不思議な世界(その24) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶11(最終回)

過去、現在、未来は同時に存在しているという考え方は、理解するのは難しいかもしれない。なぜ、すでに起こった過去がこれから起こることなのかという疑問が生じたとしても当然だ。しかし、私たちが知っている過去とは何なのだろうか。「本当に起こったこと」などあるのだろうか、と考えてしまう。「本当に起こったこと」とは、実は私たちが「本当に起こった」と信じているだけではないか、とも思える。

考古学の世界でも、「現在」における発見によって、「過去」がドンドン変わる。たとえば炭素年代測定の導入によって、弥生時代が従来考えられていたよりも500年も早い紀元前1000年ごろから始まったのではないか、とも考えられるようになった。未来も過去も刻々と変化している。

例え話をしよう。二次元世界の住人にとって、線上に順にA,B,Cという点があれば、AからCへ行くには必ずBを通らなければならない。Aから見たら、Cは必ずBの向こう側にある。ところが三次元世界の住人にとっては、空間があるため、BをまたいでAからCに行くことができるわけだ。Bを通る必要はない。当然、Bを通らずにCからAに行くこともできる。

同様に三次元世界の住人にとっては、過去から未来へ行くには現在を通らなければ行けない。ところが四次元世界の住人にとって、過去から未来へと現在を経ずに飛ぶことも、未来から過去へと時間を旅することも容易にできる。四次元世界では過去、未来、現在は一体として存在するからだ。安禄山と西丸のケースや、ゲーテのデジャビュ現象を思い出せばいい。

このことを理解するには、エドガー・ケイシーが過去生だけでなく、自分の未来生もリーディングしていることを思い出すべきであろう。ケイシーは1998年と2100年ごろに再び地球に転生し、どのような人生を歩むかを克明に述べている。つまり、ある時点における未来はすでに完了している。過去生を思い出すという表現を使うならば、未来生を“思い出す”ことも可能であるのだ。過去と未来、現在は同時進行で起こっている。

さて、輪廻転生が事実で、かつアトランティス文明があったとすれば、正木和三の体験は真実であった可能性が強くなる。最後に、正木和三のほかにアトランティスの記憶を持つ人達を紹介しよう。

秋山眞人は、かつてアトランティスにいたのは間違いないと言う。手元に取材メモがないので正確ではないかもしれないが、秋山は前世でレムリアの王子の従者であったという。その王子がアトランティスにやって来たので、お供をした。秋山はアトランティスの最後にも立ち会うことになり、山のように巨大な津波が大陸を襲うのを目撃したという。

ミュージシャン喜多郎のところでかつて瞑想を教えていた梅本利恵子にも、アトランティスの記憶があるという。梅本によると、アトランティス時代の同時期に一緒にいた魂たちが、現代の日本にも多数転生してきている。そして、そのことを覚えている人も多く、そういう人達が出会うと「きゃ~、あの時、あの塔にいた何々ちゃんが、今のあなたなの!お久しぶり~」と、まるで同総会で出会ったときのような会話が交わされることがあるのだという。

なぜ、アトランティスの記憶を持つ人が今の時代に多くみられるのだろうか。「(科学技術の悪用によって滅んだという)アトランティスの過ちを二度と繰り返さないために、自分たちの意思で転生してきたのではないか」と秋山は言う。

カルマの法則が働いているのだろうか。そうであるならば、私たちの「今の決断」しだいで、未来の地球だけでなく、過去のアトランティスを救うことができるのかもしれない。
(文中敬称略)

(主要参考文献)
ジェニファー・ウエストウッド『失われたアトランティス』(主婦と生活社)
E・B・アンドレーエヴァ『失われた大陸』(岩波新書)
正木和三『驚異の超科学が実証された』(廣済堂)
マリー・エレン・カーター『エドガー・ケイシーの予言』(たま出版)
渡辺豊和『発光するアトランティス』(人文書院)

今日で「アトランティスの記憶」シリーズは終わります。明日からは「ハーバード経済日誌」を再開、また金曜日に「不思議な世界」に戻ります。今度のテーマは幽体離脱の話です。
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不思議な世界(その23) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶10

私には前世の記憶がない。メーテルリンクが『青い鳥』の中で示唆しているように、人間として新たに生まれてくるときに記憶を失ってしまうからかもしれない。しかし、時々面白い夢を見る。

夢の中で、私は「今の私」ではない。性別も違うし、年齢も違う。時々、女の子だったりする。出てくる家族も知らない人ばかり。その中でストーリーが展開していくので、何のことかよくわからない。どこかで見た映画の記憶かとも思ったりするが、思い当たる映画はない。これが前世の記憶かなとも思う。

とにかく、今の自分ではない「私」の夢だ。女性である自分の夢などというと、女性になりたい願望がそのような夢を見させるのだ、などと心理学者に解釈されてしまいそうだが、そうかもしれないし、そうでないかもしれないとしかいえない(そもそも向きになって否定しても、逆に怪しまれるだけだ)。

生まれ変わりについては不思議な話は数多くあるが、西丸震哉の話は、いつもの例にもれず、極めて変わっている。西丸震哉の幽霊の話で紹介したように、西丸は銀座の料亭で霊能力者の女性に前世を見てもらった際、かつてアイヌの酋長の息子や、中国・玄宗皇帝に仕えた安禄山(705~757年)であったと言われた。しかも、安禄山の顔は今の西丸とそっくりの顔をしていたという。

西丸は合点がいかない。自分は中国人のような顔をしていないからだ。そこで安禄山について調べてみた。すると、確かに安禄山は漢民族ではなく、西域人の混血であった。そして、醜怪な姿で腹が途方もなく膨れて垂れていたとある。だがおかしなことに、そのように醜い姿をしていたのに、楊貴妃とは愛人関係だったらしい。

「筋が通らない話だな、私が安禄山であったというのは、やはりたわごとだったのか」と、西丸が自宅の書斎で思索にふけっていたときだ。後ろの暗い片隅に人が立っているのに気が付いた。黒い「ドバーッとした服」を着た男で、変な帽子をかぶっている。よくみると顔は西丸に似ている。

「どなた?」と西丸が聞くと、その男はニッと笑って「誰だと思う?」と聞き返す。
「う~ん、安禄山!」
「その通り」

安禄山は、西丸が安禄山について解せぬことがあると考え込んでいるのを知って、過去から駆けつけたのだという。

安禄山は西丸と合体し、玄宗皇帝の時代に連れて行き、西丸が疑問に思っていたことをすべて解き明かす。安禄山との会話は、日本語でも古代中国語でもなく、「お互いの言語でしゃべっている内容が頭の中に押し込まれるみたいに理解される。テレパシーみたいなものか」と西丸は書いている。つまり正木和三が、知らないはずの「アトランティス語」を理解できたのと同じ仕組みだ。

過去の人物でありながら現在に出現した過去世の西丸震哉である安禄山。西丸はもちろん、この話を事実として書いている。西丸と安禄山の二人が出会うということは、過去世の自分と今生の自分は同時に存在することを意味している。

「自分」という意識(存在)は常に時間を超越して存在する。それが宇宙の法則であるような気がする。
(続く)=文中敬称略

不思議な世界(その22) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶9

輪廻転生を科学的に証明できるのか。非常に難しい問題だ。幽体離脱や臨死体験を論じる際にも必ず指摘されることだが、脳が作り出した幻影や錯覚である可能性もあるからだ。

確かに、そういう場合もあるのかもしれない。しかし、それではどうしても説明できない事例も多くあることを忘れてはならない。しかもこの現象は、人類が昔から普遍的に“経験”してきたものでもあるのだ。それは、それぞれの国の古典や記録にも残されている。

たとえば、平田篤胤は『勝五郎再生記聞』で、多摩郡中野村の農家の子が1822年、8歳のときに自分の前世を語りだした事実があったことを詳細に記録している。

いずれ別のシリーズで詳しく取り上げるが、スウェーデンの著名科学者兼神学者エマヌエル・スウェデンボリ(英語名ではスウェデンボルグ、1688~1772年)も、輪廻転生の事例をいくつか挙げ、霊界のような世界が存在することを明らかにしている。

現代では、ヴァージニア大学の精神科医スティーヴンソンが、1961年から生まれ変わり事例の実地調査を始め,1997年に「生まれ変わり」の信憑性が高い225例の調査報告を発表している。

その簡単な例を挙げると、ある村で生まれた子が幼少時に、その村とは縁もゆかりもない、距離的にもかなり離れた村のことを克明に覚えていて、その村で死んだものであると語りだす場合などだ。実際にその村に訪れて初めてそれが確認できる。

あるいは、生まれてきた子供に先天的な母斑(ほくろやそばかすなど)や身体欠損があり,それが「前世」の人物が死んだ際の身体的特徴と酷似していたり、その子供が「前世」の人物の死亡時の様子や家族関係、住んでいた場所などを感情的に語ったりする場合もある。

これらの例は、かなり輪廻転生の可能性が高い。つまり、村ぐるみで捏造したのでもなければ、偶然の一致でもない事例。かといって霊的に人格憑依があったわけでも、死者の状況を遠隔透視したわけでもない事例であったといえる。

さらに最近では、退行催眠で「前世」を思い出すことにより癒される事例が多くあることも確認されている。そうした事例は、ブライアン・ワイス博士の『前世療法』などに詳しい。

このような状況証拠を公正に判断すると、そのメカニズムはともかく、輪廻転生という現象は否定できない事実であるとしかいいようがなくなるわけだ。
(続く)

不思議な世界(その21) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶8

アトランティスはおそらく実在したのであろう。しかし、アトランティスの神官であったとする正木和三の話が本当であることを証明するには、輪廻転生についても検証しなければならない。

私は1980年9月から81年6月にかけて、イギリスのケント大学に留学していたが、その大学生活が始まる少し前の7月か8月に、ダライラマの輪廻転生についてBBCがドキュメンタリー番組を放映したのを覚えている。

このBBCが制作した番組は輪廻転生に対する偏見をなるべく廃して、チベットの神秘についてまじめに取り上げていた。私はこの番組を見るまで、輪廻転生には懐疑的であった(潜在意識においては肯定していたが、すくなくとも表面的には否定論者であった)。しかし、私がホームステイしていたそのイギリス人家族も私も、この番組を見た後は、ひょっとしたら輪廻転生はあるかもしれないと思うようになった。

私が輪廻転生に懐疑的だった背景には、母の影響もある。幼少のころ(多分幼稚園児のころ)、メーテルリンクの『青い鳥』を母と一緒に読んでいると、未来の国でこれから人間の体に生まれようとする魂たちが並んで話をしている場面が出てきた。

私はその場面にすごく感動し、母に「みんなこういう風にして生まれてくるの」と聞いた。そのときの母の答えがすごかった。「こんなのは作り話よ。魂が転生するなんて聞いたこともない」

「では人は死んだらどうなるの」と私は聞いた。
「死んだら真っ暗闇があるだけよ。生まれる前も真っ暗闇だったでしょ」
「暗闇だけ?」
「そう、何もない暗闇だけ。魂の転生など、そんなこと考えるのはやめなさい」

非常に現実的な母だったな、と思う。しかし母の答えは、幼少の私には衝撃だった。トラウマになったとまでは言わないが、輪廻転生について考えるのは幼心に封印してしまったような気がする。そして、その経験をイギリスにまで引きずっていたのだ。

封印が一度解けてしまえば、こちらのもの。後は輪廻転生が実在するかどうかを科学的に分析すればいいだけだ。
(続く)=文中敬称略

不思議な世界(その20) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶7

これだけ詳細にアトランティスを描写したケイシーだが、今でもケイシーの能力を疑っている人がいるのは、ケイシーの予言の多くが外れていることが大きい。たとえば、1998年までに日本は大部分が海中に沈むにちがいないとケイシーは予言しているが、幸いなことに2005年現在、日本列島は一応原形をとどめている。同じころまでに、ヨーロッパやアメリカ大陸でも陸地が海中に没するような地殻変動が起こると予言したが、これも実際には起きていない。

しかし、こうした予言が外れたことを理由にケイシーの信憑性を断じるのは間違っている。それはケイシーの予言に関する次の発言からもわかる。

ケイシーは言う。時間や空間は、三次元という私達の限られた条件のもとで使用するための単なる概念にすぎない、時間と空間こそ、人間が作り出した幻覚にすぎないのだ、と。アカシックレコード(「神の記録帳」「魂の記録庫」)から未来を知ることができる、なぜなら、すべての時間は一つであり、過去、現在、未来は一体であるからだともケイシーは言う。

これはデジャビュ現象で私が直感的に知った仮説とも一致する。過去、現在、未来はそれぞれ連動しているとみるべきだ。現在が変われば、未来と過去も変わる。ケイシーの予言は外れたではないかと鬼の首を取ったかのように批判する研究家もいるが、実はこの時間に関する真理を理解していないことから生じる誤認であるといえる。

ケイシーは予言に関してこうも言う。「たとえ予言で日時や場所、人が特定されていても、それには一定の期間や修正の幅がある」「しばしば、期間の変更をもたらすような変化も起こる。スーやラーを崇拝する僧侶たちは、真の神の奥儀をエジプトから追い出してしまったために、変化が生じてしまった」

ケイシーの言うことが正しいとすると、過去や未来は決まっていない。同様に私たちの過去生も未来生も決まったものではない。それは、三次元的表現を使えば、“同時進行”しているからだ。今生を変えれば、それは過去生や未来生にも影響する。

すると、現代の科学技術利用の有様がアトランティスの科学技術の有様と連動していることがわかる。アトランティスの人々がそれを誤用したのだとすると、それは現代の人々が誤用していることの裏返しとなる。

このように時間の概念を正確に理解したときに初めて、ケイシーの予言が理解できるわけだ。そして、アトランティスの教訓を学ぶことも可能になる。

不思議な世界(その19) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶6

エドガー・ケイシーのリーディングによると、人間がこの地球に住み始めたのは、約1050万年前。数多くの地殻変動があり、その間に20万年にわたり文明があった。最後は三つの大変動が数千年間隔で起こり、紀元前1万100年ごろ、アトランティスとみられる「最後の文明」が滅んだという。

アトランティスの人々は、今日のアメリカのように豊富な資源と才能に恵まれ、科学を重んじた。ガス気球を用い、テレビやラジオも発明、空や海の中を進む水陸両用の乗物も持っていた。最後には、太陽エネルギーを転換する秘法を解き明かし、「偉大な水晶体」を使って太陽エネルギーを活用した。「偉大な水晶体」は「火の石」もしくは「ツーオイ石」とも呼ばれ、神との交信に使われたり、病気を治療するために用いられたりもした。

このようにアトランティスの人々は非常に進歩していた。信仰面では、神のシンボルとして太陽を用い、一つの神を崇拝した。ところが、やがて人々は神の贈り物である人間の能力を誤用、次第に衰退して行き、最後には自滅したのだとケイシーは言う。

では、具体的にはどのような誤用があったのか。ケイシーは「水晶体」の誤用、乱用があったという。つまり、本来なら人類の幸福のために使われるべき太陽エネルギーを、一部の権力を握った人達が破壊に使ったのだ。

きっかけは偶発的だったともケイシーは言う。水晶体が偶発的に高水準に調節されたことにより、地球の火山活動が誘発され、結果的に地球上に大洪水をもたらしたのだという。

最初の破壊は紀元前1万5000年前ごろ起こり、最後は紀元前1万500年。一連の破壊により、アトランティス大陸は5つの島に分かれ、アトランティスの滅亡がエジプト、ギリシャ、インカの始まりとなった。アトランティスの生き残りの一部はエジプトやインカに逃れたらしい。アトランティスと同時期に存在した古代レムリア大陸も水中に没した。

アトランティスの貴重な記録は、エジプトに逃れた一派によりスフィンクスの右前足とナイル川の間の秘密の部屋に保存された。その記録の中には、アトランティスの科学、文学、歴史、法律だけでなく、地球の過去、現在、未来を解説する文献も含まれている。その記録の一部が、あるいは口伝による歴史の一部が、ソロンからプラトンへと伝達されたのであろうか。

ケイシーによると、アトランティスの記録については、グッドニュース(いい話)とバッドニュース(悪い話)があるようだ。グッドニュースは、それらはやがて発見されるということ。バッドニュースは、「人類が地球的変動を経験するまで秘密の部屋は開かれることはない」ということだ。
(続く)

不思議な世界(その18) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶5

プラトンの伝えたアトランティス伝説をめぐっては、様々な角度から研究や調査が実施された。それは現在に至るまで続いている。

エジプトとメキシコ・ユカタン半島にあるピラミッドを比較することにより、アトランティス文明の実在を証明しようとする学説や、大西洋の海底にはアトランティスの存在を示すいかなる痕跡も見つからないとする地質学的調査結果などが発表されている。

いずれの場合でも、アトランティスの実在性を根本的に肯定したり、否定したりする十分な確証というものは出てきていない。

そうした議論の一つに、先に述べた“眠れる超能力者”エドガー・ケイシーがリーディング(半睡眠、あるいは催眠下で過去や未来を透視すること)によって明らかにしたアトランティスの歴史がある。

ケイシーは1877年、米国・ケンタッキー州の農場の子として生まれた。彼は子供のころから、亡くなった親戚の「幻影」を見て、彼らと話をしたり、学校の教科書の上に頭を乗せて眠る、つまり教科書を枕にして眠るだけで内容を覚えてしまったりする(うらやましい!)という離れ業をやってのけたとされている。

そんなケイシーが21歳のとき、声がほとんど出なくなるという奇病にかかった。医者たちはあの手この手を使って治療を試みたが治らない。ケイシーは最後の手段として、かつて教科書を記憶したのと同じ潜在能力を用いて、自分自身を治すことができないかと考えた。

友人の催眠術師に協力してもらって催眠状態になったケイシーに対し、催眠術師はケイシーの症状を問いただした。するとケイシーは、病気の原因と医学的に適切な治療法について、うわ言のように喋りだした。そして、その通りにすると、彼の声は再び出るようになったのだ。

これ以降、ケイシーは催眠中に、まるで医者のように患者の病気を診断し、治療法を教える力に目覚めた。この方法を使って、1945年に亡くなるまで、約1万4000件の病気の治療法や予言、それにいろいろな問題の解決法を残した。

その中でケイシーは、転生が事実であること、過去世でアトランティスにいたことがある実体が現代に多く生まれ変わってきていること、今生でその人間が直面している問題と過去世とは大きくかかわっていることなど、人間の知られざる驚異的な事象や歴史、アトランティスの高度な文明について明らかにしていった。(続く)

マティラ

不思議な世界(その17) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶4

正木和三の驚異的な体験を理解するには、二つの可能性について言及しなければならない。一つは、アトランティスは実在したのか、実在するとしたらどのような文明を持ち、どうなってしまったのか。二つ目は、輪廻転生がありうるのか、という問題だ。

今から1万年以上も前に、アトランティス大陸があったなどというと、たいていの歴史学者や考古学者は笑い出すにちがいない。ましてや、正木和三のように「私は当時、神官でした」などという話は、信じろといわれても無理というものだ。

にもかかわらず、そんな幻の大陸が今日までなお、ロマンと謎をもって実在したかもしれないとして議論されるのは、紀元前350年ごろ、ギリシャの哲学者プラトン(紀元前427?~同347年?)がエジプトの神官から聞いた話として、『ティマイオス』『クリティアス』という対話篇に書き記していたからだ。対話篇自体は、ソクラテスと3人の友人が架空の問答を交わす形式で書かれている。

その対話篇では、プラトンの母方の祖父に当たるクリティアスがその祖父の大クリティアスから子供のころに聞いた伝説として、アトランティスが登場する。大クリティアスが父親のドロビデスから聞いたという伝説で、そのドロビデスもまた、友人のソロン(紀元前640ごろ~同560年ごろ)から聞いている。ソロン自身は、エジプトのサイスで太古の記録文書を保管する神殿にいた老神官からアトランティス伝説を聞いたのだという。

まるで秘伝ように語り継がれてきたその伝説によると、紀元前1万年ごろ、ジブラルタル海峡の外側、すなわち大西洋の彼方に北アフリカと小アジアを合わせたよりも大きいアトランティスという名の島(大陸)があった。アトランティスは周辺の島々だけでなく、エジプト以西のリビアやトスカナ以西のヨーロッパをも勢力下に置く大帝国を築き上げていた。首都の中心には王宮と海神ポセイドンを祭る神殿があり、神殿は黄金、銀、象牙、そして炎のように輝くオルハリコンと呼ばれる謎の金属で飾られていた。

アトランティスは全部で10の王国に分かれ、それぞれの国を統治する10人の王たちは、ポセイドンと人間の女であるクレイトーとの間に生まれた五組の男子の双子の子孫であった。王たちは、アトランティスという名の由来ともなったポセイドンの長男アトラスの一族を宗主としてそれぞれの国を治めていた。

アトランティスの人々は初め、神の心を持ち、美徳を重んじ、物欲を軽蔑していたらしい。ところが、世代を重ねていくうちに神性が薄められ、人間の気質が優位を占めるようになり堕落。よこしまな欲望に染まり、力の誇示を始める。やがてヨーロッパ全域を蹂躙しようと侵略を開始した。

これを見た神々の王ゼウスは、堕落したアトランティスに罰を下そうと考え、すべての神々を最も尊い殿堂に集めた。

ゼウスがこの会議で何を言ったかは、プラトンの対話篇がここで唐突に終わっているためわからないが、いずれにしても、プラトンが対話篇の別の箇所で述べているように、恐ろしい地震と洪水などの異変によって、アトランティスは海中に没したのだ。そして、ヨーロッパとの大戦争の記録がエジプトの古文書に残され、ソロンの知るところとなった。
(続く)=文中敬称略

不思議な世界(その16) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶3

二人の訪問者が明かしたいきさつは、にわかには信じられないような話だった。それは次のようなものだ。

二人は来日する一年ほど前にエジプトへ行ったときに、まったく思いがけなくエジプトの神官と名乗る人物に出会った。その神官は二人に歩み寄ってきて、手に持った不思議な石を見せながらこう言った。「この石は6000年も昔からエジプトの神官が受け継いできたものだ。あなた方は近いうちに日本に行き、必ずこの石の持ち主に会うことになっている。これをその人に渡してください」。そして神官は、その石を二人に手渡した。

二人は驚いた。そのときは別に日本に行く予定もなかったし、誰だかわからない人間に一体どうやって石を手渡したらいいのか見当もつかなかった。だが、その神官が「石の持ち主は必ずわかる」と言い張るので、石を預かったという。

そうしたら本当に、仕事の都合で日本に行くことになり、二人は何かに導かれるようにして正木和三にめぐり合った。そして会った瞬間、直感的に「この人が持ち主だ」と思ったという。

その石は何なのだろうか。エジプトの神官は6000年前から受け継いで来たと言ったほかは、石について詳しくは教えなかった。そのため正木も、その石を手渡した二人も、何の石なのか知る由もなかった。

ところが、その後間もなく、さらに驚くべきことが起きた。正木和三がその石の話を講演会で話したところ、参加者の一人が突然、感極まって泣き出したのだ。

その人は女性で、正木が「どうしたのかな」と訝っていると、その女性はにわかに、周りの人が誰も理解できないような言語で正木に向かって喋りだした。

その場にいた誰もが、それまで聞いたこともないような言語だった。そう誰も・・・。正木以外は。

不思議なことに、正木にはその言葉の意味がはっきりとわかったのだ。正木もつられるように無我夢中で同じ言語をしゃべりはじめた。もちろんそのときまで、正木はそのような言語を聞いたこともなければ、話したこともなかった。同時に頭の中では、その言葉を完璧に理解していた。

周りの人は皆、唖然とするしかなかった。正木が後に解説するには、女性はその石がアトランティスの神官が持っていた聖なる石で、正木がその神官だったとアトランティスの言葉で話したのだという。そしておよそ1万年以上の時が過ぎ去り、神官の石は巡り巡ってかつての持ち主である正木の手元に返ってきた。実はこのように玉が持ち主に戻ることを「完璧」というのだ、と正木は言う。

(続く)=文中敬称略

不思議な世界(その15) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶2

ビミニ群島の海底遺跡は、学術調査とは別にある研究家たちの注目を集めた。というのは、それより28年前の1940年に、エドガー・ケイシーというアメリカの“超能力者”が「アトランティスの首都・ポセイディアが再び浮上する。1968年か69年に予期されている。そう先のことではない」という内容の予言をしていたからだ。

しかもその場所については、「フロリダ海岸沖のビミニとして知られるところに近い海底の泥土の下から、かつて大陸の最高所であったポセイディアの神殿の一部が発見されるだろう」と1933年に明確に指摘していた。

ケイシーが詳述したアトランティスについては後述するとして、正木和三はこれをきっかけにして、自分はもしかしたらかつてアトランティス人であったのではないだろうかと思うようになった。そのときすでに正木和三は、宇宙の「高次元生命体」からインスピレーションを得て、過去何度も日本で生まれ変わり(転生)をしていたことを知らされていたからだ。輪廻転生が事実で、アトランティスが伝説だけの大陸でないなら、自分が過去生においてアトランティスの住人であったとしても不思議ではない、と考えた。

それから十数年経った1986年10月16日。その考えをさらに決定的にする出来事が起きた。その日、正木和三は全く見ず知らずの二人の外国人の突然の訪問を受けた。

アメリカ人の学者と企業コンサルタントらしく、二人は正木和三に会うなり、「あなたこそ、この石の持ち主に違いない」と言って、直径四センチほどの奇妙な円盤型の石を手渡した。それはキュウリを輪切りにしたような色と模様をした、メノウに似た宝石のようだった。

正木がその石を手に持つと、手のひらの中で熱くなった。そして、その石が正木の元にまで届けられたいきさつをその二人から聞かされたとき、「こんなことがありうるのだろうかと狐につままれた気持ちになった」と、正木は言う。

そのいきさつについてはまた明日の日記で。
(続く)=文中敬称略

不思議な世界(その14) 「不思議な世界(409)」

アトランティスの記憶1

この世界には、アトランティスの“記憶”を持つ人がいる。「そんな、まさか」と思うかもしれないが、信じられないほど大勢いるのだ。しかも克明に当時のことを覚えているため、アトランティスが存在したことを否定するのは難しくなってしまう。

中でも、以前紹介した正木和三(故人)の体験には、思わずうなってしまう。正木は大阪大学工学部工作センター長を務め、定年退職後は岡山のバイオベンチャー企業「林原」の生物化学研究所で新製品の発明・開発を担当した理科系の発明家だ。精神世界関連の本も多数書いている。

私が正木和三を取材したのは、1986~87年ごろ。当時はゴルフでエージシュート(自分の年齢かそれ以下のスコアでラウンドを回ること)を達成したからといって、ご丁寧にテレホンカードをいただいたこともある。

正木和三は私にアトランティスに関する不思議な話をしてくれた。その話によると、正木和三は小学生の頃から毎月1度、必ず同じ夢を見続けた。どこの場所かはわからない石畳のある町の風景だった。その道の脇には全く透き間のない石組みが延々と続いていた。正木和三にとって心当たりはまったくなく、「不思議な夢を見るものだな」と思わずにいられなかった。

ところが1970年ごろのある日、何気なくテレビを見ていると、何と夢とまったく同じ風景の映像が目に飛び込んできたではないか。それは、米国・フロリダ沖のバハマ諸島ビミニ群島近くで、1968年に発見された奇妙な巨石の構造物らしき海底遺跡を撮影した影像であった。

正木和三は驚いた。さらに不思議なことに、それまで四〇数年間続いていきた毎月一度の不思議な夢が、その日を境にぷっつりと途絶えたのだ。

その海底の遺跡というのは、約1・2キロ続くJ字型の巨石道路や長さ100メートル、幅10メートルの石の壁などでできた遺構らしきもので、一部の考古学者の間でビミニロードと呼ばれ、水没した古代の遺跡ではないかとして格好の研究対象となった。

一体、これらの遺跡と思われるものは何なのか。ただの自然の造形によるものなのか、あるいは人類がまだ知りえていない古代巨石文明の建造物の一部なのか、多くの研究家が実地調査をするために、ビミニ群島を目指した。
(続く)=文中敬称略

ハーバード経済日誌(その91) 「ニュース(231708)」

新たな世紀の裁判ショー(マイケル・ジャクソン裁判)

OJ裁判のほとぼりも冷め、静かな新世紀を迎えられると思ったら、今度は新たな世紀の裁判ショーが始まった。児童虐待罪など複数の罪に問われているポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンの裁判だ。

メディアの注目度・加熱度は、OJ裁判のときと同じ様相を呈してきた。1月31日に開かれた初公判では、無実であることを誇示するかのような白のスーツに身を包んだジャクソンが、裁判所周辺に集まったファンや報道陣にVサインを送るなどのパフォーマンスを見せ、全米メディアが大々的に報じている。

すでにメディアを使ったイメージ戦争は始まっている。OJのときのように無罪を勝ち取れば、それだけ名声を得ることができる弁護団のそろばん勘定。奇行癖など何かと話題性があるため、マイケル・ジャクソンの一挙手一投足を興味本位で取り上げるマスコミの好奇心。「マイケルは黒人の英雄」的なイメージを守ろうとするジャクソン・ファンの熱狂。それぞれの思惑が交錯する中、ジャクソンはこれからも、扇情的なマスコミの犠牲者であるとの「悲劇の黒人ヒーロー」を演じていくだろう。

メディアはこれをどう伝えていくべきなのだろうか。OJ裁判のときは、メディアが提示する事件の真相と、報道から隔絶された陪審員が知りえた事件の真相とは明らかに異なった。しかし、これから選ばれる陪審員もすでに加熱したメディアの情報にさらされている。弁護側や検察側がこれから示す事件の真相の数々も、多分に演出されたもの違いない。

本当に公平で公正な裁判などあるのだろうか。おそらく、世界中どこの国にも存在しないのかもしれない。

その中でメディアができる唯一の仕事は、センセーショナルに書きたてることではなく、検察側にせよ、弁護側にせよ、いかなる政治的な情報操作にも影響されずに、冷徹に裁判を分析していくほかないだろう。もっとも、買収による大企業支配が進む中、すっかりショー化した米ニュースメディアに、冷徹な分析など求めるのは無理かもしれないが・・・。

裁判は評決が出るまで半年近くかかり、もし有罪となれば、20年以上の実刑が科せられる見込みだという。

新宿

ハーバード経済日誌(その90) 「アメリカ生活のあれこれ・・・(31030)」

世紀の裁判ショー3(O・J・シンプソン裁判)

O・J・シンプソン事件はアメリカの暗部を象徴する出来事でもあった。一つは人種の問題。黒人に対する(とくに陪審員の)根深い偏見から、黒人が公正な裁判を受けることができないのではないかという不満が黒人社会には渦巻いている。

二つ目は貧富の問題。富める者は優秀な弁護士を雇えるが、貧者はそうした弁護士を雇うのもままならず、有罪や敗訴になる可能性が強まる。三つ目は陪審員制度など司法制度そのものに内包する矛盾という問題だ。

授業の討論でも、やはり人種と貧富の格差問題が議論の中心となった。とくにラテンアメリカの学生から、アメリカ司法制度への激しい批判があったのは興味深かった。それは「アメリカではカネで正義も買える」というもので、それを聞いたマービン・カルブは耳をふさぐ仕草をして「聞きたくない」というジェスチャーをしたのが印象に残っている(ラテンアメリカの国々の司法制度の実態も調べてみれば埃がたくさん出るかもしれないが、授業ではそのテーマで話し合うことはなかった)。

アメリカ人として聞きたくない現実というものが、OJの事件の中に凝縮されている。状況的には完全に有罪と思われる事件の容疑者が、なぜ刑を免れることができたのか。実際民事では、犯人であると事実上断定されている(これには、刑事と民事では立証責任の程度に差があることも背景にある)。

もちろんどの国の司法制度にも欠陥はある。アメリカでは、陪審員の人種構成比が判決を左右するのではないかとの見方が強い。OJの裁判がまさにそれで、陪審員が選ばれる地域により判決が左右されることはほぼ事実であろう。事実、「無罪」の評決が発表された直後にCBSが行った世論調査では、白人の約六割が評決を「誤り」だとしたのに対し、黒人の約九割が評決は「正しかった」と回答したという。

OJの弁護士団は結局、こうした制度上の問題や人種の問題をうまく利用した。メディアも、弁護士の主張を大々的に報じないはずはなかった。だがアメリカの徹底しているところは、陪審員は公判が始まってから結論を出すまでの九ヶ月間、ホテルに缶詰になりテレビはおろか、新聞も読めなくなることだ。つまり陪審員は情報から隔絶された“牢獄”に入り、事実上24時間監視されることになる。これにより陪審員は「メディア操作」から逃れられるというわけだ。

しかし法廷という戦場では、弁護士による情報操作が極めて大きなウェートを占める。高額な報酬を請求する優秀な弁護士であればなおさらだ。

事実、陪審員の中には、「もしテレビなどのニュースを見ていたら、無罪とはならなかったかもしれない」という趣旨の発言をしている人もいたという。メディア操作がいいのか、弁護士による操作がいいのか、あるいは検察側の情報操作がいいのか、アメリカ社会はいつも究極の選択を迫られているようだ。

ハーバード経済日誌(その89) 「アメリカ生活のあれこれ・・・(31030)」

世紀の裁判ショー2(O・J・シンプソン裁判)

1995年1月24日から始まった裁判で、OJは一貫して無実を訴えた。裁判は全米が注目する中、すべてが異様な雰囲気の中で進行した。報道は過熱する一方だった。

その異様さの背景には、1992年に起きたロス暴動があった。黒人男性ロドニー・キングが白人警官四人から暴行を受け、その様子がビデオで公開され、全米の関心事となった。ところが警官は白人住民の多い地域で裁判を受けて無罪となったことから、黒人住民らが暴動を起こしたのだ。

ロス暴動の悪夢を繰り返すことはできない、と様々な配慮がなされた。裁判官には黒人でも白人でもない、日系人を任命。裁判管区も白人優位のサンタモニカを避け、白人の比率が比較的少ないダウンタウンに変更された。その結果、最終的に選ばれた陪審員12人の構成は、黒人8人、白人1人、中南米系2人、白人とインディアンの混血1人となった。加えて検察側は、有罪となっても死刑を求刑しないと宣言するなど異例の事態となった。

ほとんどの証拠はOJが犯人であることを示していた。OJにはアリバイがなく、凶器とみられるナイフも事件前に購入していた。現場の血痕のDNA鑑定もOJに不利であった。しかも、殺人の1月前には殺害されたニコールに対しシンプソンは「お前が別の男と一緒にいるのを見たら殺す」と脅している。

それでもOJは無罪となった。優秀なOJの弁護団が、警察の致命的な捜査ミスと「人種差別主義者の刑事」によるでっち上げがあったと主張。実際に、捜査ミスと黒人差別用語を連発する白人刑事がいることが公判でも明らかにされた。その結果、この弁護団の主張が陪審員に受け入れられ、95年10月3日無罪の評決が下された。

しかしその後、被害者の遺族らが起こした慰謝料請求裁判では、事情はまったく違った。陪審員が白人9人、黒人1人、中南米系一人、黒人とアジア系の混血一人と白人優位の構成となった民事裁判では、OJは二人の殺害に責任があることが認められ、850万ドルの補償賠償支払いと2500万ドルの懲罰賠償支払いが命ぜられた。

以上が一連のO・J・シンプソン事件の顛末だ。この裁判はアメリカが抱える大きな問題である人種問題、貧富問題、制度上の問題の三つを浮き彫りにした。授業でもこの3つの問題点についての議論が白熱したが、その模様は明日の日記で。

ハーバード経済日誌(その88) 「アメリカ生活のあれこれ・・・(31030)」

(その88)
世紀の裁判ショー1(O・J・シンプソン裁判)

「昔の報道機関は裁判など取材しなかった」と、マービン・カルブは言う。かつて(おそらく1950年代~60年代)アメリカでは、裁判はプライベートなことであり、報道機関が踏み込むべき場所ではないという意識があったのだという。しかし今は、そんなことはない。メディアは、可能な限りそのプライベートな部分に踏み込もうとする。

今日では、裁判はメディアが大々的に取り上げるショーとなった。その中でもとくに大々的に取り上げられた出来事が、元プロフットボールの花形スター選手O・J・シンプソン(以下OJ)が容疑者とされた殺人事件の裁判だった。事件のあらましは次の通りだ。

事の発端は1994年6月13日午前零時一〇分ごろ。ロサンゼルス市内にあるOJの元妻ニコール・シンプソンの自宅玄関先で、ニコールとボーイフレンドのロナルド・ゴールドマンの惨殺死体が見つかった。あたり一面は血の海で、犯人のものと思われる靴の跡や手袋の片方(左手用)が落ちていた。

午前5時頃、現場から約2マイル離れたシンプソンの自宅を訪ねた刑事が、敷地内に止めてあったシンプソンの車フォード・ブロンコを見つけ調べたところ、運転手側のドアに血痕が付着していた。家の中には友人のカトー・カエリンと娘のアーネル・シンプソンがおり、シンプソンは前日の午後11時前にシカゴ行きの深夜便の飛行機に乗るといって家を出たという。

シンプソンの家のゲスト・バンガローの裏庭の通路では、右手用の手袋が発見された。死体発見現場で見つかった手袋と同じものだった。フォード・ブロンコ内からも血痕が見つかった。

そのころOJは、確かにシカゴにいた。そこで「事件のことを知って」トンボ帰り。ロス市警の事情聴取を受ける。OJは、死体が発見された日に手を怪我し、その血がフォード・ブロンコに付着したのだと供述した。

物的証拠や状況証拠は、OJ犯行説を裏付けるものばかりだった。OJの自宅寝室からは血のついた靴下が発見され、事件が発生した時間に25分間ほどOJはかかってきた電話に出なかったこともわかった。後に証言を拒否されたが、その時間帯にフォード・ブロンコを運転するOJを目撃したとの証言もあった。OJの家で発見された手袋には被害者の血痕がついていたこともDNA鑑定で判明。現場の靴跡もOJの靴のサイズと一致した。

これだけ証拠がそろえば後は逮捕しかない。六月一七日には逮捕状が交付されたが、OJは制止を振り切り、フォード・ブロンコで逃走。その様子をメディアがヘリコプターから撮影、全米にテレビ放映するなど大捕り物劇が展開された。午後八時前、自宅に着いたOJを警察のSWATチームが取り囲み、一時間後にようやく車から降りてきたOJを逮捕した。

全米の話題はOJの捕り物劇でもちきり。メディアは当然、トップニュースでこれを伝えた。まさに、これから始まる世紀の裁判ショーにふさわしい幕開けとなった。
(続く)

不思議な世界(その13) 「不思議な世界(409)」

時を超越する想念

私はあまり不思議な経験をしたことがないと以前書いたが、唯一デジャビュ(既視感)現象については、子供のころから確信していることがある。デジャビュとは、行ったこともない場所なのになぜか行ったことがあるように感じたり、ある場面がすでに見たことがあるように感じたりする現象。単なる錯覚ではないかとする向きもある。

しかし、これは断じて錯覚ではない。それは私の経験からそう断言できることだ。

結論から言おう。デジャビュ現象が起きるのは、時空を超越して想念が“共鳴”した場合に起こる。人間は過去を思い出す。ところが時々、未来の想念(あるいは過去生の想念の可能性もある)が入ってきてしまうことがある。そのとき、何とも言えない不思議な感じを覚える。

音叉が、距離が離れていても共鳴するように、時間を越えて想念が共鳴現象を起こすのだ。それは未来の想念が現在に入ってきて共鳴する場合もあれば、今生の記憶ではなく過去生などの想念が現在に入ってきて共鳴する場合もあるようだ。私の場合は前者である。

あの何ともいえない奇妙な感じ。私はそれを経験した何年か後に、同じ奇妙な感じを思い出すことから、過去の時点で今の気持ちと共鳴したために、あの時奇妙な感じがしたのだなと理解できるわけだ。つまりゲーテが8年後に、あのときに馬に乗ってすれ違ったのは自分であることを発見したときの気持ちと同じである。言葉ではこれぐらいでしか説明できないが、感覚的には100%、その現象を理解している。

このことから何が言えるか。一つは、時間は“同時”に存在しているということだ。私は、時間が過去から未来へと一方向に流れているとは思っていない。実は、時間は未来から現在、現在から過去へとも流れる。言い方を変えると、過去と未来と現在は同時に存在している。だからこそ、過去や未来の想念が現在の私の中に入り込んでくる。

そして最も大事なことは、現在を変えれば未来だけでなく過去すら変えることができるということだ。そうでなければ、私たちが「今」を生きる意味もなくなってしまう。

不思議な世界(その12) 「不思議な世界(409)」

ドッペルゲンガー2

私がかつて取材した人の中でドッペルゲンガーを見たことがあると証言した人は、一人は画家海後人五郎の奥さんで、もう一人は翻訳家のKさんであった。

海後人五郎は茨城県日立市に住む、かなり強烈な個性をもつ人物である(フリーページの「ETとの交信は可能か」やホームページhttp://www5a.biglobe.ne.jp/~hutomaki/kaigosyoukai1.htm参照)。私はこの海後人五郎の『毒入り詩』が大好きで、その一部をちょっとここで紹介したい。

じゅげむじゅげむ
遊ばざる者 食うべからず
戯れざる者 寝るべからず
楽しまざる者 住むべからず
笑わざる者 生きるべからず
ぱいぽぱいぽ

(どうです、面白いでしょう? この調子で反権力の画家海後人五郎は権力者を滅多切りにしていくのです。「働かざる者食うべからず」というのは、支配者が奴隷に対して言う言葉ですよね。海後ワールドのほうがはるかに素晴らしい。)

その海後人五郎が自転車で外出しているときだ。奥さんは自宅で留守番していたが、外を見ると人五郎が自転車に乗って帰ってきた。ずいぶん早い帰りだなと思って、声をかけると、どういうわけか黙っている。そして自分の部屋に入っていったようだ。ところがその10分後ぐらいに再び、人五郎が自転車に乗って帰ってきた。

奥さんが「あれ、また外出していたの? さっき帰ってきたでしょう」と聞くと、人五郎はずっと外出したままだったという。では、さっき帰ってきた人五郎は誰だったのか。

Kさんも同じような経験をした。夫が机に向かって仕事をしている姿をKさんははっきりと見たという。ところが、その数分後に寝室から出てきた夫に会う。「あれ、今仕事していたでしょう」と聞くと、いやずっと寝ていたと夫は言う。では、さっき仕事をしていた夫は誰だったのか。

こうした現象はよく、目の錯覚であるとか、他人の空似であるなどとして片付けられてしまう。しかし家の中で見たのでは、他人の空似ではありえない。では目の錯覚であるのだろうか。

目の錯覚説では、西丸震哉のケースを説明できない。西丸と一緒に登山した仲間も西丸の分身を目撃しているからだ。しかも西丸は、至近距離で自分にかつてあったホクロまで確認している。

西丸やほかの目撃者の話を総合すると、どうもドッペルゲンガーは実存する現象であるといわざるをえない。なぜ、そういう現象が起こるのかは推測するしかないが、おそらく強い思いを念じて行動しているときに、その思いが現象化するのではないかと私は考える。たとえば西丸は、何か強い思いを描いて登山をしていたのだろう。そのときの念が強すぎて、念が物質化(あるいは映像化)、つまり自分の分身が生じてしまった。

ゲーテも深い物思いにふけりながら、馬に乗っていたに違いない。それが時間を超えて8年前の過去に影像となって現出した。Kさんの夫も、寝ながら仕事をしなくてはと強く念じたため、それが影像となって現われた可能性がある。海後も早く家に帰りたいという思いが実態化したのかもしれない。そういえば、想念が実態化してしまう『禁断の惑星』というSF映画が昔あった。

強い念がドッペルゲンガーの正体ではないだろうか。しかもモーパッサンのケースにしても、ゲーテのケースにしても、西丸のケースにしても、未来や過去へと時間を超越して現われるところが面白い。まるで想念が時間を自由に移行した、つまりタイムトラベルしたとしか思えない。

実はここに、ドッペルゲンガーやデジャビュの謎を解く鍵がある。その話は、明日の日記で。
(文中敬称略)

不思議な世界(その11) 「不思議な世界(409)」

ドッペルゲンガー1

ドイツ語で「二重に出歩く者」という意味だというドッペルゲンガー。つまり別の自分(分身)がかってに動き回るという現象は、ただの作り話だと思っていた。しかし、私が取材した人の中にもドッペルゲンガーを見たという人が二人いた。とてもウソをついているとは思えず、「ふ~ん。そのような現象が実際にあるのかな」と思って調べてみると、なるほどゲーテやモーパッサンといった文豪が、自分の分身に出会ったことがあるという。

モーパッサンはある夜、部屋に入ってきたもう一人の自分に出会う。その分身から、当時書いていた小説の続きを聞き、それを書き溜めたのだという。モーパッサンが出会ったのは、未来の自分であったのか。

ゲーテは田舎道を馬に乗って進んでいると、向こうから馬に乗ってやってくる男に出会った。よく見ると、その男はまるで自分ではないか。ただ違うのは、自分が今まで着たことのないような服装であったことだ。もう一度確かめようと振り返ると、その男は消えていた。8年後、同じ小道をゲーテが馬に乗って進んでいるときに、そのときの服装が8年前に出会った“自分”と同じであることに気づき、驚いたという。

西丸震哉も同じような経験をした。西丸は岩塔ヶ原のキャンプ場で夕方、不思議な登山者姿の男に出会う。その男は、西丸たちのテントには目もくれず、20メートル離れた場所をどんどん歩いていく。めったに人が現われない場所と時間なのにこれはおかしい、と西丸は後を追いかけ大声で呼び止めたが、その男の姿は消えてしまった。

それから25年後、西丸が岩塔ヶ原のキャンプ場に再びやって来た。今度、同じやつが出てきたら、正体を暴いてやると思い、その男が出てくるのを待った。西丸はそのときまで、その男のことをこの辺りで遭難した浮かばれない登山者の霊か何かだと思っていたのだ。

二日目の夕方。ふと目を上げると、25年前に出合った男と同じ姿格好をした登山者が現われた。西丸はすぐに突進し、その男の進路上に立ちふさがり、両手を広げ「ちょっと待った! キミ」と叫んだ。ところがその男は、そんな制止には目もくれず、ちょっと下向き加減で西丸に向かってどんどん近づいてくる。帽子を深く被っているため、顔はまだよくわからない。しゃがんで下からその男の顔を覗き込む。ほとんどぶつかりそうなところで、西丸は危ない! と横っ飛びでその男をよけた。

西丸はその男の顔をはっきりと見た。それは25年前の自分であったのだ。右頬には除去する前のホクロもちゃんと付いていた。その自分は、まるで何事もなかったかのように歩いて視界から消えていった。もし、ぶつかっていたらどうなっていたのか。西丸は背筋が凍る思いがしたという。
(文中敬称略)

ハーバード経済日誌(その87) 「アメリカ生活のあれこれ・・・(31030)」

新しいメディアの誕生

メディアやコミュニケーションの技術革新は、政治そのもののやり方を根本的に変えたといわれている。カルブの授業第四週の「新しいメディア技術――その機会と危険性」では、ハイテク時代のメディアと政治のあり方について議論した。

たとえば今日のテレビ報道では、相互コミュニケーションができるようになったため、即座に視聴者や選挙民の反応がわかる。すると、進行中の番組の中で、ある政治家の発言に対し、どういう国民の反応があったかが短期間のうちに知ることができるわけだ。その結果、その番組放映中にその政治家は、自分の発言を修正したり、弁明したりすることにより、ダメージコントロールをすることも可能になる。

もちろん、これ以上のことが実際に行われていると思う。政治家が演説する際、事前にモニターを使って演説の一言一句に対して肯定的な反応をするか、否定的な反応をするかを調査することは常識になっている。

これを、原稿を事前に用意できる演説ではなく、大統領選挙のテレビ討論に応用することも可能だろう。あるテーマについて、国民の心を最も捉える言葉を、モニターを使って瞬時に選び、その結果を候補者に無線でフィードバックする(すでにテレビ討論でブッシュが無線を使った疑惑は浮上している)。候補者はその言葉をさも、昔から考えていたかのように話せばいいのだ。

インターネットを含むコミュニケーションツールの技術進歩は、10年前までは想像もできなかった政治手法を可能にしている。インターネットを使えば、効果的な世論調査を短時間に実施することもできる。逆にインターネットの“世論”を操作する政治も出現するわけだ。一説には、日本人がイラクで人質になったときに「自己責任論」が跋扈したのも、政治的な仕掛け人がいたとされている。

メディアは確実に、より巧妙に、より一般からはわからない形で、政治的に利用されはじめている。細川首相がプロンプターを使って、それまでのいかにも原稿を棒読みしていますタイプのイメージからの脱却を図ったのは、10年以上も前だ。いかにスマートなイメージを作り出すかは、いまでは政治家の日常となった。

そして、ニクソンとケネディの討論会から本格化したイメージ合戦の主戦場であるテレビは、世界をとんでもない方向へと導くプロパガンダの道具へと変貌していくのだが、その話は第12週目の「湾岸戦争」の項に譲ることにする。

新宿

ハーバード経済日誌(その86) 「アメリカ生活のあれこれ・・・(31030)」

選ばれし者たち、そしてウソ

報道機関に携わる者が選挙で選ばれた者でないのに対して、選ばれし者たちが大統領や議員たちだ。カルブの授業第三週の「米議会の挑戦と問題点」では、1994年11月に米議会では40年ぶりに上下両院を共和党が支配することになったことを取り上げた(その後も共和党がほぼ両院を支配し続けている)。

それまでの米議会は上院と下院で、うまく民主党と共和党がどちらかの主導権を握るように選挙で議員が選ばれていた。この背景には、米国の選挙民のバランス感覚によるものと理解されていた。確かに選挙では、民主党の大統領が選ばれたときは、議会は共和党が躍進し、共和党が大統領に選ばれたときは、議会は民主党が躍進するというように、うまく選挙民が選び分けていた場合があった。

しかし、どうも1994年ごろから、そのバランスが崩れ始めたようだ。私にはそのきっかけが、クリントンにあったように思われる。クリントンは抜群の人気で、共和党支持者の間にも支持を広げていった。そして、その幅広い人気を支えたのが中道寄りの政策であるといわれている。

これが非常に効果的であったため、それぞれの党が中道層を取り込もうとする政策を掲げはじめた。すると、政策を見ると似たりよったりで共和党なのか民主党なのかよくわからなくなってきた。共和党議員を選ぼうが、民主党議員を選ぼうがもはや、そう大差がないのではないかと選挙民が考えるようになり、それまで保たれてきたバランスも崩壊していったように感じられる。

同時に米メディアもバランスを崩しはじめた。冷戦も終わり、国内では共和党と民主党の政策に大差がない以上、ニュースを盛り上げるためには、より大きな関心事や対立軸を作り出す必要が出てきた。そのきっかけがホワイトウォーターとか、モニカ・ルインスキーといったスキャンダルであった。メディアが飛びつかないはずがない。

クリントンが下半身スキャンダルでウソをついたのは明白だ。それをウソでないかのように弁明する話術はこっけいでもあった。大統領の権威は失墜。米国民だけでなく世界中の人々が注目するお笑い政治ショーとなった。

しかし今から考えると、のどかな時代であったと思う。イラクが大量破壊兵器を持っているからだといってイラクを攻撃したウソに比べれば、クリントンのウソは何とかわいかったことか。より大掛かりなウソが、まかり通る世の中になってしまった。

ハーバード経済日誌(その85) 「アメリカ生活のあれこれ・・・(31030)」

テレビという巨大メディア

近年のアメリカのメディアを論ずるうえで、テレビの影響の急激な増大を取り上げないわけにはいかない。それがマービン・カルブの授業の第二週で議論した「テレビの隆盛とその力」だ。

現代の政治家のイメージはテレビによって作られる。テレビが政治家を選び、人気や不人気を作り出し、そして最後にその政治家の政治生命を奪うというように、政治家の殺生与奪の権利を握っているのではないか、という問題提議があった。

テレビニュースが登場した当初は、確かにそれほど政治に影響を与えるケースは少なかった。おそらく、そのテレビの役割を決定的に変えたのが、一九六〇年の米大統領選でジョン・F・ケネディとリチャード・ニクソンが行った初のテレビ討論会であろう。それまでも政治家は、効果的にテレビを利用してきた。しかし、この討論会以降、テレビを使ったより洗練された(狡猾な)利用方法が必要であると認識されたという意味で画期的であった。

ニクソンには不運な面と慢心した面があった。八月に膝を怪我して入院、体重が落ち、第一回目のテレビ討論会があった9月26日になっても膝は完治していなかった。ニクソンは病人のように見えた。加えて、ケネディがスタッフと入念な打ち合わせをし、休息を十分に取っていたのに対し、ニクソンはほとんど休まず、選挙運動や討論会のための資料を読むなど緊張した時間を過ごした。

ダークスーツを着たケネディは日焼けして、若くて健康的に見えたのに対し、グレーのスーツを身にまとったニクソンは化粧が必要なほど青白く、不健康で疲れて見えた。

討論自体はお互いに揚げ足を取られないように、慎重な発言に終始した。討論会をラジオで聴いていた視聴者は、ニクソンの慎重な語り口に軍配を挙げる人が多かった。

ところが、テレビを見ていた視聴者は、老人のようにか弱そうにみえるニクソンに政治家としての豊富な経験を見るよりも、ケネディの中に自身に満ちた若き指導者の姿を見た。テレビの中のニクソンは額や唇をぬぐうなど神経質そうで緊張しているのがはっきりとわかった。

一方ケネディは、リラックスして堂々として見えた。ケネディが視聴者や国民に話しかけているのに対し、ニクソンは目の前にいるケネディにしか話しかけなかった、という印象を与えた。

この第一回目のテレビ討論会が、その後の選挙の行方を変えたのだとする人は多い。実際選挙では、若輩のケネディが僅差ながら外交実績のあるニクソンを破った。これ以降、テレビのイメージを最大限利用しようとする動きが主流となるのもこのためだ。

しかし、昨年の大統領候補テレビ討論会を見ていると、そうでもないような気がする。あれだけ失態をさらしたブッシュは、今でもホワイトハウスに居座っている。もちろんテレビが映し出すイメージは選挙でも重視されているだろうが、フォックステレビなどを見ていると、テレビ局自体を取り込み、年がら年中、視聴者を洗脳するもっと大掛かりなシステムが進行中なのではないかと思ってしまう。

ハーバード経済日誌(その84) 「ニュース(231708)」

NHKと朝日新聞の抗争

9・11テロ後、アメリカ報道機関の名声は地に落ちたと先週書いた。では、日本の報道機関の現状はどうか。現在、NHKと朝日新聞の間で特定の政治家がNHKに圧力をかけたか、かけないかで醜い争いをしている。

だが、そもそもNHKを中立な報道機関、つまり“不偏不党”の報道機関だと考えるほうがおかしい。NHKは昔も今も、事実上の政府の御用報道機関であり、与党の広報機関的色彩が極めて強い。それを不偏不党のニュースを伝えているなどと称しているほうがおこがましいというものだ(NHKの災害報道だけは、一応のまともなニュースと呼んでもよい)。

安倍、中川という特定政治家がNHKに“圧力”をかけたのかどうか、私は知らない。しかし、国会で多数を占める自民党の“ご承認”がなければ予算も通らないきわめて弱い立場にNHKはある。承認がなければ、番組を作るどころか職員に給料を払うこともできないのだ。時の政府に逆らえるはずがない。その意味で、圧力がなくとも、NHKは自民党に実質的に牛耳られているのだから、自民党幹部の言葉は「神の声」である。中川や安倍の言うように「圧力」などではなく、ただの有無を言わせぬ「神の声」であったのだろう。

もちろんNHKにも、かなり公平で素晴らしい番組はある。特に教育テレビのドキュメンタリーには時々、目を見張らされる。しかし、ニュース7とか、ニュース10を見ると、吐き気を催すような権力者べったりの報道が多いのも事実だ。北朝鮮中央放送と違い、多くの日本人はそれを不偏不党なニュースだと思い込んでいるだけ、たちが悪いといえる。

今のシステムで、NHKが本当に独立した不偏不党の報道機関でありたいなら、予算が承認されなくとも我々は真実の番組を作るのだという決死の意気込みを、報道に携わる局員が持つことよりほかにないであろう。それは、給料をもらえなくとも真実の報道をするという決意である。

今のNHKにそれができるとは到底思えない。それがNHKの実態である。それでも受信料を払いたいと思う人は払えばいい。

不思議な世界(その10) 「不思議な世界(409)」

カラス天狗と話す巫女

西丸震哉が特異な超能力者であることは述べたが、その西丸震哉をして「こいつにはかなわない」「大変な超能力者だ」と言わしめたのが、甲斐の駒ケ岳神社の巫女・柳沢ゑん(故人)だ。

吹雪で立ち往生した甲斐駒ケ岳の山小屋で、西丸はその巫女に出会った。その巫女は山を降りるとき、西丸の心の中をことごとく読んでしまう。しかも、西丸には姿が見えないカラス天狗(刀利天)とも話ができるという。カラス天狗は、だれも知るはずがない配給所に上がってきた品物を当ててしまう。

ここで思い出すのは、義経が出会ったという鞍馬山の天狗や、スピリチュアルカウンセラー江原啓介のカラス天狗の話だ。鞍馬山の天狗の話は義経研究家にとりあえず任せるとして、江原の話は次のようなものだ。

あるテレビ局の取材で江原がスタッフと夜、山道を戻る途中、重い撮影機材を持っているスタッフのために江原はスタッフの足をさすりはじめた。さすってもらったスタッフは、それまでの重たい足取りがウソのように、足が軽くなりヒョイヒョイと歩けるようになった。江原はそれをカラス天狗の力を借りたのだと説明していた。おそらく霊能力者や超能力者には、凡人には見えないカラス天狗が見えるのだろう。

実際、西丸が出会った巫女と江原は非常に似たところがある。山を降りた後、その巫女と西丸の間で次のようなやり取りがあった。
巫女「あんた、お父さんは亡くなったね」
西丸「ええ、昭和19年にみまかりました」
巫女「お父さんの死に目に会わなかったね」
西丸「疎開先で急に死んだもので」
巫女「お父さんが、あんたに言っておきたいことがあるようだから、聞いてあげようか」
西丸「いや、結構です」

その巫女も江原と同様、死者と自由に会話していたようだ。

さらに巫女は、自分の意志で他人の夢の中に出てくることができるという。西丸が写真を送ると約束しておいて、送らないでいると、夢の中で何度も「写真送れ」と出てきたのだそうだ。ただしこれでは、西丸が写真を送っていないという後ろめたさから夢を見たと解釈することもできる。

だが、その巫女のすごいところは、電話のように正確にメッセージを送ることができるということだ。巫女は西丸に大阪に住んでいる男に伝言を頼む。一応、夢で伝えてあるが、住所がわかったら西丸からも伝えておいてくれ、というのだ。西丸はその大阪の男性を探し当て、手紙で巫女の用件を伝えた。すると、先方から次のような手紙が返ってきた。「実はその話ならば以前夢に出てきた白衣のバアさんに言われたことがある。変な夢を見たと思っていたが、事実であったとは大いになる驚きである」

夢を操る人は、おそらく実在するのだろう。アニメ『十二国記』の主題歌の作詞を担当した北川恵子も、他人の夢の中に登場することはやろうと思えば簡単にできると言っていた。もちろん多くの場合は、自分の潜在意識が生み出す夢なのだろう。だが、そうではない不思議な夢もある。

皆さんもそうした夢を見たことがあるのではないですか?
(文中敬称略)

新宿

不思議な世界(その9) 「不思議な世界(409)」

幽霊と法則

私は顔型のエクトプラズムが写ったいわゆる心霊写真は撮ったことがあるが、幽霊は見たことがない。ただ私の母が、一度だけ幽霊のようなものを見たと言っている。それは次のような話だ。

嵐の夜だった。母が雷の落ちる音で夜中に目が覚めると、鏡台の前に見知らぬ男が立っていた。明治、大正時代のような古めかしい和服姿で、帽子をかぶり、眼鏡をしていた。その顔にはまったく見覚えがない。

その男は、別に母を見るわけでもなく立っていたのだが、やがて前方へと動き出した。幽霊には足がないとはよく言ったもので、歩くのではなく、影像のままスーッと足を動かさずに移動するのだ。

母は当然、驚いた。ところが、手も足も金縛りにあって動かない。その男の影像、つまり幽霊は、母の枕元で一瞬止まったかと思うと、そのまま直角に折れて壁の向こうに消えていったのだという。直角に曲がるとは、何と律儀な幽霊だったことか!

翌日、母のところに親戚が死んだとの電話連絡が入った。ところが母が見た幽霊は、まったくその亡くなった親戚とは似ても似つかない顔立ちをしていたという。

母は懐疑心が強く、あまり幽霊などを信じるほうではないので、昨夜見た幽霊は雷がもたらした放電現象かなにかだと言って、幽霊だと認めようとしない。しかし、断じて夢ではなかったと言う。

母が見た映像は何だったのか。放電現象だとしても、稲光の中に影像を見るとは尋常ではない。雷の光の中に、そのような情報が入っているとでもいうのだろうか。あるいは雷には情報を伝達する媒介としての力があるのか。

その影像が直角に曲がったというのも面白い。そこには何かの法則性を感じさせる。西丸震哉が見た幽霊も、毎晩のように同じ場所、同じ時間に現れたなど非常に律儀だ。

以前、富山医科薬科大学和漢薬研究所の荻田善一教授と話をしていたところ、岡山の方でUFOらしきものを見たことがあると言っていた。驚いて地元に人に「あれはなんですか」と尋ねると、その地元の人は「また出ましたか。その場所にはよく出るんですよ」と言う。ただ、それが何だかはわからず、わかっているのは、「決まって出る」ことだけ。

タイのメコン川では、雨季が終わった10月の満月の晩にだけ、花火のように打ち上がる謎の「龍火」(吉祥姫ホームページ=http://www02.so-net.ne.jp/~masakats/の一ヶ月ほど前の掲示板参照)という、いまだ科学で完全に解明できていない怪現象がある。

母が見た“幽霊”といい、他の超常現象といい、いずれはその法則性が明らかにされるときが来るように思う。

メディア論番外 「ニュース(231708)」

無知と傲慢

今日ほど無知により、そして傲慢な結果として生き物が殺されていく時代を私は知らない。イラクでは、ありもしない大量破壊兵器のために何万人という人々が殺された。中東では毎日のように、そこに昔から住んでいるパレスチナ人が、途中からやって来た者に邪魔物扱いされ殺されていている。アメリカが“テロリスト”の側に分類したせいで、多くのアフガニスタンの人々は非情な爆弾の犠牲となった。

殺される前には常に、もっともらしい理由が付け加えられる。「やつらは大量破壊兵器を今にも使おうとしているのだ」とか、「やつらは拷問により人々を苦しめている残虐な圧制者である」とか、「やつらは人間を平気で殺すテロリストだ」とかいった理由だ。つまり、殺される側がいかにひどい人間であるかを強調するプロパガンダが展開される。悪いことに、ほとんどのメディアはそれを煽ることしかしない。

何かが狂っている。

だがこの狂気は、ごく身近にも迫っているのだ。
身勝手な人間に捨てられたという“理由”で、数え切れないほどの犬や猫が殺されている。人間が過剰に植林した杉などのせいで、昨秋には多くの熊たちが射殺された。

東京都では、人間の出したゴミのせいで四万羽という聖なるカラスが殺された。そして今度は、カラスを殺しすぎたという理由で大量のハトが飢え死にさせられようとしている。青森のサルに続き軽井沢でも、「人間様が先に住んでいる」という理由でサルを駆除する動きがある。そして、いつものようにメディアは、ハトのフン害の“恐怖”、カラスやサルの“凶暴性”を「それみたことか」と書き立てる。

朝日新聞「私の視点:軽井沢のサル 駆除で住民の暮らしを守れ」(一月二十九日付朝刊)で関谷富蔵氏は「軽井沢には元々サルはいなかった」と言う。人間は被害者だ、サルを駆除して何が悪いというわけだ。そうかもしれない。だが、もっと大きなスパンで見れば「軽井沢には元々、人間はいなかった」のではなかったか。

殺す側は、動物を駆除するのは最後の手段だと主張する。すべての手段を尽くした上で「どうしようもない」から殺すのだ、と。どこかで聞いた言葉だ。確か人間もあの時、戦争は最後の手段だと叫んでいた。

行き着く先は誰でも想像できるはずだ。臭い、汚い、目障りだという理由でホームレス狩りが実行され、人間の生活圏から鳥や野良猫がいなくなる。次は、国益のためだといって私たちの自由は奪われ、自国に都合の悪い真実を書けば、愛国的でないという理由で社会的に抹殺される。

「どうしようもない」という理由で私たちが殺される時代は、すぐそこにまで迫っている。

ハーバード経済日誌(その83) 「アメリカ生活のあれこれ・・・(31030)」

メディア論2

授業についていくには、大量なリーディングの宿題をこなさなければいけないことはすでに書いた。時々あまりにも大量なので閉口することもあるが、カルブとパターソンの授業のリーディングに関しては、テーマによっては非常に面白く、学生のほうからもっと読みたいと要求することもあった(もちろん私は要求しなかった)。

最初の「報道の自由と責任」で私が驚いたのは、アメリカ人の間で報道機関に対する不信感がかなり高まっているということだった。報道機関は司法、行政、立法に次ぐ第四の権力になっているが、果たして選挙によって選ばれたわけでもない報道機関の人間が、これほど力を持っていいのか、という議論を展開した。

報道機関に対する不信感は、「わざと暗いニュースを流している」「政府を批判ばかりして何もしない」「政治的なバイアスがある」「会社の利益を優先しており、信頼できない」といった不満などから来ているようだった。最後の「会社の利益を優先しており、信頼できない」というのは、ディズニーのメディア王国を見るまでもなく、近年の米国の報道機関ではまさにその通りになってきたように思う。

「これほどの力を持っていいのか」に対する私の考えは明瞭である。ニュースメディアが反権力の立場であり続けるかぎり、つまり権力の監視者としての立場を失わないかぎり、ニュースメディアは第四の権力としての価値がある、いやむしろ強いに越したことはないというものだ。

しかし、そのようなニュースメディアが現在、アメリカに存在するのか、非常に疑問だ。9・11以降の大手アメリカ報道機関の有様は、権力にべったりくっついたブッシュの広報宣伝機関になり下がった。

最近でこそ少しまともになったが、戦前の日本の大本営発表みたいのような発表を繰り返すか、ブッシュ政権のプロパガンダに踊らされる報道機関がほとんどだった。それ以上にひどいフォックステレビの扇動的、超愛国主義的な“ニュース”や“解説”など論外である。一つのテロによって、ここまでアメリカの報道機関が堕落するとは、驚き、落胆し、あきれるばかり。マービン・カルブもさぞ嘆いていることだろう。

ハーバード経済日誌(その82) 「経済がわかる!(36)」

メディア論1

マービン・カルブ教授とトマス・パターソン教授によるPPP100「報道と政治と公共政策」のコースは、難解で頭が痛くなるような問題を時々解かなければならない経済のコースに比べると、私にはちょっとした息抜きとなった。授業も週一回の火曜日午後2時から4時までの二時間だけ。現役ジャーナリストのパネラーが参加したり、昔の報道番組を見て議論したりするなどディスカッションを中心とした授業だった。

60人ほどいる学生は、5~6人の11グループに分けられ、週一回授業とは別に必ずミーティングを開き、その週の最も重要なニュースを選び、次の授業までにレポートを提出することを義務付けられた。成績はテーマを決められた3つのペーパーとクラスでの発言、それに毎週出すレポートの出来(各20%の構成率)で決まった。

授業のテーマは次のとおりだった。
第一週:報道の自由と責任
第二週:テレビの隆盛とその力
第三週:米議会の挑戦と問題点
第四週:新しいメディア技術――その機会と危険性
第五週:O.J.シンプソン事件と裁判取材
第六週:大統領と報道機関
第七週:ウォーターゲート事件からホワイトウォーター事件まで
第八週:1996年大統領選
第九週:選挙と有権者の不満
第十週:人種差別と公民権運動
第十一週:ヴェトナム戦争とペンタゴンペーパー
第十二週:湾岸戦争――ヴァーチャル戦争
第十三週:国際情勢をどう報道するか
第十四週:報道と政治――残された問題

ペーパーは、最初の締め切りが第六週までで、テーマは「メディアとは何か」。二つ目の締め切りが第十週までで、テーマは「為政者は近年のジャーナリズムの変化によって得をしたか損をしたか」。最後の締め切りは第十四週までで、ベン・ブラドリーの『わが生涯』、クラウドとオルソンの『モローの子分たち』、ジェームズ・ファロウの『臨時ニュース』の三冊から一冊を選び、それを基にメディアの総論を書け、というものだった。

明日からは授業内容について紹介します。

展望

ハーバード経済日誌(その81) 「経済がわかる!(36)」

日米通貨当局の思惑2

(c) Assume that both the BOJ and the Fed want to reduce the value of the yen relative to the dollar, but they also do not want to change the size of their respective monetary bases. How might both central banks intervene in the foreign exchange market in order to influence the dollar-yen exchange rate without changing their respective monetary bases. Describe in details how the Fed and the BOJ intervention operations will lead to a change in the dollar-yen exchange rate.

(c)は日米の通貨当局がともにドル高円安を望んでいるが、ベースマネーを変動させたくない場合だ。これは現実的によく起こる問題だ。ベースマネーを変えてしまうと、両国の経済に大きな影響があるからだ。為替のために経済を犠牲にするのは本末転倒になってしまう。

そこで登場するのが、前の問題で解いた不胎化介入だ。不胎化介入なら、ベースマネーを変えることなく、為替に影響を与えることができる。

具体的には、Fedは日本の(円建て)国債を売り(ドルを市場から吸い上げ)、米国債を買う(ドルを市場へ戻す)。日銀は米国債を買い、日本の国債を売る。こうすればベースマネーは変わらずに、為替レートに変化を生じさせることができる。

どのように変化が生じるかは、すでに論じたようにポートフォリオ理論とシグナリング理論で説明できる。簡単に説明すると、ポートフォリオ理論では日本の国債が市場に増えるため、リスクが上がり価値が下がる。また日米通貨当局が市場から信用されている場合には、日銀が将来金融緩和策を実施し、Fedが将来金融引き締め策を実施する兆し(シグナル)だと市場は理解し、ドル高円安へと動く。

さて、これでドミンゲスの中間試験の問題はすべて解説した。ただし、これを全部解かなければならないわけではない。全部で四問中、たった二問だけ解けばいいのだ。時間は90分。

なんだ、たいしたことないなと思う人は、あえてハーバードの大学院で勉強する必要もないほど国際金融のことを知っている人。難しくて興味がないと思っている人は、ご安心ください、ハーバード・ケネディスクールには、国際政治から世界経済まで公共の利益や公共政策に関係する講座はたくさんあるので、自分の興味がある好きな学科を取ればいいだけのこと。実際ミッドキャリアの学生の中には、経済など一教科も取らずに卒業する人も多い。

明日からは経済とはほとんど関係のない、マービン・キャルブ教授のメディア論を紹介します。

早稲田

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