夕日の時間7

海に映える夕日です。

IMGP0059-1.jpg
スポンサーサイト

天の川と鍋倉渓、八咫烏とカラス天狗

長寿岩の後、訪れたのは、その名も神野山の中腹にある巨石群・鍋倉渓です。

IMGP0411-11.jpg

山の斜面に沿って石積みのようになった巨石群が、それこそ天の川のように延々と続いています。

IMGP0414-11.jpg

富山・立山町の尖山の斜面の石積みにちょっと似ていますね。
規模はこちらのほうが大きいです。

巨石の一部には、文字のような模様も見受けられました。

IMGP0418-11.jpg

この山頂近くまで続く「天の川」の巨石群・鍋倉渓と、山頂近くにある王塚、八畳岩、天狗岩の三つの巨石の関係が、天の河と、ベガ、デネブ、アルタイルの関係を投影した関係になっているのではないかと、地元の研究家は考えているのだそうです。

IMGP0409-1.jpg

非常に面白い考えですね。

最後に八咫烏ならぬ、カラス天狗を鍋倉渓の駐車場で見つけました。

IMGP0423-1_201705111638473da.jpg

3月12日から16日までの京都・奈良の神社をめぐる八咫烏ツアーもこれで終了です。

山添村の巨石球

京都、奈良の神社めぐりの旅も、村屋坐弥富津比売(むらやにいますみふつひめ)神社で完了です。
この日(3月15日)は三重の伊賀に泊まって、翌16日、東京方面へと帰途につきます。

ただし帰る前にもう一か所だけ、立ち寄る場所がありました。

奈良・山添村です。
この村からはたくさんの巨石群が見つかっています。
太陽を彷彿とさせる巨大な長寿岩とか、天の川を思わせる列石群・鍋倉渓です。
私の二冊目の本『竹内文書の謎を解く』で、古代人が大地に星座を描いた可能性があるとして紹介した巨石群なんですね。
山添村役場の方にはお世話になりました。ありがとうございました。

最初に向かったのは、長寿岩です。

IMGP0405-1.jpg

1995年にふるさとセンター建設の造成工事中に出土しました。
約一億年前、地下10~20キロの地中でマグマが固まってできた花こう岩の巨石球だそうです。
それが幾度にもわたる地殻変動で地表近くに出てきたと書かれています。

IMGP0404-1.jpg

巨大な恒星のモニュメントのようです。
コスタリカの石球群の巨大版ですね。

IMGP0403-1.jpg

きっと古代人もこの巨石を見たら、磐座として祀ったのでしょうね。
(続く)

村屋坐弥富津比売神社のご祭神たち

奈良県磯城郡田原本町の近くから撮影した三輪山です。

IMGP0388-1.jpg

その三輪山が見える田原本町には、非常に謎に満ちた神社があります。

それがこちらの村屋坐弥富津比売(むらやにいますみふつひめ)神社。

IMGP0398-11_201705092214214b9.jpg

本殿です。

IMGP0396-11_20170509221422dbd.jpg

何故謎に満ちた神社かというと、まず主祭神の名前がミホツヒメを祀っているのに、ミフツヒメとなっているからです。
以前のブログでも指摘しましたが、ミホツヒメはタカミムスビの娘ですが、ミフツヒメとなるとフツヌシか、タケミカヅチの娘の可能性が出てきます。

そこでまず、この神社の摂社を含めた祭神を見て行きます。

本殿祭神 彌富都比賣神 配 大物主大神
摂社 市杵嶋姫神社・物部神社「炊屋姫命、宇麻志摩遲命 配 物部守屋連」
   服部神社「天之御中主命、天之御鉾命」
   村屋神社「経津主神、室屋大連神、武甕槌神、大伴健持大連」
   久須須美神社「天之久之比命、事代主命」

この神社に祀られた神々の関係が面白いのです。
最初のミフツヒメと大物主が祀られているのは良くわかりますね。
大物主ことオオトシが日向族のフツヌシかタケミカヅチの娘と結婚したことを意味しますから、夫婦が祀られているわけです。

では摂社の市杵嶋姫神社で、炊屋姫命(ミカシキヤヒメ)、宇麻志摩遲命(ウマシマヂ)が祀られているのはどうでしょうか。
ウマシマヂはミカシキヤヒメとオオトシ(大物主)の間に生まれた息子ですから、母子が祀られてるのはすぐにわかります。
でもなぜ、市杵嶋姫神社で祀られているのか、と思いませんか。
宗像三女神の一人イチキシマヒメはやはりダミーだからだと私は思うんですね。
誰のダミーかと言うと、ミカシキヤヒメではないかと思っています。
息子オオトシの妃になったので、スサノオが娘として養子縁組したということです。

で、もう一人の宗像三女神タキツヒメはスセリビメの別名というわけです。
しかも、事代主(コトシロヌシ)だけでなく、タケミナカタもスセリビメの子です。
だって、ミナカタとムナカタは似ているでしょ。
ムナカタ(宗像三女神)の子であるから、ミナカタと名付けたのではないでしょうか。

もう一つの謎は 久須須美(クスズミ)神社で祀られている天之久之比命(アメノクスヒ)、事代主命(コトシロヌシ)の関係です。
クスズミは誓約でアマテラスから生まれた五柱の男神の末子です。
アメノクスヒは誓約でアマテラスから生まれたアマツヒコネの息子です。
叔父と甥の関係ですからそう不思議はないですね。
でもコトシロヌシは、どう考えても場違いです。
ということは、このコトシロヌシはスセリビメの子ではないコトシロヌシということになると思うんですね。
大和国の王である大物主ことオオトシと、日向族の王族の娘ミホツヒメが結婚して生まれたコトシロヌシです。
それが山末之大主神のオオヤマクイ。天火明の「火」とタケミカヅチ(フツヌシ)の「雷」を持った「火雷神」です。
それ以外に「鴨都味波八重事代主」のめぼしい候補者はおりません。
唯一いるとしたら、アマテラスの孫のタケツノミ(タケチヌツミ)だけです。
いずれにしても、アマテラスから見れば、妹の子供、すなわち甥っ子のようなものですから、自分の息子や孫と一緒に祀られていても違和感は全くないことになります。
かなり系図を知っていないとわからないご祭神たちであることは間違いありませんね。
(続く)

久延彦神社とスクナヒコの神

大直禰子神社の後、さらに歩いて久延彦神社を参拝しました。

IMGP0379-1.jpg

奥の小さな小山の上に神社があります。

本殿です。

IMGP0377-1_20170508173020951.jpg

ご祭神の久延彦は知恵の神様。海の向こうからやってきた小さな神がカミムスビの息子のスクナヒコナであると言い当てた、博識の神様です。
カミムスビと「神」が付くからには、その息子であるスクナヒコナは、スサノオと極めて近い親戚である可能性が高いです。
スサノオの息子、でなければ、スサノオの兄か弟あたりでしょうか。
そのスサノオの兄弟か息子が、正統な王位継承者スセリビメの娘婿・大国主(オオナムヂ)の国作りを助けたという物語が『古事記』の国作り神話の中に隠されています。

この大国主の「大」と少名彦の「少」の関係は大将と副将の関係でもあります。
開化天皇の兄にも四道将軍の一人オオビコとスクナヒコタケイゴコロという兄弟がいました。
この兄弟の関係も大将と副将だったと考えられています。
「大」と「少」はペアであると覚えておくといいですね。

この久延彦神社からの眺めはとてもいいです。

IMGP0373-1_201705081730218a0.jpg

遠く二上山までを見渡せます。
大和三山も見下ろせる位置にあるのですが、樹木が茂っていてよく見えませんでした。

最後は、大神神社の鳥居から三輪山を望みます。

IMGP0382-1.jpg
(続く)

プロフィール

白山菊理姫竹内文書

Author:白山菊理姫竹内文書
FC2ブログへようこそ!



最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR