キャサリン(ドミンゲス)の思い出

4日ほど前、オバマ米大統領が米連邦準備理事会(FRB)理事にキャサリン・ドミンゲス氏を指名する意向であると発表しました。
それに関連して私が過去にドミンゲス女史について書いたブログにアクセスが若干あったようなので、ちょっとだけ説明しておきましょう。

私がハーバード大学ケネディ行政大学院に留学していたころ、国際金融論を教えていたのが、ドミンゲス准教授でした。夫は同大学院のミクロ経済学を教えていたジム・ハインズ准教授。二人とも学生には非常に人気があり、私もこの二人の授業を履修しました。国際金融論はA-で、ミクロ経済はB+でしたけどね。まあ、今となっては昔話です。

だけど、この二人は私が卒業した1997年を最後にシカゴに移って行きました。そのときの二人の話が過去ブログに書かれていますので、ご興味のある方はお読みください。ドミンゲス女史はその後、2006年から米ミシガン大学で公共政策と経済学の教授を務めていました。

FRBの理事は定員7人で、現在2人が空席となっています。ドミンゲス女史が上院で承認されれば、イエレン議長やブレイナード理事とともに女性理事が3人となるそうです。
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ハーバード経済日誌(その94) 「アメリカ生活のあれこれ・・・(31030)」

米大統領選とメディア

マービン・カルブの第八週の授業では、大統領選とメディアについて議論した。といっても1996年の大統領選なので、クリントンの再選は半ば決まっていたし、それほど盛り上がっていたとはいえない。ただ、授業と同時並行で選挙戦が繰り広げられていたので、それなりの臨場感があるクラスとなった。

今から思うと、1996年の大統領選はのどかだった。クリントンの対立候補であったボブ・ドールも人のいいおじいさんのように見えた。メディアも選挙を淡々と伝え、可もなく不可もない報道だったのではないだろうか。勝負は初めから決まっていたので、メディア操作をする素地も少なかったのだろう。

その後、2000年、2004年の米大統領選の報道を見ると、牙を抜かれた米メディアの実態がくっきりと浮かび上がってくる。2000年の大統領選ではフロリダ州で不正があったのは明白だ。以前、この日記でも紹介したように私のクラスメートでもあったキャサリン・ハリスと、ジェブ・ブッシュの悪党コンビは、民主党支持者とみられる黒人票を中心に一方的な公民権剥奪という手段を使って「都合の悪い票」を大量に葬り去った。しかし、そのことを報じたのは米メディアではなく、外国のメディア(英オブザーバー紙のグレッグ・パラストの記事)であった。

米メディアはこの件に関しては、概してあまり報じないか、報じても扱いが小さいように思う。なぜ選挙の不正を徹底的に叩かなかったのか。ウォーターゲート事件で見せた執念はどこにも見られなかった。不正は2004年にもあったとみられるが、米メディアはほとんど骨抜きにされたようで、「終わったことはどうしようもない」との姿勢を通しているようだ。

2000年の大統領選では共和党系が支配する最高裁の壁の前に、本当は選挙に勝っていたゴアが敗れた。ゴアは最後までフロリダ州の票をカウントさせるよう戦うべきだったが、アメリカを二分するような亀裂を生じさせないために身を引いた形になった。しかし、このゴアの誤った決断の背後には、メディアによって意図的に築かれた「世論」があったように思う。

「これ以上ゴアが駄々をこねるのは潔くない」との世論をつくり上げたのは、誰であったのか。その一つの答えが、メディアが実施した世論調査だ。あるいは、メディアが報じる「町の声」や「評論家の意見」であった。だが、本当に客観性のある調査が実施されているのだろうか。あるいは、本当にそんな結果になるほど米国民は頭が悪いのか、と思われるような場合が多い。

思えば、1960年の大統領選でもケネディの父親ジョゼフ・ケネディはイリノイ州で不正を働いた疑いが強い。その不正の結果、稀にみる激戦を制して生まれた大統領が英雄になるわけだから、勝てば官軍。悔しかったらどんな手を使ってでも勝ってみろ、ということか。

選挙人名簿から民主党支持者とみられるマイノリティーを大量に除外してしまうような国である。アメリカは、もう何でもありの「不正天国」になったようだ。米メディアが果たす役割は、その不正のための道具にしかすぎないのだろうか。

ハーバード経済日誌(その93) 「アメリカ生活のあれこれ・・・(31030)」

ウォーターゲート事件とメディア

ペンタゴンペーパーのスクープとウォーターゲート事件の報道は今でも、米ジャーナリズムの金字塔となっている。おそらく、これほど米ジャーナリズムがいい意味で脚光を浴び、活気に満ちた時代はなかったのではないか、とも思える。

1971年、ヴェトナム戦争に関する国防総省極秘文書がニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト紙などに漏れる事件があり、その一部が裁判になった。これをペンタゴン文書事件という。

極秘文書を漏洩するのは国益に反する許されざる行為なのか、それとも国民の知る権利が優先されるべきなのか。裁判では大統領の記事差し止め請求の適否が論点になったが、結局、新聞社側が勝訴した。仮に新聞社側が負けていれば、取材活動は大いに規制・制限され、国民が知らされる“事実”は権力者に都合のいいものばかりになっていたかもしれない。米メディアは面目を保ったわけだ。

ウォーターゲート事件も、メディア側の“勝利”であったといえる。1972年6月、首都ワシントンのウォーターゲートビルにある民主党全国委員会本部に共和党筋の人物が盗聴装置を設置するために侵入して逮捕された。逮捕されたのは、フランク・スタージスという亡命キューバ人で、ケネディ暗殺でも暗躍したとされるCIAの非合法工作担当員ら7人。ただの侵入事件ではないとにらんだワシントン・ポストの記者が、ニクソン政権ぐるみの不正行為である疑いが強いことを執拗に暴き続け、一大スキャンダルへと発展した。

裁判の過程では、ホワイトハウスのもみ消し工作と上層部の関与、以前から政敵に対して行ってきた不法な諜報活動が次々と明るみに出た。リチャード・ニクソン大統領自ら「潔白を証明する」ために、執務室の会話と電話のやり取りを記録したテープを提出したが、作為された空白があることがわかってしまうなど逆に疑惑を深める結果となった(私はこの空白の部分にこそ、ケネディ暗殺に関する決定的な発言があったのではないかと思っています。それについてもいずれ、このホームページで公開していきます。すぐに知りたい方は、図書館で拙著『ジョン・F・ケネディ暗殺の動機』近代文芸社をお読みください)。

さらには、大統領の納税申告における不当な控除やスピロ・アグニュー副大統領の汚職容疑に絡む辞任などがあり、ニクソンに対する国民の不信感は急速に強まった。一方ニクソンは1973年9月、対ソ連、対中国話し合い政策の推進に功績を挙げたヘンリー・キッシンジャー大統領特別補佐官を国務長官に抜擢、平和外交姿勢を明確にするなどイメージアップ作戦を展開した。しかし、ニクソン最後の悪あがきも無駄に終わり、74年7月には下院司法委員会で弾劾勧告決議が採択され、同年八月八日ニクソンは自ら職を辞した。

ウォーターゲート事件は、大統領対メディアという対立図式でもあった。大統領辞任までには司法や議会の功績もあったが、これほどの大スキャンダルに発展した背景には、ワシントン・ポストの二人の記者の執念があったことは特筆すべきであろう。米メディアこうして、権力の不正に立ち向かうという「輝かしい伝統」をつくり上げた。

しかし、その伝統もつかの間であったのかもしれない。現在の米メディアは権力に飼い慣らされた「尻尾を振る番犬」でしかない。魂を悪魔に売ったファウストのようで、利益優先の大企業にその魂を売り、いつしか権力の宣伝機関となった米報道機関の「屍」の数々を見ると、無性に悲しくなってくる。

ハーバード経済日誌(その92) 「アメリカ生活のあれこれ・・・(31030)」

大統領と報道機関

マービン・カルブの第六週の授業では、大統領とメディアの関係について議論した。これは取材する側とされる側の永遠のテーマでもある。取材先とどこまで付き合い、どこまで親しくすべきなのか、一方、取材される側も取材する側をどこまで信用すべきなのか、といった問題が常に付きまとうからだ。

記者は大統領をはじめてとする政治家から情報を得ようとする。大統領(政治家)は記者を利用して自分の都合のいいように原稿を書かせようとする。両者の利益が一致する場合もあるが、多くの場合は本当に書きたいことと、書かせたいこととはかなり異なる。

その結果、紙面やテレビで現われるニュースは、大統領(政治家)にとって都合のいいニュースと都合の悪いニュースが交錯することになる。その比率は残念なことに、大統領(政治家)に都合のいいニュースのほうが圧倒的に多い気がする。

これは仕方がないといえば、仕方がない面もある。情報を知るものと、それを得ようとするものとの立場の違いが大きなハンディとなっている。情報を得ようとするものは、ある程度取材源に気に入られる必要がある。その度合いが深まると、取材源に染まってしまう。例えば、読売のナベツネなどは完全に取材先の政治家に染まりながら、のし上がっていった政治記者の典型のような人物といえる。また、そうしないとネタを取れないというジレンマもある。

元ワシントンポスト編集主幹ベン・ブラドリーの『マイ・グッド・ライフ』を読むと、アメリカの政治記者にも同じようなジレンマがあるようだ。ブラドリーはたまたま、首都ワシントンDC・ジョージタウンの引越し先で、上院議員だったジョン・F・ケネディの隣人になったことからJFKと親しくなった。その後JFKが大統領になった後もその親交は続き、ブラドリーは大統領から特ダネを次々ともらいスクープを連発する。ケネディにとっても利用価値はあったし、ブラドリーにとっては願ってもない状況だった。当然のことのように、JFKに対する批判記事は少なくなる。

だが、JFKが暗殺され、ジョンソンが大統領になると、形勢は一変する。ジョンソンはわざとワシントンポストのブラドリーにガセネタをつかませたり、重要な情報を知らせなかったりする。ジョンソンはJFKシンパに事実上の報復を始める。

私にはJFKとブラドリーの蜜月的な関係よりも、ジョンソンとブラドリーの緊張感のある関係のほうが健全のように思える。緊張関係があったからこそ、後のペンタゴンペーパー事件では権力と真っ向から戦う姿勢を示せたのだし、ウォーターゲート事件のスクープにつながったのではないだろうか。

その話はまた明日。

ハーバード経済日誌(その91) 「ニュース(231708)」

新たな世紀の裁判ショー(マイケル・ジャクソン裁判)

OJ裁判のほとぼりも冷め、静かな新世紀を迎えられると思ったら、今度は新たな世紀の裁判ショーが始まった。児童虐待罪など複数の罪に問われているポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンの裁判だ。

メディアの注目度・加熱度は、OJ裁判のときと同じ様相を呈してきた。1月31日に開かれた初公判では、無実であることを誇示するかのような白のスーツに身を包んだジャクソンが、裁判所周辺に集まったファンや報道陣にVサインを送るなどのパフォーマンスを見せ、全米メディアが大々的に報じている。

すでにメディアを使ったイメージ戦争は始まっている。OJのときのように無罪を勝ち取れば、それだけ名声を得ることができる弁護団のそろばん勘定。奇行癖など何かと話題性があるため、マイケル・ジャクソンの一挙手一投足を興味本位で取り上げるマスコミの好奇心。「マイケルは黒人の英雄」的なイメージを守ろうとするジャクソン・ファンの熱狂。それぞれの思惑が交錯する中、ジャクソンはこれからも、扇情的なマスコミの犠牲者であるとの「悲劇の黒人ヒーロー」を演じていくだろう。

メディアはこれをどう伝えていくべきなのだろうか。OJ裁判のときは、メディアが提示する事件の真相と、報道から隔絶された陪審員が知りえた事件の真相とは明らかに異なった。しかし、これから選ばれる陪審員もすでに加熱したメディアの情報にさらされている。弁護側や検察側がこれから示す事件の真相の数々も、多分に演出されたもの違いない。

本当に公平で公正な裁判などあるのだろうか。おそらく、世界中どこの国にも存在しないのかもしれない。

その中でメディアができる唯一の仕事は、センセーショナルに書きたてることではなく、検察側にせよ、弁護側にせよ、いかなる政治的な情報操作にも影響されずに、冷徹に裁判を分析していくほかないだろう。もっとも、買収による大企業支配が進む中、すっかりショー化した米ニュースメディアに、冷徹な分析など求めるのは無理かもしれないが・・・。

裁判は評決が出るまで半年近くかかり、もし有罪となれば、20年以上の実刑が科せられる見込みだという。

新宿

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