

新宿御苑はこんなところです。広々としていますね。刈ったばかりの芝生の匂いがします。

新宿御苑

林の中を歩くと、ツクツク法師やミンミンゼミの蝉時雨。夏の大演奏会が開催中です。

新宿御苑

敷地内には西洋庭園や

新宿御苑

日本庭園があります。

新宿御苑

椰子の木です。幹が太いですね。

新宿御苑

温室もあります。

新宿御苑

バナナも生っていますよ。

新宿御苑

ゴクラクチョウカという南アフリカの観葉植物です。確かに、極彩色の極楽鳥に似ていますね。

新宿御苑

西インド諸島でみられるベニヒモノキ。ビロードのようです。

新宿御苑

その後、国立代々木競技場の室内プールで1600メートルをクロールで泳ぎました。二日前には1200メートル泳いで、普段使っていない左上腕が筋肉痛になりましたが、今日はよく左腕が上がり、快調でした。ほとんど休まずに泳ぎますが、時速三キロ弱のゆっくりとしたペースです。

外に出ると、夕方の5時半ごろ。シルエットは代々木の体育館です。

新宿御苑

代々木公園の向こう側に日が沈んでいくところでした。

新宿御苑

カストロが愛した女スパイ30 「アメリカ外交史(230)」

マインド・コントロール1
 そうした事情を詳しく知らない質問者のトリプレットは、ロレンツが説明する事態の急展開に戸惑った。「だれがあなたを飛行機に乗せて米国に連れ戻したのですか?」
 「カミロ・シンフエゴスです」

 「その時、あなたはフィデル・カストロとけんか別れしたのですか?」
 「いいえ、していません。フィデルはこのことが起きたとき、島の反対側にいて、何も知らなかったのです」
 ロレンツは、カストロさえ自分のそばにいてくれたら、こんなことは起こらなかったと確信していた。

 「米国のどこに戻ったのですか?」
 「ニューヨークです」

 ようやくニューヨークにたどり着いたとき、ロレンツは貧血と敗血症に苦しんでいた。出血を止めるためには手術が必要で、到着の翌日にはルーズベルト病院に入院した。
 
 ロレンツは空港に到着した直後から、FBIが常に監視する“保護拘束下”に置かれた。“共産主義の独裁者の情婦”となった危険人物兼被害者であったからだ。病院でもニューヨーク市警の刑事たちのほかに、FBI捜査官がロレンツに対する護衛と取り調べを行った。
 
 CIAとFBIは、ロレンツのレントゲン写真と医療記録をすべて持っていた。診察の結果、キューバでロレンツがされたことは、中絶ではなく正常出産であったことがわかった。やはりロレンツのおぼろげな記憶が正しかったのだ。ロレンツの赤ん坊は生きて生まれたのだ。
 
 しかし、この陰謀の背後にいたとみられるCIAとFBIは、ロレンツが産んだ子は死んでしまったのだとロレンツに告げ、その「証拠」として手足を切断された男の赤ん坊の死体らしきものを写した写真を見せた。ロレンツは混乱した。ロレンツの子は死んでしまったのだろうか。殺されたのか。
 
 CIAとFBIがロレンツに対してマインドコントロールの実験をしているのは明白だった。ロレンツの子を殺したのはカストロであると思わせ、カストロへの憎悪を植えつけようとしたのである。
 
 ロレンツにとって幸いだったのは、病院の警備がそれほど厳しくなかったことだ。カストロの部下がこっそり忍び込んできて、入院中のロレンツに会いに来た。そして赤ん坊は元気に生きており、カストロがロレンツを愛していて、帰ってきてほしがっていると伝えた。その部下は、今回の恐怖の体験とカストロとは無関係であると書いた書類に署名してほしがったが、体が思うように動かないロレンツはファースト・ネームを書くのが精一杯であった。ちょうどそのとき護衛に気づかれたため、カストロの部下はその不完全な署名の書類を持って、静かに去っていった。
(続く)

カストロが愛した女スパイ29 「アメリカ外交史(230)」

悪夢
 ロレンツは自分の部屋のベッドの上で目が覚めた。あれは夢だったのだろうか。いいや、違う。ロレンツのお腹の中の赤ん坊はいなくなっていた。悪意に満ちた陰謀がそこにあった。部屋のドアが開いた。当時のナンバー3、カミロ・シンフエゴスだった。シンフエゴスはロレンツの姿を見て驚いて言った。「いったいどうしたんだ」

ロレンツはかなり出血していた。のどもカラカラに渇いていた。後で知ったのだが、陣痛誘発剤を急に与えられたせいであったという。シンフエゴスは、ほぼつきっきりでロレンツを看病した。シンフエゴスは事情をようやく理解したようだった。カストロの留守中に何者か(おそらくカストロ政権内でカストロやロレンツに反感を持つ者、あるいはCIAの工作員)が飲み物に眠り薬を入れロレンツを拉致、陣痛誘発剤で無理やりロレンツの赤ん坊を取り上げたのだ。

シンフエゴスはカストロに電話で事情を説明した。受話器の向こう側でカストロの叫び声が聞こえてきた。「ノー、ノー、何と言うことだ! 誰だって?」

当時のロレンツにとって、一体誰が何の目的でこのような仕打ちをしたのか、全く理解できなかった。ロレンツは赤ん坊を失ったことで精神的に深く傷つき、敗血症を患い、高熱と出血で体もぼろぼろになっていた。アメリカで治療を受けるほかに、安全な方法はないようだった。シンフエゴスはニューヨークにいる私の家族に連絡し、手配してくれた。

ロレンツはカストロのいるキューバから離れたくなかったが、どうしようもなかった。カストロにもらった婚約指輪をはめ、カストロのラブレターをポケットに突っ込み、すぐにキューバに戻ってくるつもりで、アメリカへ向かう飛行機に乗り込んだ。
(続く)

カストロが愛した女スパイ28 「アメリカ外交史(230)」

誘拐
 「あなたはその後、五九年十二月にハバナから(米国へ)戻ったのですね? 違いますか?」
 「九月です」

 「九月?」
 「九月の後、しばらくして十一月かも」
1993年に出版されたロレンツの自伝では10月中旬になっている。

 「何故、ハバナから米国に戻ったのですか?」
 「何故なら、私は赤ちゃんを失ったからです。フランク(スタージス)が後に私に教えてくれたのですが、フランクがカミロ・シンフエゴスに言って、私を治療して命を救ってくれたのです。そして私を飛行機に乗せて米国に連れ戻してくれたのです」

 ロレンツは自分の波乱の人生を語り始めた。59年10月になると、キューバ国内に暗雲が垂れ込めてきた。カストロとの甘い蜜月生活も終わりはじめていた。カストロはキューバ建国の大事で忙しく、ロレンツにかまっている暇がほとんどなかったのだ。

 前政権で甘い汁を吸っていた親バティスタの連中は一時マイアミに逃れていたが、CIAの後ろ盾を得て、再びキューバに戻ってきているものもいた。目的はカストロ政権打倒のための秘密工作であった。ニクソン副大統領が裏で糸を引いていた。

 ハバナ郊外のサトウキビ畑に爆弾が落とされることもあった。ロレンツは最初、それは花火か何かだと思っていたと言う。しかしそれは、反カストロ分子による破壊工作であったのだ。

 事件はそのような情勢の中で起きた。妊娠中のロレンツは、部屋からほとんど出ず、ルームサービスで食事を取っていた。カストロが島の別の地域に出張していた10月15日。その日もいつものように食事が運ばれてきた。グラスにはミルクが注がれていた。ロレンツがそのミルクを飲むと、意識がぼやけてきて、体の動きも急に鈍くなった。眠り薬のようなものがミルクに入れられていたのだ。ロレンツはドアに錠を下ろす間もなく、その場で眠り込んだ。
 
 ロレンツの意識が戻ったのは、車の中であった。ロレンツの知らない男が運転をしている。しかし薬が効いていたため、ロレンツはすぐに再び意識を失った。
 
 その次にロレンツが覚えているのは、金属製の台に乗せられ、腕に注射されたことだった。医者らしい男と、別の男が言い争っているようだった。医者とみられる男が「そんなことはしたくない」と言っていた。
 
 再びロレンツが目を覚ましたとき、赤ん坊がいるはずのお腹がぺちゃんこなっていた。ロレンツの後ろのほうで赤ん坊の泣き声が聞こえた。「私の赤ちゃん、生きている!」とロレンツは思った。ロレンツは赤ん坊を助けたくて、必死でカストロの名を呼んだ。知らない男が現われて、「私がフィデルだ」と話しかけてきたが、ロレンツにはその男がカストロでないことはわかっていた。再び注射をされ、何人かの手でロレンツは抱え上げられ、車に乗せられた。車の中でロレンツは再度、気を失った。
(続く)

カストロが愛した女スパイ27 「アメリカ外交史(230)」

取り巻きの人々
 「キューバにいる間、一体何回、フランク・スタージスに会ったのですか?」
 「おそらく、全部で五回ぐらいだと思います。一度はホテルのプールサイドでエロール・フリン(編注:当時の有名な米男優とみられる)と一緒に。五回です。私は彼が書類以外に何か欲しいものがあるのか分かりませんでした」

 「エロール・フリン以外に、だれか彼と一緒にいた人を覚えていますか?」
 「彼って、フランクのことですか?」

 「そうです」
 「彼は多くのキューバ人を従えていました。多くは女性でした。ある時は、“リヴィエラ”を経営していたチャールズ・バロン大佐と話していたこともありました」

 「チャールズ・バロンですか?」
 「そうです」
(編注:チャールズ・バロンについては、ロレンツが話している以上のことは筆者にはわからない。)

 「他にはだれがいたか覚えていますか?」
 「彼の取り巻きには、男も大勢いました。軍服を着た者から、民間人の服装の者まで様々です。だけど、他にだれがいたか覚えていません。というのも私はいつもフィデルの護衛たちと一緒でしたから。そういうことをフィデルにあまり知られたくなかったのです」

 「キューバにいる間に、ペドロ・ディアス・ランツに会ったか、見たか、しましたか?」
 「キューバでペドロを見ました。答えはイエスです」
 ランツは当時、キューバ空軍の指揮官クラスのパイロットで、経歴には不明なところが多い。その後、アメリカに亡命し、反カストロの亡命キューバ人として暗躍する。

 「おおよそ何回、彼を見ましたか?」
 「三、四回。スイート・ルーム二四〇八で。当時、そこでフランクもよく見かけました。会議室でした。フィデルの会議室です」

 「そこは正式な会議室だったのですか、彼らをよく見かけたという部屋は? 公式の政府の会議室だったのですか?」
 「はい、そうです」

 「当時、ペドロ・ディアス・ランツには社交的な目的で会ったのですか?」
 「いいえ」

 「当時、フランク・スタージスの仲間としてペドロ・ディアス・ランツに会ったのですか?」
 「そうです」

 「会議だけのために部屋があったのですか、それとも別の機会でも使っていたのですか?」
 「会議室のスイート・ルームは、ラウル・カストロ、カミーロ・シンフエゴス、それにセリア・サンチェスが使っていました」

 「当時、セリア・サンチェスの仕事は何でしたか?」
 「セリア・サンチェスはフィデルの私的な秘書でした。彼女はまた、フィデルの会合を計画・準備する仕事をしていました。彼女はスピーチの原稿書きを手伝ったり、フィデルに面会人のことを告げたり、私設秘書のようなことをやっていました」

 「あなたは翻訳の仕事では彼女と一緒に働いたのですか?」
 「翻訳に関しては、答えはノーです。彼女は翻訳はしませんでした。私だけが、その仕事をやったのです」
(続く)

カストロが愛した女スパイ26 「アメリカ外交史(230)」

スパイ活動
「我々の記録が正確かどうか確認するために聞きますが、我々が言うフランク・フィオリーニと、あなたが言うフランク・スタージスとは同一人物ですね?」と、トリプレットは聞いた。
 「そうです」

 「その時(賭博場で手入れがあったとき)、フランク・フィオリーニと何か話し合いましたか?」
 「彼は私のところに来て、こう言ったのです。“俺はお前がフィデルと一緒なのを知っている”――。さらに彼は“俺はお前のことを知っているぞ。俺は合衆国大使館で働いている。お前にやって欲しいことがあるんだ”と言ったのです。

 これに対して私は“私に話しかけないで。あんたと話しているところをフィデルに見られたくないわ”と言い返しました。彼はカストロ政権の制服を着ていましたが、私は何故かフィデルに見られたくないと思ったのです」

 「彼があなたに話したがったことが何であるか、当時理解できましたか?」
 「いいえ。二度目(編注:実際には三度目)に合ったときに分かりました」

 「なるほど。では、その二度目はいつだったのですか?」
 いつだったのか、という問いに対してロレンツは場所で答えた。おそらく59年8月下旬から10月までの間だったと思われる。
「ハバナ・ヒルトンのコーヒー・ショップでした。私はフィデルの護衛に見張られていました。フィデルは嫉妬深く、私にコーヒー・ショップのような場所にいてほしくなかったのです。でも、フランクは私の隣に座り、私にフィデルのスイート・ルームから書類を盗んでくるよう言ったのです。私は“何のために、そんなことをするの?”と聞きました。彼は“とても大事なことだ。合衆国政府にとって必要なのだ”と答えました」

 「どのような書類を取ってこいと言ったのか、覚えていますか?」
 「私も彼に同じことを尋ねました。彼は“何でもいいんだ。外国語のものなら何でもいい。どのような通信文でもいい”と言いました」

 「書類を盗んだのですか?」
 「しばらくの間は、そんなことはしませんでした。しかし、彼が何度も何度も私に接触してくるので、フィデルの護衛が疑い出すのではないかと思い、仕方無しにいくつかの書類を盗み。彼に手渡したのです」

 「あなたはスタージス氏に書類を渡したのですか?」
 「はい」

 「何回ぐらい、彼に書類を手渡したのですか?」
 「二度です」

 「何の書類だったか、覚えていますか?」
 「当時、大抵の場合、フィデルは私に彼の手紙やチェコスロバキアやドイツからの外国語で書かれたものをくれましたから、そうしたものをフランクに渡したのです。フィデルは読むことができなかったし、私も訳すことができなかったので、フランクに渡したのです」

 「それらは手紙でしたか、電報のようなものでしたか?」
 「資金提供の話とか、革命後のキューバ再建を支援する話とかでした」

 「フランク・スタージスは、政府、おそらく米合衆国政府のためにやっていると言ったそうですが、彼がその書類をどうしたか知っていますか?」
 「彼は米大使館にそれらを渡したり、引き継いだりしたと言っていました。渡した先の名前も言っていましたが、忘れました」
(続く)

カストロが愛した女スパイ25 「アメリカ外交史(230)」

恨み
 カストロ政権による一連の賭博場の手入れで、多くのカジノは差し押さえられ、何人かの経営者は逮捕、投獄された。それを指揮したのは、弟のラウル・カストロであった。フランク・スタージスは、この事態を苦々しく思ったのは間違いない。カストロの革命軍に銃を調達するなど恩を売ったはずなのに、自分たちのカジノをつぶされ、恩をあだで返された、と。だからこそ、ロレンツにその不満をぶつけたのだ。

 このとき逮捕された経営者には、ジェイク・ランスキー、サントス・トラフィカンテ、カルロス・マルセロといったアメリカ人マフィアが含まれていた。いずれもスタージスの“お友だち”である。後のCIAによるカストロ暗殺計画にも参加した札付きだ。

 しかしロレンツは、このアメリカのマフィアたちを釈放してしまう。ちょうどカストロが不在のときで、連絡も取れなかった。カストロのもう一人の秘書セリア・サンチェスがどうしたらいいかロレンツに聞いてきたので、「アメリカとはうまくやっていく」と言っていたカストロの言葉を思い出し、ロレンツが独断で釈放を決めたのだ。

 ロレンツにはカストロが署名入りで渡してくれた便箋があった。これを使えば、カストロの正式な命令書を作成するのはわけもないことだった。マフィアたちは喜んだ。アメリカを毛嫌いするラウル・カストロが、彼らに重罰を与えかねなかったからだ。キューバ軍中尉の制服を着て流暢な英語を話すロレンツに、マフィアたちは感謝した。

 これが誤った判断であったことは、明白だった。カストロは後日、ロレンツを笑って許したが、釈放されたマフィアはカストロに対する恨みを募らせ、その後CIAとともにカストロの命をつけ狙うのであった。同時にカストロ政権内でも、ロレンツの存在を疎ましく思う人間が出てきて、ある事件へと発展する。
(続く)

カストロが愛した女スパイ24 「アメリカ外交史(230)」

疑心暗鬼
 トリプレットの質問は続いた。「訪米の後、どれだけハバナに滞在したのですか?」
 「全部で八カ月ほど滞在しました」

 「すべて五九年のことですか?」
 「そうです」

 五九年四月の訪米後、キューバでは政治的な緊張が高まったと、ロレンツは言う。教育と医療の改革は急務だった。バティスタ政権下では、貧しい人々は医療を受けられず、教育は金持ちなど一部のエリートだけのものだった。ラウルは共産主義へとますます傾倒し、カストロはほとんど睡眠時間をとらずに国中を走り回っていた。

 残されたロレンツは孤独であった。ロレンツは、ダイヤモンドの指輪をはめ、おなかの赤ちゃんを心の支えにして、カストロを待った。だが来る日も来る日も、カストロは帰ってこない。内政で忙しいのはわかっていた。

 カストロの秘書でもあるロレンツのところへは、カストロに会いたがっている美女たちのファンレターや顔写真が毎日のように送られてきた。その中には米女優のエヴァ・ガードナーのおびただしい数の手紙もあったが、ロレンツは、それらをすべて破り捨てた。

 やがてロレンツは疑心暗鬼になる。帰ってこないのは、ほかに女がいるからではないか。ロレンツは情緒不安定となり、泣き喚き、欲求不満であたりかまわず怒鳴り散らした。そのようなロレンツの不安定な心境を利用しようとしたのが、フランク・スタージスであった。スタージスは巧妙に、かつ慎重に、ロレンツの心の透き間に入り込んできたのだ。

 トリプレットは聞いた。「ハバナにいる期間中、だれかがあなたに近付いて、フィデル・カストロの命を奪おうとする企てについて話したことはありますか?」

 「そういう企ては、五九年にはありません」

 「だれかがフィデル・カストロを暗殺する可能性をあなたと話し合ったことはありませんか?」
 「五九年にはありませんでした」

 「ハバナでフランク・スタージスと出会いましたか?」
 「はい。出会いました。フランク・スタ-ジスには、ハバナ・リヴィエラ・ホテルで会いました。フィデルも一緒で、フィデルの部下たちは、ホテルのギャンブル・テーブルをひっくり返していました。その時、フランクが私に近寄ってきたのです」

 59年8月下旬、カストロとその部下たちが、マフィアの息のかかった賭博場を一掃することを決めたときだ。
(続く)

カストロが愛した女スパイ23 「アメリカ外交史(230)」

ロレンツの妊娠とカストロ訪米
 当時のロレンツは、カストロの秘書であり、「妻」でもあった。カストロはロレンツに「59年3月、フィデルからマリタへ、永遠に」と彫られたダイヤモンドの指輪を贈っていた。ロレンツは名誉ある七月二十六日の軍服と中尉の階級も与えられた。カストロの最も親しい人たちである弟のラウル、チェ・ゲバラ、ラミロ・ヴァルデス、カミロ・シエンフェゴス、セリア・サンチェスにもあたたかく迎えられていた。そして約一ヶ月後の4月には、ロレンツは妊娠していることを知った。
 
 ちょうどそんなときであった。カストロと彼の側近たちは、15日間の旅に出ることになった。アメリカへの外交訪問である。当然、ロレンツも秘書として同行した。ただ、ロレンツはツワリがひどく、気分はすっかり落ち込んでいた。
 
 カストロ一行は、ニューヨークではヒーローの凱旋のような歓待を受けた。多くの人がカストロに会いたがり、記者会見では美人女性レポーターに囲まれた。カストロはアメリカからの経済援助の申し出に有頂天になった。

 「ニューヨークへ行った後、あなたは彼とハバナに戻ったのですか?」と、トリプレットは聞いた。
 「ニューヨークからワシントンへ行き、その後私たちは、ハバナに戻ったのです」

 しかし、そのワシントンDC訪問で、カストロのプライドはひどく傷つけられてしまう。ワシントンに到着したときカストロは、当時のアイゼンハワー大統領も歓待してくれるはずだと信じていた。ところが事前にアポをとっていなかったという理由で面会を拒絶される。ようやく当時のニクソン大統領と会えたものの、ニクソンはそれほどカストロを歓迎していたわけではなかった。

 ニクソンは、カストロを共産主義者とみて警戒していた。ニクソンが1950年代からジャック・ルビーと関係があったことを推測させる証拠書類も残っていることから、キューバに賭博場などの利権をもつマフィア関係者とも関係があった可能性も強い。ニクソンがカストロを気に入るはずがなかった。カストロはニクソンに冷たくあしらわれてしまった。

 ロレンツは当時を振り返り、こう述懐する。ニクソンに冷たくされ傷ついたカストロは、共産主義にかぶれていた弟ラウルに感化され、ほどなく共産主義に傾いていった、と。
(続く)

本物の龍の写真!? 「★つ・ぶ・や・き★(1265708)」

私を含め龍好きな方が多いようなので(拙著『不思議な世界の歩き方』も龍神の話から始まります)、今日は「本物の龍」の写真!?を紹介します。

ヒマラヤ上空を飛んでいる飛行機から撮った写真を現像したら写っていたそうです。撮った人は普通のアマチュア写真家。

確かに大きな雲の下に、龍らしき顔とくねくねうねった胴体らしきものが見えますね。もちろん、心眼で見ないと見えませんよ! 普通に見たら、ただの薄い雲になってしまいますからね。

詳しくは次のサイトを参照してください。二匹いると書かれていますので、右の雲みたいなのも龍なのでしょうか。もし心眼で二匹とも見えた方がいらっしゃいましたら、教えてください。

カストロが愛した女スパイ22 「アメリカ外交史(230)」

愛の日々
 「ハバナに着いたとき、あなたは何のために招待されたと思いましたか?」と、トリプレットはロレンツに聞いた。
 「私はフィデルのためにドイツ語と英語の手紙の翻訳をするのだと思っていました。しかし、そうではなく、私はフィデルとハバナ・ヒルトンに泊まったのです」――。

 そう、ロレンツはカストロと激しく愛し合ったのだ。
 ハバナに着いたロレンツが案内されたのは、ヒルトン・ホテル24階のスイートであった。つまり、カストロの部屋である。到着したとき、カストロは不在だった。ロレンツは部屋の中をチェエクした。部屋にはカストロがふかしたであろう葉巻の匂いが漂っていた。ダブルベッドが一台置かれ、トロピカルな雰囲気のある装飾が部屋に施され、大きな鏡があちこちにあった。クローゼットは、ビニールで覆われた軍服、帽子、ブーツであふれていた。
 
 一時間ぐらい待っただろうか。ドアのカギが開く音がした。カストロが帰ってきたのだ。カストロがロレンツに気づくと、持っていた葉巻の火を消して、ロレンツに近寄り、強く抱きしめた。カストロはロレンツの体を持ち上げ、ぐるぐると回った。ロレンツはふわふわと宙に浮いていた。数え切れないほどのキスをして、ロレンツはこの男に愛されていると感じていた。もちろんロレンツもカストロを愛していた。温かい気持ちでいっぱいになり、安心感で満たされた。
 
 カストロは「ずっと一緒にいたいかい?」とロレンツに聞いた。
 ロレンツは躊躇せずに答えた。「もちろん、ずっと、ずっと、ずっとね」
 
 おそらくロレンツのことを、カストロの愛人、もしくは情婦であるとみなすカストロの側近は多かったのではないかと思われる。だが、ロレンツとカストロにとっては、お互い恋人同士であった。二人は愛を確かめ合い、部屋の中で即席の二人だけの「結婚式」も挙げている。それは当時、当然の成り行きのように思えた。そして、とても甘美な日々であった。

 「実際のところ、あなたはキューバ革命軍の注文仕立ての軍服を着るまでになってしまった。そういうことですね?」と、トリプレットは質問を続けた。
 「そうです。フィデルが七月二十六日運動(編注:カストロが五三年七月二十六日、バティスタ政権を武力で打倒するために立ち上がったことにちなんで名付けられた革命闘争)の軍服をつくって、私にくれたのです」――。ロレンツはその後もずっとその軍服を手放すことはなかった。

 「七月二十六日運動の会員証を持っているのですか?」
 「いいえ。会員証はありません。彼がくれた軍服だけです」

 「その時は、どれくらい、ハバナ・ヒルトンで彼と一緒に過ごしたのですか?」
 「彼が四月に初めて米国を訪問するまでです。多分、四月二十五日だと思います。私は彼と一緒にニューヨークに行きました」
(続く)

カストロが愛した女スパイ21 「アメリカ外交史(230)」

(前回までのあらすじ)
下院ケネディ暗殺調査特別委員会で証言を求められているロレンツは、19年前のカストロとの最初の出会いを思い出す。父親の豪華客船で革命直後のキューバに立ち寄った19歳のロレンツは、そこで若きキューバの指導者カストロと運命的な出会いをする。二人はたちまち恋に落ちるが、出航時間が迫っていた。自分のそばにとどまってほしいと懇願するカストロに、ロレンツは「戻ってくるわ」と返答するのが精一杯であった。

二度目の出会い 
 「次にカストロ氏に会ったのはいつですか?」――。トリプレットの質問にロレンツは我に返った。委員会でのロレンツの証言は、まだ始まったばかりであった。

 「五九年の三月初めか、二月の末に、私がハバナに再び行ったときです。それが二度目に彼に会ったときです(編注:二月の末は物理的に不可能。ロレンツの勘違いであるとみられる)」

 「ハバナで出会った二度目も、お父さんの船で行ったのですか?」
 「いいえ。クバナ航空、つまり、フィデルの飛行機で行ったのです」

 「だれかの招待でハバナに行ったのですか?」
 「フィデル自身の招待です」

 そう、すべてはフィデル・カストロがアレンジしたのだ。ロレンツはニューヨークに戻っていた。父親はヨーロッパへ向け航行中、母親は外国任務でドイツにいた。

 その電話がかかってきたとき、ロレンツは自宅で一人だった。
 国際電話の交換手がたずねた。「マリタ・ロレンツですか?」
「はい」とロレンツが答えた。
「ちょっとお待ちください。首相からです」

 ロレンツは驚いた。首相って、もしや・・・。
受話器の向こう側から、聞き覚えのあるしゃがれ声が聞こえてきた。
「君がいないと寂しい」――。カストロの声だった。「戻ってきてくれるかい?」

「わからないわ。パパは今日、出航したの。一ヶ月は戻ってこないわ」と、ロレンツは困惑しながら答えた。
「だったら、一週間は来られるんじゃないかい」とカストロは言う。そしてスペイン語で「愛しているよ、アレマニータ」と付け加えた。

 この電話から24時間も経たないうちに、3人のカストロの側近がニューヨークの自宅にいるロレンツを迎えに来た。わざわざチャーターしたとみられるクバナ航空の飛行機がアイドルワイルド空港(現JFK空港)でロレンツを待っていた。カストロの待つキューバのハバナまで、まさに一飛びであった。
(続く)

カストロが愛した女スパイ20 「アメリカ外交史(230)」

あいびき
カストロは英雄視されることを好まないらしく、おそらくその理由で自伝を書かせない。そのため、ロレンツと出会った当時のカストロ自身の心情は推測するほかない。

ロレンツの自伝によれば、カストロはかなり積極的にロレンツにアプローチした。おそらく一目ぼれであったのだろう、夕食後、カストロはロレンツの父親に、手紙を翻訳する個人秘書として娘のロレンツを雇いたいと、礼儀正しい口調で申し出た。父親は一瞬、あっけにとられたが、すぐにこう返答した。「実にありがたい申し出ですが、ドクター・カストロ、ちょっとそれはかなわぬことです。娘はニューヨークの学校へ行くことになっているのです。それに娘はまだほんの子供です」

出航時間が迫っていた。ロレンツの父親は出航準備があるため席を立ち、ブリッジへと向かった。残されたロレンツとカストロは、デッキに出た。既に熱帯の太陽は沈み、カラフルな照明が船を照らしていた。船尾のデッキからは、ジャスミンの香りとルンバのリズムが流れてきていた。

二人がデッキに出たので、カストロの部下たちと二人の高級船員も続いた。カストロはロレンツの手を取った。ロレンツは、ハバナ港の素晴らしい夜景を見せるふりをして、6番と7番の救命ボートの透き間にすばやくカストロを引っ張り込んだ。部下と高級船員たちは、そのまま通り過ぎていった。外界から隔てられた二人だけの世界ができあがった。

カストロはロレンツの体を引き寄せると、きつく抱きしめ、キスをした。ロレンツにとって、初めてのキスであった。カストロのあごひげは、キューバ葉巻の匂いがした。

カストロはロレンツに「ああ、愛しているよ」とスペイン語でささやいた。カストロの優しさにあふれた目は、しっかりとロレンツの目を見つめていた。カストロの言葉はこの上なく甘く、ロレンツの耳に響いた。「そばにいておくれ」

「フィデル、それはできないわ。私たちの船は二時間後には出港するの」とロレンツは答えた。
「行かないでおくれ、アレマニータ」とカストロは懇願する。
「駄目よ、フィデル。行きたくないけれど、行かなくては」
「私のところへ来て、一緒にキューバのために働いてほしい。君が必要なんだ」
「戻ってくるわ」
「私が年上すぎるかな? 君はとても若い」
「そんなことないわ。完璧よ」

 それは恋人たちの悲しい別れだった。まるでドラマの主人公になったようでもあった。ロレンツは今でも鮮明に、おそらく生涯を通じて宝物のように大事に、このときのことを覚えているに違いないと感じていた。
(続く)

カストロが愛した女スパイ19 「アメリカ外交史(230)」

カストロとの会食
お下げ髪を解き、ドレスに着替えたロレンツは、父親の部屋へと向かう途中のカストロたち一行に合流した。ロレンツの代わりにカストロたちを案内していた一等航海士は、案内役を再びロレンツに譲った。

ロレンツの父親は既に起きており、上のデッキからロレンツたちを見下ろしていた。「一体、どういうことなんだ?」と、父親は大声でどなった。ロレンツは説明した。「こちらはドクター・フィデル・カストロ・ルス。キューバの指導者よ。船を見学したいんですって。パパに会いたがっているの」

事態を把握したロレンツの父親は、主任船室係を呼んで、サンドイッチとケーキと飲み物を銀のトレイに乗せて持ってこさせ、カストロたちに振舞った。今度は父親がカストロたちを案内する番だ。海図室と操舵室を回り、客室へと案内した。

客室でカストロとロレンツの父親は、飲みながら三時間も話し込んだ。飲んで話をするうちに、二人は打ち解けていったようだ。

カストロが父親に言った。「船長、私は今キューバです。私は山を下りて、革命を成功させましたが、政治については学ぶべきことはたくさんあります。人々に対する約束を守っていかなければならないし、バティスタが残したものを一掃する必要もある」

ロレンツの父親がこれに答えた。「あなたが決してやってはいけないことは、どんな形であれアメリカと不和になることです」

「ええ、そのつもりはまったくありません。絶対に。事実、アメリカと話し合いたいと思っているのです」と、カストロは述べながら、共産主義との結びつきを猛然と否定し、自分たちの革命をヒューマニズムであると呼んだ。

午後6時ちょうど、ロレンツの父親はカストロたち全員をファーストクラスの船長席の夕食に招待した。カストロは、ロレンツとロレンツの父親の間に座った。その際、カストロは、ナプキンにメッセージを書いて、それを折りたたみ、テーブルの下からロレンツに渡した。そこには「マリタ、私のアレマニアータ(ドイツ娘の意)――永遠に。フィデル。1959年2月27日」と書かれていた。
(続く)

カストロが愛した女スパイ18 「アメリカ外交史(230)」

恋の芽生え
 32歳の情熱的な若き革命家カストロと、冒険心に富み怖いもの知らずの19歳のロレンツ―ー。一目見ただけで、お互いに惹かれあったとしても不思議ではなかった。

 その出来事は、ロレンツがカストロをベルリン号のエンジンルームへと案内するエレベータの中で起きた。二人にとって幸いなことに、お付きの兵士たちはエレベータが狭いため乗り込めず、二人だけになったことだった。二人は無言のままだった。カストロはロレンツを見つめ、二人は狭いエレベータ内で密着していた。カストロの息とあごひげが、ロレンツの鼻をくすぐる。カストロの手はロレンツの腰へと回された。

 時間が止まったような気がした。しかし無常にも、エレベータは目的の階に達すると動きを止める。止まる直前、ロレンツは思い切ってカストロに体を預けた。カストロはロレンツを抱きしめた。ロレンツはなおも身を寄せた。ロレンツは突然の恋の芽生えに半ば混乱していたが、この気分が永遠に続けばいいと願っていた。

 エレベータの扉が開くと、ロレンツはカストロの手を取り、油のこびりついた階段を降りて、けたたましいピストンの音が鳴り響くエンジンルームへと案内した。カストロの部下たちは、二人の後を追って、エンジンの上に渡した格子状の通路までついてきていた。カストロは騒音に負けまいと、大きな声でロレンツに自分とキューバについて語りかけてきた。ロレンツはにっこりと微笑み返した。

 やがてカストロは、ロレンツから一時離れ、部下にエンジンルームの説明を始めた。ロレンツにとって、部下たちは邪魔者にほかならなかった。どうやったら二人だけになれるか、ロレンツの頭の中にはそれしかなかった。

 父親が起きる時間まで後40分はあった。そこでロレンツは、カストロの一行をバーに案内することにした。「皆さんに冷えたドイツビールをご馳走します」と言って、許されてもいないのに、つけでベックス・ブレーメンを人数分注文した。ロレンツ自身はウェイターに父親に黙っているように念を押しながら、ラムとコーラでつくる「キューバ・リブレ」を注文した。

 飲み物が行き渡ると、カストロが「自由となったキューバに!」と祝杯を挙げた。ロレンツは「ドイツよ、永遠なれ!」と応じた。

ロレンツはバーで、カストロと楽しい時間を過ごした。しかし、当時ロレンツはバーへの出入りを禁じられていた。一等航海士らが噂を聞きつけて、バーにやってきた。父親が起きる時間も近づいていた。そこでロレンツは、一等航海士らにその場を任せ自室に戻ると、午後のコーヒー・タイム用のドレスに着替えた。
(続く)

カストロが愛した女スパイ17 「アメリカ外交史(230)」

カストロの生い立ち
 ここでカストロの生い立ちにも触れておこう。

 カストロは1927年8月13日、キューバ・オリエンテ州の裕福なサトウキビ農家に生まれた。父はスペインからの移民であった。
 カストロはハバナの私立学校コレジオ・ベレンなどイエズス会の学校で教育を受け、野球に熱中する日々を送った。1944年には、最優秀高校スポーツ選手にも選ばれたという。45年にはハバナ大学法学部に入学。在学中の1948年には、アメリカのメジャーリーグ選抜チームと対戦し、投手として3安打無得点に抑えたこともあったという。50年には法学士号を取得した。

 在学中から学生運動にも乗り出し、革命運動に身を投じてドミニカ共和国の独裁者トルヒーヨ打倒の遠征軍にも参加した。卒業後、1950年から二年間ほどは、弁護士として貧困者のために活動していたが、52年の議会選挙に立候補して政治活動を展開中に、バティスタ将軍率いるクーデターが起こり、選挙の結果を無効にされた。

 カストロは憲法裁判所にバティスタを告発したものの、請願が拒絶されたため、武力によるバティスタ打倒を決意した。
 武装勢力を組織したカストロは1953年7月26日、サンチャゴ郊外のモンカダ兵営を襲撃した。だが、結果は襲撃者の80人以上が死亡し、カストロは逮捕された。懲役15年の刑を受けて服役中、55年5月に恩赦により釈放。二ヵ月後にメキシコへ渡り、そこでキューバ人亡命者を訓練して革命軍を組織した。

 56年12月2日には、メキシコから約80人の亡命者とともに秘密裏にキューバに上陸したが、その大部分は殺され、あるいは逮捕された。このとき生き残ったのは、カストロのほか、弟のラウル・カストロ、有名なチェ・ゲバラ、カミロ・シエンフェゴスら12人だけであった。彼らはかろうじて逃げ延び、シエラ・マエストラ山中に拠点を構え、ゲリラ戦を開始した。この運動は、1953年のモンカダ兵営襲撃にちなんで「7月26日運動」と名づけられた。

 この運動は次第に民衆の支持を獲得し、800人以上の勢力に成長。対するバティスタは17の大隊を送り出し、革命軍討伐に乗り出したが、政府軍兵士の軍務放棄などもあり、数字の上では圧倒的に不利であったカストロの革命軍が勝利。59年1月1日、暴君バティスタをキューバから追い出し、ハバナに凱旋した。カストロは新政権を掌握し、同年二月、首相に就任。まさに、その革命の勝利の余韻が残る二月、カストロとロレンツの運命的な出会いがあったわけだ。
(続く)

カストロが愛した女スパイ16 「アメリカ外交史(230)」

カストロとの出会い4
 ライフルを取り上げようとしている自分に対して、この男はどう反応するだろうか。いきなり怒り出し、ライフルを発射するのではないか。あるいは逆上して、部下に命じて船を乗っ取ろうとするかもしれない。カストロは、ライフルを持っている自分の手に視線を落とした。間髪いれずにロレンツは、不測の事態を予測しながら、言葉を続けた。

「ドイツはキューバと友好的な関係にあります。ライフルは没収します。そうでなければ、乗船は認められません」

 一瞬、沈黙が走ったような気がした。しかし次の瞬間には、カストロは顔に笑みを浮かべながら、降伏した兵士のようにライフルをロレンツに手渡した。その際、カストロの手とロレンツの手が初めて触れ合った。この光景を見ていた船の上の乗客から拍手が沸き起こった。ロレンツとカストロはそのまま階段を登り、船に乗り込んだ。

 カストロはクマのようにひげを伸ばしていたが、精悍な顔立ちをしていた。キューバ軍の軍服と制帽をかぶり、一見恐そうな面持ちだったが、目は澄んで優しそうだった。うつむいたときはちょっと悲しげな顔を見せた。

 ロレンツとカストロの後から、25名の兵士もひとりずつ乗船してきた。ロレンツは彼らにも声を張り上げた。「さあ、腰の銃もはずして、全員武器をこの床の上においてちょうだい!」
 
 兵士の中には不平を言うものも現われたが、カストロが武器を置くよう命じると、みなそれに従った。ロレンツはちゃんと保管して、後で必ず返すことをカストロに約束した。

 カストロは船長にしきりに会いたがったが、ロレンツは午後3時までは自分が船長代理であるとして、自分が船内を案内すると言い張った。実はロレンツは何よりも、カストロの目やその立ち居振る舞いに惹かれ始めていた。彼の射抜くような目や微笑、肉体的魅力を目の前にして、ロレンツは感情が高ぶり、どぎまぎした。

 当時のロレンツは、ボーイフレンドもおらず、キスをしたこともない初心な女の子であった。一方カストロは、葉巻の臭いを漂わせていた。それはロレンツの父の持つ大人の臭いでもあった。そして何よりも、キューバ人民による改革の情熱に燃えた三十三歳の若き革命家であるカストロは、冒険とロマンにあふれた大人の世界をロレンツの目の前に広げて見せてくれたのだ。

 ロレンツは、すっかりカストロに夢中になってしまった。カストロも、若くて快活で、少しお茶目なロレンツがすぐに気に入った。
(続く)

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